爆弾拾いがついた嘘

生津直

文字の大きさ
上 下
81 / 118
第3章 血の叫び

77 訃報

しおりを挟む
 翌日、歯医者と美容院の後、早めの昼食と買い物を済ませて帰宅した一希は、玄関の鉄扉を開いた瞬間、いない、と直感した。気配か物音、さもなければ処理室の赤ランプで、新藤が在宅の時は大抵すぐにわかる。

 早朝から監督役でデトンの安全化に出かけ、一希が起きた時にはもういなかったため、今日はまだ顔を合わせていなかった。

 それにしても、とっくに帰宅しているべき時間だ。いつもの寄り道にしては長い。一希は黙って気をもむぐらいならと、電話番号簿をった。埜岩の担当直通の番号にかける。

〈業務管理、東山ひがしやまです〉

「あ、お世話になっております、不発弾補助士の冴島です。あの、処理士の新藤が今日デトンの安全化をうけたまわってるはずなんですが、ちょっと戻りが遅いようで……」

〈ああ、お陰さんで無事片付いて、現場はもう引けてますよ。ブツも届いてます〉

「そう、ですか。わかりました。すみません、お騒がせして……」

〈あ、そうそう、ついでにちょっとお尋ねしますがね。来週のザンピの交代要手配ってメモが入っとるんですが、これ新藤さんでお間違いないですか?〉

「えっと……」

 カレンダーを見ると、確かに一週間後にザンピードが予定されている。

「あ、交代、ですか? 私は特に聞いてませんが」

〈あ、そう。いや実は電話受けたのが新入りの名前になっとるもんで、もしかしたら補助士の安藤あんどうさんとごっちゃになったかと思いましてね。ま、二時の会議で話が出るでしょうから、いいですわ〉

 とりあえず礼を述べて電話を切った一希は、妙な胸騒ぎを覚えた。帰りが遅いのもその件と関係があるのではないか。例の偏頭痛なら座敷で寝ているはずだし、一週間後の休みを今から取ることはないだろう。ただごとではない。そう直感した。

 買い物袋の中身を片付けながら、もしや昨日残したボタンのせいではあるまいかと不安に駆られる。

 気もそぞろなまま洗濯物を取り込んでいると、電話が鳴った。急いで受話器を取る。

「はい、新藤です」

〈冴島、俺だ〉

「先生! どうされました?」

〈……悪い知らせがある〉

 一希は呼吸を整えて待った。

〈菊乃婆さんが……〉

 嫌な予感ほど的中する。

〈今朝、亡くなった〉

 一希は首を振って否定した。新藤にはどうやらそれが見えたらしい。しばし事実を呑み込む時間が与えられた。息を吸った瞬間、一希の喉からヒッと高い音が漏れた。

〈くも膜下出血、だそうだ〉

 そんな言葉には何も感じなかった。理由が何であれ、もう生きていないのだということを理解するだけで精一杯だった。

(どうして? どうして……あんなに元気だったのに)

 電話の向こうに新藤がいると思うと余計に泣けてくる。

〈冴島〉

(先生……)

 声を出そうとして咳き込み、そのはずみでいくらか正気を取り戻した。

「先生、今どちらに?」

日代平ひよだいらだ。三男の家に集まってる〉

 新藤は現場から直接向かったのだろうが、これから通夜だ葬儀だとなれば、何日かは帰ってこないだろう。身の回りの物を届けてやらなくていいだろうか、と案じたその時、

〈お前も見送ってやれ〉

「あ……はい、もちろんです」

 葬儀の日時や斎場の名前をメモしなければと手を伸ばしたが、その必要はなかった。

〈日没前には埋葬される〉

(……え?)

〈日没自体は五時過ぎだが、四時にはこの家を出て墓地に向かう〉

 反射的に壁の時計を見上げたが、現在時刻の情報は一希の頭に入ってこなかった。日の入り前に埋葬。亡くなったのが夜間であれば翌朝の日の出より前に。スム族の流儀だ。もっとも、近年では伝統にこだわらず、ワカと同様に火葬を選ぶ者も出てきていると聞くが。

「菊乃さんって……」

〈ああ。やっぱり聞いてなかったか〉

「そういうことは何も……」

〈まあ話題になる場面がなければそれまでだからな。本人は別に隠してたわけじゃない。……隠すような人じゃない〉

「ええ」

 それはわかる。それに、もし隠していたとしても責める理由はなかった。

〈三十分後に迎えの車が行く。一晩泊まることになるが、特に準備する必要はないぞ。みんな着の身着のままだ。喪服とかそういうのも気にしなくていい。金もいらん〉

 気にすることすら忘れていたが、スム流なら一希は二度経験しているから話は早い。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫の不貞現場を目撃してしまいました

秋月乃衣
恋愛
伯爵夫人ミレーユは、夫との間に子供が授からないまま、閨を共にしなくなって一年。 何故か夫から閨を拒否されてしまっているが、理由が分からない。 そんな時に夜会中の庭園で、夫と未亡人のマデリーンが、情事に耽っている場面を目撃してしまう。 なろう様でも掲載しております。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

選ばれたのは美人の親友

杉本凪咲
恋愛
侯爵令息ルドガーの妻となったエルは、良き妻になろうと奮闘していた。しかし突然にルドガーはエルに離婚を宣言し、あろうことかエルの親友であるレベッカと関係を持った。悔しさと怒りで泣き叫ぶエルだが、最後には離婚を決意して縁を切る。程なくして、そんな彼女に新しい縁談が舞い込んできたが、縁を切ったはずのレベッカが現れる。

愛されていないのですね、ではさようなら。

杉本凪咲
恋愛
夫から告げられた冷徹な言葉。 「お前へ愛は存在しない。さっさと消えろ」 私はその言葉を受け入れると夫の元を去り……

何を間違った?【完結済】

maruko
恋愛
私は長年の婚約者に婚約破棄を言い渡す。 彼女とは1年前から連絡が途絶えてしまっていた。 今真実を聞いて⋯⋯。 愚かな私の後悔の話 ※作者の妄想の産物です 他サイトでも投稿しております

王妃の手習い

桃井すもも
恋愛
オフィーリアは王太子の婚約者候補である。しかしそれは、国内貴族の勢力バランスを鑑みて、解消が前提の予定調和のものであった。 真の婚約者は既に内定している。 近い将来、オフィーリアは候補から外される。 ❇妄想の産物につき史実と100%異なります。 ❇知らない事は書けないをモットーに完結まで頑張ります。 ❇妄想スイマーと共に遠泳下さる方にお楽しみ頂けますと泳ぎ甲斐があります。

婚約者の浮気相手が子を授かったので

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ファンヌはリヴァス王国王太子クラウスの婚約者である。 ある日、クラウスが想いを寄せている女性――アデラが子を授かったと言う。 アデラと一緒になりたいクラウスは、ファンヌに婚約解消を迫る。 ファンヌはそれを受け入れ、さっさと手続きを済ませてしまった。 自由になった彼女は学校へと戻り、大好きな薬草や茶葉の『研究』に没頭する予定だった。 しかし、師であるエルランドが学校を辞めて自国へ戻ると言い出す。 彼は自然豊かな国ベロテニア王国の出身であった。 ベロテニア王国は、薬草や茶葉の生育に力を入れているし、何よりも獣人の血を引く者も数多くいるという魅力的な国である。 まだまだエルランドと共に茶葉や薬草の『研究』を続けたいファンヌは、エルランドと共にベロテニア王国へと向かうのだが――。 ※表紙イラストはタイトルから「お絵描きばりぐっどくん」に作成してもらいました。 ※完結しました

この度、仮面夫婦の妊婦妻になりまして。

天織 みお
恋愛
「おめでとうございます。奥様はご懐妊されています」 目が覚めたらいきなり知らない老人に言われた私。どうやら私、妊娠していたらしい。 「だが!彼女と子供が出来るような心当たりは一度しかないんだぞ!!」 そして、子供を作ったイケメン王太子様との仲はあまり良くないようで――? そこに私の元婚約者らしい隣国の王太子様とそのお妃様まで新婚旅行でやって来た! っていうか、私ただの女子高生なんですけど、いつの間に結婚していたの?!ファーストキスすらまだなんだけど!! っていうか、ここどこ?! ※完結まで毎日2話更新予定でしたが、3話に変更しました ※他サイトにも掲載中

処理中です...