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楽園に降り立った招かざるものⅢ

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 みんなの朝食が終わった頃、ひょこっと食堂に顔を出すと、まだ、何人か残っていて雑談しているようだ。
 お目当ての人も両脇に子どもを従え何かしら話しているところだった。
 その前には、顰めっ面の友人が何事か指摘している。


「おはよう、朝から賑やかだね?」
「おはよう、姫さん」
「おはようございます、アンナリーゼ様」
「「おはようございます、アンナ様」」


 私は顰めっ面をして指摘していたナタリーの隣に座り、目の前の三人を見る。
 お目当てはウィルだったのだが、珍しく、まだ、朝食は取り終わっていないらしい。
 お皿の上には、三人とも朝食がしっかり残っている。


「何をしてたの?」
「ナイフとフォークの使い方を父様に習っていたの!」


 ミアが私の質問に答えてくれる。
 その小さな手には、大きすぎるナイフとフォークを持っていた。


「えらく大きなものを使っているのね?
 デリア、レオとミアの手に合うフォークとナイフがないか厨房で聞いてきてくれるかしら?」


 畏まりましたと早速デリアは厨房へと聞きに行ってくれる。
 大きな屋敷なのだから、子どももいただろうし子ども用のものもあるだろう。


「それで……?」
「あぁ、ミアが夕べ、俺がフォークとナイフを使っているのを見て、使ってみたい!ってなって、
 どうせならってレオも一緒に使い方講習してるとこ。
 そっか、レオもミアもこれじゃ、おっきすぎて重いのか。
 俺、そういうところ、気が付かないからダメだな……」


 ウィルにしては、気が付かなかったことに自分でダメ出ししているのだが……急に養父となったのだからそれで普通だと私は思う。
 しかし、子どもたち、特にミアはウィルのことをダメだと思っていないらしい。


「父様、父様はダメじゃないよ!ミア、頑張るから!」


 ミアはお皿の上に乗っているベーコンをガチャガチャとしているが、ナイフとフォークが大きいから力がうまく伝わっていなくて切りたくても切れていない。
 レオは、年嵩もあるし小さいとはいえ、ミアよりはマシなようであるがそれほど変わらない。


「二人とも、自分にあった道具を使うことも覚えなさい」


 デリアが持ってきてくれた小ぶりのナイフとフォークをレオとミアに渡す。
 さっきまで使っていたものの半分くらいの重さでできているため使いやすかったのか、全く切れなかったミアの目の前にあるベーコンをきちんと切り分けることができた。


「父様、出来たよ!」
「よく頑張ったな!」


 嬉しそうにウィルの方を見て報告するミアの頭をウィルがクシャッと撫でる。
 目を細めて花が綻ぶように笑うミア。
 あぁ……ここにも罪作りな少女がいるわ!なんてその様子を見ていると、レオもさっきより上手に切り分けたりができている。


「レオは、上手ね!この分だとすぐに使えるようになるわ!
 次はテーブルマナーを勉強ってとこかしらね?」
「姫さん、それは早すぎない?」
「そんなことないわよ!私たち、食事をしない日はないでしょ?
 だから、常に練習にもなるし、変にくせがつく前にきちんとした使い方を覚えた方が、今後の二人の
 ためにもいいのよ!じゃないと、恥をかくのは、他の誰でもなく自分自身なんだから!
 きちんとしたルールを学んでおくことは、決して悪いことではないのよ!」
「姫さんが、まともなこと言ってる……俺、まだ、寝てるのかな?
 あた……ひひゃいひひゃい…………ひぃふぇしゃん……ひひゃい……」
「夢じゃなくて、よかったね!」


 私は、前かがみになり、ウィルの頬っぺたを両方から引っ張ってやった。
 手を離すと両頬をいたわるようにウィルは撫でている。
 その姿がおかしくて笑ってしまった。


「アンナ様、楽しそうですね?」
「うん、楽しい。ウィルやナタリー、レオやミアとこんな風に一緒にいられてとっても楽しいよ!
 遊んでばかりもいられないのだけどね!朝食が終わったら、ウィルを貸してくれるかしら?」
「もちろんです!父様は、アンナ様と一緒にお仕事してほしいですから!」
「ありがとう、レオ!」


