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楽園に降り立った招かざるものⅧ

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 夕食が終わり、先に執務室へ入ってきたのはウィルである。
 私は、食堂からすぐに踵を返し執務室へ戻ってきていた。
 そこで、裁可待ちの処理をしているところであったのだ。


「姫さん、もう夕飯食った?」
「えぇ、もういただいたわよ!」
「まだ、悪阻ひどいの?」
「うーん、だいぶ落ち着いてきているのだけど、今日はとってもネイトが……機嫌悪い」
「ネイトって名前なんだ?男?」
「そう、私が寝言でネイトって言ってたらしいのよ。だから、もう決定してる。
 女の子が生まれたら……どうしようとか思うわよね?」
「『予知夢』か。そんなのもわかるの?」
「たまたまだと思う。未来が変わったのよ……ジョージア様が、私のところへ戻ってきたことで」
「ふーん、そうなんだ。で、姫さんに似た子なわけ?」
「性格がってこと?」
「あぁ……そう」
「性格も見た目も私そっくり……瞳が二重なところくらいが違うかな?」
「どういうこと?」
「私と同じ紫の瞳なんだけど、その周りをジョージア様のみたいな蜂蜜色の虹彩があるのよ。
 珍しいよね」
「そりゃ珍しいな。
 まぁ、中身は、姫さんそっくりなら……姫さんが3倍ってなると侍女が大変そうだな?」


 失礼ねと言ったところで、机の上に置かれる木箱を私は待っていましたとばかり歓迎する。
 木箱の蓋をおもむろに開けてくれるウィルに期待して、うきうきとしてしまった。


「ほら、これでいいか?」


 頼んでおいた例のガラス瓶に蒸留酒を入れてもらったのだ。
 木箱からそれをそっと出す。
 褐色になった裸体のお姉さんは、透明なときよりずっと艶やかで色気が増している。
 蒸留酒の色もちょうどいい具合であったのか、より魅惑的になった。
 これは、ガラス職人のラズにも見せてやりたいと思い、デリアに時間を作って2,3日の内に来てくれるよう手紙を送ってもらう。


「俺、ただの瓶のときはそんなに感心持たなかったけど、これは、すごいな!」
「でしょ?私、これを想像してたんだけど……想像以上に魅惑的ね……」
「ニコライ、さっきいたと思うから、呼んでこようか?」
「お願いできる?」


 あぁと言って、ウィルは出て行った。
 手元にあるガラス瓶を手に取って見る。
 精緻に作られていたガラス瓶に、蒸留酒の褐色の色が加わって、何とも言えない色香を出す。
 ガラス瓶にごくっと唾を飲んだ。
 さすがね……これ、絶対いいと思うのよ……試しに、南の方のオークションに出してみようかしら?
 葡萄酒より……利益が見込めるのではないかと考えてしまう。
 まずは……ニコライと値段を決めて、ラズに限定10個、これと同じものを作ってもらわないといけない。
 交渉はニコライがしてくれるから……なんて考えていると、ウィルが戻ってきた。
 ニコライ、ビル、ユービスを伴って。
 テクトは、今日は来ていないそうで、領地を回って職人たちに今度のコンテストの話をしてくれているらしい。


「アンナリーゼ様、それ……」
「この前のガラス瓶に蒸留酒を入れてもらったの!どうかしら?」


 商人と元商人の三人も、唾を飲み込んでいる。
 うん、やっぱり、それほどいいものであるのだろう。


「素晴らしいですね……言葉を失ってしまいました。
 蒸留酒を入れることによって、裸体がより艶めかしくなり、これは……もう芸術品です」
「瓶だけでは、わかりにくかったようね。
 年に1個売れるか売れないかって話だったから、これなら……限定品にしてオークションに出したら、
 高値で売れるかしら?」
「売れる……売れますよ!まずは、1個オークションに出して、相場を見てみたいですが、酒含めて
 入れ物で10万から始めましょう!」
「わかったわ!とりあえず、今回のこれは……公世子様に売りつけようと思ってるの!」
「公世子様にですか……?まぁ、あの人なら……この瓶の素晴らしさがわかると思うのでいいと
 思います」
「10万でいいのね!じゃあ、とりあえず、売ってみるわ!来てくれて、ありがとう!」


 いえいえと、三人の商人、元商人は執務室から出ていく。
 私は、なかなかいい職人を連れてきたのではないかと、ほくそ笑むのである。


「姫さん、顔!」
「えっ?」
「悪い顔してる」


 指摘され、顔をムニムニと元に戻し、ウィルにもこの瓶をを元に戻してもらうよう伝える。

 ちょうど話が終わった頃、公世子が執務室へと戻ってくる。
 執務室から出て行った商人たちと会ったのだろう。


「何か話でもしていたのか?」
「えぇ、たいしたことでは、ありません。
 領地改革には、資金が要りますからね……それの相談です」
「相談……?」
「えぇ、商品を売ることに関しては、商人が値段を決めていますから。
 今度作る店で売る商品の話をしていたのです」
「なるほど、今度はどんなものを売る予定なんだ?」
「買ってくれるなら……お見せして売ってもいいですよ?
 とっても、素敵なものになってますから!」


 守銭奴め!と公世子は悪態をついていたが、気にはなるようで見せてくれとなった。
 しめしめと思いながら、ウィルにお願いして会議用の机に持っていってもらう。


「そういえば、アンバーの領地はどうでしたか?」
「あぁ、すごい変わりようであったな。あんなに変わるものなのかってくらい驚いた。
 何か、魔法でもかけたのか?」
「魔法なんて使えるわけがないじゃないですか!
 大量のお金を使ったこととみんなの努力の結果ですよ!」
「大量の金?」
「えぇ、この領地改革用に貯めていた資金を使いましたよ!」
「どこから、出したんだ?アンバーにとてもそんな金が……」
「私のポケットマネーと兄からせしめたお金と幼馴染が貯めていたお金を使っているんです。
 この前のジョーの誕生日祭は、南の領地の投資の払い戻しでしたね……」
「あの大口は、アンナリーゼか……大打撃を受けたぞ……」
「あっ!やっぱりそうでしたか?もう、そろそろ育ち切ったかなと思って……
 お兄様にも、一言相談くれと叱られましたけど……そんなことをすれば、市場操作になりかねません
 からね……こっそりと払い戻したのですけど、公世子様も損しました?」
「損どころの話ではないぞ!危うく店がつぶれかけたではないか!」
「私が投資を辞めたくらいでつぶれるようでは、たいした経営はできていなかったということですかね?
 まぁ、手を引けて良かったです」
「そなた、怖いことをいうな……30パーセントの資金投資をしておってからに……」
「そんなにしてませんよ!15パーセントくらいでしたよ?」
「そんなはずなかろう?」
「あぁ……粉飾決算してたんですかね?見抜けなかったです……」
「そうではないだろうが……南の領地もそれなりに厳しいのだ。いつの間にかそなたが筆頭投資家と
 なっていたということだ」
「そうだったんですか……ちょっとこっちが忙しすぎて知りませんでした。
 私もどうしてもお金が必要だったんで、仕方ありませんね。
 また、余裕ができたら、南の方へ投資してもいいですけど……あちらもそんなに長くは続きませんよ。
 次の目玉となるものを見つけないと。
 うちは、ほそぼそとするしかないので……見ての通り、領地全体で底上げ計画実行中ですよ!」


 私は木箱の中から、ごそごそと、例のモノを取り出す。
 机の上に置いたら、公世子からはため息が漏れる。


「これは……」
「言葉にならないでしょ?」


 頷いてじっくり見ているところだ。


「触ってもいいか?」
「どうぞ!公世子様に高値で売るつもりですから好きなだけ触ってください!」
「高値で売るって……」


 瓶を手近に寄せ、前から後ろからと見ていた。
 そのたびに、ため息をついてくれる。うん、これは、決まったなとほくそ笑む。


「次は、これを出すのか?」
「はい、中身はアンバー特産の高級蒸留酒です。みなさん、飲みなれているものですけど……
 売るために瓶に工夫してみることにしました。このガラス瓶のような特殊なもので売ろうかと。
 そして、このガラス瓶に少し細工をしようと思っています」
「どんな?」
「興味あります?」
「あぁ、知りたい」
「高いですよ?」
「これを高値で買わされるのであれば、その情報料も含んでいてもいいはずだが?」
「仕方ありませんね。まだ、案ですからね、今後変わる可能性もあります。
 まず、このガラス瓶に関して、1年に数十個の限定品とします。
 毎年、形を変えてってシリーズにしようかなと……シリアルナンバーを入れ、アンバー領地のもので
 あるとわかるように刻印もするつもりですよ!
 偽物が出る可能性もあるので、そこは……考える必要があるのですけど……
 南のオークションで、売り出そうかと……」


 私の話を真剣に聞く公世子。
 それは、いつもチャラけている雰囲気ではなく、国を治めるものである空気感が出ている。
 いつもそうしていれば、いいのに……なんて、余計なことは言わないでおこう。


「オークションとは考えたな……」
「手っ取り早く、大金が欲しいからですけどね。赤い涙の件もありますから、高額で売れることを
 願っております」


 そうだなと公世子が相槌をうつ。


「なぁ、アンナリーゼ」
「なんです?」
「今晩は、領地のことを聞かせてくれないか?今日見てきたアンバーの話をもっと聞いてみたい。
 悪いが、ダドリーの話は明日で構わないか?」
「もちろんいいですよ!私たちがやろうとしている領地改革……聞いてくれますか?
 決して、夢物語で終わらせるつもりはありませんから!」


 公世子がニコリと笑うとそこから始まる、私たちの領地改革の話が。
 時折聞いて驚いたり、質問を混ぜてきたりと公世子なりにイロイロと考察しながら聞いてくれているのが嬉しい。
 途中から、私だけでなくセバスやノクト、イチアやこの領地改革に関わる友人たちも混ざって話が進む。
 日の沈むことのない夜は、月が西に傾きかけたところまで続いた。
 公世子はまだまだ聞きたそうにしていたが、それぞれには、明日も仕事が待っているのでと切り上げたのである。
 なんとも、有意義な時間を持てたと、みんなそれぞれがホクホクとして執務室からでていったのであった。

 今日、こうやって、公世子に今後のアンバーの展開を話せてよかったと思うと同時に、私の始めたこの領地改革をみんながいいようにと考えて新しいアンバーを夢見させてくれる。
 それが、とっても嬉しかった。
 みんなが目標としている先で、アンバーに笑顔が溢れることを願いながら、今日はいい夢が見れそうだと眠るのであった。
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