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駆け込んできたのは

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「アンナリーゼ様、ハニーアンバーの件だいぶ話が進んできています。
 領地の小さな商店は、おもしろそうだというヤツもいれば、少し考えたいというヤツもいますが、
 どちらかと言えばほとんどが右に倣えのようですわ!」
「そうなの?私の杜撰な計画を……よく上手にまとめてくれたわね!」
「多少、修正案も出させてもらおうと思っておるのですが、それは構いませんか?」
「もちろんよ!改善をしない事業が大成するなんてありえないし、ハニーアンバーを始動したとしても、
 そこは変えるつもりはない。
 やってみてダメだったら検証、やってみてよくても検証、何事も次につながるよう、常に新しい方法や
 新しい情報に目を向けてほしいわ!
 風通しのいい領地にしましょう!」


 私の考え方は、どこか商人に通ずるらしく、そんな話をする貴族なんてまずいないと元商人たちに笑われてしまう。
 大口投資をしている私としては、こういう経営ができない商店や商業施設、事業にお金を預ける気持ちになれないだけである。
 実際、自分が投資してもらう立場になると……意外と大変なんだな……と、私は頭をひねる毎日だ。


「明後日には、説明会ですけど……どうですか?」
「うん、読む原稿はできているんだけどね……こんなのでいいのかは疑問。
 でも、協力者なしでは、領地繁栄はないから、なるべく自分の言葉でみんなに伝わるといいなって
 思っているところよ!」


 当日、話す内容が書かれた紙を見ながら、ニコニコと笑うとそれはよかったとビルに微笑まれる。
 お昼までの時間、私は、ビルの話を聞きながら、原稿の手直しをしていた。


「アンナ様、失礼します」
「あら、デリア、どうしたの?」


 珍しく慌てて入ってくる来たのは、侍女のデリアだった。
 いつもは、執務中であれば気を使ってくれるのだが、何か急ぎの用事なのだろう。


「あの、サシャ様がこちらにお見えになっています。
 お通ししてもよろしいでしょうか?」
「えっ?お兄様が?来るって連絡はなかったはずだけど……通してちょうだい。ビル、ごめんなさい」
「いえ、サシャ様が来られたのなら、仕方ありません。退散ですね!」


 執務室の荷物を片付け、出ていく。
 後姿を見送り、ビルだって忙しいのに申し訳ないことをしたなぁ……とため息が出てきた。
 それにしたって、いきなり来るとは、兄は何事があったんだろう?と居住まいを正す。
 デリアに連れられ執務室に入ってきた。

 久しぶりに会う兄は、どこか草臥れて、思わず駆け寄ってしまった。


「お兄様、大丈夫ですか?」
「久しぶりに会う兄に、大丈夫ですか?はないよ……
 それに、大丈夫じゃないからアンナのところにとんで来たんだけど……」


 くたっとしている兄を会議用の椅子に座らせる。


「公都の屋敷に行ったら、アンナは領地に行っているっていうから……大慌てできたよ……
 アンバー領って王都からだと滅茶苦茶遠いんだな……?」
「王都からだと4日から5日はかかりますね」
「あぁ……遠かった。いや、それより、お願いがあってきたんだ!」


 兄のお願いは、たいてい面倒なことが多い。
 なので、聞く前にダメだと言いたかったが、早馬で来たのだろう。
 疲れている兄を見ると何も言えなくなった。


「それで、何かあったのですか?」
「あぁ、アンナ、一度王都に戻ってきてくれないか?すぐにでも。
 できれば、今すぐ一緒に馬で戻ってほしい」
「馬でですか?」
「あぁ、時間が惜しいからな……」
「何故です?私、今、馬には乗れないのです」
「なんだって?馬に乗れないって……どういうことだ?」
「妊娠していますから、移動するのには馬車しか無理ですし、馬車移動もそんなに長くはできません」
「妊娠って……ジョージアの?」
「他にいますか?」
「あぁ、すまない、変なことを言ってしまった」


 申し訳なさそうに俯いている。
 ヘタレな兄にしては珍しくはないは、いつもと様子が違うように感じる。


「お兄様に話した未来は、どういうわけか少しずつ変わってきているのです」
「それは、本当か?それなら、シルキー様は助かる見込みもあるのか……?」
「シルキー様ですか?」
「あぁ、そうなんだ。アンナの言ったように、男の子を出産された。名前は、ジルアート」
「ジルアート……私の夢の子と同じ名前ですね」
「あぁ、そうなんだ。それで、王子を生んでから、シルキー様の体調が悪いのだ。
 そして、うわ言のようにアンナを呼ぶんだ。
 だから……頼む……王都に帰ってきてくれ……シルキー様に一目……」


 頼むと兄は私の手を握る。
 兄の必死なお願いは、後にも先にもないような気がした。
 私がいなくなってから、兄は殿下を支え後ろ盾となったシルキー様を支えてきたはずだ。
 いつだったか、シルキー様を見ているとアンナそっくりで妹のようだと思うなんて言っていたくらい大事にしていた。
 そんな兄の願いだ、かなえてあげたいのはやまやまなのだが、明後日に控える説明会に出ないわけにはいかない。
 悩んだときには、相談だと思いデリアを呼ぶ。

 お呼びでしょうかとすぐに来てくれたデリアに、今いる人を呼び寄せてほしいとお願いし、兄を客間へ案内してくれるよう伝える。


「アンナ……」
「お兄様、私、アンバー公爵になったの。だから、易々と領地の外にいけないのよ。
 ごめんね、少し待っていてくれる?」


 肩を落とし執務室から出ていく兄。
 入れ替わりに、ウィル、セバス、ノクト、イチア、ビルが入ってくる。
 今、この屋敷にいるのは五人のようで、私に何事かあったのかと不安そうに見てくる。


