ビアンカ・レートは、逃げ出したいⅠ ~ 首が飛んだら、聖女になっていました ~

悠月 星花

文字の大きさ
上 下
20 / 55

カインへの確認

しおりを挟む
 薬草が成長するまで時間がかかる。その間は、ミントの赤ちゃん言葉を毎日聞く羽目になっているのだが、朝の小鳥のさえずりと自分に言い聞かせ耐えた。
 そうでもしないと、この部屋におかしな人がいることを認めてしまうことになり、なんだが、気分が良くない。

「いつまで見ても、薬草は薬草よ?」

 お茶を飲みながら本を開き、ミントの方をチラッと見た。

「いいでちゅか? あんな人にはなってはいけまちぇんよ。あなたたちは、立派な薬草に……」
「なるに決まっているじゃない!」
「もぅ、うるさいですね! せっかく、草花と話をしているのに、いちいち! ここをどこだと!」
「私の部屋」
「ビアンカ様のお部屋です」

 種をもらってからというもの、ミントが毎日通い、さすがに慣れてはきたが、ニーアはそのことにいまだに眉をひそめてはいた。
 一応、婚約者のいる女性……王子の婚約者の部屋に毎日通い詰めというのは、いかがなものかと。
 私の存在をあまり多くのものが知らないからこそ、変な噂がたたないだけで、よくないらしい。

「ミント様、そろそろお仕事の時間ではないでしょうか?」
「仕事? これが、仕事だけど……何か他にあるのかな?」
「植物研究所の方は、どうなっているのですか? 最近、ここに入り浸っているので、所長から早く研究所へ帰るように言ってくれと言われているのです。副所長ともあろうお方が、ほっつき歩くなど、言語道断」
「君は、そういうかもしれないがね? 私は、これが立派な仕事なんだよ! 魔法による植物の生育を観察する! これこそが、私が1番しないといけない仕事なんだ」

「わかったかい?」と勝ち誇ったようにニーアへ向かって言うが、それは、勝ち誇れるほどの理由でもないだろう。ただただ、ミントの知的好奇心のためだけに、毎日通っているのだから……。

「ニーア、もういいわ! 好きなだけいてもらって!」
「ほら、ビアンカ様もこう言ってくださっている!」
「えぇ。ミントがこの植物の面倒を全て見てくれるのだから、私たちは、口出しなんてできないわ!」
「ビアンカ様、何を! 私が魔法を使えないのは承知ではありませんか?」
「あら、魔法、使えなかったの? 知らなかったわ!」

 わざとらしく言うとミントは立ち上がり出て行こうとするので、「お茶が入っているわよ!」と声をかけた。
 ツカツカと戻ってきて、「ありがとうございます」と席に座るので、クッキーも置いてやる。
 用意されたものを全てたいらげ、席を立つ。

「まだ、用事があるのだけど……」
「忙しいのですけどね?」
「忙しそうには見えないから、頼まれてちょうだい!」

「なんですか?」と向き直り、早く話せという態度だ。私の方が、身分が上なハズ……と、口にはせず呆れたとため息だついた。

「外に行くついでに、カインを呼んできてくれないかしら?」
「カインをですか?」
「えぇ、そう。あなたなら、知っているでしょ? カインがどこにいるか」
「まぁ……知ってはいますけど……」

 渋々ということでミントは了承してくれた。それにしても、不服そうだ。

「カインに何かするのですか?」
「何も? ただ、話をしたくなっただけよ」

「そうですか、それじゃあ!」と返事を聞き、鳥籠からミントは足早に出て行った。

「毎日、毎日……困りものですね?」

 ニーアが呆れたようにドアを見て、お茶の用意をする。そのまま、私の前に座り、お茶を楽しんでいると、扉をノックする音が聞こえた。

「どうぞ! 開いているわ!」

 声をかけると、遠慮がちに「失礼します」とカインが部屋に入ってくる。

「待っていたわ!」
「お呼びということだったのですが、私に何用でしょうか?」
「意思確認を再度しておこうと思って」
「意思確認ですか?」
「そう、治験のね?」

 そこに座ってと、ニーアが座っていたところを指した。すでに、ニーアはお客であるカイン用にお茶の用意をしてくれている。
 私のカップも下げたので、新しく用意してくれるのだろう。

「それならば、先日も申した通り、お願いしたく」
「たとえ治らなくても? 今より悪化することもあるかもしれないわよ?」
「そうだったとしても、生きていくためにそして誇りのため、ビアンカ様に縋りたい気持ちはあります。ご負担になることもわかっています。いきなりの話で、きっとビアンカ様も戸惑われていたかもしれませんが……どうぞ、よろしくお願いします!」
「そう。決心は固いのね。わかったわ。その答えで大丈夫。うまく、いかなくても、責めないでね?」
「当たり前です! 正直、肘までも戻ってくるだなんて思ってもみなかったので、それだけでも嬉しく思っていますよ」

