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あの日の出来事
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王子に悪女と罵られた侯爵令嬢ビアンカ・レートは、『王子の婚約者のように振る舞っていた男爵令嬢を殺害した罪』で、王城前の広場で民衆にさらされ公開処刑されることが決まった。
ギロチンによる斬首で18年あまりの命を奪われたのだ。
侯爵令嬢であるビアンカは民衆に晒され、汚れた囚人の白い服に身を包みただ静かにそのときを待っていた。惨めにも兵士に床へ頭を押さえつけられた姿は、本当に殺人罪を犯した悪女のようである。
王子の嘆き悲しみを宰相が朗々と読み上げ、悪女として名を世に残すことになるだろう私は、身に覚えのない罪で民衆から石を投げられ傷つき額から血が流れ、まるで血の涙のようであった。
視線の先、両親と兄が私の最後を見に来ていた。何も言わないでくださいと懇願したおかげか、両親たちは私に優しく微笑んでくれる。
お父様、お母様……そして、お兄様。先立つ不孝行をお許しください……私は、何もしておりません。
それでも、私の恋心が招いたことならば、この命で全てを終わらせます。
……どうか、お元気でお過ごしください。
心の中で、両親や兄への謝罪とこれからを祈る。
王子の掛け声と共に固定してあったロープを切られた。風を切るようなゴォーッという音と共に、私は悪女らしく見に来ている全ての人に最上級に微笑んでやる。
せめて、苦悶の顔を今世に残しておきたくなかった。その頃には、もう、ギロチンの刃は私の首に当たっていた。
死ぬ間際に見える景色は、間延びしたように見えると、昔、誰かが言っていたが、本当であった。
死んだ人が誰かに伝えることはできないので、想像を元に聞いた話なのだろうが。
パチリと目が覚める。
ここが天界か地獄か判断はつかなかったが、真っ白な何もないところで、ベッドに横たわらされていることに驚いた。
ギロチンが首筋に食い込んできた感覚が、今も残っていて、私は首をそっと撫でる。
感覚があるにも関わらず、私、ビアンカ・レートは無傷で生きていた。
真っ白な部屋に、一糸まとわぬ裸の私。体のところどころにあるのは、誰かがつけたキスマークだろう。意識がないことをいいことに、つけられたのだ。
それらを隠すように、誰か忘れていったのか手近にあった薄い夜着を羽織る。
私は立ち上がり、部屋の中を歩くことにした。
「おかしなこともあるものね? 私、確実にあのときに死んだわ……よね? ギロチンが首筋にあたった感覚、あるもの。それに一瞬だけ、胴体と首が離れたの見えたし……」
私は、首の後ろを再度撫で、ギロチンの痕がないか確かめてみる。ギロチンが首に入った痕は、どこにもなかったこと、首が繋がっていることに少しだけ安堵した。
一体、なんだったのだろうか?
夢にしてはリアルであるし、私は考えただけでも恐ろしくなり、両手で自分を抱きしめる。ブルブルっと体を震わせ、さらに両手で両腕をさすった。
事の発端は、王子の婚約者のように振る舞っていた男爵令嬢のアリーシャが、私以外の誰かに殺されたことから始まる。
学園に通っていたころ、王子がアリーシャに熱をあげ、いつの間にか二人の世界を作っていた。王子が心を寄せていただけで、アリーシャは正式に王子の婚約者として王家に認められていなかった。
それは、周知の事実で、近いうちに王子の我儘をとおし、正式な婚約者には婚約破棄をするのではないかと、貴族たちの間で噂が囁かれていた。
ただ、男爵家では王子の妃として後ろ盾が弱く、妃の器ではないアリーシャをよく思っていない上位貴族が多かったことも事実ではあった。
何より自身の娘を未来の王妃に据えたい貴族がたくさんいたことも、腹の探り合いでわかっている。
現在の王子の婚約者である侯爵令嬢の父は、陛下に真の忠誠を誓っていた。陛下からの懇願もあり、小さい頃から、未来の王妃になるようにと娘を厳しく躾けてきた。
ちなみに王子の婚約者は、何を隠そう私、ビアンカ・レートである。
小さいときから王子のことが大好きで、ずっと恋焦がれていたにもかかわらず、王子に嫌われていた。
小うるさいと……王子のためを思って窘めていたにも関わらず、私は、ただ煩く王子の周りにまとわりつく羽虫のように言われていたことを知って、泣いた夜も数え切れないほどある。
私から遠ざかるように、耳障りのいい話ばかりに王子はだんだんと傾倒していく。まさに、アリーシャがいい例だ。
それでも……と、王子を悪しき諫言から守るのだと奮闘していたと思っていたのに、最後は王子の命によって、首が飛ぶことになろうとは、私も家族も、そして、両陛下でさえ夢にも思っていなかっただろう。
両親も兄もかなり王子の決定に対し抗議してくれたらしい。最後は、私のお願いを聞いてくれたと、見送ってくれる微笑みから考えてはいた。無事であるだろうか……?
