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第2章 大輝にようこそ

20 口づけ

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「君は……頭を使うのが好き?」

「え?」

「ほら、また考えてる。なんでそんなこと聞くんだろう、どういう意味なんだろう、何て答えればいいんだろうって」

 確かにその通りだった。

「教えてあげようか」

と、大輝が悦子の太腿の上に足先を残したまま、尻でずり寄ってくる。

「まず、なんで聞くか。それは……君のことなら何でも知りたいから」

 大輝の手が、悦子の髪をそっと耳の上にかき上げた。

「どういう意味か。君を見てると、その中で何が起きてんのかなあって気になっちゃってさ。考えることが好きなのか、それとも……俺が傷付けてしまったのかなって」

「いえ、そんな……」

 大輝の手の甲が、悦子の頬を撫でた。

「何て答えればいいか。思い付いたことを、その場で、そのまんま言ってほしい」

 その手がくるんと返り、温かい手の平が悦子の頬を包む。

「考えるのが、遅いっていうか……あと空気読めなくて、よく変なこと言っちゃうから……」

「かわいいと思うけどな、そういうの」

「え?」

「考え込んじゃうのも、変なこと言っちゃうのも、君らしい感じがしてさ」

(かわいい……)

 前にも、この人に言われた言葉だ。

 その時、悦子のグラスの底から水滴が一粒落ち、大輝の足首を濡らした。あっ、と咄嗟とっさに親指で拭ったつもりが却って広げてしまったらしい。悦子は残りを慌てて手の平で拭い、その雄々しい感触に胸を震わせた。急にその足が愛しくてたまらなくなり、思わずそっと指先を滑らせる。その手に、大輝の大きな手が重なった。

 もう一方の手がうなじに触れてきたかと思うと、柔らかい唇が頬に触れた。大輝の緩い体育座りが視界に入り、その脚がふと形を変えた瞬間、悦子は真正面から唇にしっとりと口づけられていた。悦子は目を見開いたまま、ずっと遠くに焦点を結んだ瞳の端で、大輝の髪が描くウェーブを見ていた。大輝の吐息を顔に受けて初めて、どうやら息をしてよいらしいと気付く。

 押し付けられた唇がふわっと離れていくと、今度は耳たぶをそっと噛まれた。その輪郭が端から濡らされていくのを感じる。温かい吐息が鼓膜をくすぐった。五感のどの部分がそれを受け止めているのか定かでない。

 頬がするりと触れ合い、悦子はいつの間にか大輝の両腕の中に収まっていた。おずおずとその背中に触れてみる。体に触れても怒られないし、拒まれないし、嫌悪の目を向けられない。こんな体験は身内以外では初めてだ。大輝は悦子の唇へと戻ってきてちゅるっと吸い、ニッと笑った。

「あれ? 普通に寝るんじゃなかったっけ?」

 茶目っ気溢れるその笑顔に、悦子はあんなに苛まれていた過去の悪夢も、ドッキリの不安も一時忘れ、このまま大輝とこうしていたいと感じた。大輝がいたずらっぽく囁く。

「もうちょっと、しちゃおっか?」

「もう……ちょっと?」

「君がしたいこと全部」

 私が何かしたいなんて滅相めっそうもございません、と悦子は縮こまるが、そもそも何かしたいと決めたからこそ今ここにいるのだった。

「あの……私、何かと不勉強で、基本的なこととかも全然……」

「いいよ。君は何も考えなくていい。ただし、何かちょっとでも嫌だったらすぐ言って」

 今からこの人に何をされるのだろうという漠然としたイメージに、悦子が抱いた感情は不安とは全く別のものだった。

「大丈夫? 言える?」

 遊びと割り切った関係を約束した相手に、任せっぱなしの甘えっぱなしだ。大人と子供ほどの経験値の差はいかんともし難い。頷いた悦子の顎を持ち上げ、大輝は再び唇を触れてきた。悦子の唇とその周囲をついばみながら、時折一歩下がって悦子を見つめる。まばたきのスピードが明白に落ちた大輝は、とんでもなくセクシーだった。

 何度目かでふと、大輝の舌を感じた。それがしだいに奥へと分け入ってくる。品のいいスコッチが香り、その向こうに何ともいえない甘みが重なった。悦子はいつしか大輝の動きに合わせて自ら舌を絡めていた。一体どこで覚えたんだと自問する。本能としか言いようがなかった。

(これが……遊び?)

 それは、好きの表れとしか思えない濃厚な営みだった。このセンセーションに続きがあるのかと思うと、それを知らずに死んではいけないという気にさせられた。

 不意に、大輝の指が脇の下に潜り込んでくるのを感じた。反射的に身を縮めると、大輝は別段気に留めた風でもなく悦子の口の中を舐め回しながらその手を鎖骨に戻し、首筋に肩に腕にとこれまでに通った道をもう一度じっくりと辿り始めた。その途上、バスローブの襟元がぎゅっと握りしめられる。その拳にこもった力が、自分を威嚇する類のものではないという不思議な事実が陶酔を誘った。耳元で男の声がする。

「キスは嫌いじゃないみたいだな」

 その響きにとろけた瞬間うなじにかぶりつかれた。わずかにくすぐったく、血がたかぶる。

「ベッド行こっか?」

 悦子は素直にうなずいた。
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