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フレイゼン侯爵家の娘

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 この物語は、私がみた『予知夢』から始まる私と私の子供の物語。
 その長い道のりの第一歩は、この私の……『アンナリーゼの物語』。


 ◇◆◇


「おにぃーしゃま、あっしょびましょー!」


 大きなぬいぐるみを引きずり、ストロベリーピンクの癖っ毛をふわふわなびかせながら、隣の部屋の兄を訪ねる私は、アンナリーゼ・トロン・フレイゼン。
 フレイゼン侯爵の第二子で父から溺愛されている娘である。

 私の姿を見て、ひきつった顔をしている兄を見て、私はかわいらしく小首を傾げた。


「……アンナと遊ぶと、いつも僕がお母様に叱られるから嫌だ!」
「おにぃーしゃまが、あしょんでくれないとやだ!やだやだ!」


 うるうるとアメジストのような瞳に涙を溜めていく私をみて、今度は兄がおろおろする。


「おにぃーしゃまのばかぁー!!」


 たまりにたまった涙は溢れ、私は、うわーんと大声を上げて泣きはじめた。


「アンナ…………」


 泣いた私をどうしていいのかわからず、おろおろしていた私の1つ年上の兄、サシャ・ニール・フレイゼンも一緒になって泣きはじめた。
 だいたい、二人が泣き合唱を始めると、我が家の怖い女王様がやってくる。


「サシャ、アンナ!」


 そして、二人して、女王様にしがみついて泣く。この美人な女王様は、私たちの母だ。
 ドレスをまっている今は、凛と大輪の華のごとく美しく、トワイス国の華と呼ばれる社交人で、そのいで立ちは女王の気品すら漂う。

 その女王様は、同じ視線に屈んでくれ、私たちを両方いっぺんに抱きしめてくれた。


「二人とも何を泣いているのです?」
「おにぃーしゃまが、あしょんでくれないの!」
「アンナと遊ぶとお母様に叱られる!」


 口々に言う二人の言い分を聞いて、悩ましげに女王様は、ため息をついた。
 その瞬間、私はビクッとする。


「そんな些細なことで、二人とも泣いたのですか?」


 子どもながらに母の声音が変わることには、とても敏感で、私は兄の手をぎゅっと握った。兄も何か感じたのか、私の手をぎゅっと握り返してくる。
 さっきまでの涙は引っ込み、私は持っていたぬいぐるみで目をゴシゴシ拭い、目の前の我が家の女王様から逃げる方法を一生懸命考える。

 1番いいのは……と考えてたとき、兄の部屋の扉が開いた。


「サシャとアンナの泣き声が聞こえたけど、また、ケンカでもしたのかい?」
「おとぉーしゃま!!」


 私は、父の顔を見てぱぁっと顔を綻ばせ、兄の手を握って引きずるようにしながら父の後ろに逃げ隠れた。
 そして、父のズボンをギュっと握る。父の後ろに隠れれば、女王様は私たちを叱らない。
 母の弱点は、父だ。
 そして、父の弱点も母だが、最弱点は私だった。
 父は私に対してとても甘く、大事にしてくれることを知っている。

 兄が母に叱られるのは可哀想なので、私なりに考えて一緒に逃げてきたのだった。


「どうしたんだい?」


 私が父に甘えると母は仕方なさげに、今度は大きなため息をつく。
 齢3歳と7ヶ月の子どもにして、微妙な大人の関係性を掴んでいたので父の後ろにいれば安心だ。


「あなた、あんまりアンナを甘やかさないでください!」
「甘やかしてもいいじゃないか。君との可愛い可愛い娘なんだから!ほら、見てごらん?」


 女王様は、それ以上何も言ってこない。
 兄と二人、父のズボンにしがみついて、やったね!とクスッと笑い合うのであった。

 私たちの日常は、こんなふうに過ぎていく。兄と私が、この侯爵家で日々両親を巻き込み成長している。



◆◇◆◇◆


 兄のサシャは、とても大人しい。
 本を読んだり勉強をしたり、女の子とよく間違えられるほどだった。

 一方、私は、深窓の令嬢とは程遠い、とってもガサツでお転婆な女の子だ。
 いろんなものに興味を示しては、走り回っていた。
 そして、そんな私に振り回されているのは、いつも兄の役目だった。

