53 / 80
第4章 俺のライバル
53 恋愛談義
しおりを挟む
(やっぱり切られるのかな、私も……)
悦子は、ミカのことを思い出していた。彼女が語った大輝との別れの経緯を。そして、彼氏との幸せな未来が待っているはずの彼女の寂しげな眼差しを。
大輝とこんな風に二人で過ごせるのは、悦子にとってはいつが最後になるのだろう。いつまでも夢を見ていたい。しかし一方では、別の欲求が燃え盛っていた。一緒にいられる間に、もっと大輝の心に近付くことができたら……。
気付けば悦子は、口にしていた。
「大輝は……誰か一人を特別好きになっちゃうこととか、ないの?」
大輝はしばらく空を見つめてから答えた。
「俺は全然好きでも何でもない人には最初からちょっかい出さないし、手出した相手に対する好きの度合いはもちろん一人ひとり違う」
「でも、遊ぶのをやめてその中の第一位と付き合おうとは思わないんだ」
大輝は天井を睨んで黙り込んだ。
「ほんとは怖いんじゃないの? 一人と付き合うの。いくら大輝でも、深入りすればぼろが出るもんね。そりゃ大勢と遊ぶ方が簡単だよ。いいとこだけ見せてればいいんだもん」
「この話さ、最終的に生産性期待できる?」
「またそうやってはぐらかす」
悦子が口を尖らせると、大輝は体を起こしてあぐらをかいた。
「俺が一人に絞らない理由を知りたいわけね? あのね、世間一般の人たちみたいに中途半端な気持ちでたった一人の人と付き合うなんて、俺にはできそうにない。それが理由」
「へえ……なんだか随分ご立派ね」
「ご立派で結構」
「世間一般の人たちだって、取っ替え引っ替えしてる人に言われたくないと思うけど」
「じゃあさ、俺がセフレの一人に対して思ってる好きよりも、いわゆる付き合ってるカップルの好きのレベルの方が上だって保証はあんの?」
「それは……」
「みんなさ、付き合ってるとかいったって、簡単に浮気するし、二股三股かけてる奴だってざらにいるっしょ」
それはまさに、悦子がいつかセイジに言ったセリフだった。
「そうでなくてもさ、他の人に取られたらどうしよう、どうすれば自分のもんになるかなって、そんなことばっか考えてんじゃん。その人を一番幸せにできるのは自分じゃないかもしんないのに。ほんとに本気で好きならまずそっちを考えるもんじゃないの?」
それは正論のような気もする。でも、理想にすぎないとも言えた。
「両思いなんてそう簡単じゃないからね。本当に好きな人には振り向いてもらえなくて、ちょびっとずつの矢印がたまたま向き合ったからそっちと付き合っちゃおうとか、耐えられる範囲だから結婚しちゃおうって感じじゃないの? 大半は」
悦子もそれには納得した。確かに、必ずしも一対一イコール本気の恋ではないだろう。
「ま、たまには聞くけどね。すげーな、それ、愛だなっていうような美談も。でも、星の数ほどある中途半端な気持ちに埋もれたほんの一握りってとこっしょ」
そう考えると、この世がとても残念な場所に思えてくる。絵に描いたような美しい愛など手に入る方が不思議だということだ。わかりきっていたようでいて、悦子は何だか切なかった。
「でも、みんな理想通りに暮らしてるわけじゃないし、女の子の方は、最初は遊びのつもりでも、だんだん本当に大輝のこと好きになっちゃう人とかも中にはいるんじゃないの?」
言いながら墓穴を掘っているような気もしたが、大輝はあまり興味なさそうに言った。
「さあ……どうだろね」
「そういうの、大輝は気付いてるし、本当はなんか……悪いと思ってるんじゃない?」
「悪い、か……。セイジにも似たようなこと言われたな」
(えっ? セイジさんがそんなことを……?)
一体どういう文脈からそんな話題になったのだろう。
「でも、俺は別に誰のことも騙してないからね。こっちの手の内は全部見せてから始めてるわけだから、その上でどういうスタンスを取るかは君ら次第なんじゃないの?」
「つまり、結果的に相手が傷付いても平気……ってこと?」
否定してほしかった。本当は誰も傷付けたくないと言ってほしかった。
「じゃあ、一つ聞くけどさ。本気の恋だったら、傷付けずに済むわけ?」
「……え?」
「俺が遊んだ結果傷付く人間がゼロだとは思わないけどさ。じゃあ例えばね。あなたが好きで好きで仕方ありません、他の誰も目に入りません、夜も眠れません、夫婦になりませんか。……そう言われた結果傷付く人って、ほんとにいないと思う?」
そんなことを言われて傷付く原理が、悦子には理解できなかった。
「その人の傷の深さはきっと、合意の上で遊んどいて勝手に本気になって勝手に傷付いた人の比じゃないよ」
(勝手に、って……)
「……そうだよね」
悦子は自分でも気付かないうちに呟いていた。
「こんなこと聞いた私がバカだった。傷付いた方の気持ちなんて、大輝にわかるわけないよね。本気になんかなることないんだし、振られることだってないんだから……。人から否定される気持ちなんて、一生知らずに済むんだもんね」
何とか平静を取り戻そうと天井を見つめた目の端で、大輝が重そうに睫毛を伏せたような気がしたが、そちらに目を向けた時には丸まった背中がそれに取って代わっていた。その後ろ姿は、手の平に額を擦り付け、重いため息をついて言った。
「そうだな……人の気持ちなんてきっと、本人にしかわからない」
悦子は妙に冷めた心地だった。本当は誰よりも優しい人なのだと思っていた。悔しくて、悲しくて、これ以上大輝の姿を見ていることが辛くて、悦子は布団の奥へと逃れ、背を向けた。大輝はさっさと書斎に引っ込むかと思いきや、いつまでも悦子の背後に座っていた。
~~~
悦子は、ミカのことを思い出していた。彼女が語った大輝との別れの経緯を。そして、彼氏との幸せな未来が待っているはずの彼女の寂しげな眼差しを。
大輝とこんな風に二人で過ごせるのは、悦子にとってはいつが最後になるのだろう。いつまでも夢を見ていたい。しかし一方では、別の欲求が燃え盛っていた。一緒にいられる間に、もっと大輝の心に近付くことができたら……。
気付けば悦子は、口にしていた。
「大輝は……誰か一人を特別好きになっちゃうこととか、ないの?」
大輝はしばらく空を見つめてから答えた。
「俺は全然好きでも何でもない人には最初からちょっかい出さないし、手出した相手に対する好きの度合いはもちろん一人ひとり違う」
「でも、遊ぶのをやめてその中の第一位と付き合おうとは思わないんだ」
大輝は天井を睨んで黙り込んだ。
「ほんとは怖いんじゃないの? 一人と付き合うの。いくら大輝でも、深入りすればぼろが出るもんね。そりゃ大勢と遊ぶ方が簡単だよ。いいとこだけ見せてればいいんだもん」
「この話さ、最終的に生産性期待できる?」
「またそうやってはぐらかす」
悦子が口を尖らせると、大輝は体を起こしてあぐらをかいた。
「俺が一人に絞らない理由を知りたいわけね? あのね、世間一般の人たちみたいに中途半端な気持ちでたった一人の人と付き合うなんて、俺にはできそうにない。それが理由」
「へえ……なんだか随分ご立派ね」
「ご立派で結構」
「世間一般の人たちだって、取っ替え引っ替えしてる人に言われたくないと思うけど」
「じゃあさ、俺がセフレの一人に対して思ってる好きよりも、いわゆる付き合ってるカップルの好きのレベルの方が上だって保証はあんの?」
「それは……」
「みんなさ、付き合ってるとかいったって、簡単に浮気するし、二股三股かけてる奴だってざらにいるっしょ」
それはまさに、悦子がいつかセイジに言ったセリフだった。
「そうでなくてもさ、他の人に取られたらどうしよう、どうすれば自分のもんになるかなって、そんなことばっか考えてんじゃん。その人を一番幸せにできるのは自分じゃないかもしんないのに。ほんとに本気で好きならまずそっちを考えるもんじゃないの?」
それは正論のような気もする。でも、理想にすぎないとも言えた。
