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招かれざる客

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 部屋に戻る途中、玄関ホールより争い騒いでいる声が聞こえてくる。



「何かしら?確認してきてくれるかしら?」



 先行して、侍女が確認をしにいくと途中でディルと会ったようで一緒に戻ってくる。



「アンナリーゼ様、お騒がせして申し訳ございません。
 今、別宅の執事が、旦那様が帰ってきていないと申してこちらにきたようです。
 アンナリーゼ様がご対応するものでもありませんので、そのまま寝室までお戻り
 くださいませ」



 ディルに対応すると言われたので任せようと思ったが、うっすら罵られているような声が聞こえてくる。



「私が、対応します。少し先に行って対応して」



 一瞬固まったような2の侍従だったが、私なら……と考えていたようだ。
 かしこまりましたとディルは、先に玄関ホールへ行く。



「ねぇ、口紅って付けているわよね?キスしましょう!」



 いきなりの提案で、侍女は固まっている。
 逃げないように私は、侍女の腕をガッチリつかんでいたが、強すぎて我に返ったようだ。



「アンナリーゼ様……とても嬉しいのですが、口紅が必要ですか?
 私のでよければこちらに……」



 おずおずとエプロンのポケットから口紅が出てきた。
 さすが、公爵家の侍女は女子力高めである。
 私なんて……すっぴんで出かけることの方が多いので、見習わないといけないと内心反省し、同時にデリアがいつも私を磨いてくれることに感謝する。


 すっぴんの私でも、口紅を引くだけでずいぶん印象が変わる。
 幸い、光沢のある赤の強い口紅であったため、今の私の撃退法にはぴったりだと思った。



「ありがとう、借りるわ!」



 口紅に小指を当てて、下唇にスッと塗る。
 着ている夜着を少しだらしなくはだけさせ、ガウンも両肩から落とす。
 全体的に気だるげに、高級娼婦にでもなったかの様な装いにする。



「あ……アンナリーゼ様!!!そのお姿で出られるですか!?ダメです!」



 全身全霊で止める侍女の肩にすれ違いざま手を置く。
 それ以上は何も言うなという合図である。
 侍女は、それ以上何も言わず、しぶしぶ後ろをついてきた。
 この侍女がデリアなら……廊下に座らされてお説教でもされそうだと思うと、クスっと笑ってしまう。


 玄関ホールの喧騒が、だんだん近づいてくる。
 もう、私の悪口しか聞こえない。


 アバズレねぇ……確かに学園でも夜会でもたくさんの方を侍らしていたわね。
 だって、もてたんだから仕方ないじゃない。
 周りに人が集まってくるのは、私のせいではないはずよ!
 確かソフィアは、誰からも声がかからなかったって聞いたことあるわ。
 ジョージア様より年上で、私とは学園も一緒になった期間もなかったのに、よく知っているわね……
 情報は武器なりか、ただ私をおとしめたいだけか……どっちだろう?


 そうこうしているうちに、玄関ホールの正面階段についた。
 そこからは、妖艶な高級娼婦を演じるようにわざとコツコツとハイヒールの踵をならし、階段を下りて行く。



「何事かしら?玄関で騒がしいわ!」



 ちょっと怒った感じで不機嫌を演じる。
 階段の手すりを触る指の先まで意識して、艶めかしくゆっくり下りて行く。
 そのだらしなく絶妙なはだけた姿の私を見て、ディルを始めとした本宅の侍従達が見てぎょっとしていた。
 普段の私とは、かけ離れすぎているからだろう。

 そして、騒いでいる別宅の執事当人も固まってしまっている。
 階段を下りて騒ぎの元まで歩いて行く。
 シーンと静まったホールに響くコツコツというヒールの音。
 薄い夜着が歩くたびにふわふわと空気を含み揺れ、私の白い足を見せている。



「あら、別宅の……何か御用かしら?
 ここへは、別宅の者が入ってもいいと許可したことはありませんが……?
 ディル、何かあったのかしら?」



 流し眼で、ディルを見やる。
 より妖艶に艶めかしく……見るものを虜にできるようしなやかに……
 どこかで生唾を呑む音が聞こえてくる。



「奥様、別宅の者をお屋敷に招いてしまったこと、誠に申し訳ございません。
 何かと言われましても特に何もございませんので、直ちにお帰りいただくところです」



 ディルは、別宅の者を玄関ホールとはいえ屋敷に招いてしまったことを謝罪した。
 何もないと答えたのは、本来の持ち主であるジョージアが、本宅で過ごしているだけなのだから、別段変ったこともないということだ。
 今まで本宅にいなかったジョージを思えば、侍従たちは違和感を覚えているだろうが、これが本来の姿なので気にすることではない。



「そう、では、この者は一体何を騒いでいるの……?
 今日は、静かにするよう伝えてあったはずです!」



 別宅の執事は、ディルと会話をし始めた私に怒りの鉾を向けてきた。



「アンナリーゼ様、ご機嫌うるわしく存じます。
 昨夜、そこのディルに呼び出されてから旦那様が戻ってきていません。
 何かしたのかと問い詰めているところですので、お邪魔しない……」



 私のひと睨みで言い分を最後まで言わせない。
 一睨みで言葉に詰まるなんて、たいしたことないわね?と私は嘲る。



「ふふ、邪魔ですって?
 私から言わせれば、あなたの方が邪魔よ。
 この屋敷は、侍従も含め、私がジョージア様より預かっているところ。
 あなたの様なものが出入りできるところではなくってよ。
 身の程をわきまえなさい!」



 完全に拒否を示した私に対して、化けの皮が少しはがれおちる。
 いや、たった今、全部、剥がれただろう。



「このアバズレめ。この屋敷は、本来なら奥様が……」



 拳をきつく握りしめ反論してくる。



「あら……誰のことをさしているのか知らないけど、この家で奥様と呼ばれていいのは
 私だけよ。
 あなたには呼ばれたくないけど……知らなかったかしら?
 ディル、このものの教育が、全然足りなくってよ!」
「大変申し訳ございません。
 私の至らぬばかりに、奥様には、御不快な思いをさせてしまいました。
 罰をお与えください!」



 私の一言にディルが再度謝罪し、周りで待機していた本宅の侍従たちも背筋を伸ばす。



「奥様ね……ソフィアが奥様ってこと?
 ジョージア様に選ばれた第一夫人は、私よ?
 アバズレ……と言われても、私、旦那様以外と寝たことなんてないわ。
 ソフィアとは違うのだけどねぇ?」



 ふふと意地悪く笑うその唇は、赤く光り妖艶。



「ソフィア様に限ってそんなことは決してない!!
 小さいころから旦那様を想ってきたのだ!
 あなたは、悪魔のような人だ!!嘘つきめ!」



 顔を真っ赤にして、ソフィアを庇うように別宅の執事が私に反論するのが段々おもしろくなってきた。



「私が、悪魔?
 私が悪魔なら、ソフィアは死をつかさどる死神かしら?
 私の可愛い子どもに毒を盛ってくださって、ありがとうとお礼申し上げますわ!!」



 一歩、また一歩と別宅の執事の方へ詰め寄る。
 この男は、今の言葉が事実であることも事情も知っているとみえ、ぐっと言葉が詰まらせるのをみて、さらに口角を上げ微笑む。
 近寄ったおかげで多分、見えているのだろう。
 胸にあるキスマークが。
 そこをじっと見てくるので、さらにわざと見せてやる。



「あなた、これが気になるかしら?
 昨夜、別宅に帰らなかったのは、何故でしょうねぇ?
 たまには、冷たいベッドより温かなベッドで眠りたかった……
 そういうことじゃないかしらね?
 今、ジョージア様は、ベッドでぐっすり眠ってらっしゃるわ。
 ディルは、どう思う?」



 ディルに振って、あとは追い出せとばかりである。



「奥様のおっしゃるとおり、温かなベッドで休む方が、私も旦那様にとっては
 よいかと存じます」



 しれっとのってきてくれるディルは、やはり筆頭執事。
 主人のしたいことをきちんと慮ってくれるので助かる。
 そこまで言われれば、馬鹿な執事でもわかるはずだ。
 一晩中、ジョージアは、私と一緒にいたのだと。
 実際、一晩中一緒にいたのはディルだし、朝方から一緒に眠っただけなので、今のところ特に何もないのだが、ありがたいことにこのいつの間にかつけられていたキスマーク。
 役にたったよ、ジョージア様!心の中で小さくガッツポーズをする。


 別宅に帰ればジョージアは、今の会話を報告されたソフィアに締められるんだろう。
 アバズレ呼ばわりされたくらいで、ちょっと大人気ない気もするけど、自分の体も見せちゃってね。

 でも、今はとにかく疲れ切ったジョージアをゆっくり眠らせてあげたかった。
 こんなボンクラに別宅へ連れて行かれるのは可哀相な気持ちでいっぱいである。



「おわかりになりましたら、お帰りください。
 旦那様が、起きて戻られるとおっしゃいましたらそちらにおくりますので。
 これ以上、奥様に無礼を働くというなら、公爵家から叩き出します!」



 ディルが怒っているし、周りの視線もかなり痛々しいものだ。



「わ……わかりました。
 ソフィア様にはこのことをご報告させていただきます」
「どうぞ、ご自由に!
 あまり、旦那様をいじめないでさしあげてって、ソフィアにいっておいて頂戴」



 私は、妖艶にひらひらと手を振ってあげる。
 別宅の執事は、慌ててそのまま玄関ホールより逃げるように出て行った。


 玄関ホールで仁王立ちしている私の傍らで、再度ディルの謝罪を受ける。



「気にしなくていいわ。
 どうせ、別宅では日常的に言われているのでしょ?
 それに今の出来事も都合よく編集され報告されるのでしょう。
 むしろ、ジョージア様が向こうへ帰る方が心配よ……」



 ディル以外のそこに居合わせた侍従たちも私の前で礼を取っている。
 あの執事が私に取った態度の謝罪だというのだ。



「みんな、あんなのどうでもいいのよ!
 私もちょっと大人げなかったから……気にしないで、仕事に戻って頂戴!」



 そんなやりとりをしているとベルが鳴った。
 ジョージアが、やっと起きたようだ。



「では、旦那様の元に戻りましょうか!
 この話は私からしておくわ。
 ディル、私のお芝居に付き合わせたうえに、謝らせてばかりでごめんなさいね」



 とんでもございませんとディルは返してくれたので、にっこり笑っておく。
 そして、着ている夜着とガウンを正し、私は、ジョージアのいる部屋へと向かった。
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