 いつの頃からか、母に馬に乗せてもらってからは、私も乗馬をするようになる。
 何を隠そうと、母も名武門のはねっかえり令嬢だったのだ。たまに母の剣の鍛錬を見ていたせいか、私は憧れてしまい、いつしか、ぼうっきれを所かまわず振り回すようになる。


「アンナ、危ないよ!」
「お兄様!そんなところにいたら危ないですよ!」


 5歳になるころには、立派に『フレイゼン家のじゃじゃ馬アンナ』と貴族の中で有名になってしまった。
 兄を連れ立って街に出れば、街の男の子たちに交じって街中を走り回っていたからだ。棒を振り回しては、剣術ごっこをして服を破いたりけがをしたり……泥んこになって帰っては、母に叱られる。
 もちろん、私についてきていた兄も同罪であった。


 見かねた母は、私にきちんとした剣術を教えてくれるようになった。女王様は、剣を振ればとってもかっこいい!のだ。


「お兄様、いきますよ!」


 及び腰の兄に向って、私は走り出す。


「あ……アンナ、ちょっと待っ……」


 時すでに遅く、バゴン……兄をぶちのめした後だった。


「サシャは、あの人に似て運動はからっきしダメね……」


 女王様は、兄を見て今日も悩まし気なため息をつき、私の方を見て、また、ため息をつくのである。


「アンナは、見込みがありそうね。しっかり教えるから、ちゃんとついてくるのよ!」


 それからは、母にしっかり剣術、体術と基礎を教えてもらうことになった。こんな幼気な少女を母の実家の新兵訓練に放りこんだこともある。

 母の剣技は、子どもの私から見ても素晴らしい。舞うかのごとく、しかし、振るう剣は鋭利で隙がなく思わず見とれてしまうくらいだった。


 剣を持てば、騎士団にも引けを取らない技術と剣捌き、不利な状況においての打開策を練る知恵や度胸は、トワイス国の騎士の中でも上位だそうだ。
 この国では、女性でもなれる職業ではあるのだが、母は騎士にならなかった。騎士ではないのに、城では影の参謀と呼ばれて相談をされていると祖父から聞いたことがある。

 なんでも身軽にこなしてしまう母に、私が、憧れないわけがない。真似をしてはうまくいかず、母に叱られる毎日だった。


◇◆◇◆◇


「お父様!」
「なんだい?アンナ」
「何を読んでいるの?」


 執務室にいた父のところへひょこっと顔を出した私に読んでいる本を見せてくれるが、数字が並んでいる以外サッパリわからない。


「アンナには難しいかな?もう少し大きくなってから読んでみるといいよ!ほら、おいで」


 読んでいた本を机に置き、抱き上げて膝の上に座らせてくれる。


「アンナには、こっちかな?」


 そういって読んでくれたのは、ドラゴンを倒す勇者の物語であった。私はそれを大層気に入っているので、喜んで読んでもらう体勢になる。


「これは、サシャに買ったのに……アンナの方が好きだとか、うちの兄妹は、いったいどうなっていることか……」


 呟く父をチラッとみて、早く早くと急かして読んでもらう。


「お父様のお仕事しているところには、キツネとかタヌキがいるの? お母様が言ってたよ!」
「あぁ、いるよ! とっても、悪知恵が働くんだ。可愛いアンナも、騙されないように気を付けないといけないよ!」


 頭を撫でてもらいニコニコとする。

 父は、王宮勤めだ。財務大臣というものを拝命しているらしい。なので、昼間は家にいない。
 こうして、夜や休日に本を読んでもらったり、ボードゲームをしたりとゆっくりした遊びを父が教えてくれる。兄の理屈っぽい話でなく、父の話は兄と同じ話でもとっても面白くて、私も父が大好きだ。


 ちなみに私は、おバカさんらしい。兄に比べて、全く勉強ができない。
 なので、両親も苦労しているのだとかで悩んでいた。遊びながら覚えたことはグンッと成長することがわかってからは、基本的に遊びを勉強につなげている今日この頃。
 私の遊びの時間は、兄の遊ぶ時間より何倍もあった。私は、遊びに夢中で気づいていなかったが、両親は、こっそり自分たちの知識を私に植え付けていっていたようだ。


