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第2章 剣聖の魂

第6話 呪いの元凶

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「あれ、ソウマお兄ちゃんは?」
 湯浴びを終えたユーノが、問う。
「あぁ、辺りを巡回に行ったよ」
 と、たたらは本から目を逸らさず答えた。


 このあたりの地理と歴史を書いた本だ。
 こと広範囲の戦闘において、地理を理解しているか、いないかでは大きく戦況に差が出る。


 そのことはソウマも承知で、だからこそ、時間をかけてでも各地の地図を作りながらツクヨミの町を目指して いたのだ。
 そして、この田舎町を起点に、封印の洞窟の真逆に、 森に包まれた洞窟があるという。


 ここは忌み人の洞窟と呼ばれ、平素近寄らないようにと言われていた。
 なんでも、『魔女の住処』だったらしい。


 その魔女とは、呪物を残して無念の死を遂げた魔女に他ならない。
 そして、その住処ともなれば、魔女の呪いの念が未だに残り続けていることだろう。


 それは呪いの杖が町人全員をスライムに変えた時に消耗した、呪力を早期回復させるのにはもってこいの場所だ。
「これはいかんな」
 念話で一応、ティアラとソウマにも伝える。


 呪いとはいえ、格上の相手(ソウマ) をスライム化できるとは思えないが、念には念を、だ。
 ティアラには先にこちらに戻ってきてもらおう。
 ソウマが洞窟を見つけたのなら、もう心配はない。


 むしろ洞窟が崩されないか、ひいては山崩れが起きないか、の方が心配だった。
 あとはソウマが呪物である、呪いの杖を持ってきて、それをまた封印すれば、事態は収束するはずだ。


 少し気を抜いて本をパラパラとながめる。
 しかし、人々からお伽話だと思われるほど長い年月がたっても、まだなおこれほどの呪いを蓄えているとは、恐ろしい杖だ。


 そこに至るまで呪いが強いのか。
 それとも、杖自体に何かあるのか。
 隣に座ったユーノも、昨夜よりは落ち着きを取り戻している。
 今はソウマがおやつに、と作った、胡桃のクッキーを美味しそうに食べている。


 それを見て、再び本に目をやり、そこに書かれていることに、たたらは驚愕を覚えた。
「馬鹿な!!」
 立ち上がり、一つしかない大きな目を見開いて叫ぶ。
「ど、どうしたの?オネェチャン?」
「たたら?」
「いかん、この町を離れるぞ!」


 たたらの手から落ちた本には、こう書かれていた。
『洞窟は、魔女の住処である。
 魔女は、村人の要請があった際、すぐさま駆けつけられるように、と町の近くにも出入り口を作った。
 洞窟の出入り口は、森の中と町外れの二箇所ある』
 と。


(ティアラ!ソウマにすぐに町に戻るよう伝えてくれ!)
 空から状況をみていたティアラもそくざに反応する。
 ソウマが森から攻めたのであれば、必然もう一つの出入り口に逃げ惑う敵が殺到するだろう。


 そして。
 家を飛び出し、封印の洞窟にせめてユーノの避難を、と思い走り出したたたらの前には、三十匹程のゴブリンがいた。
 おそらく、ソウマの襲撃から慌てて逃げて来たのだろう。
 そしてその一番奥。


 わけのわからない紋様が描かれた布を身に纏い、赤い宝玉のはめ込まれた杖をもった、一際大きなゴブリンがいた。
 (ウィッチゴブリン)元は魔法を使う個体だったのだろう。


 その魂は虚ろだ。確実に作られし魔物、造魔だろう。
 こいつがミハエルの使者として、この町にきてこの事態を引き起こしたのだ。
 しかし魔法の使えない今、ただ他のゴブリンより頭が良く統率力に優れているに過ぎない。


 つまりは雑魚だ。
 しかし、此度においてはそうは言い切れない。
 呪いの杖をもっているのだ。
 人をスライムに変えられるほど呪力が残っているのか?