それだけが、私の胸を痛める要因であった。
あの日の夜会の招待状は、今でも覚えている。王子が好む香が、招待状に焚き染められていた。
とうとう、この夜会で、王子から婚約破棄を言われるだろうと考え、今までで1番のドレスに身を包んだ。振られるのに、見窄らしい格好ではいられない。
次なる出会いも将来のことも考えたら、侯爵家のために私は俯くばかりではいられないのだ。
王子との婚約破棄となれば、次なるはお兄様との結婚が妥当だろう。兄は、侯爵家を継ぐために分家から本家筋である我が家に迎えられた私の従兄であるのだ。
王宮に着き、予定していた夜会前の出来事であった。
王子からですと、王宮のメイドにメモ書きを渡され、中庭へ覚悟を持って出かけたのは、昨日のことのように覚えている。
真っ暗の中、「殿下?」と声をかけながら、中庭の通路を歩いて行くと何かに躓いて転んだ。
立ち上がろうとしたとき、手に生暖かくねっとりしたものがつき驚く。
十五夜の月明かりで明るく照らされ、手やドレスに着いたものが血で、誰か助けを叫ぼうとしたときに、薬をかがされその場で意識が途切れた。
発見されたとき、私も同じくその場に倒れていたのだが、月明かりが照らす私のその手には、被害者となったアリーシャの血がベッタリついたナイフを握っていた。
「人殺しっ!」
「男爵令嬢アリーシャ様が、侯爵令嬢ビアンカ様に殺されたぞ!」
その叫び声は夜会の最中であったため、瞬く間に会場にいる貴族たちに広まってしまった。
「私ではありません! 私は、あの日、メイドに言われ殿下に呼ばれたのです! だから、中庭に行ったのです! どうか、信じてください! 殿下、お願いです! ちゃんと調べてもらったらわかりますから!」
「それはどうだか……ビアンカ様は、アリーシャ様を疎ましく思っていらっしゃいましたからね」
「悪女のような所業だ」
「まさか、殺すほど憎かっただなんて……」
「女の嫉妬は、怖いものだ。私に向けられなくてよかったよ」
大広間にアリーシャの血で全身染まった私と、血の気なく死亡しているアリーシャが並べられた。
かわいそうに……と王子は、私に見向きもせず、アリーシャの亡骸を抱きしめ涙を流し続けていた。
「殿下! 犯人は、私ではありません! どうか、信じてください!」
その言葉は、王子にとって逆効果だったのだろう。虚な瞳を私に向け、「人殺し!」と指をさして叫んだ。
「今まで、散々、私に小言を言って煩わせ、私からの愛情が向かないことに嫉妬して、愛しいアリーシャを亡き者にするなど……今までは、婚約者として大目に見てきたが、もう許さぬ! そなたは、死刑だ! 今すぐ牢屋へぶち込め!」
王子のその一言で、ろくに調べず、近衛は私の両脇を抱え、牢屋に連れて行く。
100年の恋もついぞ冷めた瞬間である。
全く身に覚えのない罪に、私は無罪を主張し続けたが、アリーシャが亡くなったこと、私がアリーシャを疎ましく思っていたことを踏まえ、犯人に仕立てられた。
王子は、愛していたアリーシャを失い、婚約者であった私を自らの意志で処刑により失ったのである。
そう思うと、いくばくか可哀想に思うが、処刑された身としては、なんとも言い難い。
私は一体、殿下のどこを好きになったのかしら?
