105 / 118
第4章 命賭す者
101 地震
しおりを挟む
年の瀬もいよいよ押し迫ったある明け方、一希は強い揺れで目を覚ました。地震だ。かなり大きい。
揺れが収まるのを待ってテレビを点けると、古峨江市内で震度五強。家の中は細かいものが少し落ちたぐらいで、とりあえず無事だ。
年明けまでのサラナはまだここには運び込んでいないから、軍の施設で安全に保管されているはず。もっとも、揺れ方によっては防護扉の中でいくつかが爆発した可能性はあるが。
一希があさって担当するデトンは百瀬海岸なので、速報によると震度三で済んでいる。周囲は開けているし津波の心配もないそうだから問題ないだろう。念のため埜岩に電話すると、現場を確認した軍員からちょうど異常なしの報告が入ったところだという。
「他に露出済みの案件は?」
〈実はまずいのが一つ。幸谷市のザンピードです。震度六弱にやられまして〉
場所は住宅街のど真ん中の工事現場だという。安全化を二週間後の年明けに控え、深さ五メートルほどの穴の底に水平に布置されていたのだが、爆弾を支えていた鎖が切れ、支柱も崩れてしまっている。まだ爆発はしていないが、爆弾自体も土嚢で組んだ台座ごと傾き、先端が底の土にめり込んだ状態とのこと。
これは危ない。現時点でもう固定できていないとなると、この後の余震などで衝撃を受ければ爆発する可能性は十分ある。埜岩からは、安全化の際に避難する予定だった半径五百メートルに緊急避難命令を出したところだそうだ。
地震による避難者が加わって多少混乱するかもしれないが、とりあえず半径五百メートルの範囲から出ていてくれさえすれば、爆発しても怪我をすることはない。しかし、いつどうやって爆発するかわからないままでは、いつまで経っても避難指示を解除できない。
一希は、今から現場に向かうと告げて電話を切った。急いで作業服に着替え、はやる気持ちを抑えて車を飛ばす。
現場が近付いてくると、立ち入り禁止区域との境目に陸軍のトラックが停まっていた。不発弾警護担当のジープとは違う。おそらく地震の後に来たものだろう。
そばに立っていた迷彩服姿の若い男が両腕で×を作り、通行を遮ろうとする。一希が窓を開けて腕を突き出し、オレンジ色の袖を見せると、
「失礼しました!」
と彼は直立し、敬礼で応えた。
「不発弾処理士の冴島です。ザンピードは?」
「ああ、ご苦労様です。まだ変わった様子はないですが」
との返事。しかし、何も変化がないところから変わり果てた姿へと吹き飛ぶまではほんの一瞬だ。油断はできない。
「この先ですね」
「はい、突き当たり右折です」
その通りに車を進めると、今度こそいつもの不発弾担当のジープが見える。周囲に迷彩服が数人。その中に見覚えのある顔を見付けた。
「沼田さん」
以前一希が他のザンピードの安全化で世話になった沼田軍曹だ。
「あ、どうもご苦労さんです。いや、担当の処理士に連絡がつかなくて……もしかしたら向かっとるかもしれないですが」
一希は車を端に寄せて停めた。
「避難はどうなってます?」
尋ねながら外に出て、荷台のケースから懐中電灯と爆破処理用のセットを取り出す。
「今急いどりますが、年寄りが多いんで手間取りそうですわ」
「いずれにしても人為爆破に切り替えないといけません。セットさせてください」
ここへの道すがら出した結論だった。
「いやしかし、セットしとる間に爆発したら……」
「次の揺れが来るまではもつと思いますから、少しでも早い方が」
沼田軍曹は一希の勢いに気圧されたようだったが、遠慮がちに抵抗を試みた。
「このまま埋めちまうわけには……?」
「後でまた掘り出すことになった時に却って危険です」
爆発に備えて土を被せてしまえば確かに衝撃は大幅に和らぐが、結局爆発しなかった場合、改めて安全化もしくは爆破処理を行うには一触即発の状態でまた掘り出すことになる。
「爆破のセットをしてから埋めます」
埋めてみて自然に爆発しなかった場合、セットした起爆装置で爆破すれば処理は完了だ。
「わかりました。じゃあ……」
沼田はようやく折れ、待機していた三人の軍員を呼び寄せた。
