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絵本の活用方Ⅱ

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「ビアンカ様、お茶がは、い……きゃあーーーっ!」


 ニーアの悲鳴が部屋に響いた。
 私は、ニーアが近づいてくるのを見えていたので、両耳を押さえてやり過ごしたが、突然の悲鳴にセプトはモロに頭に響いただろう。


「な……な……何を見ていらっしゃるんですか!」


 次にニーアの怒りが込み上げてきたのか、机に広げられた裸体のお姉さんを指差しプルプルしている。


「何って……そう言う本だが?それより、耳がキンキンする……」


 今度は平然とするセプトに、ニーアは追い討ちをかけて怒った。


「そう言うものは、殿下だけで……その、あの……だいたいですね、ビアンカ様に見せるものではないです!殿下、見損ないました!不潔です!ビアンカ様に近寄らないでください!」


 ニーアの顔が怒りと羞恥で赤くなり、なんだか可哀想である。


「メイドがとやかく言うことではないだろう?それに、これをここに嬉々として広げたのはビアンカだし、ビアンカとはそのうちそういうこともあるだろう?」
「ないことを願ってるけどね!」
「なっ……それは、無理だ。逃げられない」


 あんに嫌だと言ったら、セプトも可哀想だったので、ないことを願うくらいにしておいた。
 一応、私の知らぬところで、目の前で落胆している王子の婚約者なのだから、そうなることもありえるのだろう。


「それで、お兄様のなの?セプトなの?」
「そこは、はっきりさせておこう。兄上のだ。ここまで大きいのは、好みではないし、だいたい必要ないだろ?モテない兄上と違って。ビアンカに振られろとでも思って、わざと入れたんだろ?
 むしろ、ビアンカから嬉々として出してくるだなんて、兄上も思ってなかったんじゃないのか?それにしても、よく描けているな?」
「全くよね?この絵師、無駄に美しいのよね。見てよ、この色っぽい腰」
「……そんなに、語られるとこっちがさすがに恥ずかしいわ!」


 私たちの会話についていけず、ニーアはポカンとしていた。


「ニーア、ありがとう。そういう反応をしてくれるのは、嬉しいわ!」
「侍女なら、そうはならないだろうからな」
「……殿下、大変失礼なことを……申し訳ありません」
「いや、いい。そなたが教育不足なのは、こちらが悪い。ビアンカの侍女に格上げするから、しっかり学んでおけ」


「はいっ」としょんぼりしながら、入れたお茶を置いていくニーア。
 なんだか、申し訳ない。セプトをからかおうとしたのに、トバッチリをくわせてしまった。


「……ビアンカ様の侍女?えっと……誰がでしょうか?」
「そなたしかいないだろ?」
「……私ですか?」
「あぁ。だいたい、この部屋に入れる人が限られているんだ。今、入れているそなたが適任であろう?」


 ニーアは口元を押さえ、目にいっぱいの涙を浮かべている。

 嫌だっただろうか……?私の侍女。


「セプトって、そんな任命権あるの?」
「ないっ!ただ、婚約者の侍女だから進言はできる。そなたら、ここ数日で、仲良くなったみたいだし、俺としてもその方がいいから、進言しておくと言ったまでだ。まぁ、決まるかどうかは、上次第だからな。メイドと侍女では少々勝手が違うし、いいところの令嬢がなるものだったりもするから。メイド上がりでどこまで許されるか。文字が読み書きできるのであれば、多少、推薦の仕方も変わるが……」
「あっ!じゃあ、3ヶ月……うぅん、1ヶ月待って!立派に読み書きできるようにするわ!
 セプト、悪いんだけど、子ども用の絵本を何冊か落書きしてもいいようなものをくれないかしら?」
「絵本?」
「えぇ」
「わかった、手配しておこう」


 何故絵本なのかと二人とも不思議に思っただろうが、最初から難しい本を読むより、子どもにも分かりやすい絵本を読んで文字を覚えたほうが、目にも耳にも馴染みやすい。


「よかったね!ニーア」


「はいっ!」と元気に返事をするニーアに茶菓子のおかわりを頼むと、鳥籠から出て行く。
 できれば二人きりになるのは避けたかったが、仕方がない。


「何か、頼み事でも?」
「察しがいいね!では、さっそ……」
「無理なこともあるからな!第三王子なんて、大した権力ないから」
「大した権力なくてもいいわよ!ニーアのこと」
「さっきのメイドか?」
「そう、平民だって聞いてる。いきなり、侍女に抜擢されたらまずいかなと思って、何か段階的上がる方法はないの?」
「そうは言われてもな……確かに平民が侍女になるっていうのはあまりない。確かにイジメら……そうかっ!それだな?」


 セプトは私の顔を見て、何が言いたかったのかわかったようだ。
 まさにそれである。城というのは、なかなかの魑魅魍魎の住まうところ。
 まして、侍女と言えば、どこどこの貴族の娘たちが王子たちの周りに侍っているのだ。
 私の……鳥籠の聖女の侍女とはいえ、執拗なイジメに合うことはわかっている。
 現に、私の部屋に、貴族令嬢である侍女が何人も入れないでいるのだから。

 単に思うところがあって入れないのだが、その悪意が、ニーアへと向かう可能性が大いにあった。
 女の嫉妬は、怖い。
 磨き上げた侍女たちは、王子の目にとまることに必死な人も多い。
 元王子の婚約者の身分で物申すなら、妬み嫉みは、侯爵令嬢でそこそこの地位が合っても酷かったのだ。
 それでも、見かける私自身を攻撃したり、噂したりできれば、令嬢たちの気も多少は収まるだろうが、鳥籠から出てこない私への何かしらの攻撃はできない。
 だからこそ、立場の弱いニーアに、それらの一切合切が向いてしまうのが怖かった。


「俺の妃になりたいってやつなんていないだろ?異母兄たちと違って優秀でも無いし、結局は妾腹だから」
「そう、思ってるのは、自分だけよ!王族になる特権は、何ものにも変えがたい。好きなことを好きなだけ、好きなようにできるのよ?」
「そんなに自由ではないけど」
「それが、わかってる高位のお嬢さんは、よっぽどの政略結婚でなかったら、王子の妃なんて目指さないわよ!」
「ビアンカもか?」
「私?わかってなかったから、王子の婚約者になってたのだけど?」


 はぁ……婚約前の小さな私に戻って、「王子の婚約者なんて、ろくなことがないから辞めておきなさいと言ってやりたいわ」と呟くと、真剣な顔でこちらを見つめてくる。


「どうしたの?」
「いや、今もかなって思って」
「今は、私の預かり知らぬところで、婚約が決まってたわよね?」
「あぁ、確かに。ひとつ聞いていいか?」
「何かしら?」
「兄がいたと言っていたな?」
「えぇ、とても優しいお兄様」
「それは、そなたの……」
「本来の婚約者でしたわ。遠縁の子とは言っていましたが、多分、そんなに遠くはないでしょ?おじい様か、ひいおじい様の血縁でしょうね。どうしてそれを?」


「いや、なんというか……」と口籠るセプトに「変なの」と言い、私は婚約者の話に戻ることにした。
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