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殿下からの招待状

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 夏季休暇に入ったころ、殿下から屋敷へ宮殿への招待状が届いた。
 先日、宮殿へ招待したいと言われていたので、それほど身構えてはいなかったが、久しぶりに呼ばれたことにはなにかあるのだろうかと心の隅には覚えておくことにする。


 夏らしい、薄い水色のドレスを着て、殿下に呼ばれた東屋へ出かける。


「殿下、ご招待いただきありがとうございます!」


 私は、自然とハリーの姿を探した。
 しかし、そこにはお茶を運んできた侍女と私たち以外、誰もいなかった。


「アンナ、今日は、ハリーを呼んでない。アンナと二人で話がしたかったから」
「そうでしたか。話とはなんですか?」


 殿下に問うと、少し顔を赤らめている。


「そなたには、もう少し情緒とかそういうものが必要だと思うぞ?」
「殿下には、言われたくないです」


 幼馴染の気安さでポンポン返されるのがおもしろくないのだろう。
 ちょっとふくれっ面だ。


「ここの東屋は、久しぶりですね。ハリーと三人、よくここで勉強しましたね……」


 湖の上にあるこの東屋は、夏は、湖のおかげで涼しい。
 なので、三人でここにきては、それぞれの家庭教師から出された課題をしていた。


「いつもアンナの思い出には、ハリーがいるのだな?」
「そうですね。兄以外だと、ハリーが一番長く一緒にいますからね。
 街へ出かけたり、お茶会をしたり……悪いことするときも、勉強するときも、怒られるのも一緒
 でした。最近では、もっぱら、ハリーに叱られてばかりですが……」


 想い出に浸ってしまった私は、東屋から見える青空を仰いだ。


「そうか……そなたは、ハリーが好きなのか?」
「はい。ハリーが、大好きです。イリアにも負けないくらい愛しています……」


 殿下の言葉対して、想い出に浸ったままの私は、本心を吐露してしまったようだ。


「そうか……」


 弱々しい殿下に意識が戻り、そちらを見ると落胆している。


「どうか、されましたか?」
「どうかしたから、落ち込んでいるのだろう?」
「よくわかりませんけど……」
「そなた、今、ハリーを大好きだ、愛していると言っていたぞ?」


 言ったはずの私の方が、はぐらかしていると言われた。


「もしかして、声に漏れてましたか?」
「あぁ、漏れていた。それも、ちゃんと聞き取れるくらいにわ。
 傷に塩を塗るだけでなく、傷口を開いてそなたは、塩をにじりつけるのだな……」
「そうでしたか……えっ?そんなことないです!!
 あの、さっきの……ハリーには内緒にしてくださいね!!」


 慌てて秘密にしてくれと願う私の赤くなった顔は、殿下の瞳にうつっていた。


「俺が、今日呼んだのは他でもなく、アンナに王太子妃となることを打診するつもりだったのだがな……
 先にハリーが好きだなんだと言ったら、今更、王太子妃になってくれと言えないではないか!」
「すみません……反省してます……最近、叱られてばっかりだな……」

 
 恐縮しきった私を殿下は苦笑いする……
 

「王太子妃と言っても、そなたは驚かないんだな?」
「父や母から王太子妃の打診を受けていることを聞き及んでいます。
 陛下や正妃様が私を推してくれているのですよね。とても嬉しいです。殿下にも感謝しています。
 それに、ジョージア様にも言われてましたから……王妃向きだと。
 私はそうは思わないですけどね……?」
「ジョージア殿がか?そなた、卒業式は、確かあの者にエスコトートされていたな。
 ハリーが好きだといいつつ、ジョージア殿と……」
「そうです。私はジョージア様と卒業式に出ました。それは、兄の友人として申し出があったからです。
 もちろん、私もあの方の隣に立ちたいと思ったからお受けしたまでです。
 殿下がご存じないのかもしれませんが、私、いろんな人と浮名はありますよ?
 そんな人物を王妃だなんて笑ってしまいますよね?」
「はぁ……開き直ったか……それでも、俺は、アンナが隣でいてほしいと願っているのだ。
 ハリーへの気持があるとしても、受け入れてくれと……」


