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二章・青花の姫
11・執事様の暗躍
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ミリには一人だけ、スラムで生き別れた妹がいる。
名前はミラ。ミリの二つ下の少女で、捨てられたときは未だ三歳だった。
『おねぇちゃん』
ミリと同じ茶髪の髪を型でざんばらに切った少女が、拙い動作で〈私〉に呼びかける。
母さんに捨てられ周りが全員が敵だったあの時、彼女は確かに私が信頼する唯一の人間だった。ミラが居なければ義母さんに出会うまで生きていたかも定かではなかっただろう。
『どこいくの』
夢の中の少女が大きくなって、あの日―私が義母様に拾われた日のままになった。しかし不幸か幸いか、彼女の容姿は私とはあまりにつかなかった。私から見れば世界で一番かわいい少女だが、一般的にはそうでもないらしい。…でも、私はそれでよかった。もしも彼女の容姿がもう少しでも整ってしまっていたら―彼女は不特定多数の相手に、体を暴かれなければならないのだから。
私と一緒に来られない彼女は、義母さんの知り合いのパン屋で下働きをさせてもらうことになっている。
『ごめんね、ミラ』
『ねぇ、どこいくの⁉お姉ちゃん⁈おねえちゃん―――!!』
それが、私とミラの最後の会話だった。
「…ぁ…!……s、あ……シア!」
「ん…んぅ…?」
自分の名を呼ぶ心地の良い声に、沼の中を彷徨っていた意識が浮上する。
「どーしました、?主…」
ぼーっと動かない頭でシリウスへ問いかけた。
「いや…休憩の時間が終わったから一応、呼びに来たんだけど……」
「あぁ…もうそんな時間なんですか…」
ふぁあ、と欠伸を噛み殺しながら夕焼け色に染まる仮眠室を見渡す。
「16時くらい、ですかね…?」
「うん。大丈夫?訓練参加できそう?」
シリウスの唐突な心配りに、アリシアは大きな左目をキョトンと瞬かせた。
「へ?大丈夫に決まっていますよ~。どうしたんです?」
冴え始めた頭で“いつも通り”を繕いながらニコニコ笑う。
「……うん。大丈夫ならいいんだ。行こうか」
「―はいっ!」
**
初夏の星空の下を一つの影が目にも止まらぬ速さで駆け抜ける。
剣術だけでなく体術や暗殺術まで習っているアリシアは、自身の身体能力に少々の風魔術で援助し、まるで風のように屋根から屋根へと渡っていく。
纏う服はすべて黒。いつもは目立つ赤髪も、今ばかりは黒色へと変えられている。
「ふ―――っ」
人口、五百万人が住う王都を3分で駆け抜け、影はローズィリス王国…即ちベルモルト辺境伯の境地の方角へと進んでいく。
アリシアが夜な夜な王都を抜け出し、辺境伯領や隣国まで足を伸ばすのには理由がある。
―ベルモルト辺境伯の不正悪事の証拠を揃えるためだ。
アリシアが辺境伯の悪事に気付いたのは、あのパーティーの後リリィの境遇について調べている時だった。
人身売買、市民の奴隷化に不正薬物の生産を始めとする人道に反した行為。…そしてローズィリス王国との不正取引。重罪を総なめしたような彼らの行いに最初見たときは目眩がしたものだ。
ある程度の罪が判明したところで国王へ告発してやろうか、とも考えたがそれではリリィに迷惑がかかってしまうと思い直して止めた。正直、毎晩隣国まで行って調査するのは面倒くさい。…本当。辞めていいなら今すぐ辞めたいくらいに。
―けれど、これから先リーリアが”犯罪者一族の娘”という称号を当てられ、日々白い目で見られ続けるよりはましだ。
(そう…せめて、彼女が公爵家に引き取られるまでは…!)
密かに進めているヴィリグラス公爵家の養子計画も、あと三日もすれば受理される予定。彼女があの家からいなくなれば、すぐに私が彼らの悪事を…
「責めて、暴いて、絶望させて…その全てを持って償わせる…っ!」
美しく整った顔を妖艶に歪ませ、彼女は「だから…」と続ける。
「…アナタたち…邪魔しないでくれないかな?」
ビュッと風を切った一本の矢が、アリシアが先までいた場所へと突き刺さる。片目の少女はそれを一瞥するなり暗器を取り出し、矢が来た方へと投げつける。
「…〈解除〉」
どさりと物が落ちる音と共に、無感情な声でアリシアは呟いた。
彼女の透き通るような声が凛とした男の声と重なった――途端。大きな風があたりを吹き荒れる。
それと同時に露わになるのは、生者は誰も見たことがない彼女の右目。
――それは、ダイヤモンドと言えば良いだろうか?
