上 下
409 / 1,480

開店

しおりを挟む
 開店当時。
 私はハニーアンバー店にいそいそと足を運ぶ。
 デリアも呆れているくらい、ここ1週間は通いづめで、それだけ、開店までの時間が差し迫っていたということだ。
 いよいよ開店だと、うきうきとした気持ちで裏口から入っていく。

 私、ハニーアンバー店の経営者であるので、従業員にも客にも挨拶は必要だろう。
 今日の目的は、誰彼構わず挨拶することであった。
 ただ、お腹もだいぶ膨らんできているので、ときたま店に出るだけでいいとニコライには言われてもいる。
 ニコライも店主ぽく振る舞えていることを鑑みて、その言葉に甘えようと考えてはいる。


「おはよう!」
「おはようございます、アンナリーゼ様」


 集まった店の従業員を私は見回す。
 2階のカフェも併せ、30人と手伝いに来てくれている三商人、ニコライ、私が一同にかいす。


「今日から、お店を開店するのだけど、みんなどんな気持ち?」


 従業員たちが口々に自分たちの想いを発する。
 準備に準備を重ねたから大丈夫だというもの。練習はしたけど、心許ないというもの。
 漠然と不安だと溢すもの。
 みなの顔を見れば、だいたいその人が今どんな感情を持っているのかわかる。


「はい、そこまで!みなの気持ちはわかったわ!
 じゃあ、私から。
 今日、ハニーアンバーローズディア公都店が開店します!
 このひと月、みなに助けられて、このお店も人も整えてきました。
 とても、良くなったと思うの!ここまでにしてくれて、本当にありがとう」


 私がお礼を言うと、目に涙を浮かべるものがいた。
 ただ、まだだ。今は、涙を流している場合では、ないのだ。


「アンバー領そしてコーコナ領の未来のために、このお店を窓口に、みなが領地の宣伝を
 してくれるようお願いするわ。
 このお店の従業員であり、みなは2つの領地の領民でもあるの。
 そのことを忘れずに、来られたお客への対応をお願いね!
 まだ、不安はあるかもしれないけど、何かあれば、ニコライたちを頼ってちょうだい!
 必ず、力になってくれるはずだから!私も今日は、いるからいつでも声をかけてね!」


 先ほどまで不安そうにしていた従業員たちも、少しだけ緊張感が取れたのかホッとした顔をしている。
 でも、まだ、これから店が開いてからが本番だ。
 気を引き締めてもらわないと困ると、私の心配はよそに、ニコライがパンパンと手を叩く。


「おはようございます!
 今日から開店ですけど、今までは店も僕たち従業員も開店するための準備期間でした!
 あの扉の鍵を開けた瞬間から、本番が始まります!
 このお店は、アンナリーゼ様が領地や領民を思って作ったものですから、一人一人が
 それを意識し、領地や領民へ還元できるよう頑張りましょう!
 そうすれば、僕たちが売りたい商品の質も上がるし、お店も繁盛するし、何よりやり
 がいに繋がります。
 アンナリーゼ様が掲げた領地改革に少しでも貢献できるよう、また、来てくださった
 お客が何度も足を運びたくなるようなお店づくりを共にしていきましょう!」


 ニコライには珍しく、茶目っ気のある笑いをし、従業員たちの緊張をほぐしている。
 さすがの成長だなと感心しているとまだ、続きがあるようだった。


「今は、領地と公都の2店舗ですが、トワイスの王都にも店があることを忘れずに。
 来年の春には、あちらも開店させるので、そのとき、今いるメンバーの中から何人か
 上役としてついてきてもらいます。
 毎日の仕事です。どんな日もありますが、今日から一緒にアンバー領、コーコナ領を
 支える一翼となって頑張りましょう!」


 ニコライが、私よりとてもしっかりした話をしている。
 ずっとこの日のために考えてくれていたのだろう。
 不安に思う従業員へのニコライの叱咤激励は、私の心にも響いた。


「今日も1日、よろしくお願いします!」
「よろしくお願いします!」
「では、アンナリーゼ様、開店しますね!」


 私に声をかけ、ニコライが玄関の扉の鍵を開けに行ってくれる。
 後ろには、二人の従業員が付き従っていた。
 鍵を開けるとその二人が扉を開け、ニコライが真ん中に立った。


「大変、お待たせしました!本日より、ハニーアンバー店開店です!
 ごゆるりと、アンバー領コーコナ領の産品でお楽しみください!」


 深々と丁寧に頭下げ、にこりと笑うとニコライは脇に寄る。

 外で待っていてくれたお客が、ゆっくりゆっくり中に入ってきた。階段からその様子を見ていた私は、ホッと胸を撫で下ろした。


 思ったより、多くの客でにぎわっている。
 とくに驚いたのが貴族の夫人や令嬢だった。
 当初の予定では1日に2、3人、1週間で15人も来てくれたら多いわよねとニコライと予想をたてていたので、その人数の多さに驚いた。

 カレンの効果なのか、ニコライが貴族に召喚されたときに説明をしていたと言っていたからだろう。
 私は、階段の上からその様子を見ていた。
 従業員みなが、それぞれの対応をきちんとしてくれている。
 むしろ、私が出ていくことで、せっかく雰囲気よく頑張ってくれているみなに申し訳なくなる気がしたので、そっと2階へ上がっていく。


