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元将軍・元敵の城を闊歩する

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 領地の屋敷から戻ってすぐのこと、公より召喚状が届いた。
 これは、例のあれだということで、屋敷の侍女メイドは騒がしくなったが、デリアの一喝で静かになった。
 デリアって、どこに行ってもデリアでとても安心する。
 公爵位拝命のためのドレスは、デリアをはじめとする屋敷の侍女メイドが選んだ結果、青いドレスになった。
 それも、結婚式以上に豪華に見えるのは、私だけではないだろう。


「質素にお願いねって言ったのに……」


 ここにはいないニコライへも文句を言いながら、私はドレスに袖を通す。
 着心地は、言うまでもなく最高である。
 細く見えたウエストもきつめではなく余裕が持たされてる。
 なるほど、ここの飾りがアクセントになっているのかと頷く。

 最近の主流は、ウエストを細く絞るらしい。
 だから、コルセットもきつめのをするらしいのだが、そういう体をいじめるようなものは遠慮したい。
 なので、私は相も変わらず、動きやすいように設計されているコルセットを付けるだけだ。
 こういう流行りは、上位貴族から下位貴族へと流れていくらしいのだけど、上位貴族の夫人や令嬢は、特にそういうものを必要としない程細くしなやかなので、下級貴族がもっぱらの顧客だとニコライに聞いたことがある。


 今日は、リアンに手伝ってもらい、公爵夫人が完成した。
 いや、公爵か。
 私、先日から、公爵になったのだった。
 すっかり、忘れていた。

 このアンバーの秘宝は、どうするのが正解なのだろうか……?
 悩んだ結果、次代の公爵夫人のためにきちんとしまっておくことにした。
 そのかわりに、ジョージアからもらった青薔薇たちで統一する。
 青いドレスに青薔薇の宝飾品で飾られた私は、姿見で見てもなかなかの迫力である。


「アンナ、準備できたかい?」


 ジョージアが部屋に入ってきて、私の隣に並ぶ。


「青いドレスと青薔薇たちを着けると、卒業式を思い出すね?
 あの頃には、もう公爵夫人になることは知っていたの?」


 あのときと同じように首にキスをするジョージア。
 髪が首筋に当たってくすぐったい。
 鏡越しに蜂蜜色のトロッとした瞳がこちらを見ていた。


「えぇ、知っていましたよ!
 ジョージア様と結婚することは、私の目標でもありましたからね!」
「アンジェラを生むため?それとも、ヘンリー殿を助けるため?」
「意地悪な聞き方。ジョージア様を愛し、ジョージア様に愛されるためです!」


 後ろに立つジョージアの頬に手を当て、身をよじると支えてくれる。
 背中に体を預け、ジョージアを引き寄せキスをする。


「満点の答えだね!」


 1年も放置していた旦那が言うことなのだろうか?疑問も残るが、そこは寛大な私が許せばいい。
 元々、私、ジョージアには愛されない未来だったのだから、上々の現在を謳歌すればいいだけの話だ。
 ニッコリ笑顔を作り、私からジョージアへ手を差し出す。


「旦那様、行きますよ!」
「仰せのままに、公爵様」


 廊下を出たところで、ノクトに会う。
 こちらの様子を見て驚いているようだ。
 私も、自分の姿を見て、豪華すぎることに驚いていたくらいなのだから……
 ジョージアは、華があっていいと言ってくれたが、それにしてもって感じだ。


「馬子にも衣裳か?そりゃ、失礼か……いや、あぁ、なんだ、単純に綺麗だ!」
「ふふっ、ありがとう!ノクトも素敵ね!」


 照れたのかノクトは、ふんと鼻を鳴らし、前を歩く。
 私たち三人が玄関へと向かうと、イチアがノクトの剣を持って待っていた。
 いつものように受け取るノクトに、私は待ったをかける。


「ノクト、あなたの帯剣は許しません。置いて行ってください」
「アンナリーゼ様!」


 イチアが言わんとすることはもっともだ。
 元敵国と私たちが言えど、現在進行形で敵国の将軍と認知されているノクトに何も身を守るものを足せないのかと言いたいのだろう。
 だが、ここは、私に従ってもらわないといけない。
 手綱を握っていると、外に示さないといけないのだから。
 それで、自身の使い慣れた剣を持って行ってもらっては、こちらの意図も何もあったものじゃない。


「代わりに私の剣を……」
「こりゃ、アンナのか?」


 母に社交界へ出たときにもらった愛剣である。
 ノクトが使うには、少し短いし軽いものだが……ノクトの剣を持って城を歩くわけにもいかない。
 仮にも、ノクトからしたら敵国の城なのだから。
 そして、敵国の将軍が自国の城を歩くのだから。
 ただし、私の剣を代わりに持っているなら、従者として当然のことであるので許されるだろう。
 まぁ、それでも許されないということも考えてはいるのだが……押し通すまで。


「そうね、ノクトにはちょっと使い勝手がよくないでしょうけど、今日のところはそれで。
 帯剣はできないから、私の代わりにを私の剣を持っていると言ってちょうだい。
 今日は、剣がいるから、ちょうどいいし、二度とノクトがお城へ行くこともないでしょうから」


 デリアから渡された剣をノクトは手に持ち馬車に向かい、私たちもその後を追うように馬車へと乗り込んだ。



 ◇◆◇◆◇



 城には瞬く間につくので、馬車から降り正面玄関から堂々とジョージアにエスコートされて歩く。
 後ろを歩く大男を知っている近衛もいるらしく、その都度止められる。
 それも1度や2度ではなく、結構な頻度で止められてしまうのである。
 段々面倒になってきたので、最後に私たちを止めた近衛に公世子様を呼んでくるようにお願いした。
 このままでは、謁見の時間に間に合わない。


「ノクトのことを知っている近衛って結構いるのね?さすが、将軍様ね!」


 廊下で三人が話していると、周りにわらわらと人が寄ってくる。
 もちろん、敵国の将軍であるノクトが何故自国の城を我が物顔で歩いているのかを問いただすためだった。
 その人垣をかき分けて、公世子が私の前へ来てくれた。


「公世子様、お呼び立てしてしまい申し訳ございません。
 このままだと、謁見に間に合いそうになかったので、呼ばせていただきました。
 皆さま、寄ってたかって、私の従者にケチをつけてくるのです!」


 件の従者をチラッと視線で誘導すると、公世子はため息をつく。
 大体、こんな大男であるノクトを隠すこともできないので、堂々と入っていくしかない。
 近衛たちへの連絡ミスが招いているのか、行くところ行くところで止められるのには、公の配慮が足りない証拠だ。


「そなたは、静かに入ってくるということができぬのか……大体、その大男は、誰だ?」
「誰って、私のアンバー公爵の従者ノクトですけど……?何か問題でもおありですか?
 確か、公が、私の従者を見てみたいとおっしゃったから連れてきたのですけど……
 ちなみに、剣は私のですよ!儀式に必要ですからね!持ってきました」


 そんな風に説明をさっきから何度も何度もしていたのだ。
 儀式の前に疲れる。
 なので、公世子を呼んで私たちを謁見の広間まで案内してもらおうとしている。
 なんて贅沢な案内人なのだろうと、心の中でほくそ笑む。
 前も、こんなことがあったわね。ふふっと笑む。


「まぁ、よい。これは、明らかにこちらの落ち度だからな。ついてくるがよい!」
「ありがとうございますぅ!」


 ちょっと甘ったれた声を出してお礼を言うと、公世子の口角が上がっているのがチラッと見える。
 隣で、ジョージアは、おもしろくなさそうにしているが、後ろのおじさんは私たちのやり取りに大満足そうにニンマリしている。

 その後は、案内人が公世子となったおかげで、近衛たちが止めようとしてくることはなくなった。
 時折、それでも私たちに物申したい近衛はいたが、全て公世子の一睨みで何か言ってくることはなくなった。
 後ろをあるくおじさんは、それこそ凱旋でもしてきた将軍が自国の王への謁見に来たかというくらいの貫禄と風格を出し闊歩している。
 さすがの私も、苦笑いするしかないが……この威厳のような雰囲気は、やはり経験値があってこそなのだろう。
 私がやってもなんとも、貧相な風格を振りまいているだけでここまでは難しい。


「ノクトって、腐っても将軍で公爵で皇弟で威厳たっぷりなのね。
 生まれって関係あるのかしら?」
「生まれは、関係なくないか?
 歩んできた道で決まる。アンナは、まだ、何も成し遂げておらぬだろ?
 これから積み重ねていけば、誰もに認められる存在となるさ!
 すでに、認めて集まっている人材がいるんだ。
 自分の道を間違えず、しっかり好きなように歩めばいい!」
「ノクトって言ったか?
 アンナリーゼにしっかり好きなように歩かせるとろくなことがないぞ?」
「そんなことは、ない!
 公世子様もアンナに惹かれたからこそ集まっている人材のうちの一人であると思うが?」
「な……そんなことは……」


 廊下を歩きながら公世子は口ごもる。


「アンナに惹かれることは、何も悪いことではない。
 これほどおもしろい人間は、二人といないからな。
 この俺が惚れ込んだんだ、間違いはないだろう!」
「さっきから、惚れた惹かれたと言ってるけど……俺の奥さんだからね。
 誰にもあげないし、貸さないから!」
「ジョージアが1番惚れ込んでいるようだ」


 公世子が笑いを誘う。
 自分のことを言われているので恥ずかしくなってくる。
 この人たちは、この状況でこんな軽口を言えるのが少し、羨ましい。
 そのころには、謁見の間までようやくたどり着いた。
 正面玄関からそれほど遠くないはずの謁見の間までの道のりは、とても長く時間がかかった。


 さて、いきますか!
 公爵位仮発行では、恰好がつかない。


 公爵となるべく、謁見の間の扉をくぐるのであった。
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