上 下
88 / 1,480

ラストダンス

しおりを挟む
「殿下、次は私にそのお転婆娘と踊る権利を!」
「……なんか、私に対して失礼じゃない?」
「よいぞ。もう、じゃじゃ馬の相手は疲れたから、ハリーに譲ろう!ほれ、行くがよい!」


 殿下は、私をクルっと回しハリーの方へ向かせる。
 すると、優しく微笑んでいるハリーが目の前にいた。
 私は、こみ上げそうなものをグッと押し込め、微笑んだ。

 殿下に背中をポンと押し出される。


「僕と踊ってくれませんか?アンナリーゼ」


 ハリーに名前なんて何年振りに呼ばれたんだろうか?
 そんな優しい声で名前を呼ばないでくれと苦笑いする。


「喜んでお受けします、ヘンリー様!」


 私は、完ぺきな淑女の礼をもってハリーのお誘いに応えた。


 殿下は、私の姿をみて、ダンスホールにいたすべての者を脇へと追い出し、音楽も私が好きなものにするよう殿下自ら指揮者に伝えに行く。



 そして、始まるヘンリーとのラストダンス。


 このホールには、私とハリーの二人しかいない。
 ゆっくり息をして、ハリーへ視線を向けると微笑むハリーと目が合った。
 ハリーもわかっているのだ。これが、私たちに許された最後のダンスなんだと……


「アンナ、殿下は粋なはからいをしてくれたものだね?」
「そうだね!」


 あの雪の日以降、ろくに話もしていないので、私はハリーに対してぎこちない返事しかできない。
 ただ、差し出されたハリーの手を握れば、自然とハリーとの距離に落ち着いている。
 そのことに、私は驚いた。
 あぁ、殿下のいう半身ってこういうことなのかしら?
 殿下や兄ですら、ダンスをするときには距離に戸惑う。
 ジョージアは、私にうまく合わせてくれるのですでに0距離だが、ハリーは自然にぴたりと落ち着くのだ。


「じゃあ、いこうか。僕のお姫様」


 えっ?っとハリーを見ると少し切なそうにしているが、ほかの人にこの微妙な違いがわかるだろうか……?


「はい、私の王子様」


 大事に一歩目を進めた。あとは、流れるような動きになる。
 音楽が鳴り始めた。
 あぁ、これ、ハリーと初めて踊った曲だ。
 曲を聴くだけで、懐かしく、胸の内を暖かくしていく。


「これ、アンナと初めてダンスの練習で踊った曲だね。
 懐かしいな……この曲、アンナはいたく気に入っていたよね?」
「そうね。この曲は、今でも大好きよ。すっと体に馴染むもの!」


 クスクス笑うハリー。


「どうしたの?」
「いや、アンナもかと思って。俺もね、この曲が一番、体に馴染む。
 どんな曲も踊れるんだけどね、やっぱりこれかな?」


 二人の共通点を探せば、きりがない。
 違うところを探す方が難しいのではないかというほど、私たちは同調しているようだ。


「さっきね、殿下にハリーと私は半身だって言われた。今頃、それを感じたわ!」
「半身?」
「そう。もう夫婦ではなくて、半身。双子みたいなものだって」
「なるほどね。そういうものなのかな?俺らって」
「そうみたいね……」


 微笑むハリーから漏れてきたのは、驚きだった。


「じゃあ、お互いへの愛情深いのも納得だなぁ……」
「えっ?」
「殿下から、聞いたんだ……婚約打診のときのこと。何時間も泣いたんだって?」


 王宮の東屋でのことを思い出す。恥ずかしくて、顔から火が噴きそうだ……


「殿下には、秘密って言ったのに!!」
「そう、殿下を責めるな。聞き出したのは、俺だから……
 アンナに命令もせず、王太子妃にしなかったことを不審に思ったんだ。
 あの日、聞いたことを殿下もアンナに聞いたのかって思って」
「殿下には話してない……」
「そうだってね。俺も殿下には話していないよ」
「ありがとう……話さないでくれて……」
「うーん。話さないでいたというか、話せなかったかな?
 アンナがいなくなることなんて、やっぱり俺には許容できなかったからね」


