ビアンカ・レートは、逃げ出したいⅠ ~ 首が飛んだら、聖女になっていました ~

悠月 星花

文字の大きさ
上 下
35 / 55

セプトと共の夜

しおりを挟む
「今晩は、同じ寝室なんだが……」
「他に用意はないの?」
「ないっ!」
「普通、客間とか……」
「用意しなかった。……から、隣で寝てくれ」


 キッパリ?いや、ボソボソと言われてしまう。
 セプトの部屋に戻って、一息入れているところだった。


「今日は、立て続けにいろいろあったから、さすがに疲れたな」
「そうね。両陛下と側妃様にお目にかかったのは、緊張したわ!」
「そういえば、また、一つ、ビアンカに言ってないことがあったな」
「側妃様のこと?」


 私は何故か隣に座っているセプトに聞いた。


「あぁ、そうだ。言おうと思っていたんだが……側妃は、俺の母親だ。伯爵家出身であるため、ビアンカより身分は下になるな」
「今は、陛下の側妃様でしょ?」
「まあ、見かけは。第三王子さえ産まなければ、もっと、妃でも慎ましやかに暮らしていたはずだった」


 そうだったのねと頷くと、興味がないととられたようだ。
 そういうわけではないが、聞いていいものか迷う話題ではあった。
 話題が途切れてしまったこと、きっと話したいのではないか……そう感じたので、私から口を開いた。


「……聞いてもいいの?」
「あぁ、いい。なんでも聞いてくれ」
「セプトは、この王宮は、生きづらい?」
「……生きづらかったかな。王子と呼ばれても、結局、側妃の子どもだったから、相手にされなかったし、母上も俺さえいなければ、もっと穏やかに暮らせただろうと思うと」
「そうかしら?私は、セプトがいてくれたから、側様は生きてこれたのじゃなくて?セプトのお母様をとやかくいうつもりはないのだけど……この王宮に長くいられるほど、心の強そうな方には見えなかったわ」
「確かに。言われてみればそうかもしれない。子どもから見たら、見えないことだな」
「それに、親子で想い合っていることが分かったわ。側妃様もセプトもお互いを大事に想っているのね!ステキだわ!」


 そんなところまで見ていたのか?と驚くセプト。
 微笑みかける側妃の表情を見れば、親子関係を知らないものでもわかるだろう。セプトへの並々ならぬ愛情は。


「そろそろ、寝ないか?」


 妙にソワソワしているなと思っていたが、そうか、同じベッドで眠らないといけないのかと、隣を見た。


「まだ、寝るには早くない?」
「いや、結構夜も更けてきたし……」
「じゃあ、先に寝てくれて構わないわ!おやすみ、セプト!」


 私は立ち上がって、バルコニーへと出た。
 鳥籠と違って、セプトの部屋は高い場所にある。久しぶりに鳥籠から解放され、外の空気が吸いたくなり、夜風が気持ちいい。


「ビアンカが寝ないなら、もう少し起きている」


 バルコニーの柵にもたれかかる私の隣に並んだ。
 月夜が綺麗で輝いている。


「ビアンカは、どんな家族だったんだ?」
「私?」
「話したくないなら……いいけど」
「別にいいわよ?私は、レート侯爵家の嫡子で……」
「兄がいるって言ってなかったか?」
「お兄様は、遠縁の子どもなの」
「そうだったのか……」
「えぇ、私の旦那様となるように、養子になったのよ!」
「!!」
「どうしたの?」
「本当は王子との結婚じゃなかったのか?」
「そうだけど……驚くほどのことじゃないよね?」


 貴族ではよくある話だ。親戚の子で、よくできた子を本家筋の養子にして、本家筋の子と結婚させる。
 私のお兄様は、とにかく頭がよくてかっこよくて魔法もたくさん使えて魔力量も国一番ではないかと思わせるほど、完璧な男性であった。
 もっと早くに紹介してくれていれば……と、父を今更ながら恨みたい気もするが、あの頃は好きな人がいたのだから……仕方がない。