「キティ」
「アンナリーゼ様、御用でしょうか?」
「予想以上に貴族のご婦人や令嬢が来ているわ!気持ち多めにケーキを用意出来るかしら?」
「畏まりました!午前の分と思って焼いた分がありますが、今からケーキを焼きますね!
 クッキーの方も作った方がいいですか?」
「そうね……予想外に多い来客だから、そうしてくれると嬉しいわ!
 あと、お店が終わった後に、みなにもクッキーを渡してあげてほしいの!
 緊張もしているだろうし、そんな中1日頑張ってくれたささやかなお礼よ!」
「それは、みな喜びますね!早速作ります!」
「仕事、増やしてしまってごめんね……」
「いいえ、みなのことを思えば、たいしたことではありませんから!
 アンナリーゼ様は、下には行かれないのですか?」
「えぇ、顔を出そうかと思っていたのだけど……下手に私が行って雰囲気を壊すよりかは
 みなに任せてもいいんじゃないかって思ったの!
 だから、こそっとしておくわ!貴族の方にいたら、私だとバレてしまうから……あちら
 側でいるから、何かあったら呼んでちょうだい!」
「はい!」


 キティに私の居場所を伝え、そっと見守ることにした私。
 仕事道具ももちろん持ってきていたので、机にそれらを並べていく。
 ただし、見られてもいいものばかりなので、それほど多くの仕事を持ってきているわけではない。
 頬杖をついていると、隣の部屋がにぎわってきた。
 あぁ、お客が2階にも登ってきたのだなと思うと嬉しい。
 耳をそばだてて聞いていると、なかなかいい手応えのようだった。


 この分だと、このお店も上手く行きそうね!
 明日からも経過を見て行かないといけないけど……とりあえず、受入れてもらえたと感じる初日を嬉しく思い、胸を撫でおろす。


「私も緊張していたのね……」


 ひとりごちたとき、ことっとリンゴのケーキが置かれる。


「今日のケーキです!今日までアンナリーゼ様にも、ご褒美が必要ですよね!
 味見してください!」


 キティが持ってきてくれたケーキを思わず凝視してしまう。


「あっ!アンナリーゼ様の分だけ特別ですからね!生クリームがお好きだって領地で
 ウィル様やセバス様に聞いたので……たっぷりのせておきました!」


 可愛らしく笑うキティに私も微笑み返す。


「いただくわ!おいしそうね!ありがとうキティ!」


 少し大きめの声でお礼をいうとキティは頬を染め、気に入ってくださると嬉しいです!と言葉を残し厨房へと戻っていった。
 一口切り分けて、口にほうり込むとリンゴの甘酸っぱい匂いと砂糖の甘味、生クリームが口いっぱいに広がって幸せな一時を味わう。


「……おいしい」


 キティが作ってくれたリンゴのケーキを従業員たちより先に舌鼓するのであった。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

【完結】いせてつ 〜TS転生令嬢レティシアの異世界鉄道開拓記〜

O.T.I
ファンタジー
レティシア=モーリスは転生者である。 しかし、前世の鉄道オタク(乗り鉄)の記憶を持っているのに、この世界には鉄道が無いと絶望していた。 …無いんだったら私が作る! そう決意する彼女は如何にして異世界に鉄道を普及させるのか、その半生を綴る。

僕は君を思うと吐き気がする

月山 歩
恋愛
貧乏侯爵家だった私は、お金持ちの夫が亡くなると、次はその弟をあてがわれた。私は、母の生活の支援もしてもらいたいから、拒否できない。今度こそ、新しい夫に愛されてみたいけど、彼は、私を思うと吐き気がするそうです。再び白い結婚が始まった。

【完結】私はいてもいなくても同じなのですね ~三人姉妹の中でハズレの私~

紺青
恋愛
マルティナはスコールズ伯爵家の三姉妹の中でハズレの存在だ。才媛で美人な姉と愛嬌があり可愛い妹に挟まれた地味で不器用な次女として、家族の世話やフォローに振り回される生活を送っている。そんな自分を諦めて受け入れているマルティナの前に、マルティナの思い込みや常識を覆す存在が現れて―――家族にめぐまれなかったマルティナが、強引だけど優しいブラッドリーと出会って、少しずつ成長し、別離を経て、再生していく物語。 ※三章まで上げて落とされる鬱展開続きます。 ※因果応報はありますが、痛快爽快なざまぁはありません。 ※なろうにも掲載しています。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

踏み台令嬢はへこたれない

三屋城衣智子
恋愛
「婚約破棄してくれ!」  公爵令嬢のメルティアーラは婚約者からの何度目かの申し出を受けていたーー。  春、学院に入学しいつしかついたあだ名は踏み台令嬢。……幸せを運んでいますのに、その名付けはあんまりでは……。  そう思いつつも学院生活を満喫していたら、噂を聞きつけた第三王子がチラチラこっちを見ている。しかもうっかり婚約者になってしまったわ……?!?  これは無自覚に他人の踏み台になって引っ張り上げる主人公が、たまにしょげては踏ん張りながらやっぱり周りを幸せにしたりやっと自分も幸せになったりするかもしれない物語。 「わたくし、甘い砂を吐くのには慣れておりますの」  ーー踏み台令嬢は今日も誰かを幸せにする。  なろうでも投稿しています。

勇者パーティーを追放された俺は辺境の地で魔王に拾われて後継者として育てられる~魔王から教わった美学でメロメロにしてスローライフを満喫する~

一ノ瀬 彩音
ファンタジー
主人公は、勇者パーティーを追放されて辺境の地へと追放される。 そこで出会った魔族の少女と仲良くなり、彼女と共にスローライフを送ることになる。 しかし、ある日突然現れた魔王によって、俺は後継者として育てられることになる。 そして、俺の元には次々と美少女達が集まってくるのだった……。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

処理中です...