 一層寂しそうな悲しそうな表情をするハリー。
 ダンスの途中で、ふとイリアが目に入った。
 イリアは、私達を見て泣いていた。ハリーのこの微妙な表情に気づいたのだろう。


「今日まで、ずっと考えていたよ……アンナをこのまま手放していいのかどうか。
 でも、答えは出たよ!」


 ハリーへ視線を向けると、苦笑いだ。


「俺は、アンナを手放すよ。
 アンナのあんな幸せそうな顔を見れば、それも仕方ないのかな……と思った。
 それにね、アンナがローズディアへ行ったとしても、俺は、何も変わらない。
 アンナの幼馴染で、1番の理解者であることに。だから、いつでも頼ってくれていい。
 来る日に向けて、陰ながら応援もする。もちろん、生まれくるアンナの子供も大事にしよう! 
 だから、ジョージア様のところへ飛んでおいき!『僕のお姫様』は、いつまでも、俺だけのものだ!」


 そういって笑ってくれる。
 さっきまでの苦笑いでもなく……ハリーの本当の笑顔だ。


「婚約、おめでとう!」


 ラストダンスの音楽は、もう聞こえてこない。


 終わったのだ……私たちの恋は。


 ハリーに淑女の礼をとり、ハリーは私に最敬礼をしてくれる。



 涙が、溢れてきた。


「ハリー!!ありがとう!!」


 そういって飛びつく私をハリーがしっかり支えてくれる。


「泣いたら、せっかくのお姫様が台無しだな……」
「そんなのいい……!」
「はいはい……」


 優しく頭を撫でてくれる。


「婚約祝い、贈らないとな……」
「とびっきりのお祝い頂戴ね!!もう、この国にはなかなか帰ってこれなくなるから……
 たまに、皆のこと思い出したいわ!」
「わかった。アンナにとびっきりを渡そう。いつでもトワイスを思い出せるように」


 そういって、私は、ハリーから離れる。


 名残惜しい……とは、もう、言わない。


 私の隣にやってきたジョージアに顔をのぞかれる。


「アンナ。ひどい顔になってるぞ?」
「ジョージア様まで……なんだか、今日は、みんな私に失礼ですよ!!」


 側にやってきたジョージアに涙を拭われ、よしよしと頭を撫でられる。
 小さな子供にでもなったかのようだ……いや、そうなのだろう。
 ハリーと手を繋いで、王都を駆け回っていた頃のような、新たな冒険へ飛び出すような少し不安な気持ちである。


「ハリー、イリアのところへ」
「言われなくても向かうよ。
 ジョージア様、こんなじゃじゃ馬ですが、どうかよろしくお願いします」


 ジョージアに向けて、私を頼むとハリーが頭を下げている。
 ジョージアは、そんなハリーに驚いているようだ。


「ヘンリー殿……あぁ、わかっている!」


 ハリーは、そのまま私たちをダンスホールの真ん中に残し、イリアの側に駆けて行き慰めていた。


「心が痛むか?」


 ジョージアからこぼれた言葉に素直に頷く。


「そうか。では、アンナの心が痛まなくて済むよう、俺の心で君の心の穴を埋められるよう、
 最大限の努力をしよう!」
「ふふふ、期待しています!」


 涙を拭い、私はジョージアの腕にそっと自分の腕を絡めるのであった。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

僕は君を思うと吐き気がする

月山 歩
恋愛
貧乏侯爵家だった私は、お金持ちの夫が亡くなると、次はその弟をあてがわれた。私は、母の生活の支援もしてもらいたいから、拒否できない。今度こそ、新しい夫に愛されてみたいけど、彼は、私を思うと吐き気がするそうです。再び白い結婚が始まった。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

