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アンバー公爵夫人は悩ましげ

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「カレン、お茶会に呼んでいただいて、ありがとう!」
「急な申し出に参加いただいて、こちらこそありがとうございます」


 アンバー公爵夫人アンナリーゼの突然の訪問に、カレンのお茶会で噂話に花を咲かせていた貴族のご婦人たちが一斉に動きを止めた。
 いま、この国で、1番注目を浴びているであろう筆頭公爵家夫人である私が、このお茶会に大きな華を添える。


「今日のお茶会は、どんな仕様だったのかしら?私、何も考えずに来てしまったから……」


 他に見向きもせず、カレンへ話しかける。
 肩を落とし、視線を落として悲しげにすると、カレンは、妖艶に微笑んでくる。


「アンナリーゼ様こそが華ですから、何もいりませんわ!さぁ、こちらに!」


 本日の招待客の中で1番上位となる私は、カレンに上座の席に案内される。
 もちろん、最初から来ることが分かっていたので、その席は空いているのですんなり座ることができた。


 何食わぬ顔をしてその席に座ると、会場中の視線がこちらに自然と向かってくる。
 こんなに無遠慮見られるのは、なんだが久しぶりね。


 そんことを思いながら、ただただ私を見てくるご婦人たちに微笑んでおく。
 渦中の私にカレンが私や我が家の近況を聞いてくる。
 これも打ち合わせ済みのことであるのだが、興味があれば好きなことを好きなだけ聞いていいとしてある。
 その方が、真実味がわくからだ。
 カレンも実際には興味があるからこそ、今回の話を受けてくれたのだと思っているのだし。
 噂話って人の興味を引いてわくわくするようでなくては、いけない。


「アンナリーゼ様、最近はどう過ごされていたのです?」
「んー領地で、ゆっくりしていたわ!友人たちを招いて、おもしろいことを始めたの!」
「何を始めたのです?」
「ふふっなんだか、恥ずかしいのだけど……お店をね、開くことにしたの!
 もう少ししたら、公都にも出店するつもりよ!」
「まぁ、それは楽しみ!どんなお店なのです?」
「アンバー領の特産品を売るお店よ!あと、ゆくゆくは甘味を扱うようなお店も扱う予定なの!
 カレン、ぜひお店に来てくれるかしら?」
「もちろんです!お誘いしてくださるんですの?」
「当たり前じゃない!私とカレンの仲ですもの!」


 カレンの話ぶりは、本当に楽しみだというものだった。
 そして、そこで、お店で取り扱うものがどんなものかを見せる方がいいと思い、持ってきたものを見せることしにした。


「私、カレンが子どもの誕生日を祝ってくれたでしょ?」
「えぇ、健やかにお育ちですか?」
「それは、とっても。元気すぎるくらいよ!
 それでね、お礼を持ってきたのよ!受け取ってくれるかしら?」
「もちろんです!アンナリーゼ様から、お礼なんて……いただいてもよろしいのでか?」
「えぇ、とても気遣いが嬉しかったから、お返しに!
 今度、お店でも扱う予定のものよ!是非、皆さんにも見ていただきたいわ!ノクト!」


 呼ぶとおじさんが飾り木箱に入ったものをのっしのっしと持ってきてくれる。
 重さはそれほどないのだが、繊細なものであるので、多少慎重に扱ってほしいところだ。
 しかし、お茶会会場のど真ん中を歩いてきたため、ノクトが持つ木箱をご婦人たちは興味ありげにおしゃべりも忘れ覗いている。


「まぁ、素敵な飾り彫りですね!」
「開けてみて!」


 お店の宣伝も手伝ってくれるのか、木箱の飾りが周りのご婦人たちにも見えるようにカレンは開いてくれる。
 私が見たときより、木箱にも台座にもニスが塗られていてさらに素敵になっている。
 何より箱を開いたとき、いつの間に周りに来ていた人たちが感嘆の声を漏らす。


「これは……?」
「『赤い涙』よ!カレン、好きでしょ?」
「えぇ、好きですけど、それよりこのグラスとガラス瓶……」


 もらったカレンも打ち合わせにはなかったことでとても驚いている。
 ラズの作ったガラス瓶。フラスコのような形をしているのだか、まだ、今は見えない仕掛けはある。
 これは、カレン夫妻だけで楽しんでもらいたいものなので種明かしはしないでおく。
 そして、入れ物にもこだわり、ガラス瓶を置く用の台座も見事な彫りとなっている。
 私も領地で見たのだが……感動したものだ。


「侯爵と一緒に飲んでちょうだい。そのためにグラスを2つ用意したのだから!
 カレン、くれぐれも、一人で飲んではダメよ?」


 カレンにニッコリ笑いかけると、思わぬ贈り物に言葉がなくなったのだろうか?
 凝視して固まっている。


「大丈夫?」
「えぇ、驚いてしまって……こんな形の瓶は初めて見ました。
 これを、アンナリーゼ様のお店で売るのですか?」
「そうよ!って言っても、こんな特殊なものは、年に数個しか作れないの。
 シリアルナンバーなんかを入れて、少し高値で売るか、南の領地であるオークションに出そうと
 思っているのよ!」
「確かに……こんな素晴らしいもの、そうそうに作れないですわよね!
 本当にいただいてもよろしいのです?」
「えぇ、もちろんよ!二人のために持ってきたのだから、もらってちょうだい」


