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第5章 もう一つの卒業

78 ドン・ファンの降参

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「……ごめんね、勝手にいろいろしゃべって。大丈夫? こんな気色悪い話聞いちゃって」

 悦子は、以前ヒロ君にヤキモチをく大輝に思わず「気持ち悪い」と言ってしまったことを思い出した。大輝が辿ってきた毒茨どくいばらの道について何も知らずに。

「ううん、そんなこと……大輝は、誰よりも純粋に、人と向き合ってるのかもしれない」

 まるで少年のような横顔が、唇を噛んでうつむく。

「君は不思議な人だな。あの頃に君がいてくれたら……俺は普通でいられたかもしれない」

 常に光を浴びて生きているようにしか見えなかった大輝が、普通でありたいと痛切に願った若かりし日。そこに悦子がいたら、果たして救ってやれたのだろうか。

「でも、もしかしたらまだできることがあるのかもって……君といると何となくそう思う」

 今からできること。大輝に。そして、私に……。

 大輝は大きく息をつき、前髪をかき上げた。

「これで全部。もう隠し事はない」

(これで全部……これが大輝の全て……)

 こちらをちらりと見やって再び足下へと視線を落とす大輝の姿に、悦子はようやく思い出した。昨日突然受けた申し入れに対する返事を期待されていることを。全てを知った上で決めてほしいと言われていたことを。

「ほんとに……いいの? 私で」

「どうやら君じゃないとダメらしい」

「なんで……私?」

「なんでだろね。その時々でさ、マイブームっていうか、特にお気に入りの人ができることはもちろんあったんだけど……君は違った。何かが決定的に。全員の中でのトップじゃなくて、完全に、柿村悦子とその他大勢になってしまった」

 大輝の口から自分の名を聞くのは不思議な気分だった。

「……いつから?」

「今思えば、最初っからかな。はっきりしたのは多分、友達になってくれって言われた時」

 そういえば確かにそんなことを言ったが、今となっては遠い昔のように感じられる。

「……どうして?」

「そんなこと言われたの初めてでさ。こん畜生、絶対落としてやるって……そう思ったのも初めて。ダメならダメでいいやって割り切れなかったんだよね、なぜか」

 あの時の大輝がそんなことを考えていたなんて……。

「ま、それが特殊感の発端ではあったと思うんだけど……いざ始まってからもね。何なんだろうなこの人はって、どんどん興味が引っ張り出されてったっつーか」

「それって、私がやっぱり……変だから?」

「変……うん、まあ変な感じもしたよね。こんなに家族の気配がぷんぷんする人と遊んだことなかったもん」

「ああ、そこ?」

「あと、自然体っていうかさ。自分を良く見せようとか別に思ってない感じ」

「それは……良く見せれる余地があるとも思えないっていうか」

「それから、空気読まないとこね。人が突っつかれたくないとこ、めっちゃほじってくるし」

「……ごめんなさい」

「あと一万回ぐらい謝ってもらいたいよね」

 二人の間に、笑いがこぼれた。

 どれもこれも、悦子の悦子たる所以ゆえんだ。そんなこんなを変に思われ、興味を持たれ、今こんなことになっているのだから、人生とはつくづくわからない。

 悦子はふと、ユキの言葉を思い出した。「聞いたんです、その人のどこが『好きかもしれない』のか……」。がまさか自分だとは思ってもみなかったが。

「ちなみに、私のどの辺りが……その、最終的にお気に召したというか……」

「それは……」

 大輝の微笑が、夕暮れの静けさを渡っていった。

「これから末永く、伝え続けていければと思ってる。君が……嫌じゃなければ」

 はぐらかされてしまった感もあるが、その末永い道のりは幸福の予感に満ちていた。

「嫌なもんですか。ずっと……夢見てたことです」

 繋いだ手が固く握られた。

「じゃあね、欲張って悪いんだけどさ。ついでにもう一ついいかな」

「はい」

「お母さんに会わせてほしい」

(お母さんに……)
「……私、の?」

「まあ、まずは」

(え……?)

「もう一人の方は……今すぐってわけにはいかないけど、できれば彼女が元気なうちに」

 ドッキリだろうか、とは思わなかった。ただ真摯に、彼女の願いを叶えてやりたいと思った。いつの日か、大輝と二人で。


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