上 下
357 / 1,480

火葬

しおりを挟む
 火葬をしてくれるしてくれるところをニコライから今朝聞き、早速、向かうことにした。
 荷台にカルアを横たわらせ、私とノクトが御者台に座り、デリアも荷台でちょこんと座っている。


「公世子様のせいで遅くなってごめんね……」


 返事のない荷台へと声をかける。
 カルアには白いシーツをかけられているので、誰かの目に触れることはないが、カルアを誰かに晒すつもりはないのでデリアがシーツが捲れないようご細心の注意を払ってくれていた。

 ニコライに教えてもらったのは、公都の外れにある古ぼけた教会であった。
 公世子からの手紙を握りしめ、私は教会の正面扉を開く。


「ごめんください!誰かいらっしゃいますか?」
「はいはい、少々お待ちください!」


 教会の奥から、くたびれたおじいさんがゆっくり出てきた。
 人が来ることも珍しいというふうなところだろう。
 服装を見る限り、聖職者であることがわかる。


「こんにちは、今日はどうされましたか?」


 私を見るなり、にっこり笑いかけてくる。
 気の優しそうなおじいさんに私も笑いかけ、公世子からの手紙を渡した。


「公世子様からですか?」
「はい、家族の火葬をお願いしたくて……」
「ここいらの人々はみな土葬されますけど、本当に火葬でよろしいのですか?」
「えぇ、あの子が本当の家族の元に帰るまで、相当数の日にちが必要なのです。
 それならと思い……」
「かしこまりました。準備をいたしますので、お待ちください!」


 私はしばらく待っていると、準備が整ったとおじいさんが私を呼びに来れた。
 外で待機していたノクトとデリアに私は声を掛けに行く。


「ノクト、カルアを連れてきてくれる?」


 私の指示に従い、ノクトは荷台からシーツに包まれたカルアを抱きかかえて連れてきてくれた。
 大きな石窯のようなものの前に私たち三人はおじいさんに案内され、鉄板の上に遺体を置くように指示を出された。
 ノクトがそっとその上にカルアを横たわらせる。


「最後にお嬢さんへ声をかけて差し上げてください」


 おじいさんに声をかけられ、私とデリアはカルアの側に近寄る。

 当たり前だが、カルアには血の気がなく真っ白な肌をしていた。
 冷たいその頬をそっと撫でる。


「カルア、ごめんね……」


 デリアの頬を静かに涙が流れる。
 私より長くカルアと一緒にいたのだ。
 その涙の意味は聞かないけど、心の中で、デリアにも謝る。


「デリア、こっちにいらっしゃい」


 素直にこちらに来て隣に並びたったデリアの頭を引き寄せ抱きしめる。

 すると先程まで、静かに泣いていたデリアが嗚咽と変わる。
 よしよしとデリアの頭を撫でてあげ、落ち着くまでそのままずっと撫で続けた。
 カルアとデリアは、仲が良かったとディルに聞いていた。
 同じ時期に公爵家のメイドとして入って、二人で切磋琢磨していたのだそうだ。
 先に、侍女に昇格したのはカルアらしいのだが、それもデリアは自分のことのように喜んだと聞き及んでいる。
 こんなことなるとは……というのが、デリアの本心ではあろう。
 私やジョーへの暗殺未遂を止めたのもデリアである。
 私にもカルアにもどちらへも心を寄せていたのだ、無念でならないに違いない。


「デリア……」


 呼びかけると、グズグズと泣いていたデリアは目元を拭い笑いかけてきた。
 痛々しい程の笑顔に私はかける言葉が見つからず、曖昧に笑うしかなかった。
 私がおろした裁可の結果が、目の前に横たわるカルアなのだから。


「その大丈夫……?」
「はい、大丈夫です。
 わかっていたことですから……取り乱してしまって申し訳ありません」
「いいのよ、カルアを守ってあげられなくてごめんなさい」
「アンナ様が謝ることではありません。バカなカルアがいけないのです。
 最初にアンナ様の配下にならないかと誘ったのに……断ったのはカルアですからね!
 仕方ないです」
「でも……」
「大丈夫です。泣かせていただいてスッキリしました。
 カルアの分も私は生きますし、アンナ様を守ってみせます!
 私、アンナ様に拾われたからこそ今の自分がありますから友達として涙は流しても、
 同じくアンバーに仕えるものとしては、カルアのこと、許しているわけではありません」
「そう……」


 今度こそ、スッキリしたという顔で笑いかけてくるデリア。
 私もそれに応えて、ぎこちなく笑う。


「アンナ様に見送られるのです。カルアは幸せですよ!」


 そう言ってデリアは持ってきた花を私に渡す。
 あの世というところには、川があって、そこまでは真っ暗らしい。
 川まで歩くための灯りとなるよう百合の花を死者には持たせるのだそうだ。
 ほら、ランプみたいでしょ?とデリアに言われ頷いた。
 あと、その後、渡瀬船に乗るそうで、銅貨1枚を持たせる慣わしになっているとのことで、私はカルアの手に銅貨を握らせる。


