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赤い薔薇は凛と咲いた、青い薔薇は綻ぶ

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 控室に入ると、久しぶりにハリーと会った。
 あの雪の日以降、初めて言葉を交わす。


「……アンナ、元気だったか?」
「えぇ、元気だったわ!ハリーは?」


 ハリーは、曖昧に笑うだけだ。
 私が選んだ道だったとしても、ハリーのその仕草が寂しい。

 控室は、私にとって針の筵のようだった。
 申出を全て断ってパートナーがいないので、目立つ。
 去年は、華々しかっただけに哀れみの目で見られるのが、ちょっと切ない。


「よっ!姫さん。ぼっちか?」


 軽い口調で近寄ってきたのは、ウィルだ。
 ローズディアの近衛になれたらしく、制服だった。


「ウィル!それ、近衛の制服?かっこいいね!!そういうウィルもぼっちじゃないの?」
「あぁ、そうだな。もう少し、婚約とか結婚とかはいいかなぁ?って。
 それに、姫さんから呼ばれたら、すぐに行かないといけないだろ?地の果てまでも!」
「ふふふ、そのときはよろしくね!頼りにしているから!
 できれば、地獄の門の前までついてきてくれると嬉しいけど!」


 ウィルが、話しかけてくれたおかげで少し気持ちも和らぐ。
 私の気負いした気持ちにハリーもウィルも気づいてくれたようだ。
 この二人、本当に私のことをよく見てくれている。
 ちょっとした私の不調にも気づいてくれるのだ。

 そんな気遣いもあり、もう一人でも大丈夫……そう思わせてくれる。



 ◆◇◆◇◆



 爵位順に呼ばれていくので、私の友人たちはもう行ってしまった。
 セバスは可愛らしい女の子と。
 ナタリーはぽっちゃりした男性と。
 ウィルは、一人で。

 そして、私の番だ。


「じゃあ、お先に!」


 後に残ったのは、ハリーとイリア、殿下とシルキーだけだった。

 私は、大広間の扉の前に一人移動する。


 背中から、殿下とシルキー、ハリーとイリアの視線が集まっている。
 去年の卒業式は、ジョージアと楽しいサプライズをした。


 今年は一人ぼっちだ……


 だから、少し寂しいし、隣にハリーがいないことが心もとない。
 気を抜くと、ふらつきそうだった。

 でも、一人だからこそ、背筋を伸ばして凛とありたい。
 瞼を閉じ、名前を呼ばれ扉が開くその瞬間を待つ。


「アンナリーゼ・トロイ・フレイゼンの入場です!」


 扉が、開いた!
 さぁ、卒業式という社交の戦場へ出陣だ!


 私は、一輪の咲き誇る赤薔薇を思わせるよう意識して、卒業式の会場に足を踏み入れる。


 赤い薔薇って、凛としててカッコいいのよ!
 匂いも素敵で、甘いような高貴な香りが匂い立つ。
 もちろんトゲもあるのよね……


 なんて考えながら、真っ赤な薔薇のドレスが1番綺麗に見えるようにしずしずと歩く。
 私のハイヒールの足音だけが会場に響き、爽快である。


 ……と思っていたが、そうでもない。


 いつも学園の噂の中心にいた私が、一人寂しく卒業式に参列した。
 そのことを知らない保護者も国の偉い人たちも、卒業式には来ている。
 今日は、重大な発表もあるから、いつもの卒業式より国の偉い人も多いのだ。


 ざわつく会場。


 せっかくいい感じで歩いていたのに、残念な気持ちになった。


「アンナリーゼ様、今年はお一人よ!」
「どなたのエスコートも断ったらしいよ?」
「去年のジョージア様と素敵だったよね……」
「それ、見てないんだ!」
「今年は、赤い薔薇なんだね!」
「あっ!見て!青い薔薇!!」


 口々にいろいろ言われるが、私はどこふく風でまっすぐ前だけ見て歩く。
 私は私だと、母のように咲き誇るんだと内心、ざわつく心を落ち着かせる。
 でも、そんなにうまくいくはずもなく、わからないように心を隠した。


 いつもなら、ハリーが側にいてくれた。
 ハリーがいてくれることが何より心強かった。
 なんでもできる気さえしていたのだ。
 今は、一人で自席まで歩かないといけない。
 すぐにでも大扉の向こうにいるハリーの手を取りに行きたくなる。


「……寂しな」


 思わず声が出ていた。それでも、私は決して俯かない。


 もちろん寂しい気持ちもあった。
 俯いてしまうと兄がせっかく贈ってくれた素敵なドレスを台無しにしてしまうし、下を向くと……
 なんだか、負けた気持ちになる。
 それなら、兄の心遣いに感謝し、みんなに素敵なドレスを見てもらいたい。


 席に近づくと、先に会場へ入場した三人を見つけた。
 ウィルは、さっきも言っていたが一人だ。
 セバスは、可愛い子が隣にいた。
 ナタリーは、背の低いボデっとしたおじさんと一緒にいる。
 政略結婚の相手かしら?なんて、考えると、嫌そうにしているナタリーの顔に納得だ。


 目が合うとそれぞれニヤッとしたり、微笑んでくれたりする。
 それだけでちょっとだけ心強くなった。


 あと、自席まで少しってところで、後ろの扉の向こうが騒がしいようだ。
 我関せず、最後まで歩くことだけを考えていた。


「お待ち下さい!」
「ちょっと、止めて!式の最中よ!」


 聞こえてくると扉の向こうの出来事にこっそり耳を傾けている。


「行ってください!ジョージア様!」


 イリアの声だった。


「よくわからんが、助太刀するぞ!」


 次にシルキーの声が聞こえた。


「アンナを頼む!!」


 殿下だ!