光の加減で変わる透明な瞳。ガラスの様な…水晶の様な…でもやはり、ダイヤモンドの様な瞳。月の光を浴びてプリズムに輝くさまは、どんな宝石も見劣りするほど美しい。
そして……時は止まった。
誰も息をしない。誰も動かない。そんな世界が出来上がる。
…それは、廃止されし絶対の禁術。
その中でも最悪をもたらす禁忌【精神操作】。
一度の術起動で計百五十の魂を必要とすることから、国王勅令で絶対廃止を命じられたモノ。
流れ続ける時間の中で息をするのは、一瞬にして二四の敵を殺した異色の瞳を持つ乙女だけだった。
【神の星宝】。別名【星霊王の右目】。精神、霊魂を操作し其者の生存情報さえ意のままに操れる神の術。
だから。その透明な瞳に映るのは、何時だって死体だけ。
「……でも別に、この力でみんなが救われるなら…。それでいい」
アリシアの右目は通常、星霊王の封印を受けている。
―それは記憶が戻った五歳の時からずっと。
無意識の内に誰かと精神回路を繋げてしまい、よく他人の心の内を盗み聞きしてしまっていた。
当初は理由が分からず、図書館で本を手当たり次第に読み漁って調べたり、魔力のコントロールをしたり色々試行錯誤したものだ。そして半年程かかり、ようやっと自分の星宝によるものだと気が付いた。
その後は早かった。〈星宝〉の加護を制御できるのが”星霊王”だけだと知るや否や、拙い剣と水魔法だけを頼りにたった一人”聖域”へ赴いた。そこで聖森を彷徨ったり、精霊王に土下座したり、聖獣を餌付けしたり…とにかく頼み倒して契約を交わした。
…全ては、他人を殺すだけの力、それを無意識の内に使わないようにするために。
一番無防備で誰も防ぐことの出来ない魂への直接攻撃。霊魂だけを凍てつかせ、燃やし、吹き飛ばし――殺める。だからアリシアはこの世界でただ一人、本当の虐殺を可能とする人物なのだ。
…例え彼女がその力を忌みていても。
「……バケモノでも何でもなってあげるよ。私に夢をくれた貴方たちの為ならね…?」
悲しそうに、苦しそうに揺れる瞳を閉じて、再びその力を封印する。
―王宮へ向かって呟いたアリシアの声は、彼女の残り香と共に風になった。
~~~~~
一応言っておきますが”時が止まった”というのは、”誰も動かなくなった=全員死んだ”
と解釈していただければ幸いです。
物理的に時が止まったわけではありません。強すぎる主人公は扱いにくいですからねw。
―え?精神への直接攻撃もチート?
…フッ。日頃強い女の子だからこそ、襲われた(意味深)ときの「きゃっ♡」の価値が跳ね上がるモノなのです!
名前はミラ。ミリの二つ下の少女で、捨てられたときは未だ三歳だった。
『おねぇちゃん』
ミリと同じ茶髪の髪を型でざんばらに切った少女が、拙い動作で〈私〉に呼びかける。
母さんに捨てられ周りが全員が敵だったあの時、彼女は確かに私が信頼する唯一の人間だった。ミラが居なければ義母さんに出会うまで生きていたかも定かではなかっただろう。
『どこいくの』
夢の中の少女が大きくなって、あの日―私が義母様に拾われた日のままになった。しかし不幸か幸いか、彼女の容姿は私とはあまりにつかなかった。私から見れば世界で一番かわいい少女だが、一般的にはそうでもないらしい。…でも、私はそれでよかった。もしも彼女の容姿がもう少しでも整ってしまっていたら―彼女は不特定多数の相手に、体を暴かれなければならないのだから。
私と一緒に来られない彼女は、義母さんの知り合いのパン屋で下働きをさせてもらうことになっている。
『ごめんね、ミラ』
『ねぇ、どこいくの⁉お姉ちゃん⁈おねえちゃん―――!!』
それが、私とミラの最後の会話だった。
「…ぁ…!……s、あ……シア!」
「ん…んぅ…?」
自分の名を呼ぶ心地の良い声に、沼の中を彷徨っていた意識が浮上する。
「どーしました、?主…」
ぼーっと動かない頭でシリウスへ問いかけた。
「いや…休憩の時間が終わったから一応、呼びに来たんだけど……」
「あぁ…もうそんな時間なんですか…」
ふぁあ、と欠伸を噛み殺しながら夕焼け色に染まる仮眠室を見渡す。
「16時くらい、ですかね…?」
「うん。大丈夫?訓練参加できそう?」
シリウスの唐突な心配りに、アリシアは大きな左目をキョトンと瞬かせた。
「へ?大丈夫に決まっていますよ~。どうしたんです?」
冴え始めた頭で“いつも通り”を繕いながらニコニコ笑う。
「……うん。大丈夫ならいいんだ。行こうか」
「―はいっ!」
**
初夏の星空の下を一つの影が目にも止まらぬ速さで駆け抜ける。
剣術だけでなく体術や暗殺術まで習っているアリシアは、自身の身体能力に少々の風魔術で援助し、まるで風のように屋根から屋根へと渡っていく。
纏う服はすべて黒。いつもは目立つ赤髪も、今ばかりは黒色へと変えられている。
「ふ―――っ」
人口、五百万人が住う王都を3分で駆け抜け、影はローズィリス王国…即ちベルモルト辺境伯の境地の方角へと進んでいく。
アリシアが夜な夜な王都を抜け出し、辺境伯領や隣国まで足を伸ばすのには理由がある。
―ベルモルト辺境伯の不正悪事の証拠を揃えるためだ。
アリシアが辺境伯の悪事に気付いたのは、あのパーティーの後リリィの境遇について調べている時だった。
人身売買、市民の奴隷化に不正薬物の生産を始めとする人道に反した行為。…そしてローズィリス王国との不正取引。重罪を総なめしたような彼らの行いに最初見たときは目眩がしたものだ。
ある程度の罪が判明したところで国王へ告発してやろうか、とも考えたがそれではリリィに迷惑がかかってしまうと思い直して止めた。正直、毎晩隣国まで行って調査するのは面倒くさい。…本当。辞めていいなら今すぐ辞めたいくらいに。
―けれど、これから先リーリアが”犯罪者一族の娘”という称号を当てられ、日々白い目で見られ続けるよりはましだ。
(そう…せめて、彼女が公爵家に引き取られるまでは…!)
密かに進めているヴィリグラス公爵家の養子計画も、あと三日もすれば受理される予定。彼女があの家からいなくなれば、すぐに私が彼らの悪事を…
「責めて、暴いて、絶望させて…その全てを持って償わせる…っ!」
美しく整った顔を妖艶に歪ませ、彼女は「だから…」と続ける。
「…アナタたち…邪魔しないでくれないかな?」
ビュッと風を切った一本の矢が、アリシアが先までいた場所へと突き刺さる。片目の少女はそれを一瞥するなり暗器を取り出し、矢が来た方へと投げつける。
「…〈解除〉」
どさりと物が落ちる音と共に、無感情な声でアリシアは呟いた。
彼女の透き通るような声が凛とした男の声と重なった――途端。大きな風があたりを吹き荒れる。
それと同時に露わになるのは、生者は誰も見たことがない彼女の右目。
――それは、ダイヤモンドと言えば良いだろうか?
光の加減で変わる透明な瞳。ガラスの様な…水晶の様な…でもやはり、ダイヤモンドの様な瞳。月の光を浴びてプリズムに輝くさまは、どんな宝石も見劣りするほど美しい。
そして……時は止まった。
誰も息をしない。誰も動かない。そんな世界が出来上がる。
…それは、廃止されし絶対の禁術。
その中でも最悪をもたらす禁忌【精神操作】。
一度の術起動で計百五十の魂を必要とすることから、国王勅令で絶対廃止を命じられたモノ。
流れ続ける時間の中で息をするのは、一瞬にして二四の敵を殺した異色の瞳を持つ乙女だけだった。
【神の星宝】。別名【星霊王の右目】。精神、霊魂を操作し其者の生存情報さえ意のままに操れる神の術。
だから。その透明な瞳に映るのは、何時だって死体だけ。
「……でも別に、この力でみんなが救われるなら…。それでいい」
アリシアの右目は通常、星霊王の封印を受けている。
―それは記憶が戻った五歳の時からずっと。
無意識の内に誰かと精神回路を繋げてしまい、よく他人の心の内を盗み聞きしてしまっていた。
当初は理由が分からず、図書館で本を手当たり次第に読み漁って調べたり、魔力のコントロールをしたり色々試行錯誤したものだ。そして半年程かかり、ようやっと自分の星宝によるものだと気が付いた。
その後は早かった。〈星宝〉の加護を制御できるのが”星霊王”だけだと知るや否や、拙い剣と水魔法だけを頼りにたった一人”聖域”へ赴いた。そこで聖森を彷徨ったり、精霊王に土下座したり、聖獣を餌付けしたり…とにかく頼み倒して契約を交わした。
…全ては、他人を殺すだけの力、それを無意識の内に使わないようにするために。
一番無防備で誰も防ぐことの出来ない魂への直接攻撃。霊魂だけを凍てつかせ、燃やし、吹き飛ばし――殺める。だからアリシアはこの世界でただ一人、本当の虐殺を可能とする人物なのだ。
…例え彼女がその力を忌みていても。
「……バケモノでも何でもなってあげるよ。私に夢をくれた貴方たちの為ならね…?」
悲しそうに、苦しそうに揺れる瞳を閉じて、再びその力を封印する。
―王宮へ向かって呟いたアリシアの声は、彼女の残り香と共に風になった。
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一応言っておきますが”時が止まった”というのは、”誰も動かなくなった=全員死んだ”
と解釈していただければ幸いです。
物理的に時が止まったわけではありません。強すぎる主人公は扱いにくいですからねw。
―え?精神への直接攻撃もチート?
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