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ここは私のもの!

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「たぁーのもぉー!」
「ん?なんだ?この嬢ちゃん!」



 意気揚々と、私は門をくぐる。
 今日の私は、領地の警備隊の視察にやってきた。
 大店の店主たちに息巻いたからだけじゃない。



「嬢ちゃんは、失礼ね!
 これでも、立派な大人の女性ですから!」



 胸を張って、でんっとすると、警備隊員達に笑われた。



「姫さん、それは笑われて当然だ……」



 後ろからぞろぞろとついてきた一同の中、ウィルが代表して呆れ気味に私に放つ言葉にムカッとする。


 プイっとそちらの方から視線を外し、笑っている警備隊員にとりあえず隊長の居場所を問うことにする。



「暇なの?すごいお酒の匂いするけど……」
「暇じゃないぜ?
 領主様から警備費用をもらってちゃんとお酒の警備にあたってるからな!
 ほらほら、嬢ちゃんもここに座って、おじさんたちにお酌してくれよ!」
「い・や・よ!
 ここの隊長は、どこ?」
「隊長?その辺で女の尻でも追っかけてるんじゃねぇか?」



 その隊員の言葉で、そこら中から笑い声が聞こえてくる。



「連れてきて!」
「なんで俺が!それより……」



 酒臭いおじさんが、私にすり寄ってきて、ベタベタとさわろうとする。



「いててててて……あんちゃん!いてぇーよ!」



 すんでのところで、エリックに締め上げられてしまったようだ。



「連れてくる気になった?」



 未だ締め上げられているおじさんは、嫌だとわめいていたが、無表情でエリックがさらに締め上げると素直にコクコクと頷いている。
 最初から素直に従えば、痛い思いもせずによかったのだ。



「エリック、そのへんにしておいてやれ!」
「はい、ウィル様」



 エリックに締め上げられた隊員は、ぶつくさ言いながら隊長を呼びに歩いて行く。



「駆け足!」



 エリックの一言で転げるように走っていき、10分後には、引きずるように別の男を連れてくる。


 その間、私達は、何も言わず、ただそこに立って全体を見まわしていた。


 そこらかしこに酒瓶と共に転がっている隊員と、その隊員を避けながらせわしなく動き回っている隊員、事務方なのか帳簿を持って何がないと呟きながら歩き回っている隊員など様々だった。




「で、隊長は、あなたでいいの?」



 目の前に連れてこられた隊長らしき人物は、何故呼ばれたのかわかっていない。



「あぁ、俺だが、今忙しい!
 貴様のような娘に構って……
 いや、どうしてもっていうなら……」



 隊長と言った男は、下卑た笑いをしながら私を舐め回すように見ている。



「下衆めっ!」



 最近、人に対して潔癖になりつつあるエリックが吐き捨てる。



「んぅだと?おらぁ?!」
「下衆だって言ったんだ!」
「エリック!そのへんにしなさい!」
「はい……」



 まず、エリックを窘め、一触即発状態になっているエリックと隊長の間に私は入っていく。
 そして、こちらのペースに隊長を巻き込んでいく。



「私と模擬戦で勝負しない?
 あなたが勝てば、遊んであげてもいいよ!
 私が勝てば、ここは、私がもらう。
 どうかしら?」
「はんっ!そんなこといっていいのか?」
「いいわよ!なんなら、そっちで1番強い人出してくれて構わない!」
「姫さん!!!」



 私は、ウィルを手で制した。
 私の提案が大層気に入ったようで、いっそうニタニタと笑う隊長。



 はぁあ、とやっぱりウィルたちはため息をつき、物好きだなと呆れている。



「男に二言はない!
 いいだろう!そちらが負ければ、好きにさせてもらう!
 さぞかしいい肌しているんだろうな」



 涎でも垂らしそうな勢いで口元をぬぐっている。



「じゃあ、俺が審判をする。
 おっさん確認な!」
「あぁ、どうぞ!」



 ウィルの提案に、隊長は余裕を持って話し始める。



「おっさんが勝てば、うちの姫さんを好きにできる。
 うちの姫さんが勝てば、おっさんは、ここの隊長をクビで、
 ここの警備隊は、姫さんのもんで問題ないか?」
「あぁ、まぁ、領主様がいいっつったらだけどよ?」



 負けるわけがないし、一応、領主の承認がいるからそんなことできるはずがないと高をくくっている。


 でも、これくらいなら、私の権限でもなんとでもできる。


 例えば、私に乱暴をしようとしたからとか、公爵夫人に対して無礼なことをしたり言ったりしたとか……
 知っていて当たり前の公爵夫人をないがしろにしているのだから、仕方ないよね。



「ふーん。まぁ、問題ないだろ。
 むしろどっちにしろ、クビは、綺麗に洗っといた方がいいと思うぞ!
 で、おっさんが出るか?それとも別のやつか?」
「そんな細腕の嬢ちゃんなら、俺でも構わないが、せっかくだから希望にそってやるよ!
 あいつ連れてこい!」



 そこに現れたのは、ウィルを一回り大きくした隊員だった。
 ただし、引き締まったウィルと違い余分なものがたくさんついていそうな大男である。



「でかいなぁー」



 思わずウィルも言葉に出ていた。



「んじゃ、こっちは……」
「そっちは、嬢ちゃんだろ?」



 ヤラシイ笑いをこちらに向けてくるので私はニッコリ笑い返す。



「流石に……姫さんでいいのか?」
「いいわよ!当然でしょ?」
「まぁ、いいか……」



 もう、ウィルにとって、私の無茶は日常茶飯事であるから、諦めも早い。
 パルマとエリックだけが慌てているが試合は始めることになった。



「ウィル、剣貸してくれる?」
「いいぜ、ほら!」



 重さ的に少し重いが、私の愛剣ともさほど変わらない重さなので使い勝手が良さそうだ。



 そんなチャラチャラとした剣なんて持って、宝の持ち腐れじゃないか!と笑われるウィル。
 流石に大人の対応だ!と多少関心しているところだ。
 おクビにも出さない。
 ちなみに、この剣は、ウィルが中隊長になった証に公から授けられたものだ。
 チャラチャラしたものでもなければ、宝の持ち腐れでももちろんない。
 近衛中隊長であるウィルのための剣なのだから。



「んじゃ、俺から!
 近衛中隊長、ウィル・サーラーの名において、模擬戦を行う。
 どちらかが行動不能となったところで、試合終了。
 あっ!今回、真剣使うけど、くれぐれも殺さないように!
 特に姫さんね!普段の勢いは、めっ!だから!
 それとここにいる奴らが全員証人な!
 もし、真実と違えることがあれば、偽りを言ったものにそれなりの重罰が
 あると思うように!」



 ウィルは、近衛中隊長の腕章をいそいそと左腕につけている。


 念押しされてから、始めの合図を言われる。
 この試合、ウィルが審判になるには、それなりの理由がある。
 近衛中隊長であるウィルが認めた模擬試合だということ。
 それによって、きちんと成立した契約のもとして行われた模擬試合だということが認められるのだ。
 不服があれば、公に申請をしないといけない。


 こういうところが、まず大事なんだよね?
 どこの誰がきて、誰が相手かってこともちゃんと把握しておかなきゃ!



「んじゃ、始めっ!」



 合図と共に私は、突っ込んでいく。
 チラッと見えたが、隊長はニンマリして私が負けるのを今か今かと待ち侘びている様子だ。


 ウィルと体格は似ていても、全く別物でウドの大木。
 多少、剣が使えたとしても近衛の猛者たちをのしてしまう私には、難なく倒せてしまう。

 振り上げられた剣を避け、剣の鍔にウィルの剣をあてがう。
 流石に力は強いが上から力を加えて土手っ腹にヒールで蹴りを入れてやれば、勢い余って後ろに倒れていく。


 どぉーんっと地面が揺れたかと思うほどの音と共に倒れる大男。

 倒れたときに脳震盪を起こしたのか、そのまま動かなくなってしまった。
 全くの拍子抜けだ!!



「勝者、アンナリーゼ様!」



 あっさり勝敗が決まり、さっきまで余裕ぶっていた隊長が青ざめていく。



「さて、どうしましょう?勝っちゃいましたわ!」



 わざとらしい私の言葉についてきた一同は、笑う。



「そ……そんなバカなこと!!
 き、貴様ら、何をしている!此奴らを痛い目にあわせろ!
 褒美は、その女だ!」



 さぁ!と隊長は、隊員たちをけしかけるが、きっと気づいたのだろう。
 ウィルが、わざわざ名乗ったのだ。



「ちゅ…中隊長様が、何故このようなところに?」
「アンバー領は、領主に見放された土地だぞ?
 それより、あの嬢ちゃん、何者だ?」



 見ていた隊員たちが、ざわめき始める。


 恐る恐るというていで1人の青年が訪ねてくる。



「あの……中隊長様なのですか?」
「あぁ、そうだ。
 ちなみに、俺よりこっちの姫さんの方がずっと雲の上だぞ?」



 意地悪くニヤッと笑うウィル。



「どっちに付くかは、いくらバカでもわかるよな?」



 そう呟くと私の方に隊員が近寄ってくる。
 そして、隊長を見限ったのである。



「ウィル、エリック」
「「何?」でしょう?」
「お酒飲んでる人と、飲んでない人に分けて。
 飲んでない人はそのまま、隊員として!
 飲んでる人は、クビ!もちろん、隊長もいらないわ!」



 一気にざわめき始める。



「お……俺たちがいなければ、アンバー領は守れない!」
「酒飲んでる人に、誰が守れるの?
 まともに剣も振れないんじゃなくて?」



 私の言葉に激情した何人かが、切りかかってくる。
 まぁ、ウィルがいなして終わりだ。



「俺、さっき言ったよな?
 姫さんの方が身分が上だって!」
「そ……そんなこと言われても……」



 切りかかってきた隊員と目線を合わせて私は名乗る。



「アンナリーゼ・トロン・アンバーよ!
 以後、お見知りおきを!
 そうそう、お仕事無くしたのよね!
 新しい就職先と食住くらいなら私紹介してあげてもいいよ?
 とっても、大変だけど、それ、頑張ってくれたら……
 イロイロ考えてもいいかなぁ?」



 私の名前を聞き驚愕しきっている隊員たち。
 ちょっと、気持ちいい反応をしてくれる。
 後ろにいる飲んだくれ達にも聞こえるように言うと、私の周りにわらわらと寄ってきて手をついてお願いされる。



「ど……どんなことでもします!
 どうか、食扶持だけは稼がせてください……
 小さい子供がいるんです……」
「なら、もっと一生懸命働くことね!
 何故、そうしないの?
 私の指示するきつい仕事、してくれる気があるなら、
 明日の朝に動きやすい汚い恰好でマーラ商会まで来なさい。
 何とかするわ!じゃあ、行きましょう!」



 私達一向は、指示だけ残しその場を後にし、そのまま今日の集合場所であるマーラ商会へと急ぐのであった。
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