 私は、カインの利き手の袖口が結ばれているのを見ると、なんだか申し訳なくなった。私でなければ、ちゃんと治療ができたかもしれないのだ。

「お兄様なら、1回で治ったかもしれないのに……苦しい思いをさせるわね……」
「とんでもないです! ビアンカ様には救われました。ご用件は以上ですか?」
「いいえ、教えてほしいことがあって呼んだの」

 居住まいを正すカインにニコリと微笑む。そんなにかしこまらなればならないことを聞くわけではない。

「魔獣と戦ったって聞いているけど、この国に魔獣はいるのかしら?」
「えぇ、個体数は多くはありません。小さなもので悪さをしないのなら、放置している魔物もいますから……ただ、大きなもので、人をあきらかに襲ってくるようなものなら……討伐対象となります」
「私が知る限りでは、魔王がいるのよね?」
「魔王は、ずっと昔に突如現れた聖女と王によって倒されました。その残党として、各地で稀に人々を襲う魔物が現れるのです」
「聖女と王によって……? えっと、カインは、その討伐に行き、魔物に腕を持っていかれた?」
「えぇ、その通りです。宝剣である剣を携え、向かったのですが、私には使いこなすことができず……」
「そうなのね。その宝剣は、飾りではなくて……」

 何が言いたいのか察してくれたようで首を横に振るカイン。

「魔法剣なのです。それが、魔力の枯渇もあったのか、再び折れてしまいました」
「それって、柄のところに青いサファイアがある両刃剣で剣の真ん中に文字が書いてあったりする?」
「よくご存じで!」

 私は、昔、1度だけ見せてもらった、王家の宝剣を思い出して言ったのだが、当たっていたらしい。私が生きている時代は、まだ、魔法が使えていたので、宝剣がなくてもみなが魔獣と対等に戦うすべは持っていた。

「見たことがあるような気がして……折れてしまったのね。では、魔物に対抗するすべは、今はないの?」
「はい……次、魔物が現れたとしても、私たちには戦うすべはありません」

「そっか……」と呟く。カインの話を聞いても、私にはどうすることもできないだろう。
 願わくば、魔物が出てこないこと、その魔物に人々が傷つけられることがないことを願うしかない。

「もう少ししたら、薬草も採れると思うの。治験の話、決意は固いようだから、進めて行くわね!」
「はい、よろしくお願いします」

 話を聞けたので、カインを帰らせる。後ろで見ていたニーアも難しそうな顔をしていた。

 私は、その日から、夜に祈ることにした。何に願ったらいいのかわからないので、空に向かって祈ることにする。
 その祈りは植物の成長も促したようで、薬草たちがときに輝いていた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

その白い花が咲く頃、王は少女と夢を結ぶ

新道 梨果子
恋愛
 王都を襲った大地震を予言した少女、リュシイはその後、故郷の村に帰って一人で暮らしていた。  新しく村に出入りするようになったライラを姉のように慕っていたが、彼女に騙され連れ去られる。  エイゼン国王レディオスは、彼女を取り戻すため、動き出した。 ※ 「少女は今夜、幸せな夢を見る ~若き王が予知の少女に贈る花~」の続編です。読まなくてもいいように説明を入れながら書いてはいますが、合わせて読んでいただいたほうが分かりやすいと思います。 ※ この話のその後を主人公を変えて書いたものが完結しております。「銀の髪に咲く白い花 ~半年だけの公爵令嬢と私の物語~」 ※ 「小説家になろう」にも投稿しています(検索除外中)。

転生巫女は『厄除け』スキルを持っているようです ~神様がくれたのはとんでもないものでした!?〜

鶯埜 餡
恋愛
私、ミコはかつて日本でひたすら巫女として他人のための幸せを祈ってきた。 だから、今世ではひっそりと暮らしたかった。なのに、こちらの世界に生をくれた神様はなぜか『とんでもないもの』をプレゼントしてくれたようだった。 でも、あれれ? 周りには発覚してない? それじゃあ、ゆっくり生きましょうか……――って、なんか早速イケメンさんにバレそうになってるんですけど!?

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

雪解けの白い結婚 〜触れることもないし触れないでほしい……からの純愛!?〜

川奈あさ
恋愛
セレンは前世で夫と友人から酷い裏切りを受けたレスられ・不倫サレ妻だった。 前世の深い傷は、転生先の心にも残ったまま。 恋人も友人も一人もいないけれど、大好きな魔法具の開発をしながらそれなりに楽しい仕事人生を送っていたセレンは、祖父のために結婚相手を探すことになる。 だけど凍り付いた表情は、舞踏会で恐れられるだけで……。 そんな時に出会った壁の花仲間かつ高嶺の花でもあるレインに契約結婚を持ちかけられる。 「私は貴女に触れることもないし、私にも触れないでほしい」 レインの条件はひとつ、触らないこと、触ることを求めないこと。 実はレインは女性に触れられると、身体にひどいアレルギー症状が出てしまうのだった。 女性アレルギーのスノープリンス侯爵 × 誰かを愛することが怖いブリザード令嬢。 過去に深い傷を抱えて、人を愛することが怖い。 二人がゆっくり夫婦になっていくお話です。