【完結】私はいてもいなくても同じなのですね ~三人姉妹の中でハズレの私~

紺青
恋愛
マルティナはスコールズ伯爵家の三姉妹の中でハズレの存在だ。才媛で美人な姉と愛嬌があり可愛い妹に挟まれた地味で不器用な次女として、家族の世話やフォローに振り回される生活を送っている。そんな自分を諦めて受け入れているマルティナの前に、マルティナの思い込みや常識を覆す存在が現れて―――家族にめぐまれなかったマルティナが、強引だけど優しいブラッドリーと出会って、少しずつ成長し、別離を経て、再生していく物語。 ※三章まで上げて落とされる鬱展開続きます。 ※因果応報はありますが、痛快爽快なざまぁはありません。 ※なろうにも掲載しています。

【完結】いせてつ 〜TS転生令嬢レティシアの異世界鉄道開拓記〜

O.T.I
ファンタジー
レティシア=モーリスは転生者である。 しかし、前世の鉄道オタク(乗り鉄)の記憶を持っているのに、この世界には鉄道が無いと絶望していた。 …無いんだったら私が作る! そう決意する彼女は如何にして異世界に鉄道を普及させるのか、その半生を綴る。

最強魔導師エンペラー

ブレイブ
ファンタジー
魔法が当たり前の世界 魔法学園ではF~ZZにランク分けされており かつて実在したZZクラス1位の最強魔導師エンペラー 彼は突然行方不明になった。そして現在 三代目エンペラーはエンペラーであるが 三代目だけは知らぬ秘密があった

フェンリル娘と異世界無双!!~ダメ神の誤算で生まれたデミゴッド~

華音 楓
ファンタジー
主人公、間宮陸人(42歳)は、世界に絶望していた。 そこそこ順風満帆な人生を送っていたが、あるミスが原因で仕事に追い込まれ、そのミスが連鎖反応を引き起こし、最終的にはビルの屋上に立つことになった。 そして一歩を踏み出して身を投げる。 しかし、陸人に訪れたのは死ではなかった。 眩しい光が目の前に現れ、周囲には白い神殿のような建物があり、他にも多くの人々が突如としてその場に現れる。 しばらくすると、神を名乗る人物が現れ、彼に言い渡したのは、異世界への転移。 陸人はこれから始まる異世界ライフに不安を抱えつつも、ある意味での人生の再スタートと捉え、新たな一歩を踏み出す決意を固めた……はずだった…… この物語は、間宮陸人が幸か不幸か、異世界での新たな人生を満喫する物語である……はずです。

引きこもりが乙女ゲームに転生したら

おもち
ファンタジー
小中学校で信頼していた人々に裏切られ すっかり引きこもりになってしまった 女子高生マナ ある日目が覚めると大好きだった乙女ゲームの世界に転生していて⁉︎ 心機一転「こんどこそ明るい人生を!」と意気込むものの‥ 転生したキャラが思いもよらぬ人物で-- 「前世であったことに比べればなんとかなる!」前世で培った強すぎるメンタルで 男装して乙女ゲームの物語無視して突き進む これは人を信じることを諦めた少女 の突飛な行動でまわりを巻き込み愛されていく物語

踏み台令嬢はへこたれない

三屋城衣智子
恋愛
「婚約破棄してくれ!」  公爵令嬢のメルティアーラは婚約者からの何度目かの申し出を受けていたーー。  春、学院に入学しいつしかついたあだ名は踏み台令嬢。……幸せを運んでいますのに、その名付けはあんまりでは……。  そう思いつつも学院生活を満喫していたら、噂を聞きつけた第三王子がチラチラこっちを見ている。しかもうっかり婚約者になってしまったわ……?!?  これは無自覚に他人の踏み台になって引っ張り上げる主人公が、たまにしょげては踏ん張りながらやっぱり周りを幸せにしたりやっと自分も幸せになったりするかもしれない物語。 「わたくし、甘い砂を吐くのには慣れておりますの」  ーー踏み台令嬢は今日も誰かを幸せにする。  なろうでも投稿しています。

処理中です...