上 下
335 / 1,480

楽園に降り立った招かざるものⅦ

しおりを挟む
 夕方になって公世子一行が屋敷に帰ってきた。
 公世子がかなりホクホクした顔になっているのは何故かわからないが……まぁ、何かいいことでもあったのだろう。


「アンナリーゼ、今帰った!」
「おかえりなさい、公世子様」
「おかえりなんて言われると……あれだな……」


 ん?と小首をかしげると、公世子に急に抱きしめられる。
 間髪入れず、鳩尾に拳が入ったので、公世子はしゃがみ込みむせこんでいる。
 非難がましくこちらを涙目で見上げてくるが……私を抱きしめていいという許可は出していないはずだ。
 まぁ、上位者を拒んであまつさえ殴る夫人なんてそうそういないので、その非難がましい顔なんだろうけど、私は、少数派であることを公世子は思い出してくれたようだ。


「どうかされましたか?」


 しれっと手を差し伸べて、公世子を立たせると後ろに控えていたウィルもエリックも苦笑いしている。
『いつものこと』過ぎて、二人はご愁傷様と思っているくらいなんだろうとあたりをつけておいた。
 差し出した手を握りひっぱり起こした公世子からため息が漏れる。


「そなた……仮にも一国の公世子に何してくれてるんだ!」
「仮にも一国の公爵に抱きつくなど、ましてや、親友の妻に抱きついていいと公世子様は思っている
 のですか?」
「いいと思うぞ?」
「いいわけないですよ!何度言われても、公世子のところにはいきませんからね!」


 そのまま私は玄関に公世子を放置して執務室へ移動する。


「行きますよ!ウィル、エリック!」
「「はい」はい、姫さん」
「エリックまで手懐けているのか!」
「当たり前です!エリックは、将来、私の子どもの剣術指南役なんですから!
 ほら、公世子様もそんなところで突っ立てないで、早くきてください!」


 階段を前に、急かすと公世子は渋々ついてくる。


「そなた、トワイスに行っていたのであろう?
 俺は、拒むのに、向こうの王太子は拒まなかったらしいな?」
「どんな噂を聞きになったか知りませんけど、公世子様と殿下とでは、一緒にいる年季が違いますよ!
 私、殿下には、とっても大事にされてましたから、ちょっとおいたに付き合ってもらっただけです」
「ちょっとおいたが、結構な尾ひれ腹ひれついているぞ?」
「シルキー様を守るためだったんだから、少々の悪評なんて気にしてたらキリがありません。
 イイじゃないですか?シルキー様が助かったんだから。
 殿下は、私との噂より、シルキー様が元気になったことの方がずっと嬉しかったみたいですけどね!
 どっかの……公世子様にも聞かせてあげたいです。
 とっても、王太子妃を大事になさっているんですからね!」
「でも、あっちも、第二妃がそろそろ出産だろ?やることはやっているんだから、俺と変わらない」
「変わらなくても、どこに心があるかでは、想われる方が変わりますよ。
 シルキー様は、殿下の心に添えるよう努力なさってますよ。公世子様のところは、どうですか?」


 無言である。
 そりゃそうだろう……あっちにもこっちにも遊び歩いていることは、誰もが知っている。
 腹立たしいことに、ジョージアを連れて遊びまわっているのだから!


「そろそろ、寵姫を決めるなり、公世子妃を大切にするなり何らかの建前は作った方が、今後の公国の
 ためになるんじゃないですかね?
 公世子妃を大切にして、その子も大切にして国をちゃんと導ける体制にするのは、必要な時期に
 来ていると思いますよ。
 公世子様の後ろを守ってくれる人を決めないと、常に後ろから命を狙われることになりますからね!」
「アンナリーゼ……」
「なんです?」
「知っているのか?」
「知らないか知っているかなら……たぶん、知っていると思いますよ!
 その話なら、中に入ってから話しましょう!」


 応接室でなく、今度は執務室へと公世子を招き入れる。
 応接室でもいいのだが……イロイロな観点から、防音を考えても執務室の方が都合がいいのだ。


 デリアに任せてあったので、すでにお茶の用意もすすめられているところだった。
 私は、いつもの席に、ウィルにも同じように座るように指示をする。
 ここでは、公世子は客人、ウィルも客人ではあるが、一応私が上司となるので、上司が座れと言えば、座るしかない。


「それにしてもこの執務室は、すごいな」
「驚かれましたか?私用に作り直してあるのです。ここで、アンバーの話をして議論するのです。
 公世子様も適当に好きなところに座ってください」


