ビアンカ・レートは、逃げ出したいⅠ ~ 首が飛んだら、聖女になっていました ~

悠月 星花

文字の大きさ
上 下
15 / 55

侍女になるために

しおりを挟む
 ニーアが少し大きめの瓶を持ってきてくれたので、その中にもらった大量のクッキーを全部入れてくれるように頼む。すぐに終わったようで声がかかった。


「どうされるのですか?」
「こういうときの魔法よ!」


 パチンと指を鳴らすと瓶の中は真空となった。湿気る要素を取り除けば、この大量のクッキーも長く楽しめるだろう。


「これは、どうなったのですか?」
「瓶の中が真空になっているの。風の魔法の応用ね! 美味しくいただくために、余念はないわよ!」


 ニーアにニッコリ笑うと、そのクッキーを部屋の隅に置いた。


「それにしても、もう少し、生活用品が欲しいですね……」


 当たりを見回しぼやくニーアに、あなたが侍女になったら好きに家具も増やしていいと伝えておく。ニーアなら、素敵な家具を揃えてくれるだろう。殺風景な鳥籠が賑わうのはそう遠くない。


「さっきの続きをして、今日中に本の整理は終わらせましょう!」


 本棚に向かい、背表紙をニーアに読ませていく。ところどころつまっては、読み方を教える。
 そんなやりとりをしながら、本は見事に本棚へ収まった。


「ビアンカ様、終わりましたね!」
「そうね! ニーアが手伝ってくれたおかげで早く終わったわ!」
「そんなことないです」
「ふふっ、この部屋に来たときは本を読むことを許可するわ! 持ち出さないでくれれば、自由に読んでちょうだい。1ヶ月で、あなたを侍女に仕上げないといけないのだから、お互い頑張りましょう!」


「よろしくお願いします」とニーアは深々と頭を下げるのであった。


 ◆◆◆


 翌日からもニーアが鳥籠に通ってくれるようになった。
 着ているお仕着せが上品な作りのものに変わり、侍女になるための見習いとなったことがわかる。
 メイドとの違いは、下働きが減ることと常に主人の近くに侍っていること。
 毒味をすることだってあるが、私はそれをしなくていいので、気楽にしてもらえればいい。


「さっそく、セプトが動いてくれたようね?」
「はい、昨晩、侍女長から呼び出しがあり、殿下からの申し出のあったことを聞きました」
「そう、これからが大変よ! メイドと違って、侍女はすることも気を遣うことも多いからね。
 まずは、お茶を入れてくれるかしら? 二人分。その後、文字のお勉強にしましょう!」


 テキパキとお茶用意をしているニーアを後ろから見ていた。


「ニーア、お茶をここで入れてくれるかしら?」
「かしこまりました」


 ワゴンを運び、私の見えるところでお茶を入れる。

 手順は……誰に教わったのだろう?

 少々、私の知るお茶の手順が違うようだ。


「ニーア、お茶の入れ方は誰から?」
「先輩の方に聞きました。あの……何か問題があるのでしょうか?」


 困惑するニーアに微笑みかける。ニーアから茶器を取り上げ、小さく息をはく。
 久しぶりにお茶を淹れるのだから……腕が鈍っていなければいい。


「あの、ビアンカ様」
「ニーア、よく見ていて。お茶はお茶でしかないのだけど……されど、お茶なのよ。貴族では、専属の侍従を置く人もいるくらいこだわりがあるものなの。今のままでも美味しいけれど、専属侍女になるのであれば、お茶の好みは私に合わせないといけないし、お客があれば、そちらに合わせた用意をしないといけないわ。
 さっきの方法は、一般的ではあるけど、あまりお茶の良いところを出せていないの」


 我が家に伝わるお茶の入れ方をニーアに見せる。じっと見つめ、見落とさないようにしていた。
 真剣な眼差しに、笑みがこぼれる。


「今日は、ニーアが私のお客様ね。そこに座ってちょうだい!」
「あっ!えっ……」
「いいから、いいから! これも侍女になるためには必要な経験よ! お茶の道は、1日で成らず! まずは、味や香りを自身が入れたものと比べてみて!」


 ニーアの前に私が入れたお茶を出す。
 表情が一瞬で変わった。
 まず、ポットから香る茶葉の匂い、そして、カップに注がれた紅茶の香りは、ニーアが入れたものより、格段に違うだろう。
 同じ茶葉で入れたとしても、手間と順序だけで全く違うものになる。


「あ……あの……!」
「何かしら?」
「この、香り……同じ茶葉ですよね?」
「えぇ、そうよ! ニーアがさっき入れてくれたものと同じ」
「……全然違う。香りが、部屋にも広がりそう……」


 私は、ニーアに微笑みかけ、どうぞと薦めた。
 カップを持ち、口につけるとわかるだろう。鼻から抜けるお茶の匂いは、優しい気持ちにさせ、口に入れた瞬間、自身からお茶の香りがするのではないかと錯覚するほど、包み込まれる。


「すごい。私でも違いがわかります! 口に含んだ瞬間に、さらに香りが広がるようです!」
「そう。これから、こっちを優先してくれるかしら? 一言お茶といっても種類も多い。産地や取る時期、精製方法で作られた同じ茶葉であっても違うのよ?
 明日は、違う茶葉をいただけないか、侍女長に聞いてみて。例えば、セプトの好む紅茶とか、飲んでもらいたいお茶とか」
「飲んでもらいたいお茶ですか?」
「えぇ、さっきも言った通り、同じ茶葉でも、栄養価が違う場合があるの。効能が違うのよ。例えばだけど、よく寝れないときにカモミールティーを飲んだりするでしょ? 華やかな気持ちのときはジャスミンのような花茶だったり。王子の食事は、王子のことを思って作られた特別なもの。口にするものは全て管理されてるし、体調の変化に合わせて作られるのよ」
「……知りませんでした」


 ふふっと笑う。私もそんなに詳しいわけではないが、そのように妃教育で教えられた。
 妃が先に食べるのも、侍従によって毒見されたうえで、さらに毒見の役割も兼ねていることや、味覚嗅覚について、鋭くなるようにとかなりの訓練もした。
 王子の体調の変化をいち早く感じ取るために医療の真似事まで出来たりもする。しなだれているのは、ただただ可愛がってもらうためだけではないことは、口酸っぱく言われたな……と、思い出す。


「調子のいいときなら、肉をたくさん食べても気にならないけど、調子の悪い日に食べると?」
「……悪化する」
「そういうことね。王子といえど、執務や公務は多いのよ。食事で体調を悪くされては、料理長の立つ背がないから、かなり神経を使って作られていると思うわ! それをセプトが感じて食事をしているかは、別として……」


 私は苦笑いしてニーアにこれから勉強する内容について話していく。
 自身が妃になると決めたことでないことにしても、婚約者と決まったなら、セプトを支えるしかない。
 知りませんでしたと背を向けてしまうのは、私の気持ち的に落ち着かないのだ。
 ニーアに勉強を教えるのは、今後の王宮での生活に大きく影響があるから。
 そして、学ぶ意思があるニーアは飲み込みも早い。

 そんなニーアにとても期待している。早く、私の専属侍女になれることを祈るばかりであった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

廃妃の再婚

束原ミヤコ
恋愛
伯爵家の令嬢としてうまれたフィアナは、母を亡くしてからというもの 父にも第二夫人にも、そして腹違いの妹にも邪険に扱われていた。 ある日フィアナは、川で倒れている青年を助ける。 それから四年後、フィアナの元に国王から結婚の申し込みがくる。 身分差を気にしながらも断ることができず、フィアナは王妃となった。 あの時助けた青年は、国王になっていたのである。 「君を永遠に愛する」と約束をした国王カトル・エスタニアは 結婚してすぐに辺境にて部族の反乱が起こり、平定戦に向かう。 帰還したカトルは、族長の娘であり『精霊の愛し子』と呼ばれている美しい女性イルサナを連れていた。 カトルはイルサナを寵愛しはじめる。 王城にて居場所を失ったフィアナは、聖騎士ユリシアスに下賜されることになる。 ユリシアスは先の戦いで怪我を負い、顔の半分を包帯で覆っている寡黙な男だった。 引け目を感じながらフィアナはユリシアスと過ごすことになる。 ユリシアスと過ごすうち、フィアナは彼と惹かれ合っていく。 だがユリシアスは何かを隠しているようだ。 それはカトルの抱える、真実だった──。

雪解けの白い結婚 〜触れることもないし触れないでほしい……からの純愛!?〜

川奈あさ
恋愛
セレンは前世で夫と友人から酷い裏切りを受けたレスられ・不倫サレ妻だった。 前世の深い傷は、転生先の心にも残ったまま。 恋人も友人も一人もいないけれど、大好きな魔法具の開発をしながらそれなりに楽しい仕事人生を送っていたセレンは、祖父のために結婚相手を探すことになる。 だけど凍り付いた表情は、舞踏会で恐れられるだけで……。 そんな時に出会った壁の花仲間かつ高嶺の花でもあるレインに契約結婚を持ちかけられる。 「私は貴女に触れることもないし、私にも触れないでほしい」 レインの条件はひとつ、触らないこと、触ることを求めないこと。 実はレインは女性に触れられると、身体にひどいアレルギー症状が出てしまうのだった。 女性アレルギーのスノープリンス侯爵 × 誰かを愛することが怖いブリザード令嬢。 過去に深い傷を抱えて、人を愛することが怖い。 二人がゆっくり夫婦になっていくお話です。

傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。

石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。 そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。 新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。 初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、別サイトにも投稿しております。 表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

出生の秘密は墓場まで

しゃーりん
恋愛
20歳で公爵になったエスメラルダには13歳離れた弟ザフィーロがいる。 だが実はザフィーロはエスメラルダが産んだ子。この事実を知っている者は墓場まで口を噤むことになっている。 ザフィーロに跡を継がせるつもりだったが、特殊な性癖があるのではないかという恐れから、もう一人子供を産むためにエスメラルダは25歳で結婚する。 3年後、出産したばかりのエスメラルダに自分の出生についてザフィーロが確認するというお話です。

処理中です...