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無礼講

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 今日は、ディルとデリアの結婚式だった。
 屋敷でする最初で最後の結婚式だろう。
 侍従にここまでするとは……と、どっかの公なら言うだろう。
 でも、私にとって、この二人は特別であり、デリアに関しては、なくてはならない存在である。
 これくらいのことで、喜んでもらえるなら、いくらでもしようと思っているところだ。
 何せ、私と出会ったがために、どれだけの苦労をさせたことか……計り知れない。
 そのせいで、南の方の領地は、また、お金の工面に困っているかもしれない……ここの費用は、また、そこから引き出したのだから。
 まとまったお金が入ったら……戻すつもりだけど、今の所、その予定が少したてれていない。

 侍従は道具だという人もいる。
 でも、それは違う。彼彼女たちにだって心があり、生活があり、愛する者がある。
 それらを守るのも爵位を持つ私の仕事で、主人としては当たり前のことだ。
 道具だなんて言える人の頭はどうかしているとしか思えない。

 でも、対価に似合った仕事をしてくれないと困るので、そこはなれ合いではなく、主従の線引きはしっかりしなくてはならないと考えている。

 ただし、今日はアンバー公爵家のお祭り。
 そんな日は無礼講で構わないだろう。


「アンナリーゼさまぁ、お屋敷に……帰ってきてくださいよ……
 いらっしゃらなかったら、寂しくて寂しくて……」
「そうですそうです!領地ばかり……私たち、公都の屋敷でアンナリーゼ様の帰りを
 ずぅーっと待っているんですよ!
 また、すぐに領地に行くだぁなんて言わないでしょうね!」


 目の座った侍女と料理長が私に絡む。
 だんっと机を叩き、子どもたちは驚いたようだ。


「ごめんなさいね。領地が落ち着いたら、公都に戻ってくるから……それまでは、ここを
 しっかり守ってちょうだいね?
 私、公都の屋敷をしっかり守ってくれているみんながいるから、好き勝手に飛び回れる
 のよ!安心して帰ってこれる屋敷があるっていいね!」


 さっきまで目の座った二人が、今度はうわぁんうわぁんと泣き崩れてしまった。
 周りを見回すと他の侍従たちも目を潤ませたり、目頭を押さえたりしながら、その二人の泣き声を聞いている。
 今日は、めでたい日なのに、デリアを始めみんなが泣いていてどうしたものかと悩ましい。


「ほらほら、大丈夫?」


 私は、すくっと立ち、二人の後ろに行って、それぞれの肩に手を置く。
 振り返って、二人とも私に抱きついてきた。


「アンナリーゼざま……」
「はいはい、なんですか?」
「ご無理は、なさらないでくだざい……お体を第一に、長生きしてくだざいね……」


 泣きながら訴える。
 私は少しだけ、胸が痛い。
 長生き……は、たぶん出来ない。
 長く生きられたとしても……あと10年くらいなのだ。それでも、侍従たちの気持ちは嬉しかった。
 命の期限があろうとも、私は諦めないけど……『予知夢』は私を蝕んでいく。


「わかったわ!長生きする!だから、みんなも長生きして、私にうんとおいしいご飯を
 食べさせてくれたり、おもしろいお話聞かせてくれたりしてね!
 私が長生きするってことは、みんなにもいっぱい迷惑かけちゃうけど……許してね!」
「むしろ、もっと我儘言ってくれてもいいくらいだ!
 今度、とびっきりのケーキ焼いてやるから食ってくれ!」
「じゃあ、俺は、カモの肉を使ったサラダだ!」
「私は、髪を整えますわ!」
「えっとえっと……私は、綺麗なお花を飾ります!」


 口々にみなが私のためにしたいことを言い始める。
 そんなことを言ってくれる侍従が、他の屋敷にもいるのだろうか?
 私は嬉しくなって、目尻をそっと拭う。


「アンナは、人気者だね。妬けてくるよ」


 後ろで私を支えにきたジョージアも一緒になってみなの話を聞いている。
 少しだけ不満だけど、好かれている私を誇らしく思ってくれているようだ。


「妬けるくらい人気者になれたのは、ジョージア様が私と結婚してくれたからですわ!
 ありがとうございます!」
「どういたしましてと言いたいところだけど……俺の方が、アンナにお礼を言わないと
 いけないよね。
 たくさんの候補の中から、俺を選んでくれてありがとう」
「いえいえ。ジョージア様の虜ですから!」


 冗談ぽく笑うと、ジョージアも回りにいたみんなも生暖かい視線が集まってきた。
 なんだか、急に恥ずかしくなってくる。


「ほ……ほら、私、みんなとも出会えてよかったわ!
 最初は、たくさん喧嘩もしたけど……私をアンバーの一員として快く迎え入れてくれて、
 ありがとう!
 これからも、子ども含め、よろしくお願いね!」
「はい、もちろんです!」


 今日は、結婚式なのだから……主役を祝ってほしいところであるが……どうもこちらに注目が集まってしまった。


 私は、そのままジョージアにお願いして、主役のところへ連れて行ってもらう。


「ディル、デリア」
「アンナ様!」


 頬を少し赤らめているデリアは、今日の主役にとても相応しく可愛らしい花嫁だ。


「結婚、おめでとう!」
「ありがとうございます」


 ディルが立ち上がれば、デリアも遅れながら立ち上がり、お辞儀をする。
 その二人の姿は、とても美しい。


「こんな日にあれなんだけど……」
「なんでしょう?」
「これからも、二人には迷惑をかけると思うけど……どうぞ、よろしくお願いね!」
「「もちろんです」」


 二人の声が重なったことで、驚いたようで見つめ合っていた。


「んー仲良くやっていけそうかしらね?」
「どうでしょう?私の努力次第ではないでしょうか?アンナリーゼ様を慕う気持ちには
 まだまだ、勝てそうにありませんから……」
「ディルにしては、弱気ね?」
「主人に対して失礼ですが、アンナリーゼ様の人誑しは、後くせが悪うございますから……
 みんな魅了されてしまいますからね」
「ディルもその口でしょ?」


 デリアに言われ、肩をすくめているディル。


「確かに、想像の斜めを行ってしまうアンナリーゼ様は、実に私の心を躍らせてくれる人
 ではありますからね!
 私の忠誠はアンナリーゼ様に、愛情はデリアへと上手に振り分けますよ!」
「私、そんなふうに思われているのね……気を付けるわ!」
「アンナリーゼ様は、アンナリーゼ様だからこそ、みなが慕うのです。
 そのままでいてください。その方が、きっと、みなの人生もおもしろく彩られますから!」
「どこに行っても、何をしても、アンナはアンナってことだよ!」


 みなに褒められているのか、貶されているのかよくわからない状況であったが、交代でこの宴に侍従たちが参加してくれているので、どんどん人が入れ替わる。
 それでも、この日の熱量は変わることなく、夜まで騒ぎ続けたのであった。
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