 使われたとして、自分たちが抗魔(レジスト)できるか?
 そもそも、呪いに抗魔(レジスト)が効くのか?
 目の前に飛び出てきた獲物を前に、ゴブリンたちは一瞬戸惑ったものの、相手が美味そうなメスだと知って、ニヤリと笑う。


 他の人間はスライムになってしまい、邪魔ーソウマたちーが入ったせいで町を蹂躙することもできなかくなったゴブリンどもは、飢えていたのだ。
 洞窟の奥から攻めてくる侵入者は、強力だが、すぐには洞窟から出てこないであろう。


 ならば、その前に町から必要なものを奪い、逃げればいい。
 そこにこの女どもが戦利品として加わるなら、それは僥倖だ。
 小さな頭でそう考える。
 しかし、誤算だったのは。


「ぎゃぁ!?」
 たたらが手にした鉄槌を振るい、ゴブリンの一匹を叩きのめしたのだ。
 見た目は幼じ…少女だが、その実1000年近く生きている長命種のたたらである。


 かつては冒険者と、して腕を振るっていたこともあるのだ。
 ゴブリンが何匹いようと、物の数ではない。
 続いて二匹、三匹、と襲いくるゴブリンを軽々と屠っていく。


 ゴブリンたちの間に動揺が走る。
 完全に見た目に騙された!
 ああ見えて敵はかなりの手練れだ!
 そう気付いたときには、仲間は三分の一が殴り殺されていた。


 その時、ウィッチゴブリンが杖を掲げ、なにかを唱えている。
 杖に埋め込まれた赤い宝玉が怪しげに煌めく。
「くそ!」
 たたらが舌打ちをする。


 ゴブリンは弱い。かといって、ユーノという紛れもないか弱な少女を守っている以上、 彼女を置いてゴブリンの群れに飛び込む訳にも行かないのだ。





 ソウマは狭い洞窟の中を慎重に歩いていく。
 もしかしたらその角に、敵が潜んでいるかも知れないのだ。


 とはいえ、気配の察知できるソウマには、まだ近くに敵がいないことはわかっていたのだが。
 しかし、と思う。
(なんだ、この心が安らぐ様な、禍々しいような。相反する気が満ちている)


 まるで誰かを護ろうとするかのような自愛に満ちた心。
 まるで誰かを呪い殺さんとするかのような復讐の心。
 その二つが入り混じっている。
 洞窟はそう複雑なつくりではない。


 ほぼ一本道で、ゆっくりと下っている。
(この先には……)
 そこは、誰かの住居。だったのだろう。
 見たことも無いような機材や、植物、本が所狭しと並んでいる。
 そして思い当たる。


 ここは魔女の住処だったのでは無いだろうか、と。
 ここで様々な魔術や錬金術を使い、魔女は村人を助ける準備をしていたのだ。
 魔女はそれほどまでに、この土地を、人々を愛していたのだ。


 だが、裏切られた。
 それは紛れもない事実で。
 だからこそ、呪いも強く残っているのだろう。
 相反する二つの気の正体がわかった気がしてしまった。


 真に理解することができなくとも、その一端は知ってしまった。
 じゃり。
 土をふむ音。
 ソウマは少し前から気付いていたが、あえて気付かぬ振りをしていた。


 どうせかち合うんだ。ならば、広い所の方が戦いやすい。
 そして、ソウマが気付いていないと思った馬鹿な魔物は、ソウマに襲いかかかる。
 その数わずか3。


 一人が飛び掛ると同時に残り二人が矢を射かける。
 悪く無い戦術だ。だが。
 
 相手が悪い。
 
 一瞬して移動したソウマは、いつの間にか弓手の後ろに回ったいた。
 縮地とはよく言ったものだ。移動と言うよりは、魔法に近い。


 魔物はゴブリン。さして強くも無い魔物だ。
 弓手は苦しむ間もなく絶命したことだろう。 
 そして、殴りかかったゴブリンは思い知る。


 決して勝てない相手がいるのだと。
 そして、それを理解したときには、すでにこの世のものではなくなっていた。
 しかし。ゴブリンは群れで行動するもの。 
 たった三匹がこの洞窟を占領して、あまつさえ呪いの杖を操り村人をスライムに変えたとも思えない。


 先にいるか、他に抜け道がありみのがしたか。
 どちらにせよ、上位種がいることは明確であり、その上位種とは造魔に他ならないだろう。
 ゴブリンだけとも限らない。 
 とにかく。


 ソウマは、この部屋の探索を終え、特に情報が無いことを確認すると洞窟のさらに先へと進んでいく。
 そして、次の間。
 入った瞬間理解した。
 ここが呪いの充填場なのだと。


 村人をスライムに変えた呪いの杖は、呪いの力を使えば、補填はできない。
 なぜなら、呪いをかけた魔女はすでに死んでいるのだ。
 呪いは減る一方だ。しかし、ここなら。


 しかし、これだけ負の念が集まった場所なら、杖の呪いを再び蓄えることができるだろう。
 それほどまでに、この部屋には魔女の無念が染み付いていた。
 もしくは、ここで処刑されたのか……。
 

ソウマは心の中で静かにお祈りをすると、さらに奥を目指した。
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