ハニーローズ  ~ 『予知夢』から始まった未来変革 ~

悠月 星花

文字の大きさ
上 下
236 / 1,516

馬車の中

しおりを挟む
 アンバー領へ向かう馬車の中、1人きりで過ごすのは、この1ヶ月の間でも数少ない出来事だった。
 私のちょっとした思いつきで、領地へと赴けば、『予知夢』よりひどい状況になったアンバー領に愕然とされたのは、まだ1ヶ月そこらの出来事である。
 アンバー領は、今、一人一人の努力や私の領地を良くしたいという想いに賛同してくれた人々のおかげで、やっと領地改革のスタートラインに立てたばかりだ。


『予知夢』より1年早い改革の始まり、領地運営が機能していなかったこと、領地への資金横領、何故かダドリー男爵家の資金まで作らされていた現状に私は、戸惑いと焦り、不安が一気に掻き集められた。



「はぁ……この先、一体どうなっていくのかしら?
 もう、私にはわからないわ……」



 ここ5年程、私が見た『予知夢』のように物事が進まないでいることも多くなってきた。
 どんどん、未来が更新されていっているのだ。


 それは、いいことなのだろうか?
 悪いことなのだろうか?
 戦争が、早まるようなことは、ないだろうか?


 頭の痛いことばかりであり、寒い馬車の中、不安を抱え1人きりで考えごとをしたため悪い方へと考えてしまう。



 頭を軽く振る。



 今日、夜会で倒れたとき、公世子の侍医に過労と睡眠不足、ストレスが溜まっていると診断されたらしい。
 公世子を始め、倒れる程動き回るな!と叱られたが、今できることをと思うとどうしても私が動き回るしかないのだ。


 指示だけ出したとしても、私が理想とするものではないだろう。
 みんながきちんと考えてくれているのは知っているが、それでもやはり旗を振る人間は、必要なのだ。



 馬車の中は、乱暴に走る馬車の音しかしない。
 ウィルが、朝までに間に合うよう、馬車を走らせてくれているのだ。
 時折ガタゴトと揺れるが、そこはご愛嬌だろう。



 私は、このまま考え続けてもいい考えが出るとは思えず、領地に着くまで、少し眠ることにした。
 起きていると、どうしても領地や領民のことを考えてしまって……ダメなのだ。
 これから、領地に巣くうネズミの番の大捕物だというのに、そんな気分になれない可能性が出てきてた。
 これでは、ウィルやデリアの命を預かることになるのに判断を間違えてしまうかもしれないのだ。
 それだけは、あってはならない。



「一人になると、急に不安になるのね……」



 誰もいない馬車の中で、私の声を馬車の走る音がかき消していく。



 背筋を伸ばし手を前で組み、私は目を瞑る。
 真っ暗だった馬車の中も、ほんのり明るかったのだとわかった。
 目を閉じると黒く塗りつぶされたような真闇である。


 ゆっくり、ゆっくり、呼吸を整えていく。


 すると、意識が少しずつ遠のいていったのである。



 目を開けると、未来だった。
 あぁ、予知夢なのね?と周りを見渡すと、よく見慣れた本宅の食堂である。
 奥にジョージアが座り、両方に食器が置かれている。
 右側には、1つ、左側には、3つの食器が並んでいた。

 1つの食器の前に背筋を伸ばして座っているのは、学園に行く前後くらいに育ったジョーであった。



「本当にジョージア様にそっくりね!」


 愛しい我が子の成長が嬉しく、また、私は、この年まで成長したジョーを見ることができない寂しさに襲われる。
 テーブルの端にいた私は、ジョーを見つめ、そっと後ろに立って頭を撫でる。
 ジョーは、私に気づかないだろう。
 だって、私の夢なのだから……



 しばらくすると、ソフィアと黒髪黒目の兄妹が食堂に入ってきて、それぞれ食器の置かれている位置に座る。
 上座には、もちろんジョージア、我が子の前に3つ並べられた食器の前にソフィアと兄妹が並んで座る。


 ソフィアの視線が、ジョーを捉え睨んでいる。



「まるで、針の筵ね……」



 思わず、手を差し伸べてあげたかったが……それすら叶わない私は、悲しくて仕方がなかった。
 我が子の命は守れど、心までは守ってあげられないのだろうか。
 隣にいてあげたい……そう思う。



「アンジェラ、学園に行く前に伝えておきたいことがある」



 ジョージアの冷たい視線にさらされ、ぎこちなく返事をしている。



「アンバー公爵家は、ジョージが継ぐことになる。
 そなたは、学園卒業と同時に、どこかへ嫁ぐか、違うところへ居を構えるように。
 こちらは、今後ジョージのものとする。
 今の部屋は、学園卒業までは、使ってもよいが、以降は出て行ってくれ!」
「お父様……かしこまりました」



 ジョーの掌は、真っ白になるほどきつくきつく握られている。
 本来なら、後継ぎはこの子であるのだ。
 アンバーの血をひかない兄妹にアンバーを取られることをどう思っているのだろうか。
 私は、そっとその拳に手を置く。
 未来のあなたには、伝わらないでしょう……
 でも、私は、ずっと味方よという意味を込める。



 俯き加減に言葉を紡いだジョーに対し、ソフィアは、満足そうに笑っている。



「ジョージ、あぁ、ジョージ!
 お父様が、あなたを後継者にと選んでくれましたわ!
 よかったわね!!」



 わざとらしく、チラッとこちらを見ながら言うソフィアのネコナデ声に私は、とても腹が立った。
 それ以上に、その決断をしたジョージアを怒りを通り越し憎しみすら湧いてくる。



「それと、プラム殿下と仲がいいようだが、ジャンヌの婚約者だ。
 適度な距離は保つように。
 そなたは、アンナと一緒で、節度というものがわかっていないようだからな!」



 叱られてばかりいるのは、正直癪にさわる。



「節度って何よ!
 ジョージア様が領主に選んだジョージは……」
「かしこまりました。
 殿下とは、今後一切の関わりを持ちませんので、それでよろしいですか?
 ご婚約も決まっていたのですね!
 お父様、おめでとうございます!」



 一度、下を向き唇を噛みしめてから、ニッコリ笑ってジョージアにお祝いを言う。
 惨めだろう……私が、あなたを女王にと教育しているのだから……
 実の父親から、悪いことをしていないのに叱られることばかり言われるのだ……



 辛い、アンナ……助けて……



 聞こえるはずのない声が私に届く。
 助けられるなら、今すぐにでも助けてあげたい!
 私の唯一の大事な子どもだから……



「一人にして、ごめんね……アンジェラ……」



 後ろに立っていた私にジョーは急に振り替える。
 そして、目が合い、ホッとしたように微笑んだ。



「見えるの……?聞こえるの……?
 そんなこと、ないわよね……?」



 さらに笑みが深まる。
 口だけで『泣かないで!』と言っているのを見て、驚いた。
 そして、ジョージアを見つめ静かに言葉を続けた。



「お父様、私のことは、何を言っても構いません。
 ただ、アンナのことは、いくらお父様でも、失礼なことを言うのは許せません。
 私は、真実を知っております。
 お父様が、お父様のやりたいようにするように、私もアンナと共に自分の道を
 歩んでいきますわ!
 真実を知らないお父様は、お可哀そうに。
 いつまでも、真実から目を逸らせるほど、穏やかな日々は続きませんよ!
 ソフィアも、王族と縁付になってよかったですわね!
 では、失礼します!!」



 そっと席を立つと、ジョージアににじり寄るソフィアが見えた。
 きっと、これから……一方的にソフィアに怒られるのだろう。
 アンジェラが私に生意気なことを言ったとかなんとか言って。



 それを考えると、私は、少し笑ってしまう。



「お嬢様……あれは、いくら何でも、これから住みづらくなりますよ?」
「エマ!
 大丈夫よ!私、明日から部屋で食事はいただくし、表面上は、完全に引篭もって
 生活しますから!」
「表面上はってことは……アンナ様と一緒で抜け出すってことですよね……?」
「あら、よくわかっているじゃない!
 私は、見た目はお父様にそっくりだけど、中身は、まんまアンナにそっくりよ!
 そう思わない?」



 私の方を向いて、ニッコリ笑う。


 その姿を見て、私も笑い返す。



「お嬢様、どちらを向いて話しかけているんですか?
 ほら、部屋に行きますよ!」



 侍女のエマに先導され、部屋に戻るアンジェラ。
 私の部屋の前を通ると、そっと扉を撫でている。



「アンナ、私、負けませんから!」



 それだけ、私に言うと、私も頷く。



 まずは、私が、頑張らないと……そう思わせる『予知夢』である。



 すっと暗くなり今まで見ていた景色が黒一色になった。
 しばらくすると、馬車が止まったのか、ガタン……と音がしたのであった。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

『伯爵令嬢 爆死する』

三木谷夜宵
ファンタジー
王立学園の中庭で、ひとりの伯爵令嬢が死んだ。彼女は婚約者である侯爵令息から婚約解消を求められた。しかし、令嬢はそれに反発した。そんな彼女を、令息は魔術で爆死させてしまったのである。 その後、大陸一のゴシップ誌が伯爵令嬢が日頃から受けていた仕打ちを暴露するのであった。 カクヨムでも公開しています。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

白い結婚はそちらが言い出したことですわ

来住野つかさ
恋愛
サリーは怒っていた。今日は幼馴染で喧嘩ばかりのスコットとの結婚式だったが、あろうことかバーティでスコットの友人たちが「白い結婚にするって言ってたよな?」「奥さんのこと色気ないとかさ」と騒ぎながら話している。スコットがその気なら喧嘩買うわよ! 白い結婚上等よ! 許せん! これから舌戦だ!!

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

愛など初めからありませんが。

ましろ
恋愛
お金で売られるように嫁がされた。 お相手はバツイチ子持ちの伯爵32歳。 「君は子供の面倒だけ見てくれればいい」 「要するに貴方様は幸せ家族の演技をしろと仰るのですよね?ですが、子供達にその様な演技力はありますでしょうか?」 「……何を言っている?」 仕事一筋の鈍感不器用夫に嫁いだミッシェルの未来はいかに? ✻基本ゆるふわ設定。箸休め程度に楽しんでいただけると幸いです。

追放された悪役令嬢はシングルマザー

ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。 断罪回避に奮闘するも失敗。 国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。 この子は私の子よ!守ってみせるわ。 1人、子を育てる決心をする。 そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。 さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥ ーーーー 完結確約 9話完結です。 短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

【完結】不誠実な旦那様、目が覚めたのでさよならです。

完菜
恋愛
 王都の端にある森の中に、ひっそりと誰かから隠れるようにしてログハウスが建っていた。 そこには素朴な雰囲気を持つ女性リリーと、金髪で天使のように愛らしい子供、そして中年の女性の三人が暮らしている。この三人どうやら訳ありだ。  ある日リリーは、ケガをした男性を森で見つける。本当は困るのだが、見捨てることもできずに手当をするために自分の家に連れて行くことに……。  その日を境に、何も変わらない日常に少しの変化が生まれる。その森で暮らしていたリリーには、大好きな人から言われる「愛している」という言葉が全てだった。  しかし、あることがきっかけで一瞬にしてその言葉が恐ろしいものに変わってしまう。人を愛するって何なのか? 愛されるって何なのか? リリーが紆余曲折を経て辿り着く愛の形。(全50話)

処理中です...