ビアンカ・レートは、逃げ出したいⅠ ~ 首が飛んだら、聖女になっていました ~

悠月 星花

文字の大きさ
上 下
21 / 55

治験薬

しおりを挟む
 翌日には、やはりミントは私の部屋にきて、ぬくぬくと育っていく植物たちを愛でていた。

「ミント?」
「なんでちゅか?」
「こんなに、ここに入り浸っていてもいいの?」
「あぁ、そういうことですか? 許可はとってあります。ここは、一応男子禁制の場所ではありますからね……長居はまずいでしょ?」

 なら、なぜ通うのかと問い詰めたら、成長過程が著しい植物たちを観察するのがお役目らしい。さっきの赤ちゃん言葉から、通常の会話になったことでもわかるが、植物への愛情は並々ならぬものがある。
 それにしても、慣れたとはいえ、長く居座り続けられるのは、あまり好きではなかった。

「そういえば、殿下から薬を作るための道具を一式取り揃えてくれるよう言われたのですけど、何か薬を作るのですか? 確かにここにある薬草で作ることは可能ですけど、冗談だと思いながら、一応準備は整えてきましたが……」

 不意にミントから質問をされ、私は備品を見る手を止めた。

「えぇ、傷薬を。セプトから聞いていないかしら?」
「いえ、聞いていましたけど……カインの話ですよね? まだ、半信半疑だったもので」
「そう。今回は大々的に作るのではなく、カインの分だけをね。私の常備薬も作ろうかとも思っているけど、興味があるのかしら?」
「多いにありますね! その傷薬を始め、薬を作るときに手伝わせいただいても?」

 長年、ミントは魔獣に傷つけられたと治療の研究をしていたと言うことをセプトから聞いていたので、ミントの申し出に頷こうかとも思ったが、私は首を横に振った。

「何故です? 薬の製法を盗まれたくないからと言うことですか?」
「そういうわけじゃないの。ただ、薬を調合するミントなら分かると思うんだけど……」
「微妙な匙加減ということですかね?」
「えぇ、そうね。手伝ってもらえるのは嬉しいのだけど、私は専門的に作っているわけではなくて感覚的なものだから、ミントへの説明が難しいの」

「そういうことなら……」と引き下がってくれたが、見学することだけは許可した。この国を思うのは、私よりミントの方だ。できるのであれば、ミントが作るべきものだろう。

「薬草は、あとどれくらいで採れますか?」
「私のところだとあと2日。翌朝に薬を作ることを考えて、3日後の朝食後。傷薬を作ろうと思うのだけど、時間は大丈夫かしら?」
「えぇ、では、その日を楽しみに。あぁ、あと、薬草を採り終わったあとはどうされるのですか? 次植える種は、どんなものにしますか? もっと、他にも試したい植物があるのですが」
「次の種は、必要ないわよ? 根は残しておくと、また、はえてくるから……」
「わかりました。って、そんなことが可能なのですか?」
「可能よ? あぁ、そっちの鉢植えのだけは、根も使うから、種も欲しいんだった」
「その植物と、他にもいくつか揃えます」

 ミントは、そう言って、また、観察を始める。余程、成長の早い植物が気に入ったのだろう。
 昼食の時間になって、セプトが来るまで、ずっと植物たちと話をしていた。


 ◆◇◆


 今日は治験薬を作る日である。朝食も食べ、セプトと話しているとミントが意気揚々と入ってきた。

「おはようございます!」
「ミントは、毎朝こんな調子なのか?」
「えぇ、そんな感じね。おはよう、ミント!」
「今日は、楽しみですね!」

 恍惚としているミントに若干引きながら、「準備をしましょうか」と声をかけた。
 朝食が並んでいたテーブルの上をニーアが片付けてくれ、薬を作るための道具を並べてくれる。

「さて、収穫しましょうか?」
「俺も手伝う!」
「セプトは、執務があるんじゃないの?」
「執務は……今日は午前中は免除されたから大丈夫」
「……大丈夫ね。そのあと執務をびっしりするつもりなのでしょ?」

 あはは……と、空笑いするセプト。「それよりもっ!」と、ミントは成長した薬草を早く収穫したそうである。

「必要なものは……これと、これと、これね!」
「普通の傷薬を作るときと同じ薬草なのですね? 何か、他にあるんでしょうか?」
「えっ? これだけで作るのよ?」

 収穫を終えた私を見ながら、セプトもミントもビックリしていた。
 普通の傷薬を作るものと同じなら、何故、ミントが作るもので治らないのか……というのが、セプトとミントの思うところなのだろう。

「じゃあ、作りましょうか。水でまず洗いますよ!」

 パチンと指を鳴らせば水が出てきて、薬草を綺麗にしていく。その後は、鍋にお湯を沸かして、その間に薬草の根っこをすりつぶしていく。
 グリグリと乳棒をこねくり回していると、ミントがものすごく近づいてきた。じぃーっと見つめられるが、気にしないように進めて行く。

「作り方も同じ……のような気がしますけど?」
「そうなの? 私は、ミントが作る傷薬の作り方がわからないからね……」

 鼻歌交じりで、作り上げていく薬。久しぶりに作ったわりには、なかなかいい感じで出来ているようだ。

「それじゃあ、最後ね!」

 乳棒とすり鉢で潰した根っこと洗った薬草を沸かした鍋に入れ煮詰める。そこに少しずつ水を加え、沸騰しないようにしながらかき混ぜたものを瓶に詰めた。
 その時点で、サラっとした液体になっており、ミントは驚いている。