「ごめんなさい、忙しいのに集まってもらっちゃって」
「いや、姫さんに呼ばれて集まるのは当たり前のことだからいいんだけど、何かあったの?
 浮かない顔してるけど……」
「あのね、もし、今日から2週間程、領地を空けるって言ったらダメだよね?」
「理由は?」
「理由は……私の我儘」
「我儘で明後日の説明会に出ないっていうのは、公爵として領民に礼をかくんじゃないか?」
「ノクトのいうことは、もっともね……」
「姫さん、隠していることを言えって。そしたら、俺たちも、協力できるけど、何も言わずに我儘
 だって言ったって誰も納得しないぞ?」


 ウィルに言われ、私はハッとした。
 私、頼る頼っているって言葉で言っても全然頼っていないんだと感じた。
 それに、シルキーのことばかり考えて、協力してくれているみんなのことをないがしろにしてしまっていたようだ。


「あのね……トワイスに一時帰国したいの。
 要件は、皇太子妃に会いに行くため……理由は、言えないんだけど……」
「シルキー様か……姫さんに懐いてたからな。
 王子を生んだって聞いてたけど、後がよくないのか?」
「ウィル……」
「あぁ、大丈夫、こっちのことは任せて、シルキー様のところへ行ってこい。
 待っているんだろ?たぶん」


 私はみなを見渡す。
 トワイスへ嫁いだシルキーのことを知らないノクトとイチアは厳しい顔をしていたが、シルキーのことも私を慕ってくれていたことも知っているウィル、セバス、ビルは行ってきていいと言ってくれる。


「ごめんなさい、今回は甘えさせて……」


 私は、執務室をでて客間の兄の元へ向かった。


「お兄様、今すぐ王都へ!まだ、間に合いますよね!」
「わからない……でも、急ごう!待っているから!」


 廊下に出た瞬間に、デリアを呼ぶ。


「馬車の用意をして、ジョーも一緒に連れていくから、すぐ支度をしてちょうだい」



 私はもう1度執務室へ行く。
 本来なら他国に対して、王太子妃の話などするべきではないのだが……せずにはいられなかった。
 それが、従者や友人から信用を勝ち取るために必要なことだからだと判断する。
 馬車の用意が整うまでの時間に執務室に滑り込む。
 やはり、事情を知らないノクトとイチアに対し、事情を知るウィルとセバスとビルが、険悪な雰囲気になっている。


「ノクト、イチア。説明するわ!」
「姫さん、まだいたのか?」
「いま、準備してもらっているところ!」
「あぁ、聞こうじゃないか。急いでいるんだろ?手短で構わない」
「ありがとう。
 トワイス国の王太子妃は、この国の公女様で、私のことをとても慕ってくれているの。
 それだけじゃないんだけど……たぶん、シルキー様は毒を盛られている可能性が高い」
「王太子妃に毒か?」
「えぇ、そうなの。
 シルキー様は、たぶん、私と一緒で目障りに思われているのよ。
 だから、産後の云々ではないと私は昔から踏んでいた。
 ただ、ことが起こらないとわからないし、実際、間に合うかどうかもわからないけど、
 私用の万能解毒剤が幸いここにある。
 これを届けたいの。私のことを呼んでいてくれるシルキー様に……
 お願い、行かせて……私、殿下にもシルキー様にも助けてもらっているから、
 返せるものがあるときに返したいの!」


 五人に対して頭を下げる。
 今目の前にいるのは五人だが、その後ろにいるアンバー領の民へ頭を下げる。
 投げ出すわけじゃない……大切な友人を助けたいのだ、わかってほしいと。
 それは、私の我儘に他ならないのだが……今、1番大切な時期であることもわかっているからこそ……私が領地を離れるわけにはいかないのに……


「行ってこい!そして、たんまり、トワイス国の王族に恩を売ってこい!
 それが、回りまわって、アンバー領の、領民のためになると判断できるなら、アンナの選択は
 間違っていない!
 こちらでも、やれることはやっておく。
 アンナを旗振りに使うって言っていたが、この際公爵夫人を旗振りにさせたらいい。
 公爵夫人は、めったに庶民には本来顔を見せない。
 誰か……ニコライに代読でもさせたらいい。アンナの原稿は、出来ているんだろ?」
「えぇ、出来ているわ!」
「ニコライの顔を売るチャンスでもある。これから、店主としてしょって立つ人間に任せておけば
 大丈夫だろう。
 その方が、ニコライも腹をくくるだろうしな!」
「というわけになったから、行ってこい!シルキー様のところへ!」
「ありがとう、みんな!!」


 それだけ伝えると、執務室の扉をバンと開け、用意してもらった馬車に乗り込む。
 もちろん、無印の馬車に乗って母国であるトワイス王都へと兄とジョーを連れ帰るのであった。



 ◇◆◇◆◇



 時間はかかったが、意外と旅の工程は早く進み4日後には、懐かしい生家へとつく。
 両親と兄嫁のエリザベスと兄の子どもたちクリスとフランが出迎えてくれた。


「お父様、お母様お久しぶりです。
 エリザベスも元気そうね!クリスもフランも大きくなったわね!」


 懐かしい家族に挨拶をすると玄関でそれぞれ抱き合った。
 私の結婚式から、兄以外とは会っていなかったのだ。
 顔を見るだけで涙が出そうになったが、ジョーを両親に預け、私はトワイス国の城へといそぐのであった。
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