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第3章 女たちの恋模様

35 雨

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 それから一ヶ月の間に、大輝からの呼び出しは三回あった。会うタイミングはいつも大輝次第だったが、超多忙なはずのセフレが月に三回も自分を選んでくれるというだけで、悦子は嬉しかった。それに、会えば必ず、心も体も満たされた。

 しかし、こうして大輝との逢瀬にのめり込めばのめり込むほど、自分が不特定多数の中の一人にすぎないという事実が悦子の心に影を作った。

(私には大輝しかいないのに……)

 いや、互いに束縛しないと約束した以上、自分が望みさえすれば他の男と自由に寝てよいのだ。だが、例のタカユキにしても、悦子は飲みに行こうとはしたものの、決してベッドインするつもりはなかった。良心の呵責かしゃくも何割かはあるだろう。しかしそれ以上に、誰も大輝の魅力には勝てないのだ。とは言っても、所詮しょせん遊びの関係。深みにはまるな、という警告が悦子の中に鳴り響く。


~~~


 次の定例会に、悦子は少し無理をして参加した。前日から寒気がし、本当なら早く帰って寝るのが正解だった。でも大輝の姿を一目見たくて、気付けばデモランジュに向かっていた。

 運良く大輝と同じテーブルに着いたが、最初の一杯の後、案の定気分が悪くなった。タイミングを見計らい、そろそろ帰る、と皆に声をかけると、セイジが送ってくれるという。

「あ、いえ、ゆっくりしててください。私、大丈夫ですから」

「いいのいいの。俺も明日早いし」

 悦子がトイレに寄って出てくると、階段のそばでセイジが大きな傘を手にしている。

「……雨?」

「結構な降りらしいって大輝が。さすが抜かりなしだな。で、店の傘貸してもらったとこ」

 テーブルを振り返ると、当の大輝はシンゴの携帯を数人で一緒に覗き込み、何やら爆笑している。

「なんでわかったんだろ」

「お客さんの服が濡れてたとかかな? 奴の観察眼、半端ないからね。お陰で助かった」



 激しい雨の中を相合傘で歩き出すと、セイジが言った。

「こないださ、先月の定例会の日……あの人とは、うまくいったの?」

 あの人とは、悦子を強制ダンスから救ったタカユキのことだ。セイジはきっと二階から見ていたのだろう。しかし、実際にはそれを大輝に阻止され、結局大輝の家で朝を迎えたとは知るよしもない。悦子は具合の悪さも手伝って、答えをつくろう気力をなくしていた。

「いえ……」

と呟くと、セイジは安堵と困惑の入り混じったような目を向けてきた。

「ごめんね。なんか、まずいこと聞いちゃったみたいだな」

 そうですね、とはかろうじて言わなかった。悦子は訳もなく苛立ち、乱暴に言い放った。

「別にいいんです。私も真面目に考えてたわけじゃないし。お互い遊びでしたから」

 セイジが驚いた顔になる。悦子はなぜか意地悪をしたくなった。

「本当に好きな人とは、うまくいってます」

「彼氏……できたってこと?」

 子供じみた質問に聞こえた。そんな風に感じてしまう自分に嫌悪が湧く。

「彼氏とか……別に求めてないし」

「本当に好きな人と……遊びで付き合ってるってこと?」

 全くの見当違いだと笑い飛ばしたかったが、果たしてそうだろうか。これまで目を背けてきたものを、目の前に突き付けられたような気がした。目の奥を熱いものが突く。

「悦ちゃん……どうしたの?」

とセイジが心配そうに覗き込む。涙を流しながら、どうしたのだろう、と自分でも不思議だった。交差点に差しかかっていたが、セイジは青信号を無視して立ち止まった。

「あのさ、そういうのはちょっと……悦ちゃんらしくないんじゃないかな」

(そういうのって何? 私らしいとか、らしくないって何?)

「お節介かもしれないけど……見てるの辛くってさ。その好きな人に、告白はしたの?」

 悦子は首を横に振った。

「彼女がいる人、とか?」

「彼女を作るような人じゃないっていうか……」

 セイジは眼鏡の奥で目をしばたたき、長いため息をついた。

「そういう奴にはきっと、もうバレてるよ。悦ちゃんがそいつのこと本当に好きなら、それに気付かない男じゃない。つまり悦ちゃんの気持ち知ってて踏みにじってるってこと」

(違う。踏みにじってなんかいない。あなたに何がわかるの……)

「そりゃ見た目も整ってて、居心地いいのかもしれないけど、一度に何股もかけてるんじゃないの? そいつが求めてるのは性欲を満たすための便利なはけ口でしかないわけだろ?」

(セイジさん、まさか……)

 勘付いてしまったのだろうか。相手が大輝だと。悦子はむきになって言った。

「相手が多いから不誠実だなんて、どうしてそんなこと言えるんですか?」

 大輝の悪口を言われることは我慢ならなかった。セイジはただ面食らっていた。

「一見ちゃんと付き合ってるカップルだって、平気で嘘ついたり浮気したり、暴力振るったり……それに比べたら相手が複数いたって、優しくてちゃんとしてる人もいるんです」

 遊びの何たるかを何も知らないくせに、イメージだけで非難するなと言いたかった。

「いや、余計なお世話なのはわかるけど、そこにしがみついてたって幸せになんか……」

 悦子は思わず声を荒らげた。

「思ってません、そんなこと。別に……幸せになろうなんて、思ってませんから」

 赤になったばかりの信号に向かって悦子は駆け出した。あっ、というセイジの声は、立て続けに鳴り響いた二つのクラクションに掻き消された。
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