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ハニーアンバー1号店の開店準備に必要なこと

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 部屋に戻ると人が増えていた。
 さっきまで話題に上っていたその人物が、軽い感じでよぉ!と声をかけてくる。
 私がどんな反応をするのか、固唾を飲んでみんなが見ているのだが、何も反応をしめさなかった。
 ただ、その人物へ普通に挨拶する。


「ウィル、おかえり!警備隊の方どうだった?」
「んーあれって、訓練のメニューから考え直さないと……使い物になんないぜ?
 ただ、剣を振り回しているだけって感じ。
 多分だけど……リリーとかの方が、この領地を守る主軸だったんじゃないか?」
「そうなの?なんとなく、リリーはそうかなぁ?って思っていたし、リリーを慕っている
 周りはたぶんそこそこ強いわよね!」
「やっぱりそうか……あれ、鍛え直すのに5年はかかる。
 剣の握り方なんて、レオの方が上手だもん」
「もぅ、レオに握らせているの?」
「少しだけ握らせてみたら、意外と様になっててさ!教えがいありそう」


 嬉しそうに笑うウィルは、ちょっと父親っぽいことを言っている。


「そうそう、レオとミアで話あって決めたらしいぜ?俺の呼び方」
「何になったの?」
「父様だって。なんか、くすぐったい。体が……むずむずするけど、悪くないな!」


 今度は、本当に父親らしい顔をして破顔している。
 レオやミアに呼ばれて、嬉しかったのだろう。
 よかったわねと笑いかけると、あぁと頷いていた。


「ところで、話はさんじまって悪かった。何、話してたんだ?」


 ノクトが変なことを言う前に私はすかさず、言葉を挟む。


「お店を開くことにしたから、その話をしているところ。
 ウィルも混ざってくれる?」


 いいぜ!と執務室の自席へと座る。


「どうせなら、ビルたちも呼ぶ?職人とかの話にもなるだろうし」


 では、と席を立ったのはニコライで1階にて作業をしていた三人の元大商人を連れてくる。


「仕事してたのに、ごめんね!」
「いえいえ、これも仕事のうちです。
 息子から聞いていたのですが、おもしろいことをされると聞いています。
 元商人としては、ぜひ聞いてみたいと思っていたのですよ!」
「それは、よかったわ!何かあったら、意見して。
 今、ここには五人の商人がいるのだから、私に知恵を貸してちょうだいね!」


 ニコニコと笑顔を振りまいておく。
 さて、人はそろったので、話を始める。
 ニコライから話がされていたのだろう三人の元商人たちは、普通に私の話を聞いてくれる。


「それでね、まず、商人を掌握したいのだけど……どうするのがいいと思うかしら?」
「商人とは、自分の創意工夫にて利を多くとることに美学を感じております。
 その心をくすぐるようなやり方でないとこの話に乗ってくるものは少ないかと……
 給金をというのは、たぶん、商人のプライドが許さないんじゃないでしょうか?」
「俺は、そうとは限らないと思う。
 例えば、小さな商店を代々していて苦しい店もあるんだ。他の仕事につきたくても
 それしか道のなかったものにとって、雇われて働くことで気持ちが楽になるはず。
 その中で、売り上げによって上げ下げすれば、やる気も損なわないだろう」
「必ずしも競争だけがいいとは……」
「確かにそうだが、何かしら基準は必要だろ?」
「ノルマってことよね?」
「あぁ、そうだ。そういったものを取り入れることによって、一定の基準ができる。
 あとは、店舗による役職だな……商品への理解、客への勧め方、接客の仕方によって決める。
 これは、ノルマだけでないはずだし、それぞれに誇りを持っているもので競える」


 テクトの話を聞くとなるほど、さすがに大店の店主だっただけはある。
 ユービスにしたってビルにしたって、そうなのだ。
 商品を売るということに長けてはいるだろう。それ以上に時勢を読むだとか、人を見るだとかがやはりいいのだと感じる。
 ノクトは……行商人に近い形での商売をしているので、そういうものはわからないと言っていたし、ニコライはまだ、雇われる方であったため目からうろこだそうだ。