 周りに寄って来ていた夫人たちも、繁々とみている。


「せっかくだから、少し木箱から出してみましょうか?」


 机の上を片付け、中から出してみると、これまたいい!
 試作で、台座を作ったときとは雲泥の違いだった。


「アンナリーゼ様は、領地でこんな面白いことをして遊ばれていたのですか?」


 そうよ!と答えると、ずるいです!こんな面白そうなこととカレンが悔しがっている。


「そういえば、ジョージア様……アンバー公爵様は、領地へ向かわれたと聞いているのですけど……
 それは、昨日の件で公世子様と仲違いされたからですか?」
「そんなくだらない噂が流れているのね……ローズディアの貴族の情報網は、たいしたことないわね。
 ジョージア様と公世子様が仲違いするわけがないでしょ?今でも、とっても仲良しよ!
 私もシルキー様とのご縁で公世子様とは、仲良くさせていただいているけど、そんな噂が出ている
 なんて、ジョージア様が知ったら悲しむわ」


 カレンの質問に私は、伏目がちに寂しそうに言うと、周りが気を使ってくれる。
 ジョージアの子煩悩説をたっぷり聞かせておこう。
 実際、本当にそうなのだから、いいだろう。別居生活は長いことは……まぁ、周知の事実なのではあるけど……それでも、ジョーもジョージも大切にしていることに変わりない。


「ジョージア様は、領地にいる私の子どもに会いに行ってくださったのよ!
 とっても大事にしてくださるのだけど、私、領地でのんびり遊びたいと言ったら許可をくださってね、
 だから、別々に暮らしていたのだけど、私がジョージア様に会いたくなって領地を飛び出したら
 行き違いになってしまったの……」
「あら、アンナリーゼ様もジョージア様にまだお熱をあげていらっしゃるの?」
「カレンこそ、侯爵以外目に入っていないくせに!」


 意地悪く笑うといつも妖艶なカレンが少女のように笑う。
 よっぽど、侯爵のことが好きなのだろう。
 近寄るものは、誰であっても許さないらしい。侯爵もカレンを大層大切にしているらしいと聞いているので、羨ましい限りである。


「あの……アンナリーゼ様、発言をお許しください」


 見たことはあるけど……話したことがない夫人がおずおずと話しかけてくる。
 誰だろうと、カレンをチラッとみると、例の男爵側の貴族だとサインが出された。


「いいですわよ!なんですか?」
「ダドリー男爵家のことです。アンバー公爵様の第二夫人のご実家ですが、何故捕縛などなったの
 でしょうか?アンバー公爵様は、捕縛になったソフィア様を助けられないおつもりでしょうか?」
「逆に聞いていいかしら?」
「はい、なんなりと……」


 私は、この勇気ある質問に興味を持っている人物を見渡すことであたりを付けていく。
 それが、ダドリー男爵家一派であることは明らかであるのだ。
 自分たちの家も危ないのではないかと気が気でないのだろう。


「なぜ、ソフィアとダドリー男爵家をアンバー公爵が助けないといけないのです?」
「それは、ご結婚により結ばれた縁があるからございます……」


 みなが、納得して頷いている。
 でも、私の答えは、もちろん否であるので、首を横に振った。


「ジョージア様とソフィアの縁は、とうに切れているわ!
 だから、アンバー公爵家とダドリー男爵家は無関係ですよ!」
「なんですって!?」


 取り繕っていた夫人も、衝撃の事実に慄く。
 一昨日までソフィア本人にも離婚していることが伝えられていないのだから、ここで驚く人が多くても当然である。


「まぁ、はしたなくってよ!
 アンバー公爵は、2ヶ月近く前には、離婚の調印を済ませて公へ申請して受理済みです。
 もし、ソフィアや男爵が不服を申し立てるのであれば、公へ申し立てることになりますけど、さて、
 公は、男爵家の話など聞くでしょうか?」


 ふふっと意地悪く笑い集まっている人の方を見ると、明らかに顔色の悪い夫人が増えている。ここは、もう一押ししましょうかね?と思い、ゆっくり立ち上がる。


「アンバー公爵家は、領地や領民がダドリー男爵家により苦しめられました。
 お恥ずかしい話ですが、第三妃擁立のための資金を領地から横領されていたのです。
 それに、男爵たちはやりすぎました。
 私や私の子どもへ毒を盛ってまで、アンバー公爵夫人の地位を親子で欲したのですから……
 決して、アンバー公爵は、許すことはないでしょう。
 ダドリー男爵の後ろで甘い汁を吸っていた貴族や高官、近衛など……命と財を持って償って
 いただきますわ!」


 お茶会に参加した婦人たちに、私はニッコリ笑いかける。
 何とも居心地の悪いお茶会となったのだが、カレンは妖艶に笑い、当たり前ですわねと言い、私もそれに応え、さもおかしそうに笑う。
 何人かも同調しているのがいるようで、拍手がおこった。
 それには驚いたが、これにて私の役目は終わったのである。


 あとは、公世子がこのお茶会で動きがあるところをしっかり捕まえてくれればいい。


 ダドリー男爵へのお涙頂戴の同情の噂は、このお茶会以降なりを潜め、アンバー公爵夫人が、悩ましげにダドリー男爵家とは無関係なのに……何故、みな騒ぎたてるのか、領地や領民が虐げられてきたのに、何故男爵家の肩を持たないといけないのかと嘆いているという噂が一気に国内に広まったのであった。
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