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魔界公式戦闘部隊ルシフェレス クレア登場
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「いてーな!ったく、最近の若い子は冗談も通じない」
清掃の仕事を今日中に終えることができて、一人になった事務所で猛はたんこぶをさする。
猛の自宅は事務所の地下。
美月も帰った探偵社はいつもよりも広く見え、どこまでも静かだった。
建物自体もそうだが、内装も古い。
しかしそこには良き時代の面影があり、決して安っぽさは見られず、客を迎え入れても不快感は与えないだろう。逆に古木の温もりは尋ねてきた人に不思議な心地よさをもたらしていた。
本棚に囲まれた応接室の奥。猛が座る事務机も同じく、自宅にはない居心地の良さがあった。
──からんっ。
懐かしい鈴の音が響いて来客を告げる。すでに探偵社としては業務仕舞いだが、猛の知人や急ぎの用がある物はこの時間でも彼の探偵がいることを知っていた。
声もかけない客人は、猛が事務所の奥にいることを知って歩いてくる。
間も無く現れたのは大柄な女性。
背の高さもそうだが、その女性らしいラインには一片の贅肉もなく白亜の彫刻のような美しさがあった。
しかし、美月と同じく人間にはない特徴がある。
頭上から可愛らしく垂れた耳。お尻にはくるりと巻かれた細い尻尾。それは彼女がオーク族である証だった。
「こんばんは、た、け、る」
聞くだけで耳が幸せになるような声で、少女は猛に話しかけた。
「もう仕事は終わりだぞ、クレア」
そんな女性の登場にも眉一つ動かさずに猛は答える。
「あら、私だって勤務外よ。これはプライベート」
くすりと微笑み。少女、クレア・オウクランドは事務机へと腰掛ける。
「机に座るなんて、公僕としては礼儀がなってないんじゃないか?」
ぎしり、と年代物のチェアーを軋ませてさらに深く腰をかける。
「プライベートだって言ってるでしょ?それに、何かあったのに国家機関にしっかり報告してくれない民間人もいる訳だし」
いたずらっぽい視線を向けるクレアだが、その瞳は笑っていなかった。
しかし猛もポーカーフェイスは崩さない。
「こんな一般市民になにを報告しろ、と?」
逃げた猫1匹捕まえるのがやっとの探偵一人。とても警官に手を貸すようなことなどできはしない。
ましてや、魔界側唯一の軍だ。そんな所の諜報機関に勝る情報など持っているはずもない。
猛は肩を竦めておどけてみせる。
「だ・か・ら、私はプライベート!ただ貴方の優しさが無駄にならないように忠告しにきただけよ」
その言葉に、猛が初めて片眉を上げた。
「俺の優しさ?」
「そう、ここ数日私たちルシフェレスと人間側の退魔機関の土御門が、この国に迷い込んだ幻獣を探してるのよ」
クレア抜け目なく猛の様子を窺う。
しかし、猛はそれでも仮面を外さない。
「幻獣、ね。残念だが俺にも当てはないぞ。さっきも言った通り国の機関が動いてわからないものが俺にわかるはずがないだろう」
しかし、猛の胸には逃げ猫を保護してくれていた、雷獣鵺が写っていた。
猛は心の中で舌打ちをする。
「私たちは構わないのよ。仲間を連れ返すだけだもの。ただ、人間世界の退魔集団はどう思うかしらね?」
勝手に人間界に入り込み、あまり知能も高くなく。本能で人を襲う動物レベルの知能しか持たない魔物。
たとえ魔物でなくても、山から熊が人里に降りてきたら銃殺するように、人に害なす魔物なら即殺傷許可が下りるだろう。
「『私たちが』が先に見つけたなら、殺しはしないわ。どう?いい話じゃない?」
この街の外れの林。
今日逃げ猫を助けた時に逃がした鵺。
それがすでに人と魔物の軍とも呼べる機関まで届いてしまっているのだ。
『なにかあったら俺んとこに来い。殺されずに済むよう、なんとかしてみるさ』
あの時あの鵺にかけた言葉。
国と国とに挟まれた個人事務所などひとたまりもなく潰されてしまうだろう。
しかし猛はそれをよしとはしなかった。
なぜなら……。
「私の話はおしまいっと!