もう、二度と会うこともない、かの人を想うこともない。
冷めた心の今では疑問しか残らず、恋に恋するお年頃だったのだろうと片付けた。
ギロチンによる斬首で18年あまりの命を奪われたのだ。
侯爵令嬢であるビアンカは民衆に晒され、汚れた囚人の白い服に身を包みただ静かにそのときを待っていた。惨めにも兵士に床へ頭を押さえつけられた姿は、本当に殺人罪を犯した悪女のようである。
王子の嘆き悲しみを宰相が朗々と読み上げ、悪女として名を世に残すことになるだろう私は、身に覚えのない罪で民衆から石を投げられ傷つき額から血が流れ、まるで血の涙のようであった。
視線の先、両親と兄が私の最後を見に来ていた。何も言わないでくださいと懇願したおかげか、両親たちは私に優しく微笑んでくれる。
お父様、お母様……そして、お兄様。先立つ不孝行をお許しください……私は、何もしておりません。
それでも、私の恋心が招いたことならば、この命で全てを終わらせます。
……どうか、お元気でお過ごしください。
心の中で、両親や兄への謝罪とこれからを祈る。
王子の掛け声と共に固定してあったロープを切られた。風を切るようなゴォーッという音と共に、私は悪女らしく見に来ている全ての人に最上級に微笑んでやる。
せめて、苦悶の顔を今世に残しておきたくなかった。その頃には、もう、ギロチンの刃は私の首に当たっていた。
死ぬ間際に見える景色は、間延びしたように見えると、昔、誰かが言っていたが、本当であった。
死んだ人が誰かに伝えることはできないので、想像を元に聞いた話なのだろうが。
パチリと目が覚める。
ここが天界か地獄か判断はつかなかったが、真っ白な何もないところで、ベッドに横たわらされていることに驚いた。
ギロチンが首筋に食い込んできた感覚が、今も残っていて、私は首をそっと撫でる。
感覚があるにも関わらず、私、ビアンカ・レートは無傷で生きていた。
真っ白な部屋に、一糸まとわぬ裸の私。体のところどころにあるのは、誰かがつけたキスマークだろう。意識がないことをいいことに、つけられたのだ。
それらを隠すように、誰か忘れていったのか手近にあった薄い夜着を羽織る。
私は立ち上がり、部屋の中を歩くことにした。
「おかしなこともあるものね? 私、確実にあのときに死んだわ……よね? ギロチンが首筋にあたった感覚、あるもの。それに一瞬だけ、胴体と首が離れたの見えたし……」
私は、首の後ろを再度撫で、ギロチンの痕がないか確かめてみる。ギロチンが首に入った痕は、どこにもなかったこと、首が繋がっていることに少しだけ安堵した。
一体、なんだったのだろうか?
夢にしてはリアルであるし、私は考えただけでも恐ろしくなり、両手で自分を抱きしめる。ブルブルっと体を震わせ、さらに両手で両腕をさすった。
事の発端は、王子の婚約者のように振る舞っていた男爵令嬢のアリーシャが、私以外の誰かに殺されたことから始まる。
学園に通っていたころ、王子がアリーシャに熱をあげ、いつの間にか二人の世界を作っていた。王子が心を寄せていただけで、アリーシャは正式に王子の婚約者として王家に認められていなかった。
それは、周知の事実で、近いうちに王子の我儘をとおし、正式な婚約者には婚約破棄をするのではないかと、貴族たちの間で噂が囁かれていた。
ただ、男爵家では王子の妃として後ろ盾が弱く、妃の器ではないアリーシャをよく思っていない上位貴族が多かったことも事実ではあった。
何より自身の娘を未来の王妃に据えたい貴族がたくさんいたことも、腹の探り合いでわかっている。
現在の王子の婚約者である侯爵令嬢の父は、陛下に真の忠誠を誓っていた。陛下からの懇願もあり、小さい頃から、未来の王妃になるようにと娘を厳しく躾けてきた。
ちなみに王子の婚約者は、何を隠そう私、ビアンカ・レートである。
小さいときから王子のことが大好きで、ずっと恋焦がれていたにもかかわらず、王子に嫌われていた。
小うるさいと……王子のためを思って窘めていたにも関わらず、私は、ただ煩く王子の周りにまとわりつく羽虫のように言われていたことを知って、泣いた夜も数え切れないほどある。
私から遠ざかるように、耳障りのいい話ばかりに王子はだんだんと傾倒していく。まさに、アリーシャがいい例だ。
それでも……と、王子を悪しき諫言から守るのだと奮闘していたと思っていたのに、最後は王子の命によって、首が飛ぶことになろうとは、私も家族も、そして、両陛下でさえ夢にも思っていなかっただろう。
両親も兄もかなり王子の決定に対し抗議してくれたらしい。最後は、私のお願いを聞いてくれたと、見送ってくれる微笑みから考えてはいた。無事であるだろうか……?
それだけが、私の胸を痛める要因であった。
あの日の夜会の招待状は、今でも覚えている。王子が好む香が、招待状に焚き染められていた。
とうとう、この夜会で、王子から婚約破棄を言われるだろうと考え、今までで1番のドレスに身を包んだ。振られるのに、見窄らしい格好ではいられない。
次なる出会いも将来のことも考えたら、侯爵家のために私は俯くばかりではいられないのだ。
王子との婚約破棄となれば、次なるはお兄様との結婚が妥当だろう。兄は、侯爵家を継ぐために分家から本家筋である我が家に迎えられた私の従兄であるのだ。
王宮に着き、予定していた夜会前の出来事であった。
王子からですと、王宮のメイドにメモ書きを渡され、中庭へ覚悟を持って出かけたのは、昨日のことのように覚えている。
真っ暗の中、「殿下?」と声をかけながら、中庭の通路を歩いて行くと何かに躓いて転んだ。
立ち上がろうとしたとき、手に生暖かくねっとりしたものがつき驚く。
十五夜の月明かりで明るく照らされ、手やドレスに着いたものが血で、誰か助けを叫ぼうとしたときに、薬をかがされその場で意識が途切れた。
発見されたとき、私も同じくその場に倒れていたのだが、月明かりが照らす私のその手には、被害者となったアリーシャの血がベッタリついたナイフを握っていた。
「人殺しっ!」
「男爵令嬢アリーシャ様が、侯爵令嬢ビアンカ様に殺されたぞ!」
その叫び声は夜会の最中であったため、瞬く間に会場にいる貴族たちに広まってしまった。
「私ではありません! 私は、あの日、メイドに言われ殿下に呼ばれたのです! だから、中庭に行ったのです! どうか、信じてください! 殿下、お願いです! ちゃんと調べてもらったらわかりますから!」
「それはどうだか……ビアンカ様は、アリーシャ様を疎ましく思っていらっしゃいましたからね」
「悪女のような所業だ」
「まさか、殺すほど憎かっただなんて……」
「女の嫉妬は、怖いものだ。私に向けられなくてよかったよ」
大広間にアリーシャの血で全身染まった私と、血の気なく死亡しているアリーシャが並べられた。
かわいそうに……と王子は、私に見向きもせず、アリーシャの亡骸を抱きしめ涙を流し続けていた。
「殿下! 犯人は、私ではありません! どうか、信じてください!」
その言葉は、王子にとって逆効果だったのだろう。虚な瞳を私に向け、「人殺し!」と指をさして叫んだ。
「今まで、散々、私に小言を言って煩わせ、私からの愛情が向かないことに嫉妬して、愛しいアリーシャを亡き者にするなど……今までは、婚約者として大目に見てきたが、もう許さぬ! そなたは、死刑だ! 今すぐ牢屋へぶち込め!」
王子のその一言で、ろくに調べず、近衛は私の両脇を抱え、牢屋に連れて行く。
100年の恋もついぞ冷めた瞬間である。
全く身に覚えのない罪に、私は無罪を主張し続けたが、アリーシャが亡くなったこと、私がアリーシャを疎ましく思っていたことを踏まえ、犯人に仕立てられた。
王子は、愛していたアリーシャを失い、婚約者であった私を自らの意志で処刑により失ったのである。
そう思うと、いくばくか可哀想に思うが、処刑された身としては、なんとも言い難い。
私は一体、殿下のどこを好きになったのかしら?
もう、二度と会うこともない、かの人を想うこともない。
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