「両思いなんてそう簡単じゃないからね。本当に好きな人には振り向いてもらえなくて、ちょびっとずつの矢印がたまたま向き合ったからそっちと付き合っちゃおうとか、耐えられる範囲だから結婚しちゃおうって感じじゃないの? 大半は」
悦子もそれには納得した。確かに、必ずしも一対一イコール本気の恋ではないだろう。
「ま、たまには聞くけどね。すげーな、それ、愛だなっていうような美談も。でも、星の数ほどある中途半端な気持ちに埋もれたほんの一握りってとこっしょ」
そう考えると、この世がとても残念な場所に思えてくる。絵に描いたような美しい愛など手に入る方が不思議だということだ。わかりきっていたようでいて、悦子は何だか切なかった。
「でも、みんな理想通りに暮らしてるわけじゃないし、女の子の方は、最初は遊びのつもりでも、だんだん本当に大輝のこと好きになっちゃう人とかも中にはいるんじゃないの?」
言いながら墓穴を掘っているような気もしたが、大輝はあまり興味なさそうに言った。
「さあ……どうだろね」
「そういうの、大輝は気付いてるし、本当はなんか……悪いと思ってるんじゃない?」
「悪い、か……。セイジにも似たようなこと言われたな」
(えっ? セイジさんがそんなことを……?)
一体どういう文脈からそんな話題になったのだろう。
「でも、俺は別に誰のことも騙してないからね。こっちの手の内は全部見せてから始めてるわけだから、その上でどういうスタンスを取るかは君ら次第なんじゃないの?」
「つまり、結果的に相手が傷付いても平気……ってこと?」
否定してほしかった。本当は誰も傷付けたくないと言ってほしかった。
「じゃあ、一つ聞くけどさ。本気の恋だったら、傷付けずに済むわけ?」
「……え?」
「俺が遊んだ結果傷付く人間がゼロだとは思わないけどさ。じゃあ例えばね。あなたが好きで好きで仕方ありません、他の誰も目に入りません、夜も眠れません、夫婦になりませんか。……そう言われた結果傷付く人って、ほんとにいないと思う?」
そんなことを言われて傷付く原理が、悦子には理解できなかった。
「その人の傷の深さはきっと、合意の上で遊んどいて勝手に本気になって勝手に傷付いた人の比じゃないよ」
(勝手に、って……)
「……そうだよね」
悦子は自分でも気付かないうちに呟いていた。
「こんなこと聞いた私がバカだった。傷付いた方の気持ちなんて、大輝にわかるわけないよね。本気になんかなることないんだし、振られることだってないんだから……。人から否定される気持ちなんて、一生知らずに済むんだもんね」
何とか平静を取り戻そうと天井を見つめた目の端で、大輝が重そうに睫毛を伏せたような気がしたが、そちらに目を向けた時には丸まった背中がそれに取って代わっていた。その後ろ姿は、手の平に額を擦り付け、重いため息をついて言った。
「そうだな……人の気持ちなんてきっと、本人にしかわからない」
悦子は妙に冷めた心地だった。本当は誰よりも優しい人なのだと思っていた。悔しくて、悲しくて、これ以上大輝の姿を見ていることが辛くて、悦子は布団の奥へと逃れ、背を向けた。大輝はさっさと書斎に引っ込むかと思いきや、いつまでも悦子の背後に座っていた。
~~~
0
お気に入りに追加
110
あなたにおすすめの小説
【完結】Mにされた女はドS上司セックスに翻弄される
Lynx🐈⬛
恋愛
OLの小山内羽美は26歳の平凡な女だった。恋愛も多くはないが人並に経験を重ね、そろそろ落ち着きたいと思い始めた頃、支社から異動して来た森本律也と出会った。
律也は、支社での営業成績が良く、本社勤務に抜擢され係長として赴任して来た期待された逸材だった。そんな将来性のある律也を狙うOLは後を絶たない。羽美もその律也へ思いを寄せていたのだが………。
✱♡はHシーンです。
✱続編とは違いますが(主人公変わるので)、次回作にこの話のキャラ達を出す予定です。
✱これはシリーズ化してますが、他を読んでなくても分かる様には書いてあると思います。
[R18] 18禁ゲームの世界に御招待! 王子とヤらなきゃゲームが進まない。そんなのお断りします。
ピエール
恋愛
R18 がっつりエロです。ご注意下さい
えーー!!
転生したら、いきなり推しと リアルセッ○スの真っ最中!!!
ここって、もしかしたら???
18禁PCゲーム ラブキャッスル[愛と欲望の宮廷]の世界
私って悪役令嬢のカトリーヌに転生しちゃってるの???
カトリーヌって•••、あの、淫乱の•••
マズイ、非常にマズイ、貞操の危機だ!!!
私、確か、彼氏とドライブ中に事故に遭い••••
異世界転生って事は、絶対彼氏も転生しているはず!
だって[ラノベ]ではそれがお約束!
彼を探して、一緒に こんな世界から逃げ出してやる!
カトリーヌの身体に、男達のイヤラシイ魔の手が伸びる。
果たして、主人公は、数々のエロイベントを乗り切る事が出来るのか?
ゲームはエンディングを迎える事が出来るのか?
そして、彼氏の行方は•••
攻略対象別 オムニバスエロです。
完結しておりますので最後までお楽しみいただけます。
(攻略対象に変態もいます。ご注意下さい)
性欲のない義父は、愛娘にだけ欲情する
如月あこ
恋愛
「新しい家族が増えるの」と母は言った。
八歳の有希は、母が再婚するものだと思い込んだ――けれど。
内縁の夫として一緒に暮らすことになった片瀬慎一郎は、母を二人目の「偽装結婚」の相手に選んだだけだった。
慎一郎を怒らせないように、母や兄弟は慎一郎にほとんど関わらない。有希だけが唯一、慎一郎の炊事や洗濯などの世話を妬き続けた。
そしてそれから十年以上が過ぎて、兄弟たちは就職を機に家を出て行ってしまった。
物語は、有希が二十歳の誕生日を迎えた日から始まる――。
有希は『いつ頃から、恋をしていたのだろう』と淡い恋心を胸に秘める。慎一郎は『有希は大人の女性になった。彼女はいずれ嫁いで、自分の傍からいなくなってしまうのだ』と知る。
二十五歳の歳の差、養父娘ラブストーリー。
性欲の強すぎるヤクザに捕まった話
古亜
恋愛
中堅企業の普通のOL、沢木梢(さわきこずえ)はある日突然現れたチンピラ3人に、兄貴と呼ばれる人物のもとへ拉致されてしまう。
どうやら商売女と間違えられたらしく、人違いだと主張するも、兄貴とか呼ばれた男は聞く耳を持たない。
「美味しいピザをすぐデリバリーできるのに、わざわざコンビニのピザ風の惣菜パンを食べる人います?」
「たまには惣菜パンも悪くねぇ」
……嘘でしょ。
2019/11/4 33話+2話で本編完結
2021/1/15 書籍出版されました
2021/1/22 続き頑張ります
半分くらいR18な話なので予告はしません。
強引な描写含むので苦手な方はブラウザバックしてください。だいたいタイトル通りな感じなので、少しでも思ってたのと違う、地雷と思ったら即回れ右でお願いします。
誤字脱字、文章わかりにくい等の指摘は有り難く受け取り修正しますが、思った通りじゃない生理的に無理といった内容については自衛に留め批判否定はご遠慮ください。泣きます。
当然の事ながら、この話はフィクションです。
【R18】隣のデスクの歳下後輩君にオカズに使われているらしいので、望み通りにシてあげました。
雪村 里帆
恋愛
お陰様でHOT女性向け33位、人気ランキング146位達成※隣のデスクに座る陰キャの歳下後輩君から、ある日私の卑猥なアイコラ画像を誤送信されてしまい!?彼にオカズに使われていると知り満更でもない私は彼を部屋に招き入れてお望み通りの行為をする事に…。強気な先輩ちゃん×弱気な後輩くん。でもエッチな下着を身に付けて恥ずかしくなった私は、彼に攻められてすっかり形成逆転されてしまう。
——全話ほぼ濡れ場で小難しいストーリーの設定などが無いのでストレス無く集中できます(はしがき・あとがきは含まない)
※完結直後のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる