110 / 118
第4章 命賭す者
106 賛辞
しおりを挟む
その翌日、一希がベッドの上に起き上がって病院食のみかんを剥いていると、無精髭が伸び放題の新藤がようやく病室に姿を現した。
「先生、お怪我は……」
「ああ、俺は何ともない。どうだ? 足は痛むか?」
「今は……時々疼く感じはありますけど、痛み止めのお陰で何とか」
「そうか……見舞いが遅くなってすまん。警察の事情聴取に捕まってたもんでな」
「警察?」
「まあ、いずれお前にもバレる話だから先に言っとくが、未認可の技術を勝手に使ったのが引っかかった」
一希にはぴんと来ない。
「鳶代での研究の成果でな。爆弾を瞬時に凍らせて、一時的に鎮静化できる魔法の液体だ」
一希は思わず苦笑する。この二年間そんなことをやっていたのか。てっきり爆弾とは無縁の世界に行ってしまったのかと思っていた。
「着いてすぐにそれをぶっかけたんだが、持ち出せる量に限りがあったもんでな。多少時間を稼ぐのがやっとだった。いずれにしても公式にはまだ試験段階だから、現場で使うのは一応まずいってことでお咎めに遭ったわけだ」
まずいと知りながら迷わず決行したのであろうことは、聞かなくてもわかる。
「先生……またお会いできるなんて……」
二年前よりもだいぶ頬のこけた新藤は、少し照れたように目を逸らして言った。
「これでわかったろ」
「え?」
「しつこい警察を説得してくれる陸軍幹部の友達ぐらいは持っといた方がいいってことだ」
冗談のつもりなのか、本気なのか。
「それと、いざって時にヘリを飛ばしてくれる友達もな」
処理士の中でもそんな人脈を持っているのは新藤ぐらいのものだろう。父、隆之介に連れられ、それこそ物心つく前から基地に出入りしていたのだろうし、新藤本人の技術力は埜岩にとって必要不可欠な資源でもある。
「おかしいと思いましたよ。道路から何から大混乱してたでしょうに、鳶代からあの速さで……」
「地震速報を見て埜岩に電話したら、一番危ないやつにお前が向かってると言われてな。百キロも離れたとこでそんな話を聞かされちゃ、ヘリでも飛ばすしかないだろ」
「すみません。卒業してからまで、とんだ迷惑かけて……先生まで巻き込んでこんな危険な目に……」
「お前のせいじゃない。俺が勝手にやったことだ。それに……お前は正しい判断をして、素早く行動した。余震の隙を縫って爆破処理。何も間違っちゃいない」
(先生……)
「埜岩の連中も全員無傷だ。お前の救援に向かおうとしたら拒まれかけた挙げ句に泣かれたと、ショックを受けてたぞ。軍員が民間人を置いて逃げるわけないだろが」
「でも……」
「奴らだって仕事なんだ。いくらでも使えばいい」
「なんか最後の方、随分たくさんいらしてたみたいで……」
「呼び方一つで数倍に増える。そういう組織なんだ、あそこは」
一体どんな呼び方をしたのか。脅しでもかけたのではないかと心配になる。
「よくやったな、冴島」
思いがけない、しかもこれまでにないほどストレートな褒め言葉に、得も言われぬ感慨が胸を満たす。
「しかし、あんなおっそろしい点火は金輪際御免だぞ」
「はい……本当に、ありがとうございました」
爆弾のすぐそばに元教え子を埋めて、自ら導火線に火を点ける。およそ正気の沙汰ではない。
一希はこの三日間考え続けていた。私だったら果たしてできただろうか、と。
あの状況で、人命を百パーセント保証する術などなかった。転向の計算がたとえ完璧でも、それはあくまで理論上の話。投下から数十年を経た爆弾のご機嫌など把握しようがないし、さらに余震という不確定要素もあった。
新藤は極めて危険な賭けに出たにすぎない。一希ただ一人のために。
「先生、お怪我は……」
「ああ、俺は何ともない。どうだ? 足は痛むか?」
「今は……時々疼く感じはありますけど、痛み止めのお陰で何とか」
「そうか……見舞いが遅くなってすまん。警察の事情聴取に捕まってたもんでな」
「警察?」
「まあ、いずれお前にもバレる話だから先に言っとくが、未認可の技術を勝手に使ったのが引っかかった」
一希にはぴんと来ない。
「鳶代での研究の成果でな。爆弾を瞬時に凍らせて、一時的に鎮静化できる魔法の液体だ」
一希は思わず苦笑する。この二年間そんなことをやっていたのか。てっきり爆弾とは無縁の世界に行ってしまったのかと思っていた。
「着いてすぐにそれをぶっかけたんだが、持ち出せる量に限りがあったもんでな。多少時間を稼ぐのがやっとだった。いずれにしても公式にはまだ試験段階だから、現場で使うのは一応まずいってことでお咎めに遭ったわけだ」
まずいと知りながら迷わず決行したのであろうことは、聞かなくてもわかる。
「先生……またお会いできるなんて……」
二年前よりもだいぶ頬のこけた新藤は、少し照れたように目を逸らして言った。
「これでわかったろ」
「え?」
「しつこい警察を説得してくれる陸軍幹部の友達ぐらいは持っといた方がいいってことだ」
冗談のつもりなのか、本気なのか。
「それと、いざって時にヘリを飛ばしてくれる友達もな」
処理士の中でもそんな人脈を持っているのは新藤ぐらいのものだろう。父、隆之介に連れられ、それこそ物心つく前から基地に出入りしていたのだろうし、新藤本人の技術力は埜岩にとって必要不可欠な資源でもある。
「おかしいと思いましたよ。道路から何から大混乱してたでしょうに、鳶代からあの速さで……」
「地震速報を見て埜岩に電話したら、一番危ないやつにお前が向かってると言われてな。百キロも離れたとこでそんな話を聞かされちゃ、ヘリでも飛ばすしかないだろ」
「すみません。卒業してからまで、とんだ迷惑かけて……先生まで巻き込んでこんな危険な目に……」
「お前のせいじゃない。俺が勝手にやったことだ。それに……お前は正しい判断をして、素早く行動した。余震の隙を縫って爆破処理。何も間違っちゃいない」
(先生……)
「埜岩の連中も全員無傷だ。お前の救援に向かおうとしたら拒まれかけた挙げ句に泣かれたと、ショックを受けてたぞ。軍員が民間人を置いて逃げるわけないだろが」
「でも……」
「奴らだって仕事なんだ。いくらでも使えばいい」
「なんか最後の方、随分たくさんいらしてたみたいで……」
「呼び方一つで数倍に増える。そういう組織なんだ、あそこは」
一体どんな呼び方をしたのか。脅しでもかけたのではないかと心配になる。
「よくやったな、冴島」
思いがけない、しかもこれまでにないほどストレートな褒め言葉に、得も言われぬ感慨が胸を満たす。
「しかし、あんなおっそろしい点火は金輪際御免だぞ」
「はい……本当に、ありがとうございました」
爆弾のすぐそばに元教え子を埋めて、自ら導火線に火を点ける。およそ正気の沙汰ではない。
一希はこの三日間考え続けていた。私だったら果たしてできただろうか、と。
あの状況で、人命を百パーセント保証する術などなかった。転向の計算がたとえ完璧でも、それはあくまで理論上の話。投下から数十年を経た爆弾のご機嫌など把握しようがないし、さらに余震という不確定要素もあった。
新藤は極めて危険な賭けに出たにすぎない。一希ただ一人のために。
0
お気に入りに追加
17
あなたにおすすめの小説

私も一応、後宮妃なのですが。
秦朱音|はたあかね
恋愛
女心の分からないポンコツ皇帝 × 幼馴染の後宮妃による中華後宮ラブコメ?
十二歳で後宮入りした翠蘭(すいらん)は、初恋の相手である皇帝・令賢(れいけん)の妃 兼 幼馴染。毎晩のように色んな妃の元を訪れる皇帝だったが、なぜだか翠蘭のことは愛してくれない。それどころか皇帝は、翠蘭に他の妃との恋愛相談をしてくる始末。
惨めになった翠蘭は、後宮を出て皇帝から離れようと考える。しかしそれを知らない皇帝は……!
