爆弾拾いがついた嘘

生津直

文字の大きさ
上 下
118 / 118
第4章 命賭す者

114 二人(最終話)

しおりを挟む
 身支度を整えた一希は、部屋を出て玄関に向かう。庭のイチョウもだいぶ染まった。作業服もそろそろ中綿入りの冬物に衣替えが必要だ。

 普段は前日には工具類を用意しておくのだが、今日は実際使う予定がないものだからすっかり忘れていた。出がけに玄関先で一応ひと通り道具を揃えていると、背後から夫が声をかける。

「なあ、晩飯、鶏鍋とりなべでいいか?」

 一希は内心苦笑する。考えるのが面倒だと大抵これに落ち着くのだ。微妙な味付けにまだ自信がない夫は、出汁だしだけで何とかなる鍋料理を冬場の特権だと思っている節があった。

「うん、いいね。あったまるし。材料あったっけ?」

「どうせ出るから買ってくる。お前は今日は麻戸あさどだったな」

「うん」

 努めて何食わぬ顔を維持する。壁に貼ってある一希の予定表には、麻戸で探査、と書いてあった。麻戸市に行くこと自体は嘘ではない。

 夫がカレンダーを眺めて呟く。

「来週以降は今んとこすっきりしてるみたいだな」

「うん。でも、ここんとこ忙しかったから、ちょうどいいかも。ちょっと小休止」

「なるほど。それはいい心がけだ」

 微熱が続いていて時々目まいもするなどと言おうものなら、心配もされるだろうし、また変に期待を持たせてしまうかもしれない。夫に気付かれないうちに病院に行きたくて、今日の予定として探査をでっち上げたのだ。心の中で、ごめんね、と呟く。

 中に普段着を着ておいて、車の中で作業服を脱げば変身完了、という算段だ。さすがにこのオレンジ色で院内をうろつくわけにはいかない。内科や外科ならまだしも……。

 廊下を戻っていく後ろ姿を一希も最後までは見届けず、外へ出た。お互い大体の居場所ぐらいは知っておきたい。でも、いちいち特別な見送りはしない。

 いつ何時命を落とすか知れないのは、別に不発弾処理士に限ったことではない、というのが二人の共通の見解だ。毎度別れを惜しんだからといって、助かる確率が上がるわけでもない。おのれの五感を、師が与えてくれた知識と技術を、信じるだけ。

 荷物を積み終え、運転席に座る。エンジンをかけながら、何となく予感のある下腹にそっと手を触れた。と、そのわずかに上、おへその位置にあるボタンが存在を主張する。目に見えて他よりも大きいのが微笑ましいやらおかしいやら。しかし今日は何だか頼もしくも見える。

 縁起をかつぐようなことはやめておけという師匠の教えを忠実に守り、作業服は機械的に手前から順に使っている。だからこの一着も全く平等な頻度で回ってくるはずなのに、今日という日を知ってでもいるかのようにこうしてお出ましになるから不思議だ。夫の自信作の鶏鍋を前に、いい報告ができればいいが。

 車の窓から吹き込む風は、秋の気配に満ちている。一希はいつも通り安全運転を誓い、晴れやかな気持ちでアクセルを踏んだ。

                                    (了)
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(1件)

くわっと
2019.04.10 くわっと

爆弾拾いという単語が気になって読みに参りました。
不発弾処理士の話は初めてだったので、内容がとても新鮮でした。
また、背景や必要知識の説明がと丁寧だったので非常に読みやすかったです。
更新、楽しみにしてます!

併せて、私も小説をいくつか書いております。
時間のあるときに読んでいただければ幸いです。

生津直
2019.04.10 生津直

くわっと様、ご感想どうもありがとうございます!
タイトルに効果があったようで、嬉しいです。
説明は極力くどくないようにと苦心しましたので、読みやすかったと言っていただけてほっとしております。

続きもどうぞお楽しみに☆

『僕の教室のトモダチ』、めっちゃ気になります。読ませていただきますね!

解除

あなたにおすすめの小説

こちら第二編集部!

月芝
児童書・童話
かつては全国でも有数の生徒数を誇ったマンモス小学校も、 いまや少子化の波に押されて、かつての勢いはない。 生徒数も全盛期の三分の一にまで減ってしまった。 そんな小学校には、ふたつの校内新聞がある。 第一編集部が発行している「パンダ通信」 第二編集部が発行している「エリマキトカゲ通信」 片やカジュアルでおしゃれで今時のトレンドにも敏感にて、 主に女生徒たちから絶大な支持をえている。 片や手堅い紙面造りが仇となり、保護者らと一部のマニアには 熱烈に支持されているものの、もはや風前の灯……。 編集部の規模、人員、発行部数も人気も雲泥の差にて、このままでは廃刊もありうる。 この危機的状況を打破すべく、第二編集部は起死回生の企画を立ち上げた。 それは―― 廃刊の危機を回避すべく、立ち上がった弱小第二編集部の面々。 これは企画を押しつけ……げふんげふん、もといまかされた女子部員たちが、 取材絡みでちょっと不思議なことを体験する物語である。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