「うちのお転婆姫様は、ジョージア様を待っていた筈だよ!
 できれば、俺は、……1発殴ってやりたい!」


 最後にハリーだ!えっ!ハリーがジョージア様を殴るの?と、止めなきゃ!と後ろを向く。


「それは、後でもいいかな?」


 あっ!ジョージア様の声だ。えぇーハリーに殴られるの?


 追いかけてくる学園の執事たちや侍女たちは、位の高い者には逆らえないので追いかけてはきたが、見守るしかなかったのか、まだまだ声が遠くに聞こえる。


 すると、正面の扉が、ぎぃーっと重い音をして開いた。


 扉の片側ずつを殿下とハリーが押して開いている。
 その後ろでは、シルキーとイリアが侍女たちを通せんぼうしていた。
 真ん中にいたのは、ジョージアだった。


 会場が、再度ざわめく。


 振り返ると優しく微笑んだジョージアが、まっすぐこちらに歩いてきている。
 領地からきたのだろうか?ちょっと、着ている服がくたびれている。

 ジョージアは、束ねていた髪を切ったようだ。去年最後に挨拶をしたときよりスッキリしている。


「お待たせしました。僕のお姫様」
「ジョージア様、どうされたのですか?」


 ジョージアに向き直り、思わず声をかけた。


「遅くなったけど、卒業生のパートナーに来たんだ。必要、無かったかな……?」


 戯けた口調で、語りかけるジョージア。


「私のですか?」
「そうだね。アンナ以外の卒業生は、知らないからね?」


 私は、ジョージアのトロっとした蜂蜜色の瞳を見つめ、ため息をつく。


「ジョージア様、せめて卒業式が始まる前にお願いします」
「あぁ、すまない。これでも、急いできたんだが、思いのほか時間がかかったんだ……」


 ちょっとした嫌味を言っても、久しぶり会うジョージアは笑っていた。


 ジョージアは、後ろ手にしてた右手を前に持ってくる。
 その手には、9本の青薔薇のブーケがおさまっていた。


 ジョージアのことだ、9本の薔薇にもきっと意味があるのだろう。


「ジョージア様、今日は卒業式ですよ?」
「あぁ、そうだったね。後にしようか……?」


 中断してとりあえず席までエスコートしてくれようとするジョージア。


「姫さん、ついでだから、続きやって!気になって卒業式どころじゃない!」


 ウィルのなんともあけすけな物言いで、続きが……って……ホントにするの?

 私の内心は、もう大混乱だった……

 扉の前には、2組のカップルが、やれやれとため息混じりで見ているし、ウィルたちは、もう野次馬だ。
 ただでさえ、騒ぎになったのに……卒業生もみんな、私たち二人のことが気になるようだった。

 私からは、再度、はぁーとため息がもれる。

 兄はいったい何をと家族のほうを見るとニヤニヤ笑ってるだけだ。
 いったいどうなってるのか……?
 唯一まともなのは学園側かと思ったが、そうでもないらしい……
 トワイス国の両陛下と宰相は、なんだか、残念そうだけど、こうなったらしかたないという雰囲気だ。


「じゃあ、お言葉に甘えて……コホン」


 ジョージアは、私の耳の近くで囁く。



「アンナ、正直、君の言動には驚かされたよ。
 国同士の集団政略結婚で、公族をけってまで、君から俺が選ばれるとは……思ってもみなかった。
 父から聞いたけど、ローズディアの城へ直談判しに来たんだって?公も父も驚いていたよ。
 それと、ここからは、俺に花を持たせてくれ……」


 私に聞こえるくらいの小声だった。



 ジョージアは、スッと片膝をつき、私の右手をとる。


「この国で、青薔薇はまだ咲いていないらしい。花言葉は、不可能、存在しないもの……」


 そして、青薔薇を私に渡してくれる。


「我が国では、一目惚れ、夢叶う、奇跡。
 僕は、アンナに初めて会った日に、君に一目惚れした。
 去年の卒業式にアンナをエスコートできたことの奇跡。
 そして、アンナリーゼ、君と共に過ごしたいという夢叶う今日」


 私の左耳の青薔薇のピアスに目がいったようだ。
 ジョージアにもらった青薔薇。エリザベスが1つでもいいから身に着けていった方がいいとつけてくれたものだった。
 ジョージアは、それを見つけ目を見開いていたが、次の瞬間には微笑んでいる。
 私が逆らえないジョージアの微笑み。


「僕と結婚してください!」


 芝居がかった演出に多少の苦笑いものだが、嬉しかった。
 寂しかったここまでの道のり。
 何度、ハリーの手を取りに戻ろうかと心揺れるそのたびに浮かんだもう一人の運命の人。


「もちろん、喜んで!」


 ジョージアに私は、抱きついた。急に抱きついてもちゃんと受け止めてくれる。


 青薔薇のもう一つの花言葉、『喝采』
 会場からは、われんばかりの拍手とおめでとうの言葉だ。


 チラッとハリーを見た。
 切なそうな顔をして拍手をしていたが、目があった瞬間におめでとうと口が動いていた。

 私は、ハリーのおめでとうを笑顔で受ける。
 「私の王子様」は、私の婚約を祝福してくれた瞬間だった。



 ◆◇◆◇◆



 そのあとは、普通にハリーとイリア、殿下とシルキーが入場し、恙無く卒業式は終えた。
 しかし、王族を始め上位の貴族がいるにも関わらず、今年の卒業式もどうやらジョージアと私で話題をかっさらいそうだ。
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