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第4章 命賭す者
108 足
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新藤はスリッパを床に落とし、おもむろに靴下をはぎ取った。右足が露わになる。と、思いきや……。
(何、これ?)
新藤の右足があるはずの位置に、不自然に白っぽい塊。
一希は何を目にしているのかわからぬまま、ただ食い入るように見つめていた。足首から下の部分が、およそ皮膚ではない、つるんとした人工物だ。
「初めまして、だな」
その人工的な足の指がもしょもしょと動く。爪もないし、指の形をしているだけの樹脂のようなものだが、動きだけ見れば新藤の足として違和感はない。
(どういうこと!?)
一希は手品でも見ているような思いで、目をぱちくりさせるばかりだ。
「俺の右足は記憶の限りずっと義足だったが、十九の時からこいつの世話になり始めて、日常生活にはほとんど困らなくなった」
「自分で動かせるってことですか?」
「ああ。筋肉が発する微量の電気を動きに変えるってことらしいんだが、よくわからんまま練習してるうちに驚くほど自然になっちまってな」
自然だからこそ、同じ家に住んでいてすら何の疑問も抱かなかったのだ。
「言うまでもないが、スムの技術だ。親父が得意の裏ルートで大枚はたいて手に入れた。だからそうそうひけらかすわけにはいかん。まあ菊さんとこの連中はもちろん知ってるし、旧式の義足時代を知ってるガキの頃の知り合いに今会えばバレるんだがな。幸い今のところ、通報されたことはない」
「ちょっと触っても……?」
新藤がひょいと白い右足を持ち上げる。そっと触れてみると、柔らかい樹脂の向こう側に硬い骨格らしきものが感じられた。
「触られてる感覚っていうのは、ないわけですよね?」
「まあ圧力とか振動は脛に伝わるからわかることはわかるが、皮膚感覚はゼロだな」
ふと、スリッパを履いた新藤の左足が目に入る。本当に触れてみたいのは左足の方だなんてことは言えない。言ってはいけない。
「俺の母親はスムの女で出産の時に死んで、結婚には周りが反対したから籍は入れてなくて、結婚してなかったから写真もなくて、俺の足は生後間もない頃に悪い菌が入ったから切らざるを得なかった。……親父からはそう聞かされてた。でも、全部作り話だったわけだ」
菊乃の子供たちの認識は、その作り話で止まっているのだろう。
「ある時、俺の出自を徹底的に洗い出そうとする相手が現れてな。二十代も後半に入ってからの話だが」
一希は密かに鼓動を速めていた。菊乃が言っていた新藤の婚約破棄の件だとすれば辻褄が合う。
「足のことは親父から聞いた通りを話したんだが、本当はそこに三日月があったのを切ったんじゃないかと疑われた。でも、親父自身は五体満足だが、どこにも三日月はない。そう言ったら、縁戚戸録を見せろってことになった」
一希は思わず身構える。
「自分の戸録なんてそうそう見る機会ないからな。その時に初めて役所で手に入れたんだ。唯一家族として登録されてたのが親父で、親父には配偶者の記録は一度もなし。まあ、そこまでは想定内だが、俺は出生じゃなく転入してきたことになってる」
「転入……」
それだけですか、と聞きたくなる一希の胸中を、新藤は察していた。
「例の米印はなかった」
純血のスム族であることを示す米印。たった一枚の紙切れが告げるにはあまりに重すぎる情報だが、新藤の場合は、それがなかったからといって手放しで喜べる状況ではなかっただろう。
(何、これ?)
新藤の右足があるはずの位置に、不自然に白っぽい塊。
一希は何を目にしているのかわからぬまま、ただ食い入るように見つめていた。足首から下の部分が、およそ皮膚ではない、つるんとした人工物だ。
「初めまして、だな」
その人工的な足の指がもしょもしょと動く。爪もないし、指の形をしているだけの樹脂のようなものだが、動きだけ見れば新藤の足として違和感はない。
(どういうこと!?)
一希は手品でも見ているような思いで、目をぱちくりさせるばかりだ。
「俺の右足は記憶の限りずっと義足だったが、十九の時からこいつの世話になり始めて、日常生活にはほとんど困らなくなった」
「自分で動かせるってことですか?」
「ああ。筋肉が発する微量の電気を動きに変えるってことらしいんだが、よくわからんまま練習してるうちに驚くほど自然になっちまってな」
自然だからこそ、同じ家に住んでいてすら何の疑問も抱かなかったのだ。
「言うまでもないが、スムの技術だ。親父が得意の裏ルートで大枚はたいて手に入れた。だからそうそうひけらかすわけにはいかん。まあ菊さんとこの連中はもちろん知ってるし、旧式の義足時代を知ってるガキの頃の知り合いに今会えばバレるんだがな。幸い今のところ、通報されたことはない」
「ちょっと触っても……?」
新藤がひょいと白い右足を持ち上げる。そっと触れてみると、柔らかい樹脂の向こう側に硬い骨格らしきものが感じられた。
「触られてる感覚っていうのは、ないわけですよね?」
「まあ圧力とか振動は脛に伝わるからわかることはわかるが、皮膚感覚はゼロだな」
ふと、スリッパを履いた新藤の左足が目に入る。本当に触れてみたいのは左足の方だなんてことは言えない。言ってはいけない。
「俺の母親はスムの女で出産の時に死んで、結婚には周りが反対したから籍は入れてなくて、結婚してなかったから写真もなくて、俺の足は生後間もない頃に悪い菌が入ったから切らざるを得なかった。……親父からはそう聞かされてた。でも、全部作り話だったわけだ」
菊乃の子供たちの認識は、その作り話で止まっているのだろう。
「ある時、俺の出自を徹底的に洗い出そうとする相手が現れてな。二十代も後半に入ってからの話だが」
一希は密かに鼓動を速めていた。菊乃が言っていた新藤の婚約破棄の件だとすれば辻褄が合う。
「足のことは親父から聞いた通りを話したんだが、本当はそこに三日月があったのを切ったんじゃないかと疑われた。でも、親父自身は五体満足だが、どこにも三日月はない。そう言ったら、縁戚戸録を見せろってことになった」
一希は思わず身構える。
「自分の戸録なんてそうそう見る機会ないからな。その時に初めて役所で手に入れたんだ。唯一家族として登録されてたのが親父で、親父には配偶者の記録は一度もなし。まあ、そこまでは想定内だが、俺は出生じゃなく転入してきたことになってる」
「転入……」
それだけですか、と聞きたくなる一希の胸中を、新藤は察していた。
「例の米印はなかった」
純血のスム族であることを示す米印。たった一枚の紙切れが告げるにはあまりに重すぎる情報だが、新藤の場合は、それがなかったからといって手放しで喜べる状況ではなかっただろう。
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