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ハニーアンバー店開店準備Ⅴ

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「アンナリーゼ様、招待いただいきありがとうございます」


 手紙を出したうちの一人が、ハニーアンバー店を訪ねて来てくれた。
 カレンとその夫である侯爵を私は笑顔で店に招き入れる。


「ようこそ、おいでくださいました!ささ、どうぞ!」


 両開きの扉を従業員たちが開いて中へと案内する。
 今日は、私がまず挨拶をし、その後、ニコライに対応を任せてみようと考えていた。

 二人が店に入ったとき、まず、何より奥を見せようと私は控えめに後ろに下がる。
 すると目についたのだろう、カレンが侯爵に声をかけていた。


「旦那様、奥を見てください!
 あれ、戴冠式でアンナリーゼ様が着てらっしゃったドレスですわ!」


 少し頬を染め子どものようにはしゃぐカレンに私は驚いた。
 いつもの、妖艶ななりを潜め、可愛らしい少女のようだ。


「カレン、アンナリーゼ様が驚かれているよ!」


 侯爵がカレンを諌めるが、後の祭。
 私はカレンの新たなる魅力を発見した。


「カレンって侯爵の前では、少女のようなのね?
 いつもは、みなを惑わせる美しい蝶のように、艶っぽいのに……」
「あら、アンナリーゼ様だって、公爵様の前では可愛らしい奥様されていますでしょ?一緒ですわ!」


 恥ずかしかったのか、侯爵の腕にきゅっと捕まりながら、カレンは多少非難がましく私に訴える。


「ふふ、そうね。カレンの可愛らしい一面が見れて、私は嬉しいの!
 さぁ、店内をゆっくり見て回ってちょうだい。
 手前は庶民を想定して価格も低めにしてあるものが多いわ!」
「なるほど、秋に向けての装い、冬に向けての装いか……よく考えられている配置だ」
「あっ!葡萄酒がありますわね!」


 目ざとく葡萄酒を見つけたカレン。


「それは、『赤い涙』ではないですよ!最近作ったもので、少し渋みが強いようです。
 庶民向けにならと、出してみたのですけど、まだまだ、蒸留酒のほうが主流ですから、
 葡萄酒が売れないような気がして少し控えめにしてあるの」


 取りやすいように斜めにした木箱に入れて酒類を置いてあるのだが、置いてあるのは7対3で、蒸留酒のほうが多くなっている。
 葡萄酒は貴族にしか流行らせていないため、売れるか怪しいのだが、それでも、特産品にしてるから置かないわけにもいかない。


「これは、アレですの?」
「アレですよ!カレンにも売る約束をしていたもの。
 あとで試飲する時間をとりますから、そのあとどうするか考えてもらえばいいですよ!」


 私は押し付けがましく言わず、カレンが飲みたいと思ってもらえるものを提供したい。
 こちらから提供して外れだったとなると、お店への影響もあるし、カレン自身からの評価が下がってしまう。
 葡萄酒の愛飲家となっているカレンには、好むものを提供したい。だからこそ、味をみたうえで購入を促すことにした。


「次はこちらに!」


 もう一つ奥に入ると、格段に物が上質なものに変わる。
 それによって、値段も跳ね上がるのだが、着飾ることが貴族にとっての見栄でもあるため、目を輝かせて見ているカレンに私はホッと胸を撫で下ろした。


「ここからは、ニコライが接客させていただきますわ!」
「ちょっと……」
「えぇ、えぇ、大丈夫ですよ!
 アンナリーゼ様がこんなに丁寧にお店を説明して下さったのですもの。
 ゆっくりなさって!」


 私は、椅子を用意してもらい入口付近に陣取った。
 ニコライの説明を聞いて、微笑む二人を見れば、なかなかの手応えを感じる。
 何より、侯爵様が、今日の記念としてカレンにドレスをプレゼントするようで喜んでいるのがわかった。
 どれもこれも一点ものにつき、早い者勝ちになるのだが、作ってあるドレスもこれから作るのもその買ってくれた人のためのドレスと考えている。


「では、こちらで手続きを……」


 貴族は、現金を持ち歩かない。後日、商人が屋敷に取りに行くのだが、間違わないように店と本人とで組み合わせてお金の回収をする。


「サイズの直しについては、今お時間があれば、させていただきますが……いかがですか?」
「ここで、できるの?」
「はい、この奥に試着室がございます。専用の従業員がいますから、そちらでお直しをさせていただき、
 後日お届けとなります」
「では、持ってきていただいたときには、すぐにでも着れるということね!」
「はい、そうです!いかがされますか?」


 カレンは侯爵を見上げ、どうしようかと悩んでいるようだった。
 こういうときは、私の出番である。


「カレン、お買い上げありがとう!サイズ直しは、ここでしていったらどうかしら?
 侯爵には、私からお茶の用意があるから!」
「それなら……旦那様、少しお待ちください!」


 カレンは、そのまま従業員に案内され試着室へと向かう。
 一人残された侯爵を私が2階へと案内する。


「侯爵は、こちらへ!2階にはカフェを用意してるので、ゆっくりお茶を堪能ください!」
「へぇーそういうものまであるのかい?」
「えぇ、用意しましたわ!下で買い物をしてもらい、2階で少し休憩を兼ねてお茶をと思いまして。
 こちらに、どうぞ!通りに面していますから……」


 部屋を半分にしてあり、貴族側と庶民側となっている。いざこざは、避けたいが、どちらにも楽しんでもらいたいのだ。


「アンバー領特産品の紅茶と、お菓子を用意しますね。甘いものは大丈夫です?」
「あぁ、大丈夫ですよ!」


 私は、ウエイトレスにお願いして持ってきて、お茶とクッキーを持ってきてもらう。


「クッキーかい?あまり、珍しくないように思うが……」
「カレンと一緒にケーキを食べていただきたいので、甘さを控えたものです」
「なるほど……これも、アンバー特産ですか?」
「えぇ、そうですね!小麦と砂糖に関しては、アンバー領で作っています!」


 なるほどと侯爵はひとつ頷き、クッキーを口にほりこむ。
 サクッとしたくちどけに、驚いていた。


「これは、うまい!もうひとつ……」


 そういって手を伸ばすこと5回。


「もう、ないのか……これは、とても美味い!
 砂糖も特産と言っていたが……輸入ではないのかい?」
「えぇ、今年、試作品として作りましたが上手くできたので、来年は大量に作る予定をしているところ
 ですよ!」
「なるほど……インゼロからの輸入とばかり……」
「そうですね、輸入でしたからとても砂糖が高かったと思いますわ!自領で作れれば、
 こういったお店にも展開出来ますし、今後は、領地外でも商品として展開していくつもりですわ!
 砂糖が身近になれば……ちょっとした贅沢として甘味も普及しますからね!」


 侯爵と話しているとそこにカレンが声をかけてくる。


「とても香ばしい匂いがするのですけど……」
「今、クッキーをいただいたんだよ!カレンもいただくかい?」
「クッキーですか?それは、美味しそうですわ!」
「せっかく、カレン様もいらしたのですから、今度は違うものをお出ししましょう!
 ニコライ、キティにお願いしてきて!」
「畏まりました。少々お待ちください!」


 カレンを案内してきたニコライに声をかけて、キティが作ったケーキを出してもらうことにした。
 今日のために、残しておいたリンゴでリンゴパイを作ってもらったのだ。


 ことっと置かれたお皿にのるリンゴパイは、甘い香りをさせツヤツヤと光っている。
 お茶も冷めてしまっていたので新しいものとかえてもらい、早速すすめてみた。


「いただいたりんごを熟成させて作ってみましたの。どうぞ、召し上がってみてください!」


 私が生クリームが好きなをキティは知っているのか、リンゴパイの隣に少しだけ盛ってある。
 これ、絶対美味しいやつだ!と私も目の前に置かれたパイにナイフをそっと入れた。
 リンゴのシャリっとした感触が微妙に残っていて、味を想像させる。
 ごくっと唾を一飲みしてから、早速口に運ぶ。
 その様子を侯爵とカレンは見守っていた。


「うぁあ……美味しい。生地はサクッとしてて、中のリンゴの甘みと酸味と匂いがいいわ!」


 私はフォークを持つ反対側の手でほっぺたに思わず手をあてる。
 美味しすぎて、ほっぺたが落ちそうで、慌ててもう一口口にほおりこんだ。
 その様子を見て、二人もそそくさとナイフで切れ込みを入れ口に運んでいる。


「まぁ!程よい甘さにリンゴの酸味、なんてちょうどいいバランスなのでしょう!
 リンゴのいいところ余すことなく出ていますわね!」


 侯爵は無言で、一切れ食べた後は黙々と食べている。
 美味しいってことだろうと私は二人を見て頷くと、ペロッと食べてしまった侯爵。


「はぁ……こんなに美味いデザートは初めて食べるよ!もうひとつ……」
「旦那様!食べ過ぎですわ!」
「でも、しかしだな!これは……うますぎるリンゴパイが悪いのであって……」
「もぅ!旦那様ったら!私のをあげますから……」
「あら、カレンはお気に召さなかったかしら?」


 カレンが侯爵に自分の分を渡そうとしたので、私は思わず声をかけてしまった。


「いいえ、とっても美味しいです!出来れば、もう1つ食べてしまいたいくらい……」
「なら、それは、カレンが食べて!旦那様には、特別にもうひとつお出しするから!」
「えぇ、いいわ!作った職人も喜ぶでしょう!あっ!でも、次から買っていただけると
 嬉しいわね!今日は、招待させていただいたから、特別です!」


 イタズラっぽく笑うと、カレンも嬉しそうにしている。
 とても気に入ってくれたようだ。


「季節によって、そのときに1番美味しい材料を使って、ケーキやパイは作ろうと思っているの。
 だから、季節季節に楽しんでもらえると思うわ!
 ニコライ、侯爵にもう一皿とお土産用にリンゴパイとクッキーを包んでくれるかしら?」
「準備いたします」


 ニコライは厨房へ行き、その代わり侯爵への一皿をウエイトレスが持ってきてくれる。
 お土産は、帰る前に用意するようだ。


「今日、呼んでいただいて良かったわ!さっそく、お友達に自慢しますわ!
 旦那様もお店の宣伝してくださいね!」


 二皿目もペロッと食べてしまった侯爵は、当たり前だとカレンに返していた。
 今日のお披露目は、なかなかの成功をおさめたようだ。

 帰りの手土産に先程のリンゴパイと新しい葡萄酒を持たせると二人は微笑みあって帰っていく。
 見送り扉を閉め、しめしめとニコライと悪い笑みを浮かべ合うのであった。
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