 私はレオの頭を撫でる。この子もダドリー男爵の子どもである。
 今から、ウィルにも立ち会わせてこの子たちの父親の断罪の話をするのだ。
 なんとも心苦しいことであるが、仕方がない。
 それに、それも含めて、この子たちが自分で生きることを選んだんだ。
 私は、その選択を応援してあげたい。


「ウィル、朝食が終わったら、応接室に来てちょうだい。
 お客が来ているの。一緒に話を聞いてほしいのだけど、いいかしら?」
「あぁ、どこにでもついて行きますよ!紫薔薇にかけて!」
「父様?」
「ん?」
「父様の紫薔薇って何ですか?」


 レオもミアも興味があったのだろう。
 二人ともウィルの方を向いて、ちゃんと聞く体制になっている。
 私は、リアンから聞いたことがある。
 ウィルは、子どもたちから聞かれたことにはなるべく真摯に隠し事はせずに答えていると。


「ナタリー手出せ」
「はいはい」


 ウィルに言われて、ナタリーは左手を出す。


「アメジストで出来た薔薇の宝飾品を俺たちは紫薔薇と呼んでいる。
 俺はピアス、ナタリーは指輪、デリアもピアスだな。セバスはカフスボタン。
 それぞれ、アメジストで作られているものだ。わかるか?アメジストで」


 ウィルの問いかけで、二人の子どもが私を見つめる。
 私の瞳はアメジストのような紫色をしているのだ。それに気づいたのだろう。


「アンナ様?」
「そう、姫さんが俺たちを信用している、一緒に頑張ろうっていう証にくれたものなんだ。
 だから、俺たちは、姫さんを裏切らないし、大切にしている。
 姫さんも俺たちを大切にしてくれているわけだ」
「それ……ほしい……」
「ミアにはちょっと早い!
 もっと大きくなって、勉強も剣術もしっかり習得して頑張っていることを認めてもらえたら、
 姫さんじゃなくて、きっとジョーが紫薔薇にかわるものをくれるんじゃないか?」
「父様のとは……」
「違うだろうな。でも、レオもミアもジョーの近くでいられるってことは、すでに姫さんに信用されて
 いるってことだから、胸を張っていいと思うぜ!
 ほら、さっさと食べて、セバスの授業に行くんだろ?」
「そうでした……」


 いそいそと朝食の残りを二人が食べ終わる。
 ウィルも食べ終わったので、私たちも移動することになった。
 二人にはナタリーがついて行ってくれることになり、私とウィルは公世子がいる応接室へと急ぐ。


「なんか、悪かったな……」
「何言ってるの!養子をお願いしたのは、私だし……レオとミアとのやり取りも聞けて良かったわ。
 子育ては、一人でしない方がいいよ!子育ての先輩からのアドバイスね!」


 私はニッコリ笑ってウィルに言ったが、ウィルにもちゃんとリアンやナタリーやセバス、アンバーの領民たちが手伝ってくれていると笑って返された。
 なんだか、私よりうまくやっているのに、思わずむぅっとしてしまうが、ウィルがレオとミアとも親子として仲良くできていることを確認できたことは、正直ホッとしたしよかった。


「さて、ここからは、空気が変わるわ!覚悟して、部屋には入ってちょうだい」
「あぁ、わかってる。あいつらの父親のことだな?」
「たぶんね。まだ、聞かされていないけど、そうでしょうね。一緒に地獄に落ちましょう!」
「喜んで、その手を掴んでいてやるよ!」


 ウィルがニヤッと笑うので、私も笑い返す。
 ほっこりできるのは、この扉の前までだ。

 その後は、口をきゅっと結び、応接室をノックする。
 中から公世子の入れの言葉が返ってきたので、私たち二人は応接室へと入っていったのだった。
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