「補助が必要でしたら、うちのを使ってください」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
白み始めた東側の空に報道のものらしきヘリコプターが飛んでいる。爆風域ギリギリのように見えるが、軍から注意がいっているはずだから、あとは自己責任だ。
揺れが収まるのを待ってテレビを点けると、古峨江市内で震度五強。家の中は細かいものが少し落ちたぐらいで、とりあえず無事だ。
年明けまでのサラナはまだここには運び込んでいないから、軍の施設で安全に保管されているはず。もっとも、揺れ方によっては防護扉の中でいくつかが爆発した可能性はあるが。
一希があさって担当するデトンは百瀬海岸なので、速報によると震度三で済んでいる。周囲は開けているし津波の心配もないそうだから問題ないだろう。念のため埜岩に電話すると、現場を確認した軍員からちょうど異常なしの報告が入ったところだという。
「他に露出済みの案件は?」
〈実はまずいのが一つ。幸谷市のザンピードです。震度六弱にやられまして〉
場所は住宅街のど真ん中の工事現場だという。安全化を二週間後の年明けに控え、深さ五メートルほどの穴の底に水平に布置されていたのだが、爆弾を支えていた鎖が切れ、支柱も崩れてしまっている。まだ爆発はしていないが、爆弾自体も土嚢で組んだ台座ごと傾き、先端が底の土にめり込んだ状態とのこと。
これは危ない。現時点でもう固定できていないとなると、この後の余震などで衝撃を受ければ爆発する可能性は十分ある。埜岩からは、安全化の際に避難する予定だった半径五百メートルに緊急避難命令を出したところだそうだ。
地震による避難者が加わって多少混乱するかもしれないが、とりあえず半径五百メートルの範囲から出ていてくれさえすれば、爆発しても怪我をすることはない。しかし、いつどうやって爆発するかわからないままでは、いつまで経っても避難指示を解除できない。
一希は、今から現場に向かうと告げて電話を切った。急いで作業服に着替え、はやる気持ちを抑えて車を飛ばす。
現場が近付いてくると、立ち入り禁止区域との境目に陸軍のトラックが停まっていた。不発弾警護担当のジープとは違う。おそらく地震の後に来たものだろう。
そばに立っていた迷彩服姿の若い男が両腕で×を作り、通行を遮ろうとする。一希が窓を開けて腕を突き出し、オレンジ色の袖を見せると、
「失礼しました!」
と彼は直立し、敬礼で応えた。
「不発弾処理士の冴島です。ザンピードは?」
「ああ、ご苦労様です。まだ変わった様子はないですが」
との返事。しかし、何も変化がないところから変わり果てた姿へと吹き飛ぶまではほんの一瞬だ。油断はできない。
「この先ですね」
「はい、突き当たり右折です」
その通りに車を進めると、今度こそいつもの不発弾担当のジープが見える。周囲に迷彩服が数人。その中に見覚えのある顔を見付けた。
「沼田さん」
以前一希が他のザンピードの安全化で世話になった沼田軍曹だ。
「あ、どうもご苦労さんです。いや、担当の処理士に連絡がつかなくて……もしかしたら向かっとるかもしれないですが」
一希は車を端に寄せて停めた。
「避難はどうなってます?」
尋ねながら外に出て、荷台のケースから懐中電灯と爆破処理用のセットを取り出す。
「今急いどりますが、年寄りが多いんで手間取りそうですわ」
「いずれにしても人為爆破に切り替えないといけません。セットさせてください」
ここへの道すがら出した結論だった。
「いやしかし、セットしとる間に爆発したら……」
「次の揺れが来るまではもつと思いますから、少しでも早い方が」
沼田軍曹は一希の勢いに気圧されたようだったが、遠慮がちに抵抗を試みた。
「このまま埋めちまうわけには……?」
「後でまた掘り出すことになった時に却って危険です」
爆発に備えて土を被せてしまえば確かに衝撃は大幅に和らぐが、結局爆発しなかった場合、改めて安全化もしくは爆破処理を行うには一触即発の状態でまた掘り出すことになる。
「爆破のセットをしてから埋めます」
埋めてみて自然に爆発しなかった場合、セットした起爆装置で爆破すれば処理は完了だ。
「わかりました。じゃあ……」
沼田はようやく折れ、待機していた三人の軍員を呼び寄せた。
「補助が必要でしたら、うちのを使ってください」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
白み始めた東側の空に報道のものらしきヘリコプターが飛んでいる。爆風域ギリギリのように見えるが、軍から注意がいっているはずだから、あとは自己責任だ。
0
お気に入りに追加
17
あなたにおすすめの小説
あなたを追いかけて【完結】
華周夏
BL
小さい頃カルガモの群れを見て、ずっと、一緒に居ようと誓ったアキと祥介。アキと祥ちゃんはずっと一緒。
いつしか秋彦、祥介と呼ぶようになっても。
けれど、秋彦はいつも教室の羊だった。祥介には言えない。
言いたくない。秋彦のプライド。
そんなある日、同じ図書委員の下級生、谷崎と秋彦が出会う……。
カラダから、はじまる。
佐倉 蘭
現代文学
世の中には、どんなに願っても、どんなに努力しても、絶対に実らない恋がある……
そんなこと、能天気にしあわせに浸っている、あの二人には、一生、わからないだろう……
わたしがこの世で唯一愛した男は——妹の夫になる。
※「あなたの運命の人に逢わせてあげます」「常務の愛娘の『田中さん』を探せ!」「もう一度、愛してくれないか」「政略結婚はせつない恋の予感⁉︎」「お見合いだけど、恋することからはじめよう」のネタバレを含みます。
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
彼女にも愛する人がいた
まるまる⭐️
恋愛
既に冷たくなった王妃を見つけたのは、彼女に食事を運んで来た侍女だった。
「宮廷医の見立てでは、王妃様の死因は餓死。然も彼が言うには、王妃様は亡くなってから既に2、3日は経過しているだろうとの事でした」
そう宰相から報告を受けた俺は、自分の耳を疑った。
餓死だと? この王宮で?
彼女は俺の従兄妹で隣国ジルハイムの王女だ。
俺の背中を嫌な汗が流れた。
では、亡くなってから今日まで、彼女がいない事に誰も気付きもしなかったと言うのか…?
そんな馬鹿な…。信じられなかった。
だがそんな俺を他所に宰相は更に告げる。
「亡くなった王妃様は陛下の子を懐妊されておりました」と…。
彼女がこの国へ嫁いで来て2年。漸く子が出来た事をこんな形で知るなんて…。
俺はその報告に愕然とした。
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます
結城芙由奈
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います
<子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。>
両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。
※ 本編完結済。他視点での話、継続中。
※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています
※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります
金無一千万の探偵譜
きょろ
ミステリー
年齢四十歳。派手な柄シャツに、四六時中煙草の煙をふかす男。名を「金無 一千万(かねなし いちま)」
目つきと口の悪さ、更にその横柄な態度を目の当たりにすれば、誰も彼が「探偵」だとは思うまい。
本人ですら「探偵」だと名乗った事は一度もないのだから。
しかしそんな彼、金無一千万は不思議と事件を引寄せる星の元にでも生まれたのだろうか、彼の周りでは奇妙難解の事件が次々に起こる。
「金の存在が全て――」
何よりも「金」を愛する金無一千万は、その見た目とは対照的に、非凡な洞察力、観察力、推理力によって次々と事件を解決していく。その姿はまさに名探偵――。
だが、本人は一度も「探偵」と名乗った覚えはないのだ。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる