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離婚のススメⅣ

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 ジョージアには、とにかく時間が必要だった。
 なので、私はそれ以上は何も言わないで、そっとジョージアの部屋へ誘う。



「アンナ……?」
「どうかしましたか?」



 ソファに座ったジョージの隣に座り、話始めるのを待っている。
 言葉に詰まっているのだろう。
 言いかけては、口を閉ざす。
 そんな時間が、しばらく続く……私は、ただただ、ジョージアが話始めるのを待っている。



「手、握ってくれる?」
「いいですよ!」



 言われた通り手を握って、ジョージアの方を覗くと、哀愁が漂っている。
 私のお気に入りのトロっとした蜂蜜色の瞳に輝きはなく、沈んでいるのがわかる。

 いっぺんにいろんなことがジョージアへ情報として入っていったのだ。
 許容できるものもあれば、どうしたらいいのかわからないものもあるだろう。



「アンナは、ずっと、耐えてたんだね……
 俺は、そんなアンナのことを知ろうともしなかった。
 強く気高いアンナは、俺がいなくても十分やれるから、必要ないものだと
 思っていたんだ。
 つい最近まで忘れていたよ、サシャが、アンナは寂しがりの泣き虫だって言ってた
 ことを……
 今回のこれって……アンナの『予知夢』と関係あるのかな?」
「関係ですか……?
 ありますよ!ただ、私が見たのは、今のタイミングではありませんでした。
 私が、死んだ後の話です」
「アンナがし……ぬ……?」



 私の方を見て、ジョージアは、とても驚いていた。



「何故?
 それも、ソフィアが原因なの?」
「そうですね……ソフィアが作った毒、蟲毒を未来でジョーの代わりに煽ることになるの
 ですけど、なので、後10年も生きられません。
 私、死ぬことが怖くて、今、裁可を急いでいるわけではありませんよ?」



 私は、ジョージアの握った手に力込める。



「私が夢見たアンバー領は、今よりずっと豊かでした。
 だから、初めてアンバー領へ行ったとき、私はその荒廃とした領地に愕然としたのです。
 ジョージア様、領主になってから、アンバー領へ行かれましたか?
 残念ながら、私は、とても人が住むようなところだと思えませんでした」



 ジョージアは、ただただ、黙って私の話を聞く。



「私が、こちらで拝見した領地管理簿は、完ぺきでした。
 なので、何の疑問も持たなかったのです。
 ジョージア様もそうではなかったのですか?」



 見上げると、不安げに私に頷く。
 トーマスが書いた領地管理簿は、領地運営の鑑のようなものであった。
 疑いようがないので、ジョージアだけを責めることはできない。
 ただ1度でも領地に足を運んでいれば、その実情と机上の報告書の差異が見て取れたかもしれないのだが、それすら怠ったのは、ジョージアであり私である。



「領地の現状と管理簿の違いを不思議に思って、一緒に領地へ向かった友人たちと
 調べあげました。
 元々公都の屋敷の収支もおかしかったので、それもついでに……
 すると、芋づる式に出てきて、繋がったのがソフィアでありダドリー男爵でした。
 領地内だけの裁可であれば、領主代行権で十分権力をふるうこともできるし、
 問題も解決できると踏んでいたので、最初、領主代行権をジョージア様に
 いただこうと思っていたのです。
 ただ、調べるにつけて、事が大きくなりすぎている。
 アンバー領の民たちが、ダドリー男爵の私益のために食い物になっていることを
 知れば、許すわけにはまいりません。
 私たちの生活は、領民の生活の上に成り立っている。
 そのことをよく考えれば、ソフィアのしていることは、蛮行であり、止められない
 私やジョージア様は、いい笑いものです。
 一番、手っ取り早く、この事態を終わらせられるのは、ハニーローズ暗殺未遂。
 ローズディア公国の法に則って、潰してしまうことが領民のためになると私は、
 考えたのです。
 縁も所縁もない私だからそこの発想だとは思いますが、領民たちの生活苦や死に
 比べれば、たかだか男爵家の貴族何十人の死なんて、たいしたものではありません。
 その業は、早々に死に行く私が受け入れます」



 握っていた手をくるむように反対側の手を添える。
 それをジョージアは、じっと見ていた。



「ジョージア様、お義父様から託されたとき、アンバー領にどんな領地になって
 ほしいと願いましたか?
 今のアンバー領ではなかったはずです。
 よく、お考え下さい。
 そこが曖昧であれば、私へ移譲することすら迷うことになりますから……」



 私の手を握りながら、どんなことを考えているのだろうか?
 ソフィアのこと?男爵のこと?領地のこと?


 光灯さないジョージアの瞳は虚ろで、こんな顔をさせてしまった私自身が嫌になる。
 でも、誰かが、止めないとアンバー領がダメになってしまうのなら、私がその責を取っても構わない。
 これから先、長い人生があるジョージアに負わせるべきではないだろう。



「ジョージア様、ゆっくり考えてください。
 できる限り、時間は取りますので……」



 繋いでいた手を離し、私は立ち上がる。
 すると、覇気のない声が返ってくる。

 大丈夫なのだろうか?
 私は、ジョージアが心配でならない。
 私が、ハリーや殿下と一緒にいたように、ジョージアの傍らには常にソフィアがいたのだろう。



 私が何か言うべきではないのだ……折り合いをつけてもらうしかない。
 人の死は、決して小さな問題ではないのは、わかっている。

 私が今ここにいるのも、大切な人を死なせたくなかったからなのだから……


 チラッと振り返ったが、沈み切ったジョージアが、ただソファにぼんやりと座っている。


 それから、3日。
 部屋から、ジョージアが出てくることはなかった。
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