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公都出発

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「忘れもんないか?」


 ウィルが馬車の中を覗いてくる。
 今日、私たちはアンバー領へと出発することになった。
 エリックと会ってからもう1週間立ったことになるのだ。
 あの日、エリックに何か私の役に立つことはないのかと言われ、咄嗟に思いついたこと、元々考えていたことを伝えた。
 私たちより年下であるエリックは、公の近衛となってから、本当に成長著しいのがわかる。
 春になれば、パルマがローズディアの文官として城に務めることになるのだ。
 そこで、二人が力を合わせて今後のローズディアを守ってくれるよう願うばかりである。
 ちなみに、パルマは私たちと同じ日にトワイスのフレイゼンの屋敷へ帰ることになっているので、別の馬車に乗り込んでいる。


「あのさ、姫さん?」
「何?」
「いいの?」
「うーん、さっきから心は痛んでいるのよ……ほら、この世の終わりくらい泣き叫んでいるからね……
 どうするのが、正解なのかしら……」


 私はわからないと、俯きジョージの泣き声をずっと聞いている。


「アンナリーゼ様はどうされたいですか?」
「できれば、連れて行ってあげたいわ!でも、ジョージア様が手放さないのよ。
 アンナの子どもじゃないんだから気にすることないよって……それをいうなら、ジョージア様の
 子どもでもないのよね……」
「あのくらいの子どもは、母親が恋しいのかもしれませんね。
 いつも側にいたくらいですし……ソフィアからもらえなかった愛情をアンナリーゼ様からもらおうと
 しているのかもしれません」


 私は、悩んだ。
 可愛くないわけはない。あんなに懐いてくれているのだ。
 今しかあげられない愛情があるなら、あげたいとも思う。
 アンジェラ一人育てるのも大変な上にもうすぐ二人目が生まれる。
 それでも、私を呼び泣いている子どもがいれば、ジョージがいれば、手を差し伸べないではいられない。


「ウィル、開けてくれるかしら?」
「ん、仰せのままに」


 茶化しながら、ウィルは馬車の扉を開けてくれる。


「アンナ様……」
「どうしたの?デリア」
「その……なんとなく言いたいことはわかるわ。でも、子どもには何の罪もないから……」


 馬車から降りると、ジョージアの腕の中で暴れまわっていたジョージが大人しくなった。
 ジョージを必死に押さえてたジョージアが、暴れなくなったジョージを見てこちらの向く。


「……アンナ?」
「なんですか?ジョージア様」
「馬車に乗らなくて……」


 ジョージアの話を手で遮るとそれ以上は何も言わず黙ってくれる。


「ジョージ、私と一緒にアンバー領へ行く?あまり構ってあげられないけど、それでも我慢してくれる
 かしら?」


 私の問いかけにわけもわからず、きょとんとしているジョージ。
 手を伸ばせば、ジョージアの腕の中からスルッと私に抱きついてくる。


「ジョージア様、私と一緒にジョージも領地に行きたいって!」
「それは、アンナがいるところに行きたいだけで、領地に行きたいわけではないだろ?」
「そうかもしれませんね!」
「うん、だから……これから、出産も控えているし、向こうに行ったら忙しくなるんだから、ジョージは
 こっちにいてもらう方がいいんだ。ほら、返して!」


 嫌々と首を振って、ジョージはジョージアの腕に帰ろうとしない。


「ジョージア様、連れていきますから、あとでいいので、ジョージの着替えとかいろいろ送って
 ください。少し待つので、何日分か、ジョージの着替えを用意してくれる?」


 屋敷の侍女に頼むと急いで準備をしに行ってくれた。


「アンナ、ジョージを連れていくなんて、大変だよ?」
「かもしれませんが、ここまで私を求めてくれるなら……手を取ってあげたいです。
 もう少し大きくなれば、公都でのお留守番もできるでしょうけど……これほど泣いていたら、体が
 壊れそうですよ」
「でも……」
「大丈夫です、デリアもリアンもいてくれるのでジョージ一人増えたところでなんとでもなります」
「アンナリーゼ様、準備が整いました」
「ありがとう、馬車にのせてくれるかしら?」


 侍女はジョージの着替えを馬車に入れてくれる。
 抱きかかえたままのジョージを地面に降ろし私は視線を合わせた。


「ジョージ、今から私と一緒に領地へ向かいます。
 いいですか?私だけでなく、屋敷にいる私の友人や侍従のいうことをきちんと聞いていいこにする
 のですよ?じゃないと、公都のお屋敷に戻しますからね?」
「やーなの!」


 私の足にしがみついている。
 こんなに慕ってくれているのに置いていくなんて、どだい無理なので私は連れていくことにして良かった。


「じゃあ、行きますよ!手を繋いで」


 そういうと、小さな手は私の手をギュっと握る。


「ジョージア様、行ってきますね!留守を頼みます!」
「それは、本来、俺のセリフなんだけどな……気を付けて行ってらっしゃい!
 また、出産の予定頃になったら、そっちに向かうから!」
「はい、お待ちしています!」


 ジョージの歩みあわせ、馬車までゆっくり向かう。
 馬車に乗り込み領地へと向かった。
 馬車の中では、アンジェラとジョージが終始ご機嫌で私の両隣に座っては甘えてくる。
 ふだん、こんなに一緒にいることがないので、子どもたちも嬉しいようで、実は私の方が嬉しい。


 こんなふうに過ごせる時間は、あまりないのだが、こんな些細な時間が何よりも幸せに感じる。
 領地についたころには、二人ともなれない馬車の旅に疲れて眠ってしまっていたのである。
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