 席を進めると、今まで誰も座らなかったジョージアの席に座る。
 ウィルとは対面になるのだ。


「へぇーこれは、なかなか面白い。
 ちなみに、ウィルが当たり前のようにその席に座っているが、定位置なのか?」
「そうですよ!ここが、俺の定位置です。
 公世子様が座っているところは、まだ1度も使われてませんけどね?」
「どういうことだ?」
「ジョージア様の席なんです。まだ、こちらに変わってきてから、訪問がないので」
「なるほどな。しかし、場所的に言って、ウィルがこっちでジョージアがそっちではないのか?」
「そうなのですか?私、この席の並び順には一切口を出していないのでわかりません。
 でも、常にいてくれる人が右隣りっていうのは、理にかなっているとは思いますけどね?」
「ジョージアは、公都の屋敷で留守番だからな……」


 私は苦笑いをして、それには何も答えなかった。
 別にこちらに来てくれてもいいんだけど……荒れ狂うソフィアを宥めるという重要な役割をしてもらわないといけないので、今現在は公都にいてもらっているのだ。
 それも、お役御免となれば、こっちで一緒に暮らしてもいいだろう。


「それで?どこまで知っている?」
「さっきのですか?」


 あぁと返事をする公世子は、なんだか影を落としたようだった。


「公世子様暗殺計画ですかね。
 第三妃擁立して、男の子が生まれたら……ですけど。公爵令嬢として妃に入った娘がダドリー男爵
 一派を手引きするのでしょ?
 それとも、公世子妃から狙われているって方ですか?
 どう考えても、自業自得だと思うんですよね!そっちは」
「なんでも知っているな……怖いぞ?」
「失礼ですね!なんでもは知りませんよ!たまたま聞こえてくるんです」
「いや、俺よりは、把握していると思うぞ?」
「うーん、じゃあ、情報提供料もいただきましょうか?
 ちなみにですけど、公世子様、このまま行くと……」


 いくと……と、ごくりと公世子は唾を飲み込んでいる。


「公世子妃様の尻に引かれますよ?政策も何もかも、公世子妃の好きなようにされてしまいます。
 ついでに、言っておきますけど、国を治めるという観点からいうなら、プラム殿下の方が、次の公に
 向いてると思いますよ。性格は穏やかで、体格にも恵まれる。
 努力も惜しまないですし、何より、人に好かれる性格になるのです。
 少々世間知らずなところがありますけど、第二妃様が上手に育てるでしょう」
「見てきたような言いぶりだな?」
「うーん、見てはないですけど……多分、公世子様の天下は、公がいなくなった時点で、きれいさっぱり
 公世子妃に権力を挿げ替えられますから、それは仕方ないです。
 私も、そればっかりは何とも言えませんけどね……自分の領地を守るだけですから、国に貢献は
 できないかなと。無駄な重税を課せられたら、私、全力で戦い潰しますよ!」


 怖いなと呟いているが、それほど遠い未来ではない話である。
 公世子がしっかりしていないと、その未来も近くなるのだから……頑張ってほしい。
 頑張ってほしいと言えど……まぁ、確定的な未来であろうことは、口にしない。


「それの対策は何もないのか?」
「自分で考えてください。公世子妃の手綱ぐらいは自分で握ればいいじゃないですか?
 弱みを握るとか、なんかないんですか?
 ちゃんと、出来なければ、国が乗っ取られるだけですから!まぁ、プラム殿下が大きくなれば、
 献身的に支えてくれるでしょうけど……それにも限度はありますからね。
 しっかり、自分の行く末を考えて生きてくださいとしか言いようがありません。
 公世子様も一人ではないのですから、頑張りましょう!」


 ずれてしまった話をすることになったところで、デリアに夕食の時間がきたことを伝えられる。
 私たちは、食堂へ向かい、食事が終わった頃に、また、執務室へ集合することを約束して解散する。
 私、まだ、今日のところは、食べ物はダメそうだ……った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

旦那様、離縁の申し出承りますわ

ブラウン
恋愛
「すまない、私はクララと生涯を共に生きていきたい。離縁してくれ」 大富豪 伯爵令嬢のケイトリン。 領地が災害に遭い、若くして侯爵当主なったロイドを幼少の頃より思いを寄せていたケイトリン。ロイド様を助けるため、性急な結婚を敢行。その為、旦那様は平民の女性に癒しを求めてしまった。この国はルメニエール信仰。一夫一妻。婚姻前の男女の行為禁止、婚姻中の不貞行為禁止の厳しい規律がある。旦那様は平民の女性と結婚したいがため、ケイトリンンに離縁を申し出てきた。 旦那様を愛しているがため、旦那様の領地のために、身を粉にして働いてきたケイトリン。 その後、階段から足を踏み外し、前世の記憶を思い出した私。 離縁に応じましょう!未練なし!どうぞ愛する方と結婚し末永くお幸せに! *女性軽視の言葉が一部あります(すみません)

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます

おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」 そう書き残してエアリーはいなくなった…… 緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。 そう思っていたのに。 エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて…… ※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。 しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は 「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」 夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。 自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。 お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。 本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。 ※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

処理中です...