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29 船
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今年の忘年会もちょうど日程が発表されたところだが、私はすでに欠席と伝えてある。行ったらいろいろ辛くなってしまいそうだったから、「大切な友人が上京してきてその日にしか会えないので」とかいう無敵の理由をでっち上げて回避したのだ。
数日後、夕食を終えたところに、和気さんからメールが来た。
<<今、お電話してもいいですか?>>
早速こちらから電話をかける。しかし、何の用だか見当がつかなかった。
「ヒデちゃん」
「何ですか、私のまね? さっきのメール」
「あ、わかった?」
「そりゃわかりますよ。で? 何か緊急事態ですか?」
「うん、実はね、なんか変な夢見ちゃってさ」
「変な?」
「船が沈む夢」
「……」
「そんなでかい船じゃないんだけどさ。タイタニックみたいに傾いて、海の中にスーって」
「めちゃくちゃ縁起悪いこと言ってますけど」
「だからちょっと心配になってさ。例のクルーズってやつ。どんな船なのかなあって」
「毎年やってんですから大丈夫ですよ。しかもクルーズったって、陸から見えてるすぐそこですよ。傾いた時点でソッコーレスキュー来ますから」
「ね、ウェブサイトとかあんの?」
「ありますけど……」
「ちょっと教えてよ。なんてやつ?」
「えっ……と、ちょっと待ってください。横浜のねえ……何だっけ。あーあったあった、リオ・ミルクール・カウントダウン・クルーズ二〇一八/十九」
「何? ミオ?」
「ミオじゃない。リオ。リオ、ミルクール。何のことかわかんないけど」
「オッケー、ちょっと後で見とく。いやあ、ほんと、写真でも見ればちょっと安心できるかなあと思って」
「大丈夫だってば」
今日の和気さんは、和気さんのくせにネガティブなことを言う。といっても、私はこの件に関してはもう心を決めていたし、そもそも日頃からさほど懸命に死ぬまいとしているわけではないから、沈んだら沈んだで別に悔いはない。クルーズもカナダも、生きなければいけない前提があっての選択であって、それらがあるから死ねないというほどのものではなかった。私が死んだら和気さんは悲しむだろうけれど、もっと辛い別れを経験してきているのだから、きっとすぐに乗り越えてくれる。
「電話って、そんなことのためにわざわざ?」
「いや、何かあってからじゃ遅いからさ。じゃ、そういうことで。おやすみー」
「あ、はい。おやすみなさい」
電話を切り、しばし空を見つめた。
和気さん、まさか行こうとしてくれてる……わけじゃないよね。そんなわけないもんね、大晦日だもん。だけど……。
和気さんの夏休みにまつわる、あの違和感。奥さんが東京に帰ってくることはあるのか。和気さんが大阪を訪れることはあるのか。夫婦仲は一体どうなっているのか。そして娘は? 去年の年末年始は、家族で過ごしたのだろうか?
その晩、私は夢を見た。和気さんが見た変な夢の話につられたのか何なのかわからないが、夢の中で私は船に乗っていた。ちょうど今度のクルーズ船ぐらいの大きさの。でも、他に乗客はいないし、スタッフのような人影も見当たらない。
誰もいなくて変だなとは思うものの、こんな年越しも素敵じゃないか。私一人での貸し切りクルーズ。なんて贅沢なんだろう。でも、隣に和気さんがいてくれたら、もっともっと素敵だったのに。
私はテーブルにあったシャンパンを、ぐいと飲み干す。味がしないけれど、泡が喉を刺激して心地よい。
「ヒデちゃん」
え……?
「和気さん」
タキシードでパリッと決めた和気さんが、そこにいた。ふと私自身の服装を見ると、ものすごくダサいパジャマだった。
「やだあ……」
和気さんはお構いなしに歩み寄ってきて、私をぎゅっと抱き締めた。
「和気さん……」
そういえば、こんな風に、まるで普通の恋人同士みたいにぎゅっとされたことって、現実にはなかったかも……。私は和気さんの首筋に顔をうずめて、ああ幸せだなあ、と呟く。でも、こんなに固く抱き合っているのに、私たちに未来がないことを、私は知っている。どこかに匿まわれたい、と心の底から願った。
「ヒデちゃん」
「和気さん」
「……飛び込んじゃおっか、海に」
えっ!?