「……だから、ビアンカへの愛は永遠にと綴ってあったのか?兄妹愛かと思って……」
「何をブツブツ言っているの?」
「いや、そのお兄様はどんな人だったんだ?」
「一言でいえば……完全無欠。どこから見てもかっこよくて、頭もいい。難しい魔法もたくさん使えたし、魔力量も国で1番だった!大好きで自慢のお兄様よ!」
「何故、結婚しなかったんだ?」
「……殿下に恋をした後だったの。出会ったのが、もし、その前なら……私はお兄様と添い遂げたでしょうね!お兄様も私のことを愛してくださっていましたから!」
「……妹として?」
「いいえ、一人の女の子として」
「知っていたのか?その、お兄様の気持ちを」
「えぇ、知っていましたよ!結婚をしないかと言われましたもの。でも、当時は殿下のことしか頭に無かったですし、アマリリスの刻印が示すように、私は殿下の婚約者でしたから」


 ふぅ……とため息をつけば、隣からもため息が聞こえてきた。
 疲れているのだろうか?と覗き見ると、何か考えているようだった。


「冷えてきましたし、中に戻りますか?」
「あぁ、ビアンカがいいのなら」
「儀式の準備に疲れているのでしょ?お酒も飲まれましたし……そろそろ、ベッドに入られては?」


 そういうと、手を握られる。


「一緒に……」
「……」
「何もしないから……」


 本当に?と疑う気持ちはあるが、私は頷いた。手をひかれ、寝室へと向かう。


「このブレスレット……」
「えぇ、お邪魔ですか?強化魔法もしてあるので、切れたりしませんから、そのままつけてもらっても大丈夫ですよ?」
「じゃあ、そのままにしておく」


 ゴロンとベッドに転がると、手がぶつかった。そちらを見やると、視線があう。


「このベッドは、広いんですね?」
「それは、そうだろう?王子のベッドだから……」
「このベッドは……」
「言いたいことはわかるが、俺だけしか寝たことがないぞ!」
「そっか。そういえば……」
「アリエルのことなら、」
「まだ、何のことか言ってないですよ?もしかして、アリエルのことを気にしていたのですか?」
「……違ったのか?」
「それは、今じゃなくていいのかなって思ったんだけど……そっちが、振ってきたのなら、話します?」
「……アリエルは、その……かえてもらうことにした」
「いいの?そんな、思いつめたような顔をしていうことではないと思うけど……」
「いや、その……いつまでも、近くにいてもらうのは、ビアンカに失礼かと思って」
「別にいいけど?」
「そういうわけには、行かない。一つのけじめとしてだな……」
「アリエルの気持ちはどうするの?」


 私の顔を見て、驚いていた。アリエルにだって、侍女とはいえ、感情はある。
 どこからどう見ても、セプトのことを想っていることは、明白だ。
 わざわざ、セプトの専属にまでなっているのだから。


「……そこまでは、考えていなかった」


 視線を合わせていたのに、仰向けになって、天井を見ていた。
 いつも支えてくれていただろうアリエルを手放していいのだろうか?
 でも、セプトの側にいつづけて、幸せになることは、アリエルにはたぶんないのだろう。


「ただ、俺の側にいたとして、幸せになれる確率は、もうない。アリエルの今後を思えばこそ、この機会に手を離すべきなんだと……」
「寂しくない?」
「そりゃ……いつも、側でいてくれたから。これからは、ビアンカがいてくれる。そうだろ?」
「えぇ、そのつもりでいるけど……側妃として迎えてもいいんだよ?」