 人に頭など下げたことなどないだろう殿下。
 人払いされているこの東屋では、私たちは、結婚の交渉をしているただの男女なのだそうだ。
 それって、断ってもいいってことだよね?と頭を下げてお願いしてくれる殿下を見つめる。
 王太子として命令じゃないし……命令だったとしても断るのだけど……


「お断りします!」
「なぜだ!」
「なぜだと言われましても、殿下では、私の夫には役不足です!」
「ハリーなら……ハリーなら、結婚を婚約を受けるというのか!」


 だんだんエスカレートしていく二人。
 きっとハリーがいれば、二人を諫めてくれたであろう。でも、ここにはいないのだ。
 二人で、おさめるしかない。




「ハリーなら、ですか……?」


 目を閉じる。思い浮かべるのは、『予知夢』で見たハリーとの結婚式。
 幸せいっぱいで溢れんばかりの愛情をハリーからもらった瞬間であった。
 そのあとの生活もハリーを支え、殿下にもちゃちゃを入れ、今と変わらない日常。
 子どもが生まれ、幸せな日々だった。
 ずっと、続くものだと思っていたのだ……そんな夢が。


「…………ハリーでも役不足です」
「そなたは、ハリーのこと……」
「そうですよ!それでも……それでも、ダメなのです!!
 私がハリーと一緒にいては、ハリーも殿下も守れない!!家族も友人も国も何もかも……」


 目を開けた瞬間に、幸せな夢は霧散し、溢れる涙が止まらない。
 殿下の顔なんて、ぼやけて何も見えない。


 大声をあげて泣いたのは、どれくらいぶりだろうか……?
 殿下がぎゅっと抱きしめてくれたが、泣き止むことなく小さな子供のように、私は泣き続けた。


 目前に迫った私の婚約とハリーの婚約。
 それぞれ別の相手と結婚するのだ。胸が痛まないわけがない。

 イリアがとても羨ましかった。
 素直にハリーに気持ちをぶつけられるのだ。
 どんなにハリーが嫌がったとしても、ハリーはイリアのことを嫌ってはいない。

 私は、最悪の『予知夢』みた日以降、気持ちを整理して、ずっと、ハリーへの私の気持ちを考えないようにしてきた。
 自分の道があっているのかわからない不安も見ないふりをしてきた。
 ここまで……自分の気持ちに蓋をし続けたのだ。開けば、燻っていたものは、大火になる。
 その火を消すように何時間も私は殿下に縋りつき泣き続けた。


「不細工だな……」


 泣き疲れて、殿下の腕の中で眠ってしまったようだ。
 目が腫れて開かない。

 何時間も泣いていた私の声が聞こえなくなったことに心配してくれた殿下の従者が瞼を冷やすようにタオルを用意してくれていた。
 瞼の上にタオルを置いて、殿下が膝枕をしてくれる。


「アンナが泣いたのを見たのなんて、何年振りだ?それこそ、幼かったころ以来じゃないか?」


 取り乱して大泣きした私は、恥ずかしくて答えられない。


「ふっ……アンナは、何を抱えているんだ?」


 頭をなでられながら、殿下が問うてくる。


「わかりません。私の進む道が正しいと信じて進んでいるだけなので。
 失敗はできないから……殿下、私が行きたい方へ進ませてください……」


 しばしの沈黙があった。
 理由も言わない私の言葉の意味を殿下も考えているのだろう……


「あぁ、分かった……アンナが進みたい方向へ進むがよい。
 俺にできることがあれば、必要になれば、いつでも言ってくれ。
 アンナ、そなたが、好きだ……それだけは、忘れないでくれ……」


 そっと起こされ、殿下にキスをされる。
 瞼に置かれたタオルで見えなかったが、殿下も悲しい顔をしているのだろうか。
 震えているのが伝わってきたのであった。
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