龍皇伝説  壱の章 龍の目覚め

KASSATSU
現代文学
多くの空手家から尊敬を込めて「龍皇」と呼ばれる久米颯玄。幼いころから祖父の下で空手修行に入り、成人するまでの修行の様子を描く。 その中で過日の沖縄で行なわれていた「掛け試し」と呼ばれる実戦試合にも参加。若くしてそこで頭角を表し、生涯の相手、サキと出会う。強豪との戦い、出稽古で技の幅を広げ、やがて本土に武者修行を決意する。本章はそこで終わる。第2章では本土での修行の様子、第3章は進駐軍への空手指導をきっかけに世界普及する様子を独特の筆致で紹介する。(※第2章以降の公開は読者の方の興味の動向によって決めたいと思います) この話は実在するある拳聖がモデルで、日本本土への空手普及に貢献した稀有なエピソードを参考にしており、戦いのシーンの描写も丁寧に描いている。

スルドの声(反響) segunda rezar

桜のはなびら
現代文学
恵まれた能力と資質をフル活用し、望まれた在り方を、望むように実現してきた彼女。 長子としての在り方を求められれば、理想の姉として振る舞った。 客観的な評価は充分。 しかし彼女自身がまだ満足していなかった。 周囲の望み以上に、妹を守りたいと望む彼女。彼女にとって、理想の姉とはそういう者であった。 理想の姉が守るべき妹が、ある日スルドと出会う。 姉として、見過ごすことなどできようもなかった。 ※当作品は単体でも成立するように書いていますが、スルドの声(交響) primeira desejo の裏としての性質を持っています。 各話のタイトルに(LINK:primeira desejo〇〇)とあるものは、スルドの声(交響) primeira desejoの○○話とリンクしています。 表紙はaiで作成しています

拝啓、私の生きる修羅の国

蒼キるり
ライト文芸
昔、転校していった友達に手紙を書いていたが、成長するにつれ返事は返って来ないようになった。そんなことを恋人に話すと、なぜ返事が来なくなったかに気づいてゆく。

地味系秘書と氷の副社長は今日も仲良くバトルしてます!

めーぷる
恋愛
 見た目はどこにでもいそうな地味系女子の小鳥風音(おどりかざね)が、ようやく就職した会社で何故か社長秘書に大抜擢されてしまう。  秘書検定も持っていない自分がどうしてそんなことに……。  呼び出された社長室では、明るいイケメンチャラ男な御曹司の社長と、ニコリともしない銀縁眼鏡の副社長が風音を待ち構えていた――  地味系女子が色々巻き込まれながら、イケメンと美形とぶつかって仲良くなっていく王道ラブコメなお話になっていく予定です。  ちょっとだけ三角関係もあるかも? ・表紙はかんたん表紙メーカーで作成しています。 ・毎日11時に投稿予定です。 ・勢いで書いてます。誤字脱字等チェックしてますが、不備があるかもしれません。 ・公開済のお話も加筆訂正する場合があります。

婚約破棄され毒杯処分された悪役令嬢は影から王子の愛と後悔を見届ける

堀 和三盆
恋愛
「クアリフィカ・アートルム公爵令嬢! 貴様との婚約は破棄する」  王太子との結婚を半年後に控え、卒業パーティーで婚約を破棄されてしまったクアリフィカ。目の前でクアリフィカの婚約者に寄り添い、歪んだ嗤いを浮かべているのは異母妹のルシクラージュだ。  クアリフィカは既に王妃教育を終えているため、このタイミングでの婚約破棄は未来を奪われるも同然。こうなるとクアリフィカにとれる選択肢は多くない。  せめてこれまで努力してきた王妃教育の成果を見てもらいたくて。  キレイな姿を婚約者の記憶にとどめてほしくて。  クアリフィカは荒れ狂う感情をしっかりと覆い隠し、この場で最後の公務に臨む。  卒業パーティー会場に響き渡る悲鳴。  目にした惨状にバタバタと倒れるパーティー参加者達。  淑女の鑑とまで言われたクアリフィカの最期の姿は、良くも悪くも多くの者の記憶に刻まれることになる。  そうして――王太子とルシクラージュの、後悔と懺悔の日々が始まった。

妾に恋をした

はなまる
恋愛
 ミーシャは22歳の子爵令嬢。でも結婚歴がある。夫との結婚生活は半年。おまけに相手は子持ちの再婚。  そして前妻を愛するあまり不能だった。実家に出戻って来たミーシャは再婚も考えたが何しろ子爵領は超貧乏、それに弟と妹の学費もかさむ。ある日妾の応募を目にしてこれだと思ってしまう。  早速面接に行って経験者だと思われて採用決定。  実際は純潔の乙女なのだがそこは何とかなるだろうと。  だが実際のお相手ネイトは妻とうまくいっておらずその日のうちに純潔を散らされる。ネイトはそれを知って狼狽える。そしてミーシャに好意を寄せてしまい話はおかしな方向に動き始める。  ミーシャは無事ミッションを成せるのか?  それとも玉砕されて追い出されるのか?  ネイトの恋心はどうなってしまうのか?  カオスなガストン侯爵家は一体どうなるのか?  

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。