112 / 118
第4章 命賭す者
108 足
しおりを挟む
新藤はスリッパを床に落とし、おもむろに靴下をはぎ取った。右足が露わになる。と、思いきや……。
(何、これ?)
新藤の右足があるはずの位置に、不自然に白っぽい塊。
一希は何を目にしているのかわからぬまま、ただ食い入るように見つめていた。足首から下の部分が、およそ皮膚ではない、つるんとした人工物だ。
「初めまして、だな」
その人工的な足の指がもしょもしょと動く。爪もないし、指の形をしているだけの樹脂のようなものだが、動きだけ見れば新藤の足として違和感はない。
(どういうこと!?)
一希は手品でも見ているような思いで、目をぱちくりさせるばかりだ。
「俺の右足は記憶の限りずっと義足だったが、十九の時からこいつの世話になり始めて、日常生活にはほとんど困らなくなった」
「自分で動かせるってことですか?」
「ああ。筋肉が発する微量の電気を動きに変えるってことらしいんだが、よくわからんまま練習してるうちに驚くほど自然になっちまってな」
自然だからこそ、同じ家に住んでいてすら何の疑問も抱かなかったのだ。
「言うまでもないが、スムの技術だ。親父が得意の裏ルートで大枚はたいて手に入れた。だからそうそうひけらかすわけにはいかん。まあ菊さんとこの連中はもちろん知ってるし、旧式の義足時代を知ってるガキの頃の知り合いに今会えばバレるんだがな。幸い今のところ、通報されたことはない」
「ちょっと触っても……?」
新藤がひょいと白い右足を持ち上げる。そっと触れてみると、柔らかい樹脂の向こう側に硬い骨格らしきものが感じられた。
「触られてる感覚っていうのは、ないわけですよね?」
「まあ圧力とか振動は脛に伝わるからわかることはわかるが、皮膚感覚はゼロだな」
ふと、スリッパを履いた新藤の左足が目に入る。本当に触れてみたいのは左足の方だなんてことは言えない。言ってはいけない。
「俺の母親はスムの女で出産の時に死んで、結婚には周りが反対したから籍は入れてなくて、結婚してなかったから写真もなくて、俺の足は生後間もない頃に悪い菌が入ったから切らざるを得なかった。……親父からはそう聞かされてた。でも、全部作り話だったわけだ」
菊乃の子供たちの認識は、その作り話で止まっているのだろう。
「ある時、俺の出自を徹底的に洗い出そうとする相手が現れてな。二十代も後半に入ってからの話だが」
一希は密かに鼓動を速めていた。菊乃が言っていた新藤の婚約破棄の件だとすれば辻褄が合う。
「足のことは親父から聞いた通りを話したんだが、本当はそこに三日月があったのを切ったんじゃないかと疑われた。でも、親父自身は五体満足だが、どこにも三日月はない。そう言ったら、縁戚戸録を見せろってことになった」
一希は思わず身構える。
「自分の戸録なんてそうそう見る機会ないからな。その時に初めて役所で手に入れたんだ。唯一家族として登録されてたのが親父で、親父には配偶者の記録は一度もなし。まあ、そこまでは想定内だが、俺は出生じゃなく転入してきたことになってる」
「転入……」
それだけですか、と聞きたくなる一希の胸中を、新藤は察していた。
「例の米印はなかった」
純血のスム族であることを示す米印。たった一枚の紙切れが告げるにはあまりに重すぎる情報だが、新藤の場合は、それがなかったからといって手放しで喜べる状況ではなかっただろう。
(何、これ?)
新藤の右足があるはずの位置に、不自然に白っぽい塊。
一希は何を目にしているのかわからぬまま、ただ食い入るように見つめていた。足首から下の部分が、およそ皮膚ではない、つるんとした人工物だ。
「初めまして、だな」
その人工的な足の指がもしょもしょと動く。爪もないし、指の形をしているだけの樹脂のようなものだが、動きだけ見れば新藤の足として違和感はない。
(どういうこと!?)
一希は手品でも見ているような思いで、目をぱちくりさせるばかりだ。
「俺の右足は記憶の限りずっと義足だったが、十九の時からこいつの世話になり始めて、日常生活にはほとんど困らなくなった」
「自分で動かせるってことですか?」
「ああ。筋肉が発する微量の電気を動きに変えるってことらしいんだが、よくわからんまま練習してるうちに驚くほど自然になっちまってな」
自然だからこそ、同じ家に住んでいてすら何の疑問も抱かなかったのだ。
「言うまでもないが、スムの技術だ。親父が得意の裏ルートで大枚はたいて手に入れた。だからそうそうひけらかすわけにはいかん。まあ菊さんとこの連中はもちろん知ってるし、旧式の義足時代を知ってるガキの頃の知り合いに今会えばバレるんだがな。幸い今のところ、通報されたことはない」
「ちょっと触っても……?」
新藤がひょいと白い右足を持ち上げる。そっと触れてみると、柔らかい樹脂の向こう側に硬い骨格らしきものが感じられた。
「触られてる感覚っていうのは、ないわけですよね?」
「まあ圧力とか振動は脛に伝わるからわかることはわかるが、皮膚感覚はゼロだな」
ふと、スリッパを履いた新藤の左足が目に入る。本当に触れてみたいのは左足の方だなんてことは言えない。言ってはいけない。
「俺の母親はスムの女で出産の時に死んで、結婚には周りが反対したから籍は入れてなくて、結婚してなかったから写真もなくて、俺の足は生後間もない頃に悪い菌が入ったから切らざるを得なかった。……親父からはそう聞かされてた。でも、全部作り話だったわけだ」
菊乃の子供たちの認識は、その作り話で止まっているのだろう。
「ある時、俺の出自を徹底的に洗い出そうとする相手が現れてな。二十代も後半に入ってからの話だが」
一希は密かに鼓動を速めていた。菊乃が言っていた新藤の婚約破棄の件だとすれば辻褄が合う。
「足のことは親父から聞いた通りを話したんだが、本当はそこに三日月があったのを切ったんじゃないかと疑われた。でも、親父自身は五体満足だが、どこにも三日月はない。そう言ったら、縁戚戸録を見せろってことになった」
一希は思わず身構える。
「自分の戸録なんてそうそう見る機会ないからな。その時に初めて役所で手に入れたんだ。唯一家族として登録されてたのが親父で、親父には配偶者の記録は一度もなし。まあ、そこまでは想定内だが、俺は出生じゃなく転入してきたことになってる」
「転入……」
それだけですか、と聞きたくなる一希の胸中を、新藤は察していた。
「例の米印はなかった」
純血のスム族であることを示す米印。たった一枚の紙切れが告げるにはあまりに重すぎる情報だが、新藤の場合は、それがなかったからといって手放しで喜べる状況ではなかっただろう。
0
お気に入りに追加
17
あなたにおすすめの小説
私の入る余地なんてないことはわかってる。だけど……。
さくしゃ
恋愛
キャロルは知っていた。
許嫁であるリオンと、親友のサンが互いを想い合っていることを。
幼い頃からずっと想ってきたリオン、失いたくない大切な親友であるサン。キャロルは苦悩の末に、リオンへの想いを封じ、身を引くと決めていた——はずだった。
(ああ、もう、)
やり過ごせると思ってた。でも、そんなことを言われたら。
(ずるいよ……)
リオンはサンのことだけを見ていると思っていた。けれど——違った。
こんな私なんかのことを。
友情と恋情の狭間で揺れ動くキャロル、リオン、サンの想い。
彼らが最後に選ぶ答えとは——?
⚠️好みが非常に分かれる作品となっております。
記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話
甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。
王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。
その時、王子の元に一通の手紙が届いた。
そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。
王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
【約束の還る海】――性という枷。外れ者たちは、ただ一人の理解者を求め合う。
天満悠月
ファンタジー
受け容れたい。赦したい。自分自身を生きるために。
※前編のみ公開中
●読者による紹介文
美しい創作神話と、人間ドラマの世界へ旅立て。
これぞ「令和のファンタジー」。今こそ評価されるとき。
現代の若者に向けた幻想文芸。自分は何者か、どう生きればよいのか。過去と現在に向き合いながら成長する青年たちとその絆を、壮大な世界観を背景に描いた傑作。
●あらすじ
海で拾われ考古学者の息子として育った青年レナートは、発掘調査の帰りに海を漂流する美貌の若者を救出する。身分を明かしたがらない若者に、レナートは幼少の頃より惹かれてやまない雷神の名、『リオン』を充てがった。リオンは、次第に心を開き始める。
しかし、太古に滅びたはずの文明が、レナートを呼び続けていた。彼の命のみを求める、古代の遺物。やがて蘇った人類に対する嫌悪感が、快活だったレナートを襲った。
魂に刻まれた遥か遠い記憶と約束。生まれてきた意味。生かされた意味。出会い、別れる意味。自分は何者か。
かれらが発見する自己の姿と、受容のための物語。
【登場人物】
◇本編より
レナート:明朗快活な青年。幼少期の記憶が所々脱落している。
リオン:海を漂流しているところをレナートらによって救けられた、中性的な美貌の若者。
マリア:レナートの義理の姉。年が離れているため、母親代わりでもあった。大衆食堂を営んでいる。
セルジオ:レナートを拾い育てた、考古学者。メリウス王の足跡を探している。
ディラン:セルジオが率いるチームの一員。レナートの兄貴分。
アンドレーア・アルベルティーニ:若きメレーの神官。
テオドーロ・アルベルティーニ:メレーの神官長。セルジオの旧友。
◇メレーの子より
メリウス:賢神メレーと神官アンドローレスとの間に生まれた半神半人。最初の王。
ピトゥレー:荒ぶる神とされる海神。
リヨン:雷神。
アウラ:リヨンの子である半神半人。メリウスの妻。
ヴァイタス:メリウスの後に誕生した、武力の王。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
ことりの上手ななかせかた
森原すみれ@薬膳おおかみ①②③刊行
恋愛
堀井小鳥は、気弱で男の人が苦手なちびっ子OL。
しかし、ひょんなことから社内の「女神」と名高い沙羅慧人(しかし男)と顔見知りになってしまう。
それだけでも恐れ多いのに、あろうことか沙羅は小鳥を気に入ってしまったみたいで――!?
「女神様といち庶民の私に、一体何が起こるっていうんですか……!」
「ずっと聴いていたいんです。小鳥さんの歌声を」
小動物系OL×爽やか美青年のじれじれ甘いオフィスラブ。
※エブリスタ、小説家になろうに同作掲載しております
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる