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第2章 大輝にようこそ
15 したい
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「早速本題に入らせてもらっていいかな?」
と言われ、大輝の方へと顔を向ける。わずかにでも身動きすれば肩が触れ合う距離感だ。
「考えてくれた? あれから」
何の話かはすぐにわかった。先日与えられた宿題。大輝を、男として、どう思うか。否応なしに鼓動が速くなる。悦子はマスターに聞かれることを心配してカウンターの向こうに目をやったが、その姿はどこかへ消えていた。
「あの、素敵だと、思います……男性として」
言いながら、自分のどこにそんな勇気があったのかと驚く。VIP席で数杯飲んだシャンパンの効能だろうか。
「嬉しいね。ありがと」
と呟くと、大輝はゆっくりとグラスを傾けた。
「じゃあね、次の質問。……遊んでくれる? 俺と」
からかうつもりかと警戒した目を向けると、少しかしいだ二つの目が真摯にそれを受け止めた。
「あの、遊ぶって……」
「俺がいわゆる普通のお付き合いを求めてないのは知ってるよね?」
「ええ、まあ……」
「俺はね、いわゆる何股とかじゃなくて、基本的に緩ーくしておきたいのね、全てを」
「はあ……」
「はっきり言ってしまえば、不特定多数のセックスフレンドってのが理想なわけ」
悦子は、開いた口を塞ぐことをすっかり忘れ、目の前のグラスの中を上っていく泡を見つめた。そんな壮大な野望を持った人物と自分が二人きりで会話をしていることが、どこまでも異次元的に感じられた。しかも、それをこうもはっきりと宣言するとは……。悦子がふと見やると、気のせいか先ほどよりも黒さを増した瞳がこちらを見ていた。
「君に、その不特定多数の中の一人になってほしい」
普通なら後ろめたいはずの申し入れだが、そこは峰岸大輝。堂々たるものだ。
(不特定多数のセックスフレンド……)
悦子とて、大輝から繰り返し性対象としての興味を表明され、飲みにまで誘われた以上、自分がその候補であることは予想がついていたが、まさか正式に申し込まれるとは。返事をすべき場面なのだとようやく呑み込み、悦子はひとまず率直に感想を述べた。
「あの、そんな風に思っていただけることは、大変光栄なんですけど……」
誰かのセフレになる。それは道徳的に見れば望ましいとは言い難い。騙されてそうなったならまだしも、自分の意思でそんな立場を選ぶことには抵抗があった。母に、兄に、顔向けできない。何の取り柄もない娘であり妹であるが、悪事だけは働いたことがなかった。
「……けど?」
「ちょっと……想像がつかないっていうか……」
「なるほど。じゃあ少なくとも、即決で却下ってわけじゃないんだ」
そう言われて悦子はやっと自覚した。自分が迷っているのだと。セフレ関係をいつの間にか前向きに検討している自分を恥じる気持ちはあった。しかし、自分が誰かの最愛の人になることなどきっと一生ない。同世代の誰もがとっくに体験している性の世界を、遊びでいいから味わってみたいという気持ちが許されてもいいような気がし始めた。では、なぜひと思いに飛び込まないのか。悦子は自分の最後の迷いが何なのか、しばし追究した。
「あの……本当に本当なんですか? 私に……興味があるって」
大輝の口が「あ」の形に開き、数秒の間を経てそこから「あ」が発された。
「なんだ、まだその段階? それは前回解決したつもりだったんだけどな」
「あの、つまり、友達としての興味とかじゃなく……」
大輝は殊更にゆっくりと、言い含めるように言った。
「俺は君と、ぜひともセックスしたい」
悦子はくらくらしそうなほどの動揺を押し隠し、言葉を捻り出す。
「この間……言ってましたよね? 誰でもいいわけじゃないって」
「うん」
「信じられないんです。大輝さんが選ぶ中に、なんで私が入るんだろうって」
「なんでだと思う?」
「これまでの経験から言うと、私って、からかい甲斐があるみたいなんで……なんか、わざと持ち上げといて後で落とすみたいなあれかなって……」
「残念ながら、それはこれまでの経験がひどすぎるな」
その時、大輝の手が悦子の手を外側から包んだ。悦子は息を呑み、重なった手が緩いグーを結んでいくのを見つめた。それが単なる同情だろうと、偽りの優しさだろうと、こんな風にこの身に触れてくれる人が今までにあっただろうか。この手がもし……。悦子は唾を飲み込み、良からぬ妄想に走りそうな己の脳を叱りつけた。