 首を振るセプト。何か思ったのか、ベッドから起き上がって、座った。
 私を見下ろし、手を取った。


「儀式、儀式とそればかりしか言ってこなかったけど……儀式も終わったんだ。ビアンカの答えは、俺と一緒に生きてくれるってことでいいのか?」
「えぇ、私はセプトとこれから先、一緒にいるわ!昨日、ちゃんと考えて出した答えですもの」
「……ありがとう」
「どうして、セプトがお礼を言うの?私の後ろ盾になってくれるのは、セプト以外いないのだけど?」


 クスクス笑うと、俺なんてという。
 あいている手で、セプトの口に手を添える。


「なんてって言わないで。私は、ここ数ヶ月のセプトを見てきて、あなたの側で支えようと決めたのよ?その人が、自分を貶めるようなことは言ったらダメ。少しの期間しか、あなたのことを知らないの。これから、どんな風になっていくのか、ずっと側で見させてね!私たちの関係は、これから始まるのですから」
「あぁ……ろくでもない……いや、これからビアンカが胸を張って隣に立ってもらえるよう、誠心誠意頑張るよ」


 私もベッドから起き上がって、座るとセプトと向き合った。
 左手を取り、シャラッとなるブレスレットのかかるセプトの手首にキスをする。

 遊び歩いていたセプトなら……あるいは意味を知っているのかも……と、見上げるとまさしくそのようだ。
 目を見開き驚いていたので、微笑んだ。
 いたずらで、キスをしたわけではない。一つの私なりの決心だった。
 このブレスレットと共に、あなたに枷をつけるけど、セプトのことが好きだという意味も含まれる。
 意味を受け取ってくれたのか、抱きしめられた。


「キス、してもいい?」
「えぇ……」


 瞼を閉じれば、唇が重なる。
 初めてしたキスは、少しだけお酒の香りがした。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

伏して君に愛を冀(こいねが)う

鳩子
恋愛
貧乏皇帝×黄金姫の、すれ違いラブストーリー。 堋《ほう》国王女・燕琇華(えん・しゅうか)は、隣国、游《ゆう》帝国の皇帝から熱烈な求愛を受けて皇后として入宮する。 しかし、皇帝には既に想い人との間に、皇子まで居るという。 「皇帝陛下は、黄金の為に、意に沿わぬ結婚をすることになったのよ」 女官達の言葉で、真実を知る琇華。 祖国から遠く離れた後宮に取り残された琇華の恋の行方は?

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

雪解けの白い結婚 〜触れることもないし触れないでほしい……からの純愛!?〜

川奈あさ
恋愛
セレンは前世で夫と友人から酷い裏切りを受けたレスられ・不倫サレ妻だった。 前世の深い傷は、転生先の心にも残ったまま。 恋人も友人も一人もいないけれど、大好きな魔法具の開発をしながらそれなりに楽しい仕事人生を送っていたセレンは、祖父のために結婚相手を探すことになる。 だけど凍り付いた表情は、舞踏会で恐れられるだけで……。 そんな時に出会った壁の花仲間かつ高嶺の花でもあるレインに契約結婚を持ちかけられる。 「私は貴女に触れることもないし、私にも触れないでほしい」 レインの条件はひとつ、触らないこと、触ることを求めないこと。 実はレインは女性に触れられると、身体にひどいアレルギー症状が出てしまうのだった。 女性アレルギーのスノープリンス侯爵 × 誰かを愛することが怖いブリザード令嬢。 過去に深い傷を抱えて、人を愛することが怖い。 二人がゆっくり夫婦になっていくお話です。

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?

せいめ
恋愛
 政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。  喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。  そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。  その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。  閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。  でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。  家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。  その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。    まずは亡くなったはずの旦那様との話から。      ご都合主義です。  設定は緩いです。  誤字脱字申し訳ありません。  主人公の名前を途中から間違えていました。  アメリアです。すみません。    

愛すべきマリア

志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。 学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。 家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。 早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。 頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。 その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。 体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。 しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。 他サイトでも掲載しています。 表紙は写真ACより転載しました。

傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。

石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。 そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。 新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。 初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、別サイトにも投稿しております。 表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

処理中です...