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黒いドレスの女

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 領地に着いた翌日。
 私はデリアに言って真っ黒なドレスを用意してもらう。
 いわゆる喪服であった。
 ショートベールで顔を隠し、私は骨壺をひとつ手に取り馬車に乗る。


「……アンナ様!私もついて行ってもよろしいでしょうか?」


 デリアの申し出に私は頷く。
 馬車の中は、二人とも黙ったままで静かだ。ガタゴトとたまに揺れる馬車の音しかしない。
 無言で目を瞑っていると、デリアが遠慮がちに私に話しかけてくる。


「カルアの家族に会うのは、2回目ですね……私がカルアを捕まえに行ったとき以来です」
「そうだったわね。あのときは、危ないのにカルアの家族を助けてくれて、ありがとう。
 カルアも家族が無事だってしれてよかったと言っていたわ」
「……はい。でも……」


 私が持つ骨壺に視線が向かったのだろう。
 デリアの視線が私から移動したことがわかる。
 うっすら瞼を開けると、どう表現したらいいのかわからないという顔をしたデリアが肩を落としていた。


「デリア、そんな顔はしなくて大丈夫よ!
 カルアは、自分で選んでこうなったのだから……カルアは自分の生を全うした。
 じゃないと、笑わないわ!ねっ!」
「アンナ様……」
「もうすぐ着くわね……デリアは少し馬車で待っていなさい。
 これは、私が領主として、主人としての役目だから。
 あなたが関わるべきではないわ!呼んだらいらっしゃい」


 デリアと話が終えた頃、サラおばさんの住む村へと到着した。
 中までは、大きすぎるアンバーの馬車では入れなかったため、入口から歩くことにした。


 馬車から降り、デリアにカルアの骨壺と遺髪、手紙を渡してもらう。


「アンナ様、やっぱり一緒に!」


 デリアの気持ちは嬉しかったが、私は首を横に振りそれを拒絶した。



 ◇◆◇◆◇



 村の入口から一人、真っ黒なドレスを着て歩くと目立つ。
 ましてや、みなが知っているアンナちゃんが、一体どうなっているの?というふうに驚いていた。
 村の中央近くあるサラおばさんの家の前に来たとき、体が震える。
 扉をノックして、サラおばさんが出てきたときに伝えないといけないこと……それを思うと胃に重いものが落ちていくようだった。

 いつまでも扉の前で立っているわけにもいかず、私は息をひとつ吐き、呼吸を整えて扉をノックする。


「ちょっと待ってね!すぐ開けるから!」


 中からサラおばさんの声がした。
 明るく豪快なおばさんのとても落ち着く声だ。
 そんなおばさんをこれから悲しみのどん底に落とすと思うといてもたってもいられなかった。


「はいはい、どなた?」
「こんにちは、サラおばさん……」


 私を見て、サラおばさんは目を見開き驚いたが、そのあと、労わるように笑いかけてくれた。


「アンナちゃん、いらっしゃい!汚いところだけど、入って!」


 そういって家に案内される。
 たまたまだったのか、カルアの家族が集まっていた。
 おばさんにおじさん、弟。デリアが守ってくれたカルアの家族だ。
 私は、カルアの家族にあった瞬間、泣きそうになった。
 だけど、足を踏みしめぐっと堪える。


「アンナ様、お加減いかがですか?」


 カルアの父が私を案じてくれる言葉をかけてくれる。


「えぇ、おかげさまで、来月の終わりには生まれる予定よ!」
「そうですか、それはめでたい!」
「あの……その……」


 いざ、カルアの家族を目の間にすると言葉が出てこなかった。
 何か言おうとすればするほど、言葉に詰まる。


「アンナちゃん、妊婦さんなんだから、ここにお座りな!
 カルアを私たちのところへアンナちゃんが送ってきてくれたんだろ?」


 サラおばさんの泣き笑いを見て、私はせきをきったように涙が溢れてきた。
 私より目の前にいるおばさんたちの方が辛いはずなのに、温かく向かえてくれたことで、罪悪感がまし、口から出てきたのは、ごめんなさいの謝罪の言葉だった。


「いいから、座りなさい。私たち、カルアから聞いていたから、もう覚悟はしていたのよ。
 それに、罪人である娘が、カルアが帰ってきてくれるだなんて……思ってもみなかったわ!
 それだけで、嬉しいのよ!アンナちゃんがアンバーにいてくれてよかった」


 この国で罪人となり、死刑となった場合、遺体は家族返されることはない。
 形は変われど、家族の元に返ってきたカルアを家族は喜んでくれた。
 覚悟はしてたとはいえ、辛いことには変わりないはずなのに、優しい言葉に私ができたことの虚しさを感じる。


「……はい」
「話を聞かせてくれるかねぇ?私たち、カルアから手紙はもらっていたのだけど……よくわからなくて。
 嘘はいらないよ!カルアが何をして、どんな罪を犯したのかを知りたいんだ。
 それが、あの子が生きたという私たちへの記憶だから……」
「わかったわ……カルアが関わった関連の事件について教えるわ」


 庶民が罪を犯した場合、家族に知らされることもない。
 識字率の低い領地で、張り紙をしても読める人が少ないので、口頭で言うことが多かったりするが、罪人の場合は、間違ったことが伝わることもあるので罪状までは言われないこともある。
 遺体が返って来ないので、家族すら知らないこともあるのだ。


「今回、カルアが死罪になったのは、大きく言えばダドリー男爵の陰謀に加担したこと。
 その中でもハニーローズ……私の子どもを毒殺しようとしたことが罪として成立したの。
 ダドリー男爵の陰謀は、公の第三妃擁立に必要な資金集めとして、アンバー領地での多額の補修費や
 収益金の搾取、あとは第一夫人となった私の暗殺が主な罪状よ。
 私や私の子どもの暗殺に加担したのが、カルアだったの」
「……なんてことを。アンナちゃんは、領地をこんなによくしてくれているのに……
 あの子は一体何をしでかしているのよ……」
「僕たち、実はアンナ様が来るまでに、ねぇちゃんから手紙をもらっていたんだ。
 この辺の地名でないところからきたんだけど……」
「私がカルアを犯人だと目星をつけたとき、私の侍女がここを訪ねたと思うけど、覚えているかしら?」
「えぇ、急いで非難するようにと場所を提供してもらいました」
「ダドリー男爵に口封じ印として、狙われていたの。あなたたち家族も含めて。
 証人としてカルアを失うわけにはいかなかったから、名前を変え義母様のところで預かってもらって
 いたのよ。そこからの手紙ね。
 足がつかないようにするなら、一方的な手紙は構わないと言ってあったから……」
「それでだったんだ……」


 私は、お腹の前で抱えていた骨壺を机の上に置く。


「ごめんなさい。守ってあげることができなくて……せめて、カルアの何かをと思ったの。
 遺骨と遺髪……あと、最後に書いた手紙を預かっているわ!」
「謝る必要はないよ……そりゃ、娘がいなくなったんだ……悲しいわけはない。
 でもな、娘がもし、アンナ様をその、殺してしまったとしたら……この領地は、もう死んでしまって
 いたんだ。それくらいのことをしでかしてしまったのに……連れて帰ってきてくれた。
 それだけで……」


 カルアの家族は、それ以上は言葉にならなかった。
 わかっていた、納得している、どうしようもなかった、彼らはそう言い聞かせて、この数か月間カルアの帰りを待っていたのだ。
 私は、彼らを救うことができなかったことに腹が立つ。
 もっと早くに、カルアをとめられていたら……失うこともなかったのだろう……
 いろいろなことが絡み合った領地の危機を一網打尽にして片付けてしまいたいという私の業の犠牲となったのだ。
 悔しくて、情けなくて、机の下で爪が食い込む程手を握った。



 ◇◆◇◆◇



 一頻り泣いたサラおばさんが、目元を拭って私の方に向き直る。
 無理に笑おうとしているのが痛々しくて視線を逸らそうとしたが、受け止めるべきだと思いなおし、サラおばさんを見つめ返す。


「アンナちゃん、バカな娘を返してくれてありがとう……
 私たちを助けてくれてありがとう、領地を守ってくれてありがとう。
 今、私たちはこうして泣いているけど、アンナちゃんがいなかったら、もっと荒んだことになって
 いただろうさ。麦畑のこともそうさ、去年の何倍もの量が取れた。内職や近所の人との付き合いも
 アンナちゃんのおかげで前に進んでいっている。
 私はね、初めて会ったとき、アンナちゃんがまさかここまでこの死にかけた領地のためにしてくれる
 人だなんて思ってもなかったよ。アンナちゃんに会えて良かった。
 娘のことは娘が自分で決めたことだ。きっと後悔せずに旅立ったんだろう。
 辛い選択をさせたのかもしれないね……領地を優先してくれて、たくさんの命を守ってくれて、
 ありがとう……」


 サラおばさんの言葉で、私はまた泣いてしまった。
 私にはこの家族の前で泣く権利すらないはずなのに、三人が温かく声をかけてくれる。
 それが余計苦しくて涙が途切れることはなかった。


「アンナちゃん、私たちはこれからもアンナちゃんの見方だ。
 いつでもなんでも言ってきておくれ!遠慮なんてする必要はないんだから」
「……でも、そんなわけには」
「いいんだ。これは家族で話し合った結果だ。
 アンナちゃんが、カルアのことで胸を痛めていることはカルアの手紙の端々からもわかっていた。
 できることがあるなら、なんだって手伝うからさ、何でも言っておいで!
 カルアがアンナちゃんに誠心誠意仕えられなかった分、私たちが仕えるよ!
 そんなに畏まらなくていいさ!ちょっとした話し相手にでも、子どもが生まれたら馬に乗って遊びに
 来ておくれ!」


 カルアの家族の温かさが身に染みる。
 ありがとうと小さくお礼をいうと、なんてことないさとサラおばさんは豪快に笑った。
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