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たまには甘々な日を……でも、しょっぱくない?Ⅱ

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 目的のお店は、前にディルに教えてもらった喫茶店であった。
 聞いただけでも、ウキウキとしてしまいそうな話を聞いていたので、満を持してやってきたのである。


「ディルによるとですね!お茶の表面に絵を描いてくれるらしいんですよ!」
「絵を?」
「はい!興味本位でディルは頼んだらしいのですけど、私が気に入ると思って教えてくれたんです!
 まだ、見たことないので……楽しみですね!」


 敵情視察という名の美味しいケーキを食べに行くことに胸を躍らせ、私は少しだけはしゃいでいた。
 ジョージアとこうして何気ない服装を着て、街に繰り出すのも久しぶりなのも理由のひとつだろう。


「ジョージア様は、もし、描いてもらえるなら、どんな絵がいいですか?」
「そうだな……アンナがいいな。でも、似てなかったら、嫌だから……アンナがいつも大事そうに
 抱えているくまさんでもいいよ!」
「いつもって……そんなにいつもは抱えてませんよ!くまさん、かわいくていいですね!」


 ジョージアの方を向けば、優しく微笑む。
 最近は、専ら子どもたちとの時間を多く取っているせいか、その微笑みは、聖母のようで見ている私が癒される。


「ここですね!」
「あぁ、では、どうぞ!」


 扉を開けてもらい、喫茶店の中へ滑り込む。
 そこは、とても静かで赴きある店内だった。


「いらっしゃい!」


 店の中をキョロキョロすると、店主が声をかけてきた。
 その声も、優しく心に添うような声音で、それだけでふぅっと肩の力を抜いてしまうようだった。


「こんにちは!」
「席は、好きなところをどうぞ!」


 ありがとうといい、ジョージアの手を取り窓際に座る。
 ここには日の光が入っていてほんの少しだけ明るい。店内はどちらかというと落ち着いた雰囲気を出すためかうっすら暗い。


 ジョージアとお品書きと書かれたものを見ていると、いらっしゃいと再度声がかけられた。


「注文は決まってますか?」
「ここのお店でお茶に絵を描いてくれるってきいて!」
「あぁ、その噂を聞いて来てくれたのかい?じゃあ、これがそうだけど……そちらの方も一緒のものに
 されますか?」
「あぁ、それで、頼む!」
「絵は、どうされますか?」
「おまかせとかでも大丈夫なのです?」
「えぇ、大丈夫ですよ!お二人とも同じものを頼んでいただいたので……さっそく作ってきますね!
 他にも注文ありますか?」
「うーん、お薦めの甘味はありますか?」


 私は、何がいいだろうと考えていたが、どれもこれもおいしそうだった。
 なので、どれを頼むか迷う。


「アンナの好きなものを何個か頼めばいいんじゃない?俺も食べるし……」
「甘いの苦手なんですから……無理はしないでくださいね!あっ!ちよこれいとがある!」


 私はバレンタインのときに話をしていた『ちよこれいと』がお品書きにあることに気づいた。


「そちらは、滅多に手に入らないものなのですが、特別に入ったので、今だけ限定となっています。
 そちらにしますか?」
「はい!これと……」
「シフォンケーキはあるかな?」
「シフォンケーキ、ございます!そちらにされますか?」


 ジョージアは、よほど気に入ったのかシフォンケーキを選択したようだ。
 前も確か、シフォンケーキを食べていた気がする。


「あと1つくらいなら、食べられるんじゃない?」
「いいんですか?」
「いいですよ!ほら……」
「うーん……」
「それでしたら、こちらのマカロンはいかがです?食べきれなければお包みすることもできますから!」
「本当?じゃあ、そうします!ちよこれいとケーキとシフォンケーキ、あとマカロン!お願いします!」
「はい、承りました。少々お待ちください!」


 注文を取り終わった紳士的な店主を見送っていると、ジョージアがこちらを見ていた。


「どうかしましたか?」
「いや、いい笑顔だなと思って……」
「そうですか?」
「あぁ、そんな笑顔向けられたのは、結婚式のときくらいか?」
「そんなことないですよ!」
「仲がよろしいんですね?」


 ことっと机に置かれたちょこれいとケーキを私は見つめ真っ黒だ!と驚く。
 ジョージアは、ケーキでなく店主の言葉に頬を緩ませているが、私は気づきもしなかった。


「アンナは、もうケーキで頭がいっぱいかな?」


 その言葉に顔を上げると優しく微笑んでいるジョージアとシフォンケーキを置く店主が目に入った。


「……そ……そんなことないですよ!」
「声が上ずっている!」


 おもしろそうに笑い始めたジョージアに私は恥ずかしくなり、肩をすぼめて小さくなる。
 そんな様子を微笑ましそうに見られているとも知らず、マカロンと紅茶が机に置かれた。
 見るもの見るものが、驚くものばかりで私は机の上のものたちがキラキラして見える。


「仲良さそうに見える?」


 ジョージアが、私にではなく店主に質問をしていた。


「えぇ、とても!今回、おまかせと言っていただいたので、こんなふうに描かせてもらいました。
 お気に召してくれるといいのですが……」


 紅茶の上にクリームがのせられ描かれていたのは、私のカップに大きなくまさんでジョージアのカップに小さなくまさんが描かれていた。


「私のくまさんですよ!」
「俺のもだよ!」
「女性の方には大きなくまさんを男性の方には小さなくまさんを描かせいただいてます。
 とても仲のよさそうなご夫婦のようだったので……」
「私のくまさん、大きなハートを持ってる!」
「俺のくまさんも……同じくらいのハートだ」