◆◇◆◇◆


 私には、誰にも言っていない秘密がある。
 10歳を境に『予知夢』をみることができるようになったのだ。
 ただ、ものすごく限定的な私とつながりのある人物やモノにしか反応しない。
 しかも、自分の都合のいい夢やこうなってほしい夢はみなかった。漠然とした未来の映像をただ見ているだけの夢である。


「お母様、私のスノーが殺された……」
「スノーってアンナのネコよね?今日は、見かけなかったけど……それは、どうして?」


 涙をポロポロこぼしながら昼寝から起きてきた私を母は慰めてくれる。


「夢をみたの……スノーが……屋敷の裏で……」


 泣いている私を抱きかかえ涙を拭きながら、母は侍従に私が言った場所に確認に行くように伝える。
 帰ってきた侍従は、スノーの死骸があったことを伝えてきた。私は、怖くなりさらに泣く。

 そのあとも人が殺されるような夢を見ては、兄のベッドに泣きながら潜り込んでいた。
 そのたびに兄は、私の頭を撫でて、大丈夫だよっと言ってくれる。

 しばらく同じような『予知夢』を見ていたせいで、よく眠れない日々を過ごしていた頃、母にだけ私の夢に出てくる映像の話をした。
 母もそういった情報を持っていなかったので信じがたいことであったのだが、私のことを信じてくれ、私の『予知夢』がスノーや女性たちを殺した殺人犯を捕まえることに繋がった。

 『予知夢』を見た後は、できる限り書きためるようにと母が教えてくれ、1冊のノートをくれた。
 そのおかげで、未来の私に起こることも少しずつわかってきている。
 私は、限定的な未来を自分で選べるのだった。
 来る未来に向けて、自分磨きはきちんとするべきだと考え始めたが、まだ、子供なので将来について真剣に考えていても実際はおままごとのようで、自分の力不足を痛感するのであった。


◇◆◇◆◇


 今年で私は13歳になる。社交界デビューの年となり、大人の世界へ踏み込むときがやってきた。

 社交デビューに向け、母の淑女レッスンの一環としてダンスの練習も兄としていたが、私の練習というより、兄の練習であった。いつも足を踏まれたり、ドレスの裾を踏まれたり、予期せぬことで兄が慌てふためいて転びかけた兄をかばって転んだこともある。


「いいですか?アンナは嫌々していますけど、淑女レッスンは、社交界ではとっても重要なのですよ!」


 母からの教えは、『貴族社会は情報社会』だ。


 社交上手は、国を盗るとまで言われるのだとか。
 私は、母の知り合いのお茶会で練習を何度かしたのだが、なかなかうまく情報収集ができないでいる。
 母からは、まず社交上手になるための淑女レッスンだと言われているが、どこがどう繋がるのかまだわかっていない私は、とても苦痛でしかたがない。
 社交デビューさえすれば、大人たちのお茶会や夜会に行くことも可能となるので、そこで重要性がわかるだろうと母に言われている。
 だけど、私は苦痛なダンスの練習から解放されることだけを願っていた。


 挨拶、礼儀、作法、そしてダンス。
 どれもこれもを完ぺきにできないといけないのだが、どれもこれも母にダメ出しを受けている。兄に比べれば、できていると思うのだけど、上位貴族としては、今の私ではまだまだダメらしい。ガサツゆえに、なかなかうまくできないことがある。

 一度両親が、私たち兄妹のお手本にと部屋の入場から退出、陛下への挨拶やダンスの一連を見せてくれたことがある。

 指先、視線一つとっても、両親のそれらは洗礼された、まさに『お手本』であった。
 社交界で噂にならないはずがない。


「アンナ、社交界では、1番目立つ華になりなさい。そこに人が集まり、多くの情報が集まるのです!」


『フレイゼン家のじゃじゃ馬アンナ』を逆手にとってやりなさいと言われ、今日もどんくさい兄とダンスの練習にいそしむのである。
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