最愛の婚約者に婚約破棄されたある侯爵令嬢はその想いを大切にするために自主的に修道院へ入ります。

ひよこ麺
恋愛
ある国で、あるひとりの侯爵令嬢ヨハンナが婚約破棄された。 ヨハンナは他の誰よりも婚約者のパーシヴァルを愛していた。だから彼女はその想いを抱えたまま修道院へ入ってしまうが、元婚約者を誑かした女は悲惨な末路を辿り、元婚約者も…… ※この作品には残酷な表現とホラーっぽい遠回しなヤンデレが多分に含まれます。苦手な方はご注意ください。 また、一応転生者も出ます。

【完結】勘当されたい悪役は自由に生きる

雨野
恋愛
 難病に罹り、15歳で人生を終えた私。  だが気がつくと、生前読んだ漫画の貴族で悪役に転生していた!?タイトルは忘れてしまったし、ラストまで読むことは出来なかったけど…確かこのキャラは、家を勘当され追放されたんじゃなかったっけ?  でも…手足は自由に動くし、ご飯は美味しく食べられる。すうっと深呼吸することだって出来る!!追放ったって殺される訳でもなし、貴族じゃなくなっても問題ないよね?むしろ私、庶民の生活のほうが大歓迎!!  ただ…私が転生したこのキャラ、セレスタン・ラサーニュ。悪役令息、男だったよね?どこからどう見ても女の身体なんですが。上に無いはずのモノがあり、下にあるはずのアレが無いんですが!?どうなってんのよ!!?  1話目はシリアスな感じですが、最終的にはほのぼの目指します。  ずっと病弱だったが故に、目に映る全てのものが輝いて見えるセレスタン。自分が変われば世界も変わる、私は…自由だ!!!  主人公は最初のうちは卑屈だったりしますが、次第に前向きに成長します。それまで見守っていただければと!  愛され主人公のつもりですが、逆ハーレムはありません。逆ハー風味はある。男装主人公なので、側から見るとBLカップルです。  予告なく痛々しい、残酷な描写あり。  サブタイトルに◼️が付いている話はシリアスになりがち。  小説家になろうさんでも掲載しております。そっちのほうが先行公開中。後書きなんかで、ちょいちょいネタ挟んでます。よろしければご覧ください。  こちらでは僅かに加筆&話が増えてたりします。  本編完結。番外編を順次公開していきます。  最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!

いつかの空を見る日まで

たつみ
恋愛
皇命により皇太子の婚約者となったカサンドラ。皇太子は彼女に無関心だったが、彼女も皇太子には無関心。婚姻する気なんてさらさらなく、逃げることだけ考えている。忠実な従僕と逃げる準備を進めていたのだが、不用意にも、皇太子の彼女に対する好感度を上げてしまい、執着されるはめに。複雑な事情がある彼女に、逃亡中止は有り得ない。生きるも死ぬもどうでもいいが、皇宮にだけはいたくないと、従僕と2人、ついに逃亡を決行するのだが。 ------------ 復讐、逆転ものではありませんので、それをご期待のかたはご注意ください。 悲しい内容が苦手というかたは、特にご注意ください。 中世・近世の欧風な雰囲気ですが、それっぽいだけです。 どんな展開でも、どんと来いなかた向けかもしれません。 (うわあ…ぇう~…がはっ…ぇえぇ~…となるところもあります) 他サイトでも掲載しています。

【完結】アラサー喪女が転生したら悪役令嬢だった件。断罪からはじまる悪役令嬢は、回避不能なヤンデレ様に溺愛を確約されても困ります!

美杉。祝、サレ妻コミカライズ化
恋愛
『ルド様……あなたが愛した人は私ですか? それともこの体のアーシエなのですか?』  そんな風に簡単に聞くことが出来たら、どれだけ良かっただろう。  目が覚めた瞬間、私は今置かれた現状に絶望した。  なにせ牢屋に繋がれた金髪縦ロールの令嬢になっていたのだから。  元々は社畜で喪女。挙句にオタクで、恋をすることもないままの死亡エンドだったようで、この世界に転生をしてきてしあったらしい。  ただまったく転生前のこの令嬢の記憶がなく、ただ状況から断罪シーンと私は推測した。  いきなり生き返って死亡エンドはないでしょう。さすがにこれは神様恨みますとばかりに、私はその場で断罪を行おうとする王太子ルドと対峙する。  なんとしても回避したい。そう思い行動をした私は、なぜか回避するどころか王太子であるルドとのヤンデレルートに突入してしまう。  このままヤンデレルートでの死亡エンドなんて絶対に嫌だ。なんとしても、ヤンデレルートを溺愛ルートへ移行させようと模索する。  悪役令嬢は誰なのか。私は誰なのか。  ルドの溺愛が加速するごとに、彼の愛する人が本当は誰なのかと、だんだん苦しくなっていく――

処理中です...