出航、前夜

生津直

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17 レンタルルーム

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 しかし、この辺りはもう何度も二人で歩き回っているエリアだが、ラブホ街のイメージが全くなかった。このままではすぐ近くの帝国ホテルになってしまうんじゃないかとヒヤヒヤしたが、二人してスマホでググった結果、「レンタルルーム」という案が浮上する。

 名前からはちょっとした勉強部屋かオフィスみたいなものを想像してしまうが、ラブホ代わりにどうぞ、と堂々とうたっているものが多い。画像を見ると、普通に小綺麗こぎれいな部屋で、ベッドとシャワーが完備されている。狭いことは狭いけれど、やることをやって寝るだけなのだからこれで十分だ。

 料金を調べながら、その安さに私たちは大興奮した。二時間の休憩なら二人で四千円もしない。しかも、テレビに無料でアダルトチャンネルまで付いているという気前の良さ。「商売うまいなあ」と和気さんもしきりに感心している。

 実際、行ってみて嬉しかったのは、アメニティとして用意されているメイク落としや化粧水だ。朝家を出た時にはこんな予定はなかったから、持ってきていない。こういう配慮では、レンタルルームもラブホに負けていないことがわかった。

 和気さんがシャワーを浴びている間に、部屋の備品や館内案内の冊子を一通りチェックしておく。間もなく、「お先ー」と和気さんが出てきた。備え付けのガウン姿で、髪が濡れている。その姿に、思いがけずキュンとしてしまう。

 メイクを落として私もシャワーを浴び、和気さんとおそろいのガウン姿になる。出てきてみると、和気さんはベッドに寝そべってアダルトチャンネルを見ていた。

「好き? こういうの」

「いや……だって、ねぇ。無料って言われたら何となくさ」

「今どき、ネットでいくらでも見れますけども」

「いや、ああいうのなんかさ、知らない間に課金とか、ウイルスとか、怖くない?」

 和気さんがそういう事態を恐れるまともな感性を持っていることに安心すると同時に、私がたまに見ている安全なやつを教えてあげるべきかどうか迷い、とりあえず今日はやめておくことにした。

 画面の中の二人は、そろそろ佳境かきょうに入ろうとしている。

「あのね、和気さん」

「うん」

「私……持っ、てなくっ、て」

「え? 何を?」

 純粋な疑問文だった。その時点では。だが、視線を合わせようとしない私が何を持っていないのかに気付いてしまった和気さんは、ニコニコしながらそこをイジってきた。

「どしたの、ヒデちゃん。何がないって?」

 和気さんにこんな下劣げれつな趣味があったとは、驚きだ。

「コ……」

 この年になって今さら恥ずかしがるようなワードでもないのだが、和気さんの前では妙に照れてしまう。

「コッ……ここにあるかと思ってたら、フロントで販売してます、だって」

「何を?」

「コッ……コン・ドウムさん」

「さん」って何だよ、と自分で失笑。かたわらでは和気さんもお腹をよじっている。

「かわいいなぁ、ヒデちゃん。……持ってきたよ、買わなくても」

「あ、常備? な感じですか?」

「いや、そういうわけじゃないけど。まあなんか、予感というか」

「お気に入りなやつ?」

「まあ、まあ……かな。別にそんな詳しいわけじゃないから、結構テキトーだけど」

「あ、あとね、和気さん」

「うん」

「私、今日、下着があまりにもイケてなさすぎたので、先にちょっと、取り除かせてもらいました」

 だから、今はガウンオンリーだ。生唾なまつばでも飲んでくれるかと思えば、和気さんはモミアゲの辺りをポリポリ掻きながら呑気のんきに言う。

「ああ、そんなのいいのに。別にイケてないとか気にしなくって」

 目の前のテレビでは女優がアンアン言い出し、和気さんがまだそれに見入っているので、私はおとなしく隣に体育座りして待った。その場に至ってもなおがっつかない男というのは、私のセックス史の中では珍しくない。

 結局、区切りの良いところまでを全部見てしまった。短めに作られた作品で助かった。私はきっと、もう十分すぎるぐらい濡れている。

 服を着た別の女優が出てきて私たちにこびを売り始めたところで、和気さんはテレビを消した。枕に片手で頬杖ほおづえをつき、私の方を見上げる。和気さんのもう一方の手は、私の足首をさすり始めた。その手の熱が、「お待たせしました、スイッチ入りました」と訴えてくる。

 私は自分に男経験があることを一瞬忘れ、猛烈に脈拍を速めた。どうしたらいいのかわからなくなり、自分の膝を両手でんでいると、むくりと起き上がった和気さんにふわっと抱き締められた。

 あ……。

 私はごく自然に和気さんの体を抱き返した。耳元で「和気さん」と呼んでみると、それが合図だったかのように、和気さんはキスに突入した。やっぱり外側をしっかり吸ってから侵入してきて、その後は一点ずつをチロチロと熱心に舐めた。

 そうしながら私をやんわりと押し倒したことだけが、新しかった。
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