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屋敷帰還

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「アンナ、体に気を付けるのよ!」
「アンナ、もう行ってしまうのかい?父様は、仕事に……行かなくてもいいかな……」


 いってらっしゃいと笑顔の母に見送られ、泣く泣く城へ向かった父。
 その背中がかわいそうで仕方なかったので、ジョージアにお願いしていたアンバー領のブランデーを母に渡しておく。


「お兄様は、ダメですからね!」


 兄にくぎを刺しておくことも忘れない。無言で降参ポーズをしている兄をみんなが驚いて見ている。
 みんな、兄が毎晩夜な夜なこっそり酒を飲んで気を紛らわせていたことを知らなかったようだ。


「お酒、控えてくださいね!元気でいてもらわないと……困るんですから!」
「他の誰に言われても何とも思わないけど、アンナに言われるときくなぁ……やっぱり、こっちに
 戻ってこないか?ジョージアより大事にするぞ?」


 兄がそういった瞬間、ジョージアが後ろから私をギュっと抱きしめる。


「アンナは、サシャには返さない!俺のアンナだ!!」
「冗談だよ……ジョージアも相当アンナを気に入っているんだね……」
「サシャには、私がいますよ?私では不満ですか?」


 兄の横で微笑んでいるエリザベスの目が笑っていなくて怖い。


「そ……そろそろ、退散しましょうか?ジョージア様」
「あぁ、屋敷へ帰ろう」
「待ってくれ!」


 兄に呼び止められ、馬車に乗ろうと別れの挨拶をするのを中断する。


「アンナ、ありがとう。僕は、アンナの倍も頑張らないと、アンナに追いつけないけど……
 きっと、頑張るから!それまで、ちゃんと、見ていてくれ!」
「もちろんですよ!私のお兄様は、自慢のお兄様ですから!
 私よりずっと頑張れますし、支えてくださる方もたくさんいますから……大丈夫です。
 アンナは、いついかなる時も、お兄様の味方です。いつまでも、見てますからね!!」


 兄の前まで行き、兄の両の手を私の手で握ると、握り返してくれる。
 私を導いてくれていた手だ。
 これからは、私でなく、生まれてくるクリスやフラン、ジルアートを導いてくれる手になるはずだ。


「お兄様、クリスやフラン、ジルアートに私の子供を頼みますね!」


 兄に聞こえるくらいの小声でいうと、あぁと力強く頷いてくれる。
 もう、兄の目は、昨夜まで迷っていたものとは違う。ちゃんと前を見据えた目をしていた。


「大丈夫ですよ!エリザベスがついていますから!ねっ?」


 エリザベスの方を見て、同意を求めると何を指しているかわからないけどと言いながら頷いてくれる。
 兄は握っていた手を放し、私をギュっと抱きしめてくる。
 お兄様もちゃんと体、鍛えてくれているようで、前に比べると、ちょっと締った体つきになったな。
 背中をポンポンとすると、耳元で子供じゃないぞと聞こえる。
 いつもは、兄が私にしてくれていたのだが、今日は逆だった。


「そろそろ行こうか?」


 ジョージアの声が聞こえたため、兄から離れる。



「それじゃあ、ごきげんよう!!」


 私は、トワイス国にあるフレイゼン侯爵の屋敷を後にした。



 ◇◆◇◆◇



 ここから馬車に揺られて3日程公都の屋敷まではかかる。ジョージアと二人きりの時間だ。


「そういえば、夜、ベッドにいなかったね?」
「起こしちゃいましたか……?」
「いや、朝、起きたら、ベッドが冷たかったから……」


 ちょっと寂しそうに言っているジョージア。


「のどが渇いたので厨房へ行ったら、お兄様がこっそりお酒を飲んでいたので……話をしてたの。
 私たち、いつも時間を見つけては、二人でお茶会をしてたから……」
「そんなに頻繁にお茶会をしてたのかい?」
「大体2日か3日に1回はしてました。お茶会と言っても、情報交換ですよ?」


 なるほどとジョージアは、頷いてくれる。


「学園での噂話ってなかなか面白いものが多くて。学園は、実のところ国内貴族の縮図ですからね。
 派閥が目に見えてわかるので、敵なのか味方なのかって基準もここで大体わかるようになります。
 お母様にその情報を渡せば、裏付けしてお父様の仕事や投資に役立ててくれてっていう遊びを
 お兄様としていたのですよ」
「君たちは、毎日そんなことをしていたのかい?」
「そうですよ!今も変わらずです」


 ジョージアは、私たちの遊びにかなり驚いている。
 貴族として、情報収集は必須なのだ。遊びと言えど、役立つ情報を掴むことの練習には、学園は最高の遊び場であった。


「ジョージア様は、こういった情報収集はされませんか?」
「あぁ、必要最低限だけだな……だから、アンナは、ソフィアのことも知っているのか?」
「そうですね……情報源は、そこかしこにありますよ!」
「あのウィルっていう近衛とかか?」
「ウィルですか?ウィルは、ただの悪友ですね。あんまり、そういうことには向いてないと思います。
 たまに、女性からの情報を持ってきてもらいますけど、それは、見事ですけどね。
 他は、ダメなんですよね……無駄にいい容姿は、そういうところに使うんだよって教えたらすっごい
 嫌な顔されてしまったのですよ……?ひどいと思いませんか?」
「いや、アンナの言いようも……ひどいと思うぞ?」
「そうですか?使えるものは、使いましょう!無駄にいい容姿は最高のつり餌ですからね!
 貴族社会は、情報社会。情報社会では、正確な情報と誰かの思惑の上を行くことが武器ですから。
 私の武器の一つは、信用できる人を育てることですよ!」


 ジョージアは、私の話に感心しきっている。
 今更ながら、どうやって、ジョージアはこの汚い貴族社会を生き抜いていくつもりなんだろう……?
 魑魅魍魎と言われる宮中で、本当に大丈夫なんだろうか?
 ジョージア様って公爵になるのよね……?ちょっと、坊ちゃんすぎやしないだろうか……心配になる。


「では、ジョージア様。
 領地に帰ったら、母から受け継いだ社交術を少しだけお教えしますね!」


 そう言ったら、ニッコリ拒否な顔をしている。母の社交術は役に立つのにな……と考え、嫌でもこっそり叩き込むからいいもん!私は、ジョージアに社交術を叩き込もうと心に誓ったのであった。


「そういえば、サシャの子供の名前はどうしたの?」
「名前ですか?クリストファーに決めました」
「そうか……」
「二人目は、フランベールですよ!」
「二人目?」
「はい、生まれると思うので、名前をつけてきました!」


 許容範囲を超えたそうで、頭を抱えてジョージアは、首を振っている。
 3日間、休憩をはさみながら馬車に揺られていたが、ちょうど、公都の屋敷につくところだった。
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