 お互いのカップを覗き込み、可愛いねと言い合っていると、クスクスと笑い声が聞こえてきた。


「冷めないうちにどうぞ!」
「ありがとうございます!なんだか、飲むのが勿体ないね……」
「あぁ、そうだな……」
「そう言わずに……!ごゆっくりどうぞ!」


 そういって店主はカウンターへ戻っていった。
 目の前には、件の『ちよこれいと』なるものがある。
 ずっと、食べて見たかったものだ。


「では、いただきます!」


 甘いのかと思って食べたら、意外と大人の味であった。
 ほんのり苦味も残しつつ、香り立つ匂いが不思議な味を口に広げていく。


「どう?おいしい?」
「なんていうか……不思議な味がします!食べたことがないので……ほんのり苦いかな?
 甘くないので、ジョージア様も食べられますよ!」
「甘党には、物足りない甘さかな?」


 そういって、少しフォークで切って口に運ぶジョージア。
 たぶん、好きだろうその味がやはりお気に召したようである。


「これは、美味しいね!確かに、アンナの口には大人過ぎるな!」


 むぅっと頬を膨らませ抗議すると、笑いが漏れる。
 私たちしかいないので、その笑い声も店内に響く。


「お気に召されませんでしたか……?」


 私達のやり取りを聞いていたのだろう、店主が声をかけてきた。


「いいえ、とっても美味しいわ!私が甘党だから、ジョージア様がからかっただけですから、気にされ
 ないで!あの、それより、伺っても?」
「えぇ、なんでしょうか?」
「この『ちよこれいと』って、どうやって手に入れられたのです?」
「たまたまですよ!行商人が、珍しいものだって置いて行ったのです。試行錯誤をしてやっとほんの
 少しだけ出せるようになったんですけど……」
「なるほど……それって、少しだけ分けていただくことは出来ますか?お代はもちろん払います!」
「えぇ、いいですよ!ただ、砂糖がないと……とても食べられたものではないので……
 砂糖もとても高いものですから……」
「砂糖なら、たくさんあるので、大丈夫ですよ!アンバリー領は、砂糖生産に成功しましたから、
 そのうち市場にも出回るくらいはと考えてます!」


 私は店主ににっこり笑いかけると、訝しまれる。
 それも、仕方ないだろう。公爵夫妻が、公都のひっそりした喫茶店に足を運ぶなど、誰が想像できるのか……


「あの、どういうことでしょう?」
「砂糖は、今インゼロ帝国のものを、何か国か経由して入ってきているのはご存じ?」
「えぇ、なので、とても高いのですよね?」
「そうね。でも、国内で賄えれるようになれば、話は変わってくるわ!
 しばらくは、アンバー領の利益のためのものになるでしょうけど……公都にもアンバー領の砂糖が
 出回るのもそう遠くはないってことよ!」
「そんなことが……!」
「あるわ!現実に成功したもの!」


 胸をはり、私は微笑む。


「あの、あなたは……?」
「私は、アンナリーゼ。アンバー公爵よ!」
「…………っ!?」


 とても驚いた顔をしている店主が、急に恐縮してしまう。


「あの……さっきまでの……その……」
「いいのよ!私たち、こっそりお忍びでデートしているだけだから!
 それに、とても雰囲気のいいお店で気に入ったわ!また、きてもいいかしら?」
「えぇ、もちろんです!」
「お忍びだから、内緒でお願いね!」
「はい、それは……それで、先程の申出なのですが……」
「ちよこれいと?もし、砂糖を渡せば、私好みの甘いものが作れるのであれば、不慣れな私の職人より、
 店主におまかせしたいのだけど……お願いってしてもいいのかしら?」
「えぇ、えぇ、かまいません!こんなしがない喫茶店の店主ですが、もし、砂糖の出資をしていただける
 なら……残りのちよこれいとの材料はすべて公爵様にお譲りします!」
「いいえ、ここでも、おいしいケーキをだして欲しいから……一部で大丈夫。
 あとで、砂糖を届けさせるから……もし、可能だったら、お菓子職人にも教えてくれると助かるの
 だけど……」
「アンナ、さすがにそれは失礼だよ!」
「それも、そうですね……」
「いいえ、構いませんよ!私は、ひっそりと店をしておりますが、アンバーの店のお話も聞かせて
 いただいてます!
 絶品のお菓子があるとか……一度、敵情視察……お菓子やそれに相対する飲み物に興味がありました
 から……」
「ありがとう!では、こちらのお菓子職人にもお菓子持参するようにいうわ!
 今日は、美味しいケーキと紅茶をありがとう!マカロンは、やっぱり入りそうにないから、包んで
 いただけるかしら?」


 はいと返事をし、マカロンを持ってカウンターへと下がっていく。


「ジョージア様、おいしかったですね!」
「あぁ、この『ちよこれいと』ケーキなら……いくらかいける気がする」
「よっぽど気に入ったんですね!」
「甘くないし、やっぱりほろ苦い感じがいいね。葡萄酒と一緒に食べてもいいかもしれない!」


 ホクホクしているジョージアに微笑んでいると、できましたと包みを持ってきてくれた。


「では、うちの職人をよこしますから、よろしくお願いします!」


 そういって、少しだけ多めにお金を置いて店を後にする。
 私は、新しいものに出逢えて、嬉しくてたまらなかった。


「たまには、敵情視察もいいですね!また、一緒に出かけてくださいね!」
「もちろんだよ!アンナといると新しいことがどんどん自分に取り込まれていくようで、
 楽しくて仕方がないな!」


 こうして、敵情視察ならぬデートは終わりとなった。
 帰ると、拗ねたアンジェラとジョージが部屋で待っていた。
 持ち帰ったマカロンを二人に渡すと美味しそうに食べている姿を見て幸せを感じる、とてもいい1日となった。
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