土御門は明日の夕刻。私たちは明後日の明朝からそのはぐれ鵺の捕獲、もしくは抹殺に移るわ。
明日のお昼までが勝負。
あなたのお手並み、拝見させてもらうわ!」
手を振りながらクレアは帰っていく。
猛は机の上に足を投げ出し、息を吐く。
「まずったな」
まさかここまで公僕の対応が早いとは。
このままでは公務執行妨害などでしょっ引かれるかもしれない。ただでさえ危ない橋を渡ってきたのだ。
それでも。
鵺と猛は約束したのだ。
なにかあったら守る、と。
それは取るに足らない口約束かもしれない。
言葉もわからない獣と心を通わせた気になっているだけかも知れない。
だからといって、自分が発した言葉を曲げる選択肢は猛の中にはなかった。
「やるしかねぇか」
猛はそういって、その日は休むことにした。
清掃の仕事を今日中に終えることができて、一人になった事務所で猛はたんこぶをさする。
猛の自宅は事務所の地下。
美月も帰った探偵社はいつもよりも広く見え、どこまでも静かだった。
建物自体もそうだが、内装も古い。
しかしそこには良き時代の面影があり、決して安っぽさは見られず、客を迎え入れても不快感は与えないだろう。逆に古木の温もりは尋ねてきた人に不思議な心地よさをもたらしていた。
本棚に囲まれた応接室の奥。猛が座る事務机も同じく、自宅にはない居心地の良さがあった。
──からんっ。
懐かしい鈴の音が響いて来客を告げる。すでに探偵社としては業務仕舞いだが、猛の知人や急ぎの用がある物はこの時間でも彼の探偵がいることを知っていた。
声もかけない客人は、猛が事務所の奥にいることを知って歩いてくる。
間も無く現れたのは大柄な女性。
背の高さもそうだが、その女性らしいラインには一片の贅肉もなく白亜の彫刻のような美しさがあった。
しかし、美月と同じく人間にはない特徴がある。
頭上から可愛らしく垂れた耳。お尻にはくるりと巻かれた細い尻尾。それは彼女がオーク族である証だった。
「こんばんは、た、け、る」
聞くだけで耳が幸せになるような声で、少女は猛に話しかけた。
「もう仕事は終わりだぞ、クレア」
そんな女性の登場にも眉一つ動かさずに猛は答える。
「あら、私だって勤務外よ。これはプライベート」
くすりと微笑み。少女、クレア・オウクランドは事務机へと腰掛ける。
「机に座るなんて、公僕としては礼儀がなってないんじゃないか?」
ぎしり、と年代物のチェアーを軋ませてさらに深く腰をかける。
「プライベートだって言ってるでしょ?それに、何かあったのに国家機関にしっかり報告してくれない民間人もいる訳だし」
いたずらっぽい視線を向けるクレアだが、その瞳は笑っていなかった。
しかし猛もポーカーフェイスは崩さない。
「こんな一般市民になにを報告しろ、と?」
逃げた猫1匹捕まえるのがやっとの探偵一人。とても警官に手を貸すようなことなどできはしない。
ましてや、魔界側唯一の軍だ。そんな所の諜報機関に勝る情報など持っているはずもない。
猛は肩を竦めておどけてみせる。
「だ・か・ら、私はプライベート!ただ貴方の優しさが無駄にならないように忠告しにきただけよ」
その言葉に、猛が初めて片眉を上げた。
「俺の優しさ?」
「そう、ここ数日私たちルシフェレスと人間側の退魔機関の土御門が、この国に迷い込んだ幻獣を探してるのよ」
クレア抜け目なく猛の様子を窺う。
しかし、猛はそれでも仮面を外さない。
「幻獣、ね。残念だが俺にも当てはないぞ。さっきも言った通り国の機関が動いてわからないものが俺にわかるはずがないだろう」
しかし、猛の胸には逃げ猫を保護してくれていた、雷獣鵺が写っていた。
猛は心の中で舌打ちをする。
「私たちは構わないのよ。仲間を連れ返すだけだもの。ただ、人間世界の退魔集団はどう思うかしらね?」
勝手に人間界に入り込み、あまり知能も高くなく。本能で人を襲う動物レベルの知能しか持たない魔物。
たとえ魔物でなくても、山から熊が人里に降りてきたら銃殺するように、人に害なす魔物なら即殺傷許可が下りるだろう。
「『私たちが』が先に見つけたなら、殺しはしないわ。どう?いい話じゃない?」
この街の外れの林。
今日逃げ猫を助けた時に逃がした鵺。
それがすでに人と魔物の軍とも呼べる機関まで届いてしまっているのだ。
『なにかあったら俺んとこに来い。殺されずに済むよう、なんとかしてみるさ』
あの時あの鵺にかけた言葉。
国と国とに挟まれた個人事務所などひとたまりもなく潰されてしまうだろう。
しかし猛はそれをよしとはしなかった。
なぜなら……。
「私の話はおしまいっと!
土御門は明日の夕刻。私たちは明後日の明朝からそのはぐれ鵺の捕獲、もしくは抹殺に移るわ。
明日のお昼までが勝負。
あなたのお手並み、拝見させてもらうわ!」
手を振りながらクレアは帰っていく。
猛は机の上に足を投げ出し、息を吐く。
「まずったな」
まさかここまで公僕の対応が早いとは。
このままでは公務執行妨害などでしょっ引かれるかもしれない。ただでさえ危ない橋を渡ってきたのだ。
それでも。
鵺と猛は約束したのだ。
なにかあったら守る、と。
それは取るに足らない口約束かもしれない。
言葉もわからない獣と心を通わせた気になっているだけかも知れない。
だからといって、自分が発した言葉を曲げる選択肢は猛の中にはなかった。
「やるしかねぇか」
猛はそういって、その日は休むことにした。
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