「サラっとしているのは、何ででしょう? ほんのり輝いているようにすら見える」
「ミントが作ると、どうなるの?」
「ドロッとしたジャムのような塗り薬に……」

 持ってきたと出してくれる傷薬と私の作った傷薬の見た目が全く別物となっていた。
 ミントは、私が作ったものをちゃぽちゃぽと揺らしているが、サラっとした液体は揺らされるたびに右に左にと移動していた。
 ちなみに、私が作ったのは飲み薬で、ミントが作っているのは塗り薬だ。

「さっそく、カインに飲ませましょう!」
「あっ、待って! それは、1日寝かせて欲しいのよ。薬の成分を落ち着かせるために時間が必要なの」
「そうなのですか……?」
「そうだ、ミントの薬、貸してくれる?」

 私が作ったものを少し残念そうに机に置きながら、自分が作ったものを私に渡してくれる。

「全く同じ製法で作っているの?」
「えぇ、同じです。それが、どうして……」
「水分量かな? ちょっと、鍋に戻してもいい?」

「好きにしてください」と言われたので、私は鍋に入れる。
 先程作った分は、余分に出来たので10本の瓶に移して、別のところに置いておく。
 鍋で火を通して少しずつ水を補給していく。もちろん、魔法で出す水なのだが……混ぜていくと、先程と同じようにほんのり光、ドロッとしていた液体がサラっとしてきた。

「まさか?」
「えっ、さっきのと同じようになった!」
「これ、どうかしら?」

 私たちは、鍋に入った出来上がった薬を顔を合わせながら見つめた。

「とにかく……治験、してみましょう。カイン以外にも魔獣との戦いで腕や足を失った優秀な兵士はいるのですから……」
「説明して、治療に協力してくれるか聞いてみるか?」

 セプトはカインの治験が終わった後、陛下に話すというので、私は提案することにした。

「セプト」
「なんだ?」
「その治験。もし、可能なら、陛下の前でやってみてくれないかしら?」
「あぁ、提案してみる。治験についても明日以降になるだろうから、今から話を通しに行ってくる」

 セプトは「1本もらっていく」と傷薬を持って出て行った。「ミントも来い」と呼んでいるので渋々ついて行くのを見送った。
 私は、使った道具を片付けようとするニーアに声をかけた。

「待って! その鍋のをもう少し薄めましょう!」
「どうされるのですか?」
「お化粧する前に塗ると、お肌がツルピカになるのよ! 他の人には内緒ね! ニーアにもあげるわ!」

 瓶を用意してもらい、使い方を教える。どこに使ってもいいものだと説明をしたうえで、少量手に取り、ニーアの少々荒れた手にすりこんでやる。
 みるみるうちに綺麗になっていく手をニーアは嬉しそうに見つめていた。
 片付けについては、魔法で綺麗にしたので、後はニーアが棚に片付けてくれたのであった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

雪解けの白い結婚 〜触れることもないし触れないでほしい……からの純愛!?〜

川奈あさ
恋愛
セレンは前世で夫と友人から酷い裏切りを受けたレスられ・不倫サレ妻だった。 前世の深い傷は、転生先の心にも残ったまま。 恋人も友人も一人もいないけれど、大好きな魔法具の開発をしながらそれなりに楽しい仕事人生を送っていたセレンは、祖父のために結婚相手を探すことになる。 だけど凍り付いた表情は、舞踏会で恐れられるだけで……。 そんな時に出会った壁の花仲間かつ高嶺の花でもあるレインに契約結婚を持ちかけられる。 「私は貴女に触れることもないし、私にも触れないでほしい」 レインの条件はひとつ、触らないこと、触ることを求めないこと。 実はレインは女性に触れられると、身体にひどいアレルギー症状が出てしまうのだった。 女性アレルギーのスノープリンス侯爵 × 誰かを愛することが怖いブリザード令嬢。 過去に深い傷を抱えて、人を愛することが怖い。 二人がゆっくり夫婦になっていくお話です。

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。

石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。 そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。 新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。 初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、別サイトにも投稿しております。 表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

根暗令嬢の華麗なる転身

しろねこ。
恋愛
「来なきゃよかったな」 ミューズは茶会が嫌いだった。 茶会デビューを果たしたものの、人から不細工と言われたショックから笑顔になれず、しまいには根暗令嬢と陰で呼ばれるようになった。 公爵家の次女に産まれ、キレイな母と実直な父、優しい姉に囲まれ幸せに暮らしていた。 何不自由なく、暮らしていた。 家族からも愛されて育った。 それを壊したのは悪意ある言葉。 「あんな不細工な令嬢見たことない」 それなのに今回の茶会だけは断れなかった。 父から絶対に参加してほしいという言われた茶会は特別で、第一王子と第二王子が来るものだ。 婚約者選びのものとして。 国王直々の声掛けに娘思いの父も断れず… 応援して頂けると嬉しいです(*´ω`*) ハピエン大好き、完全自己満、ご都合主義の作者による作品です。 同名主人公にてアナザーワールド的に別な作品も書いています。 立場や環境が違えども、幸せになって欲しいという思いで作品を書いています。 一部リンクしてるところもあり、他作品を見て頂ければよりキャラへの理解が深まって楽しいかと思います。 描写的なものに不安があるため、お気をつけ下さい。 ゆるりとお楽しみください。 こちら小説家になろうさん、カクヨムさんにも投稿させてもらっています。

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

処理中です...