見上げると、和気さんはいつも通りニコニコしていた。突然、船がガクンと揺れて……目が覚めた。
何、今の……。
和気さんの温度がまだ額に残っている気がして、思わず手をやった。切なくはあるけれど、それ以上に今見たものが奇妙すぎて、涙は出なかった。和気さんの夢も相当ネガティブだと思ったけれど、私もいい勝負かもしれない。
数日後、夕食を終えたところに、和気さんからメールが来た。
<<今、お電話してもいいですか?>>
早速こちらから電話をかける。しかし、何の用だか見当がつかなかった。
「ヒデちゃん」
「何ですか、私のまね? さっきのメール」
「あ、わかった?」
「そりゃわかりますよ。で? 何か緊急事態ですか?」
「うん、実はね、なんか変な夢見ちゃってさ」
「変な?」
「船が沈む夢」
「……」
「そんなでかい船じゃないんだけどさ。タイタニックみたいに傾いて、海の中にスーって」
「めちゃくちゃ縁起悪いこと言ってますけど」
「だからちょっと心配になってさ。例のクルーズってやつ。どんな船なのかなあって」
「毎年やってんですから大丈夫ですよ。しかもクルーズったって、陸から見えてるすぐそこですよ。傾いた時点でソッコーレスキュー来ますから」
「ね、ウェブサイトとかあんの?」
「ありますけど……」
「ちょっと教えてよ。なんてやつ?」
「えっ……と、ちょっと待ってください。横浜のねえ……何だっけ。あーあったあった、リオ・ミルクール・カウントダウン・クルーズ二〇一八/十九」
「何? ミオ?」
「ミオじゃない。リオ。リオ、ミルクール。何のことかわかんないけど」
「オッケー、ちょっと後で見とく。いやあ、ほんと、写真でも見ればちょっと安心できるかなあと思って」
「大丈夫だってば」
今日の和気さんは、和気さんのくせにネガティブなことを言う。といっても、私はこの件に関してはもう心を決めていたし、そもそも日頃からさほど懸命に死ぬまいとしているわけではないから、沈んだら沈んだで別に悔いはない。クルーズもカナダも、生きなければいけない前提があっての選択であって、それらがあるから死ねないというほどのものではなかった。私が死んだら和気さんは悲しむだろうけれど、もっと辛い別れを経験してきているのだから、きっとすぐに乗り越えてくれる。
「電話って、そんなことのためにわざわざ?」
「いや、何かあってからじゃ遅いからさ。じゃ、そういうことで。おやすみー」
「あ、はい。おやすみなさい」
電話を切り、しばし空を見つめた。
和気さん、まさか行こうとしてくれてる……わけじゃないよね。そんなわけないもんね、大晦日だもん。だけど……。
和気さんの夏休みにまつわる、あの違和感。奥さんが東京に帰ってくることはあるのか。和気さんが大阪を訪れることはあるのか。夫婦仲は一体どうなっているのか。そして娘は? 去年の年末年始は、家族で過ごしたのだろうか?
その晩、私は夢を見た。和気さんが見た変な夢の話につられたのか何なのかわからないが、夢の中で私は船に乗っていた。ちょうど今度のクルーズ船ぐらいの大きさの。でも、他に乗客はいないし、スタッフのような人影も見当たらない。
誰もいなくて変だなとは思うものの、こんな年越しも素敵じゃないか。私一人での貸し切りクルーズ。なんて贅沢なんだろう。でも、隣に和気さんがいてくれたら、もっともっと素敵だったのに。
私はテーブルにあったシャンパンを、ぐいと飲み干す。味がしないけれど、泡が喉を刺激して心地よい。
「ヒデちゃん」
え……?
「和気さん」
タキシードでパリッと決めた和気さんが、そこにいた。ふと私自身の服装を見ると、ものすごくダサいパジャマだった。
「やだあ……」
和気さんはお構いなしに歩み寄ってきて、私をぎゅっと抱き締めた。
「和気さん……」
そういえば、こんな風に、まるで普通の恋人同士みたいにぎゅっとされたことって、現実にはなかったかも……。私は和気さんの首筋に顔をうずめて、ああ幸せだなあ、と呟く。でも、こんなに固く抱き合っているのに、私たちに未来がないことを、私は知っている。どこかに匿まわれたい、と心の底から願った。
「ヒデちゃん」
「和気さん」
「……飛び込んじゃおっか、海に」
えっ!?
見上げると、和気さんはいつも通りニコニコしていた。突然、船がガクンと揺れて……目が覚めた。
何、今の……。
和気さんの温度がまだ額に残っている気がして、思わず手をやった。切なくはあるけれど、それ以上に今見たものが奇妙すぎて、涙は出なかった。和気さんの夢も相当ネガティブだと思ったけれど、私もいい勝負かもしれない。
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