「お別れは済みましたか?」


 おじいさんに話しかけられ、済んだと伝えると、石窯へとカルアを運んでいく。


 今度は正しい主人の元へ……自由な人生を……カルアへの手向けの言葉を心の中で呟いた。


 カルアが収まった石窯の扉が閉じられる。


「火葬が終わるのには、2時間から3時間ほどかかります。その間は、どうされますか?」


 問いかけられ、私はデリアとノクトを見比べ、城へ行くことに決めた。


「すみません、一旦戻ります。
 また、3時間後にこちらを訪ねますので、どうかカルアをよろしくお願いします」
「とても大切にされていらっしゃったんですね」


 おじいさんにそう笑いかけられると、私は辛い。
 カルアに毒を渡した張本人なのだから……大切にしていたとは違うのだ。

 私たちは戻る約束を言って、頼んでその場を後にした。
 城へ三人で行き、公世子にカルアを火葬しているという報告をし、今日の分の裁可へサインをしていく。
 爵位の低いものや高官、近衛に関しては、申し開きをしても覆すつもりはなかった。
 命を取るものではなかったため、どんどん裁可のサインを書き入れていけばいいだけなので、作業としてデリアに手伝ってもらいながら書き入れていく。

 ちょうど裁可のサインが終わった頃に教会へ向かう時間となり、公世子の執務室を後にしようとした。


「アンナリーゼ」
「何ですか?」
「昨日の答えを昼から伝えたい。また、寄ってくれるか?」
「いいですよ!一旦屋敷戻ってから、また、伺います。
 少し遅くなるかもしれませんが、お待ちください」


 構わないと公世子が言うのを聞いて、私たちは執務室を退出して、あの古ぼけた教会へとカルアを迎えにいくのであった。



 ◆◇◆◇◆



「こちらになります」


 おじいさんから渡されたツボに収まったカルアを私は大事そうに抱える。
 1つのツボには入りきらず、2つに分かれていた。

 デリアと1つずつ持ち屋敷まで向かう。


 私の執務室に真新しい骨壷が2つ並ぶ。


「もう少し待っていて……家族の元へ連れて行ってあげるから……」


 今回の件を全て終わらせて領地に戻るその日まで、カルアには私の側で待っていてもらうしかない。
 ディルに言って、開かないよう箱を用意してもらった方がいいだろうか。
 まだまだ裁可が終わらず帰れない領地。
 遅くなるけど、必ず連れて帰るからねとそっとツボを撫でるのであった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

悲恋を気取った侯爵夫人の末路

三木谷夜宵
ファンタジー
侯爵夫人のプリシアは、貴族令嬢と騎士の悲恋を描いた有名なロマンス小説のモデルとして持て囃されていた。 順風満帆だった彼女の人生は、ある日突然に終わりを告げる。 悲恋のヒロインを気取っていた彼女が犯した過ちとは──? カクヨムにも公開してます。

側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります。

とうや
恋愛
「私はシャーロットを妻にしようと思う。君は側妃になってくれ」 成婚の儀を迎える半年前。王太子セオドアは、15年も婚約者だったエマにそう言った。微笑んだままのエマ・シーグローブ公爵令嬢と、驚きの余り硬直する近衛騎士ケイレブ・シェパード。幼馴染だった3人の関係は、シャーロットという少女によって崩れた。 「側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります」 ********************************************        ATTENTION ******************************************** *世界軸は『側近候補を外されて覚醒したら〜』あたりの、なんちゃってヨーロッパ風。魔法はあるけれど魔王もいないし神様も遠い存在。そんなご都合主義で設定うすうすの世界です。 *いつものような残酷な表現はありませんが、倫理観に難ありで軽い胸糞です。タグを良くご覧ください。 *R-15は保険です。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

逃した番は他国に嫁ぐ

基本二度寝
恋愛
「番が現れたら、婚約を解消してほしい」 婚約者との茶会。 和やかな会話が落ち着いた所で、改まって座を正した王太子ヴェロージオは婚約者の公爵令嬢グリシアにそう願った。 獣人の血が交じるこの国で、番というものの存在の大きさは誰しも理解している。 だから、グリシアも頷いた。 「はい。わかりました。お互いどちらかが番と出会えたら円満に婚約解消をしましょう!」 グリシアに答えに満足したはずなのだが、ヴェロージオの心に沸き上がる感情。 こちらの希望を受け入れられたはずのに…、何故か、もやっとした気持ちになった。

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

処理中です...