 私も感心してしまった。
 そうか……そういう目が必要なのだな。人を見る目、商品を見る目、時勢を読む勘、人が求めているものを提供できる知識。
 すべて揃って、一人前の商人であり、その最たるが大商人となるのか。
 でも、最初会ったとき、テクトもユービスも私のこと舐めてたよね?と思った。
 まぁ、私も小娘でしたし、国外から嫁いだから情報がつかみにくかったというのもある。
 そして、何より、私はビルとすでに取引をしていたのでお呼びでなかったこともあった。


「商人って、奥が深いわね……私にはとてもできそうにないわ……」
「何をおっしゃいますか?
 アンナリーゼ様程、大商人に向いている人が……
 商人となるために必要なものは、すべて持ってらっしゃいますよ!」


 ビルに言われて、私は驚いてしまった。
 私、ビルがいう程、商人に必要なものを持っているとは思えなかった。


「ビル、私は、何も持ち合わせていませんよ?」


 大きくため息をつかれてしまう。
 それもひとつやふたつではなく、全員からだったのだ……


「無自覚って怖いよね……
 俺、思うにさ、姫さんって人を見る目ってピカイチだと思うんだよ」
「宝石などみるセンビガンもいいですよね!」
「人好きされる性格だから、人が集まりやすいし笑顔ひとつで心まで攫って行きますよね?」
「南の領地への投資話も聞いたことありますよ!」
「領地で廃ってた葡萄酒を超高値まで吊り上げちゃったりしておりますな!」
「なんていっても心躍る砂糖栽培なんて、誰もしたいなんて思いつきませんよ?」
「やりたいことがあるから、領主代行権取ってくるって言って帰ってきたら、公爵になっているは、
 隣国から敵将連れてくるわ……」



 口々に話始めてしまった……
 全部私のことだと、思い当たるところがありすぎる。


「これだけ揃っていて、商人は向いてないはないと思いますよ?」


 ビルにまとめられてしまって、そうかもしれないと思ってしまった。
 いや、ちょっと待って……商人?
 なんだか、今まで考えもしなかったけどおもしろそうだ。


「旗印としてやはり、アンナリーゼ様が後ろ盾になる商会とした方がいいでしょう。
 他領へ喧嘩を吹っ掛けるのでしょ?」
「あら、テクトわかっているじゃない!
 今まで、他領には高値で買わされると苦汁をなめさせられていたのです。
 本来なら、あなたたち商人が戦ってほしかったところではあるのですけど、あなたたち
 以前からそうなのでしょ?」
「こりゃまた、発想が……あたっておりまする。私どもが始める前からです。
 戦ったとしても一個人では、立ち向かうことができませんでした」
「次は大丈夫、公爵という傘を着て戦えばいいのよ!任せたわね!ニコライ!」
「アンナリーゼ様、ありがたいのですけど、肩の荷は重過ぎる気がします」
「それほど、重荷に感じることはないのよ。
 あなたは、あなたが感じるようにすればいいの。お尻は拭いてあげるわ!」


 そういうと恥ずかしそうにニコライはお尻を押さえている。


「で、まずは、小売りの商人たちをまとめたい。
 それには、テクト、ユービス、ビル!あなたたち三人の力が借りたい。
 領地一括での仕入れ、それを領民に低価格で売るのが1つ。
 領地で作ったものを一括で仕入れて高値で他領へ売りさばくのが1つ。
 あと、最終目的なのだけど、他領や他国にお店の支店が欲しいの。
 そのための人材確保とお店を任せられる人の育成がしたい!」
「まずは、領地内をまとめて、商人たちの意識の統一化から始めてみましょう。
 幸い、学校なるものを作る予定だと聞き及んでいるので、容易でしょう。
 私たちも僭越ながら、教鞭をとらせていただいてもよろしいでしょうか?」
「もちろんよ!商人が語る商人は、さぞおもしろいのでしょうね!
 私も聞いてみたいくらい!」


 そのときには、ぜひにと笑うビル。


「それで、全体的に説明会を開くことにしてはいかがですか?
 それまで、私たちが各地の商人に根回ししておきます。
 2週間程いただければ……可能かと思いますから、アンバー領を1つの店として
 経営してみてください!」


 後押しされれば、あとは、前に進むだけ。
 私は、前に進むのが仕事なので、その他のことは、みんなに任せると声をかけ、今日の話し合いは終わる。
 それぞれに散ってから、また打ち合わせをしていたようだが……私のいる執務室に残ったのは、私だけとなったのである。
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