※初々しい二人のすれ違い初恋のお話です
※10,000字程度の短編
※他サイトにも掲載予定です
※HOTランキング入りありがとうございます!(37位 2022.11.3)
季節の織り糸
春秋花壇
現代文学
季節の織り糸
季節の織り糸
さわさわ、風が草原を撫で
ぽつぽつ、雨が地を染める
ひらひら、木の葉が舞い落ちて
ざわざわ、森が秋を囁く
ぱちぱち、焚火が燃える音
とくとく、湯が温かさを誘う
さらさら、川が冬の息吹を運び
きらきら、星が夜空に瞬く
ふわふわ、春の息吹が包み込み
ぴちぴち、草の芽が顔を出す
ぽかぽか、陽が心を溶かし
ゆらゆら、花が夢を揺らす
はらはら、夏の夜の蝉の声
ちりちり、砂浜が光を浴び
さらさら、波が優しく寄せて
とんとん、足音が新たな一歩を刻む
季節の織り糸は、ささやかに、
そして確かに、わたしを包み込む
その男、人の人生を狂わせるので注意が必要
いちごみるく
現代文学
「あいつに関わると、人生が狂わされる」
「密室で二人きりになるのが禁止になった」
「関わった人みんな好きになる…」
こんな伝説を残した男が、ある中学にいた。
見知らぬ小グレ集団、警察官、幼馴染の年上、担任教師、部活の後輩に顧問まで……
関わる人すべてを夢中にさせ、頭の中を自分のことで支配させてしまう。
無意識に人を惹き込むその少年を、人は魔性の男と呼ぶ。
そんな彼に関わった人たちがどのように人生を壊していくのか……
地位や年齢、性別は関係ない。
抱える悩みや劣等感を少し刺激されるだけで、人の人生は呆気なく崩れていく。
色んな人物が、ある一人の男によって人生をジワジワと壊していく様子をリアルに描いた物語。
嫉妬、自己顕示欲、愛情不足、孤立、虚言……
現代に溢れる人間の醜い部分を自覚する者と自覚せずに目を背ける者…。
彼らの運命は、主人公・醍醐隼に翻弄される中で確実に分かれていく。
※なお、筆者の拙作『あんなに堅物だった俺を、解してくれたお前の腕が』に出てくる人物たちがこの作品でもメインになります。ご興味があれば、そちらも是非!
※長い作品ですが、1話が300〜1500字程度です。少しずつ読んで頂くことも可能です!

【完結】初夜の晩からすれ違う夫婦は、ある雨の晩に心を交わす
春風由実
恋愛
公爵令嬢のリーナは、半年前に侯爵であるアーネストの元に嫁いできた。
所謂、政略結婚で、結婚式の後の義務的な初夜を終えてからは、二人は同じ邸内にありながらも顔も合わせない日々を過ごしていたのだが──
ある雨の晩に、それが一変する。
※六話で完結します。一万字に足りない短いお話。ざまぁとかありません。ただただ愛し合う夫婦の話となります。
※「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載中です。

闇の錬金術師と三毛猫 ~全種類のポーションが製造可能になったので猫と共にお店でスローライフします~
桜井正宗
ファンタジー
Cランクの平凡な錬金術師・カイリは、宮廷錬金術師に憧れていた。
技術を磨くために大手ギルドに所属。
半年経つとギルドマスターから追放を言い渡された。
理由は、ポーションがまずくて回復力がないからだった。
孤独になったカイリは絶望の中で三毛猫・ヴァルハラと出会う。人語を話す不思議な猫だった。力を与えられ闇の錬金術師に生まれ変わった。
全種類のポーションが製造可能になってしまったのだ。
その力を活かしてお店を開くと、最高のポーションだと国中に広まった。ポーションは飛ぶように売れ、いつの間にかお金持ちに……!
その噂を聞きつけた元ギルドも、もう一度やり直さないかとやって来るが――もう遅かった。
カイリは様々なポーションを製造して成り上がっていくのだった。
三毛猫と共に人生の勝ち組へ...!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる