悪役令嬢に転生したので男装して推し専属執事になります〜攻略対象が私の周りに集まるのは何故!?〜

べりーベア

文字の大きさ
上 下
5 / 27
一章・出会い~七歳編~

1・執事様の眠りと目覚め

しおりを挟む
―ゲルノア王国・花街郊外

「はぁ……」

ぽつりぽつりと仄かに町を照らす街灯の間から、冬の星がキラキラと瞬いていた。
思わず吐き出した溜息は、白く変わって空気に溶けていく。

堕ちたものだ、と私が言う。
でも。
この仕事も悪くない、と私が言う。
どちらにせよ、スラム出身の私が今こうして生きているのは…この有名な娼館でNO1と謳われているのはこの体のお陰だろう。
私としては肩こりの原因、一娼婦としては客を引く魅惑の巨大な胸。整った顔立ちにサラサラの茶髪。絶世の美人と言われるのも慣れたものだ。

「はぁ……」

行為の余熱を逃がすようにもう一度深く息を吐き出した。
ゲルノア王国は先進国でこそあるものの、今いるのは花街の郊外。しかも少ししたら空が白んでくる時間だ。数えきれないほどの光が、藍の闇に溶けていった。
踊り子のような仕事着から一転、簡素な麻のワンピースと綿のコートを身にまとって帰路を急ぐ。

(新作の乙女ゲームも終わっちゃったし…六周目になるけど"歌恋"やろうかな…)

人生の楽しみである乙女ゲームについて考えながら娼館付属の寮へ向かう。
娼婦の中でも乙女ゲームを好きな人は少なくない。その純粋な愛は正反対な存在である彼女たちにとっても癒しで憧れだったのだ。

「あら?」

街灯が照らし出した先に見知った顔を見つけて立ち止まる。

「貴方は――」
「ミリ先輩」

私の言葉にかぶせるように、一人の少女が私の名を呼んだ。

「どうしたの?」

可愛い妹のような存在である、後輩娼婦のララへ向かって微笑みながら問いかける。寒さ故か顔は青白く、絶望したような瞳は黒く濁っていた。心なしか体が震えているようにも見える。

「――ミリ先輩。私、私……」
「おいついて。話をしましょう?ララ」

何時も明るい彼女にしては異常な様子に、思わず一歩退きながら声をかける。それでもその距離を産めるようにララは足を踏み出した。

「…先輩。貴方も私から逃げるのですね」
「え―?」

そう思ったときには遅かった。お腹に感じるのは熱と異物感。

「…な、に……?」

頭が理解するのを拒んだ。
―まぁ、当たり前だろう。
私の視線の先には、自身の腹に食い込んだ短剣。

「―――っ!」

お腹に熱が集まるのと反対に、頭は寒さを訴える。
地面に崩れ落ちて痛い…などと考えている暇はなかった。

「フフフ…アハハハハハ!!!」
「…ら、ら……っ?!」

彼女の燃える様な紅い髪が私の視界の先で靡いた。
彼女の美しいエメラルドの瞳に色はなく、ただ狂ったように笑うだけだ。

「アハハハハ!エルもチェリも先輩も殺した!!これで私が一番になれる!!やっと、やっとここまで来た……ッ!!」

(何を…言っているの?)

エルとチェリはそれぞれ娼館のNO2、NO3だ。この五日で体調不良を起こし、休養中だと聞いているのに…。

(…ララ。貴方が殺したの?)

漠然とした事実に頭が理解を阻む。
―熱い。でも、寒い。
まだ生きていかないといけないのに…義母さんとの約束、果たせていないのに…。

いや、運良く生きていたとしても短剣が刺さっているのは子宮の上。
これから娼婦として生きていくのも、一女性として生き幸せを掴むのも絶望的だろう。

嗚呼、誰かに一途に愛されてみたかった…。
嗚呼、誰かを一途に愛してみたかった…。

でも、それはもう叶わぬ願い。
多くの人に許した体で、真実の愛も何もないのかもしれない。

嗚呼、私も乙女ゲームのヒロインのように誰かに愛されることがあるのならば…。そうしたならきっと――。

ララの狂人じみた笑い声を最期に、私の思考は暗転した―。


***


強烈な喉の渇きを感じて、瞼を持ち上げる。

(苦しい……誰か、誰か……)

火照った体に、溶かされた思考。何とか自身の唾液を飲み込みながら、体を起こす。

(……ここは…どこ。天国…?)

本やゲームの中でしか知らない天蓋ベッドや、金が散りばめられた豪奢な家具の数々。
ボーっとした頭で辺りを見渡していく。

(天国…よね?だって私あの時ララに……)

そこまで考えて強烈な頭痛が体を襲った。

「~~~~ッ!!!」

嫌だ…怖い、怖い、怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。
まだ死にたくない。まだ生きていたい…。
まだ何もできていない。まだ何も叶っていない。

「―っ、ぅ、ふぇ……」

涙がどんどん溢れてくる。
思い出す体と胸の痛みに喉の渇きはすっかり忘れていた。

どれくらい泣いただろう。
目がしょぼしょぼとして、脱水症状になる位になったとき私はようやく現実を見た。

「…ここは……?」

改めて部屋を見渡す。何度みても娼館の自室ではない。

「じゃあ…どこなの?」

一度窓から外を見よう、と思い床へ足を付ける。

「!?!?!」

足を付けて初めて体の違和感に気が付いた。

(体が小さい―!?)

どうして今まで気づかなかったのだろう。
自分の姿を見て見ると、そこにはぺったんこの胸と大きな腹。下を見にくいほど顔についているのは…贅肉。

(どっ、どういうことよ――!?)

あれほど頑張ってスタイルを維持してきたというのに、この体は一体何!?
兎に角、現実を確認したくて鏡台まで歩く。

「なぁッ―――――!?」

朝日を浴びて鏡台に映るのは、美しい赤髪と空のように澄んだ瞳。そして、丸々と太った小さな体。

(なっ、何!?これ!!おかしいわっ!どうして、どうしてー)

「どうして私がデブ幼女になっているのよーーーーーーーーッ!!!」

ヴェルラキア王国、スピネル騎士公爵家、早朝。
デブ幼女、アリシアの絶叫が響いたのだった。

しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない

陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」 デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。 そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。 いつの間にかパトロンが大量発生していた。 ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?

【完結】名前もない悪役令嬢の従姉妹は、愛されエキストラでした

犬野きらり
恋愛
アーシャ・ドミルトンは、引越してきた屋敷の中で、初めて紹介された従姉妹の言動に思わず呟く『悪役令嬢みたい』と。 思い出したこの世界は、最終回まで私自身がアシスタントの1人として仕事をしていた漫画だった。自分自身の名前には全く覚えが無い。でも悪役令嬢の周りの人間は消えていく…はず。日に日に忘れる記憶を暗記して、物語のストーリー通りに進むのかと思いきや何故かちょこちょこと私、運良く!?偶然!?現場に居合わす。 何故、私いるのかしら?従姉妹ってだけなんだけど!悪役令嬢の取り巻きには絶対になりません。出来れば関わりたくはないけど、未来を知っているとついつい手を出して、余計なお喋りもしてしまう。気づけば私の周りは、主要キャラばかりになっているかも。何か変?は、私が変えてしまったストーリーだけど…

すべてを思い出したのが、王太子と結婚した後でした

珠宮さくら
恋愛
ペチュニアが、乙女ゲームの世界に転生したと気づいた時には、すべてが終わっていた。 色々と始まらなさ過ぎて、同じ名前の令嬢が騒ぐのを見聞きして、ようやく思い出した時には王太子と結婚した後。 バグったせいか、ヒロインがヒロインらしくなかったせいか。ゲーム通りに何一ついかなかったが、ペチュニアは前世では出来なかったことをこの世界で満喫することになる。 ※全4話。

余命1年の侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
余命を宣告されたその日に、主人に離婚を言い渡されました

魔性の悪役令嬢らしいですが、男性が苦手なのでご期待にそえません!

蒼乃ロゼ
恋愛
「リュミネーヴァ様は、いろんな殿方とご経験のある、魔性の女でいらっしゃいますから!」 「「……は?」」 どうやら原作では魔性の女だったらしい、リュミネーヴァ。 しかし彼女の中身は、前世でストーカーに命を絶たれ、乙女ゲーム『光が世界を満たすまで』通称ヒカミタの世界に転生してきた人物。 前世での最期の記憶から、男性が苦手。 初めは男性を目にするだけでも体が震えるありさま。 リュミネーヴァが具体的にどんな悪行をするのか分からず、ただ自分として、在るがままを生きてきた。 当然、物語が原作どおりにいくはずもなく。 おまけに実は、本編前にあたる時期からフラグを折っていて……? 攻略キャラを全力回避していたら、魔性違いで謎のキャラから溺愛モードが始まるお話。 ファンタジー要素も多めです。 ※なろう様にも掲載中 ※短編【転生先は『乙女ゲーでしょ』~】の元ネタです。どちらを先に読んでもお話は分かりますので、ご安心ください。

悪役令嬢アンジェリカの最後の悪あがき

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【追放決定の悪役令嬢に転生したので、最後に悪あがきをしてみよう】 乙女ゲームのシナリオライターとして活躍していた私。ハードワークで意識を失い、次に目覚めた場所は自分のシナリオの乙女ゲームの世界の中。しかも悪役令嬢アンジェリカ・デーゼナーとして断罪されている真っ最中だった。そして下された罰は爵位を取られ、へき地への追放。けれど、ここは私の書き上げたシナリオのゲーム世界。なので作者として、最後の悪あがきをしてみることにした――。 ※他サイトでも投稿中

私を選ばなかったくせに~推しの悪役令嬢になってしまったので、本物以上に悪役らしい振る舞いをして婚約破棄してやりますわ、ザマア~

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
乙女ゲーム《時の思い出(クロノス・メモリー)》の世界、しかも推しである悪役令嬢ルーシャに転生してしまったクレハ。 「貴方は一度だって私の話に耳を傾けたことがなかった。誤魔化して、逃げて、時より甘い言葉や、贈り物を贈れば満足だと思っていたのでしょう。――どんな時だって、私を選ばなかったくせに」と言って化物になる悪役令嬢ルーシャの未来を変えるため、いちルーシャファンとして、婚約者であり全ての元凶とである第五王子ベルンハルト(放蕩者)に婚約破棄を求めるのだが――?

処理中です...