ビアンカ・レートは、逃げ出したいⅠ ~ 首が飛んだら、聖女になっていました ~

悠月 星花

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魔法解禁で

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 セプトが部屋から出て行った後、有言実行、すぐさま出入口に魔法をかける。
 常駐魔法ではあるが、省エネ対応なので、私の心臓が動いている限り、この鳥籠の出入り口を守ってくれる。


「はぁ……今日はなんだか疲れたな」


 今日初めて、この国では、誰もが簡単に魔法が使えないという事実がわかった。
 だからこそ、私が使う魔法を見て騒ぎになったのだが、明日は物珍しさにたくさん人が来るかもしれないと少しだけ肩を落とした。
 入れるのは、私に思うところがない人だけではあるが……、引きこもりのカタツムリにでもなった気分だ。

 自主的にこの鳥籠へ入ったわけではないのだけど!

 セプトも帰ってしまったのと、今は夜中なので部屋には一人だ。
 今日からは、たくさん本があるから長い夜も全然苦にはならなかった。


「さて、どれから読もうかしら?」


 机に向かい、足元に置いてある本を選ぶ。
 昼間、メイドがサイドテーブルに置いてくれたものは、すでに読んでしまった。
 速読もできるので、ページをめくっているだけに見えても、ちゃんと内容も頭に入っている。

 積まれた本の1番下にとても古そうなものが混ざっていた。
 レート物語と書かれているそれに、妙に惹かれ、上に積まれている本を退ける。
 本が見えたころには、床にペタリと座り、表紙を捲るのをまだかまだかとワクワクした。


「どうしたのかしら? 私、少し変じゃない?」


 さっきまでも、本を読んではいたが、こんなにソワソワした気持ちにはならなかった。
 その本を手に取った瞬間、電気が走ったかのように、頭の中に映像が浮かび上がる。

 走馬灯のように、次から次へと流れていく映像。


「……お父様……お母様……お兄様」


 浮かんだ映像は、レート家の……私の家族であった。
 涙が溢れる。拭っても拭っても止まらない。
 懐かしい面々と、心の中でずっと焦がれ謝り続けていた三人が浮かべば、次から次へと涙が流れる。涙は、朝まで止まることなく流れ続けたのであった。

 朝方、泣き疲れた私は、レート物語と書かれた本を大切に抱きしめながら、冷たい床で眠ってしまったのである。


 ◇◆◇


「ビアンカ?」


 朝早くから、ふとビアンカの顔を見たくなって鳥籠を訪れたセプトは、ベッドにも机にもお気に入りの窓際にも、私が見えるところにいないことに驚き、部屋に入ってから思わず大声を上げる。


「ビアンカ! ……逃げたのか! まさか?」
「王子、どうされましたか!」


 部屋に入ろうとした瞬間、扉の向こうへ兵士が弾かれる。


「うわぁぁぁ!なんだ!」


 二、三人続いていたのだろう。弾かれた兵士の後ろで潰れていた。


「そなたら、大丈夫か?」


 つくなってしまった兵士に声をかけると、「大丈夫ですが……」と、部屋に入れないことに困惑している。
 セプト自身は、違和感なくこの部屋に入れたので、気にしていなかったが、昨夜、結界を張ると言っていたことを思い出した。


「そなたら、ビアンカによからぬ感情を抱いているのだな?」
「王子、そんなことありません!」
「何かの間違いです!」
「ふははは、いいさ、気にせずとも。ビアンカも気にも留めないだろうし。そこで見張っててくれ。俺が中を見てくる!」
「殿下、危ないですからお戻りください!」
「王子!!」


 兵士たちの静止も構わず、我関せずと部屋の中をキョロキョロと見回す。
 部屋のどこにもいないビアンカに少しだけ焦る。

 どこに行った? 鍵はかかっていたはずだ。それに、結界が張られたままだ。


「なら……」


 部屋の真ん中にある机に向かって歩き出す。
 腿のあたりまで積まれた本は、昨日みたときより少しずれているように感じた。


「まさかな……?」


 そうーっと、積まれた本の向こうがを覗き込むと、一冊の本を大事そうに抱え、床で丸くなって眠っていた。顔には涙の跡がくっきり残っている。

 何か辛いことでも思い出したのだろうか?

 ビアンカが心配になった。

 まずは、生存確認。
 頬に触れると温かい。そのまま首の脈を見る。手首で確認したかったのに、本をしっかり抱いているので、できなかった。


「ふぅ……とりあえず、生きてる」


 床にすとんっと座ると、柔らかそうな髪をそっと撫でる。何か感じたのか、ビアンカがもそっと動いたので、驚いて、手を離すと寝言を言い始めた。


「……お兄様、置いていかないで……!」
「お兄様じゃなくて、残念だな」


 ボソッと呟くと、また、一筋涙が溢れる。
 どういう夢を見ているのかわからないが、涙を親指の腹でそっと拭ってやると、微笑んだ。

 初めてみたその微笑みは、まだ、蕾であるにもかかわらず、絶対綺麗な花になると確信できるほど美しい。
 息を飲んで、ビアンカをじっと見つめた。


「床で寝てたら、風邪ひくぞ?」


 声をかけても寝入っているのか返事がないので、抱きかかえてベッドに寝かせことにした。
 膝をついたときにギシッとベッドが軋み、ビアンカはうっすら目を開いていく。


「……お目覚めか?」
「……お兄様?」


 完全に目が覚めいないのだろう。兄と間違えて呼ぶので、あぁと頷き抱きしめた。


「怖い夢でも見ていたのか?」


 優しく問えば、コクンと肩越しに頷いていた。
 背中をポンポンと赤子をあやすようにゆっくり叩いてやると、また、すっと眠りについていく。

 ベッドに横たわらせ、抱きかかえていた本を取る。サイドテーブルに置いておいてやろうとしたのだが、レート物語と書いてある表紙を見て、そんな本をビアンカに貸しただろうか? と疑問に思う。
 その本を抱えて泣いていたのだ、何が書いてあるのか気になり、中身を読むことに。

 ベッドの側に椅子を持ってきて、ビアンカを見ながら本を開いた。


 1ページ目に書かれていた言葉に、驚く。


『ビアンカ・レートに捧ぐ』


 ビアンカ・レートって……目の前で眠っているビアンカのことだ。

 このビアンカ以外に同姓同名がいるのかはわからなかったが、ページを捲る。

 小さいころからのビアンカの様子が書かれていた。
 生まれた日、食べ始めや言葉を話した日、歩いた日、記念の日は全て書き込まれている。


『ビアンカがとうとう、初恋をしたようだ。頬を赤く染めて、あの人はだぁれ? と聞く。王宮に行きたいと言ったから連れて来たのだが、こんなことなら連れてこなければよかった。まだ、恋なんて早すぎる』


「この本……ビアンカの……? 初恋って……王宮? あぁ、王子の婚約者……婚約者……王子の?」


 呟いたとき、ビアンカが目をさます。今度は目を擦りながらだったが、ちゃんと起きたようだ。
 持っていた本を思わず後ろ手に隠してしまった。


「おはよう」
「……おはよう……」


 挨拶を返すと、俺が側にいたことに驚いたようで、トロンっとしていた目が見開く。
 綺麗なエメラルドの瞳を初めて真正面から見た気がした。


「えっ? えっ? ……なんで?」


 慌てる姿がなんとも可愛らしい。髪を撫でたり、あわあわしている。バカな王子と結婚しなくてよかったなと心から思えたとき、思わず抱きしめていた。
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