と言われ、大輝の方へと顔を向ける。わずかにでも身動きすれば肩が触れ合う距離感だ。
「考えてくれた? あれから」
何の話かはすぐにわかった。先日与えられた宿題。大輝を、男として、どう思うか。否応なしに鼓動が速くなる。悦子はマスターに聞かれることを心配してカウンターの向こうに目をやったが、その姿はどこかへ消えていた。
「あの、素敵だと、思います……男性として」
言いながら、自分のどこにそんな勇気があったのかと驚く。VIP席で数杯飲んだシャンパンの効能だろうか。
「嬉しいね。ありがと」
と呟くと、大輝はゆっくりとグラスを傾けた。
「じゃあね、次の質問。……遊んでくれる? 俺と」
からかうつもりかと警戒した目を向けると、少しかしいだ二つの目が真摯にそれを受け止めた。
「あの、遊ぶって……」
「俺がいわゆる普通のお付き合いを求めてないのは知ってるよね?」
「ええ、まあ……」
「俺はね、いわゆる何股とかじゃなくて、基本的に緩ーくしておきたいのね、全てを」
「はあ……」
「はっきり言ってしまえば、不特定多数のセックスフレンドってのが理想なわけ」
悦子は、開いた口を塞ぐことをすっかり忘れ、目の前のグラスの中を上っていく泡を見つめた。そんな壮大な野望を持った人物と自分が二人きりで会話をしていることが、どこまでも異次元的に感じられた。しかも、それをこうもはっきりと宣言するとは……。悦子がふと見やると、気のせいか先ほどよりも黒さを増した瞳がこちらを見ていた。
「君に、その不特定多数の中の一人になってほしい」
普通なら後ろめたいはずの申し入れだが、そこは峰岸大輝。堂々たるものだ。
(不特定多数のセックスフレンド……)
悦子とて、大輝から繰り返し性対象としての興味を表明され、飲みにまで誘われた以上、自分がその候補であることは予想がついていたが、まさか正式に申し込まれるとは。返事をすべき場面なのだとようやく呑み込み、悦子はひとまず率直に感想を述べた。
「あの、そんな風に思っていただけることは、大変光栄なんですけど……」
誰かのセフレになる。それは道徳的に見れば望ましいとは言い難い。騙されてそうなったならまだしも、自分の意思でそんな立場を選ぶことには抵抗があった。母に、兄に、顔向けできない。何の取り柄もない娘であり妹であるが、悪事だけは働いたことがなかった。
「……けど?」
「ちょっと……想像がつかないっていうか……」
「なるほど。じゃあ少なくとも、即決で却下ってわけじゃないんだ」
そう言われて悦子はやっと自覚した。自分が迷っているのだと。セフレ関係をいつの間にか前向きに検討している自分を恥じる気持ちはあった。しかし、自分が誰かの最愛の人になることなどきっと一生ない。同世代の誰もがとっくに体験している性の世界を、遊びでいいから味わってみたいという気持ちが許されてもいいような気がし始めた。では、なぜひと思いに飛び込まないのか。悦子は自分の最後の迷いが何なのか、しばし追究した。
「あの……本当に本当なんですか? 私に……興味があるって」
大輝の口が「あ」の形に開き、数秒の間を経てそこから「あ」が発された。
「なんだ、まだその段階? それは前回解決したつもりだったんだけどな」
「あの、つまり、友達としての興味とかじゃなく……」
大輝は殊更にゆっくりと、言い含めるように言った。
「俺は君と、ぜひともセックスしたい」
悦子はくらくらしそうなほどの動揺を押し隠し、言葉を捻り出す。
「この間……言ってましたよね? 誰でもいいわけじゃないって」
「うん」
「信じられないんです。大輝さんが選ぶ中に、なんで私が入るんだろうって」
「なんでだと思う?」
「これまでの経験から言うと、私って、からかい甲斐があるみたいなんで……なんか、わざと持ち上げといて後で落とすみたいなあれかなって……」
「残念ながら、それはこれまでの経験がひどすぎるな」
その時、大輝の手が悦子の手を外側から包んだ。悦子は息を呑み、重なった手が緩いグーを結んでいくのを見つめた。それが単なる同情だろうと、偽りの優しさだろうと、こんな風にこの身に触れてくれる人が今までにあっただろうか。この手がもし……。悦子は唾を飲み込み、良からぬ妄想に走りそうな己の脳を叱りつけた。
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