76 / 118
第3章 血の叫び
72 多忙
しおりを挟む
檜垣は一希に対し、指示をするというよりは同じ立場で協力しながら仕事を進めるようなスタンスを取った。所要時間の見積もりから信管の腐食具合まで、あらゆる局面で意見を聞き、同意を求める。
新藤の弟子だからと気を遣ったのかと思いきや、後で新藤に聞いてみれば、「もともとそういう奴」なのだという。そればかりか、「弾頭の抜き、やってみる?」の一言で一希に弾頭側の信管離脱を丸ごと担当させ、見せ場を作ってくれた。
檜垣の仕事の助手を務めたことには、絶大な効果があった。新藤以外の第二の処理士が客観的に高評価を下し、作業の円滑な進行という成果を少尉が直接持ち帰ったことは、埜岩の心証にも影響したらしい。
以来、一希のもとにはデトンの信管抜きの補助業務や探査が続々と舞い込み、そのための打ち合わせや現場視察、準備などで「忙しい」と言えるまでに日常が様変わりしている。これもひとえに、新藤と檜垣の見事な連携プレーのお陰だ。少尉が立ち会うことになったのも、二人による計らいだったに違いない。
新藤はその後も、自分の仕事の傍ら一希の売り込みに奔走していた。機会があったら指名してみてくれと処理士仲間に声をかけ、その一方で補助士としての一希の価値を高めるべく、暇さえあればあらゆる技術を仕込んだ。一希の業務レパートリーが少しでも増えれば、即刻埜岩に電話して世間話ついでにアピールする。
一希は、自分自身の力で仕事を取ってこられない現状に歯痒さを覚えたが、これも一つの試練。新藤から言い渡された「人の手を借りることを嫌うな」というルールを、改めて肝に銘じた。
初の女性補助士というただでさえ不利な立場。使えるものは使う、と割り切らなければとても生き残れない。先日菊乃に発破をかけられたこともあって、一希はようやくそう自覚しつつあった。
土間の壁にはついに一希のカレンダーを貼ることになった。新藤のカレンダーの隣。請求書や作業記録などは各々自分の分を管理するのが一番効率が良いという結論に至り、その形態が今や定着していた。
処理室での子爆弾解体もなかなかの繁盛ぶり。全国規模で見てもやりたがる処理士がほとんどいないため、たまたま重なりでもすれば、これでもかというほど集中的に送り込まれてくる。
家事は自ずと省略気味になり、二人の生活の境界線はときに曖昧になった。相手が使ったかもしれないバスタオルを使い、互いの食べ残しをそれぞれのタイミングでつまんでは仕事に戻る。
「ロプタは?」
「はい、いつでも」
「じゃ始めるか」
「はい」
二人で処理室にこもる時間も増えた。一希が実物の解体に慣れるまでの間、しばらく新藤は監視に回っていたが、今では隣で同時に自分の解体作業を進めるようになった。一方が爆発を起こせば、他方も無事では済まない。一希にも、そのプレッシャーに耐えられるだけの自信が徐々につき始めていた。
一希も何とか防爆衣を一人で脱ぎ着できるようになり、新藤よりも幾分多めの休憩を挟みながら自分のペースで作業を進めている。一希が一人で処理室に残ることはできないため、新藤は一希の休憩の数回に一回をともにする方法を取っていた。
埜岩経由で遠方からまとまった数のオルダが届いた場合、新藤は可能な限り一度に多くを処理してしまう傾向があった。結果的に、作業は深夜に及ぶこともある。それを申し訳なく思って無理に付き合うなどということをしない程度には、一希もさすがに成長していた。
土間のソファーで仮眠を取る新藤を初めて見たのはいつだったろう。呼吸以外何もしていない丸まった体には、本人が普段まるで振りまかない愛嬌が滲む。そっとタオルケットをかけてやると、片手だけ動かしてそれを引き寄せ、ますます丸まった。一希はその隣の空間に身を横たえたい衝動をどうやって抑えたのか、自分でも不思議だった。
今日もソファーで少し寝てまた仕事に戻るパターンらしい。くるんと丸まってS字を描き、両膝の間に片腕を挟んだいつもながらの窮屈な姿勢。エネルギーが再び満ちるのを待ってでもいるかのようなその姿は、熊の冬眠を連想させた。厳しい師匠が愛玩の対象へと変わる貴重なひとときだ。
一希が一時間後に見ると、ソファーは空だった。半開きになった台所の戸の向こうを覗くと、冬眠から覚めた師匠の姿。テーブルの脇に佇み、大きな手で小さな野苺を皿から摘んではせっせと口へ運んでいる。
「先生、お食事は……」
「ん、後でいい」
そう言いながら、野苺だけは大量に消費する。最終的に皿の上に残った申し訳程度の二粒は、一応一希の分というつもりだろうか。気に入ってもらえたなら、一希としても本望だ。ちょっと奮発して甘そうなのを買っておいてよかった。
新藤の弟子だからと気を遣ったのかと思いきや、後で新藤に聞いてみれば、「もともとそういう奴」なのだという。そればかりか、「弾頭の抜き、やってみる?」の一言で一希に弾頭側の信管離脱を丸ごと担当させ、見せ場を作ってくれた。
檜垣の仕事の助手を務めたことには、絶大な効果があった。新藤以外の第二の処理士が客観的に高評価を下し、作業の円滑な進行という成果を少尉が直接持ち帰ったことは、埜岩の心証にも影響したらしい。
以来、一希のもとにはデトンの信管抜きの補助業務や探査が続々と舞い込み、そのための打ち合わせや現場視察、準備などで「忙しい」と言えるまでに日常が様変わりしている。これもひとえに、新藤と檜垣の見事な連携プレーのお陰だ。少尉が立ち会うことになったのも、二人による計らいだったに違いない。
新藤はその後も、自分の仕事の傍ら一希の売り込みに奔走していた。機会があったら指名してみてくれと処理士仲間に声をかけ、その一方で補助士としての一希の価値を高めるべく、暇さえあればあらゆる技術を仕込んだ。一希の業務レパートリーが少しでも増えれば、即刻埜岩に電話して世間話ついでにアピールする。
一希は、自分自身の力で仕事を取ってこられない現状に歯痒さを覚えたが、これも一つの試練。新藤から言い渡された「人の手を借りることを嫌うな」というルールを、改めて肝に銘じた。
初の女性補助士というただでさえ不利な立場。使えるものは使う、と割り切らなければとても生き残れない。先日菊乃に発破をかけられたこともあって、一希はようやくそう自覚しつつあった。
土間の壁にはついに一希のカレンダーを貼ることになった。新藤のカレンダーの隣。請求書や作業記録などは各々自分の分を管理するのが一番効率が良いという結論に至り、その形態が今や定着していた。
処理室での子爆弾解体もなかなかの繁盛ぶり。全国規模で見てもやりたがる処理士がほとんどいないため、たまたま重なりでもすれば、これでもかというほど集中的に送り込まれてくる。
家事は自ずと省略気味になり、二人の生活の境界線はときに曖昧になった。相手が使ったかもしれないバスタオルを使い、互いの食べ残しをそれぞれのタイミングでつまんでは仕事に戻る。
「ロプタは?」
「はい、いつでも」
「じゃ始めるか」
「はい」
二人で処理室にこもる時間も増えた。一希が実物の解体に慣れるまでの間、しばらく新藤は監視に回っていたが、今では隣で同時に自分の解体作業を進めるようになった。一方が爆発を起こせば、他方も無事では済まない。一希にも、そのプレッシャーに耐えられるだけの自信が徐々につき始めていた。
一希も何とか防爆衣を一人で脱ぎ着できるようになり、新藤よりも幾分多めの休憩を挟みながら自分のペースで作業を進めている。一希が一人で処理室に残ることはできないため、新藤は一希の休憩の数回に一回をともにする方法を取っていた。
埜岩経由で遠方からまとまった数のオルダが届いた場合、新藤は可能な限り一度に多くを処理してしまう傾向があった。結果的に、作業は深夜に及ぶこともある。それを申し訳なく思って無理に付き合うなどということをしない程度には、一希もさすがに成長していた。
土間のソファーで仮眠を取る新藤を初めて見たのはいつだったろう。呼吸以外何もしていない丸まった体には、本人が普段まるで振りまかない愛嬌が滲む。そっとタオルケットをかけてやると、片手だけ動かしてそれを引き寄せ、ますます丸まった。一希はその隣の空間に身を横たえたい衝動をどうやって抑えたのか、自分でも不思議だった。
今日もソファーで少し寝てまた仕事に戻るパターンらしい。くるんと丸まってS字を描き、両膝の間に片腕を挟んだいつもながらの窮屈な姿勢。エネルギーが再び満ちるのを待ってでもいるかのようなその姿は、熊の冬眠を連想させた。厳しい師匠が愛玩の対象へと変わる貴重なひとときだ。
一希が一時間後に見ると、ソファーは空だった。半開きになった台所の戸の向こうを覗くと、冬眠から覚めた師匠の姿。テーブルの脇に佇み、大きな手で小さな野苺を皿から摘んではせっせと口へ運んでいる。
「先生、お食事は……」
「ん、後でいい」
そう言いながら、野苺だけは大量に消費する。最終的に皿の上に残った申し訳程度の二粒は、一応一希の分というつもりだろうか。気に入ってもらえたなら、一希としても本望だ。ちょっと奮発して甘そうなのを買っておいてよかった。
0
お気に入りに追加
17
あなたにおすすめの小説

彼女にも愛する人がいた
まるまる⭐️
恋愛
既に冷たくなった王妃を見つけたのは、彼女に食事を運んで来た侍女だった。
「宮廷医の見立てでは、王妃様の死因は餓死。然も彼が言うには、王妃様は亡くなってから既に2、3日は経過しているだろうとの事でした」
そう宰相から報告を受けた俺は、自分の耳を疑った。
餓死だと? この王宮で?
彼女は俺の従兄妹で隣国ジルハイムの王女だ。
俺の背中を嫌な汗が流れた。
では、亡くなってから今日まで、彼女がいない事に誰も気付きもしなかったと言うのか…?
そんな馬鹿な…。信じられなかった。
だがそんな俺を他所に宰相は更に告げる。
「亡くなった王妃様は陛下の子を懐妊されておりました」と…。
彼女がこの国へ嫁いで来て2年。漸く子が出来た事をこんな形で知るなんて…。
俺はその報告に愕然とした。

王子殿下の慕う人
夕香里
恋愛
【本編完結・番外編不定期更新】
エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。
しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──?
「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」
好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。
※小説家になろうでも投稿してます
恐竜大陸サウラシア~Great Dinosaur Rush~
田代剛大
歴史・時代
1889年西部開拓時代のアメリカ。俳優を目指し都会に出て見事に挫折したフィリップ・バックランドは、幼馴染の少女リズリーと共に巡業サーカス団「ワイルドウェストサーカス」で猛獣使いとして働いていた。巨大肉食恐竜を相手に鞭一つで戦うフィリップのショーは当初は大ウケだったものの、ある日恐竜に詳しい子どもの「あの恐竜は見た目は怖いが魚しか食べない」の一言で、彼のショーは破滅する。
しかしそんなフィリップのうそっぱちの猛獣ショーに観客席からひとり拍手を送る貴婦人がいた。彼女はワイオミングに金鉱を持つアニー・ブラウン。アニーは西部で暴れる凶暴かつ強大な恐竜と戦う勇敢な恐竜討伐人「ダイノ・スレイヤー」を探し求めていたのだ。
莫大なギャラでサーカスからフィリップを引き抜こうとするアニー。奇麗な女性の前で、すぐかっこつけるフィリップは、この依頼の恐ろしさを一切考えず二つ返事でアニーの仕事を引き受けてしまった。
どう考えても恐竜に食べられてしまうと感じた幼馴染のリズリーは、フィリップを止めようと、サーカスの恐竜たちの協力によってこっそりサーカスを抜け出し、大陸横断鉄道でふたりと合流。
かくしてフィリップ、リズリー、アニーの三人は野生の恐竜が支配するフロンティア「恐竜大陸サウラシア」に旅立ったのだが・・・
公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~
朱色の谷
恋愛
公爵家の末娘として生まれた幼いティアナ。
お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。
お父様やお兄様は私に関心がないみたい。
ただ、愛されたいと願った。
そんな中、夢の中の本を読むと自分の正体が明らかに。
◆恋愛要素は前半はありませんが、後半になるにつれて発展していきますのでご了承ください。
大人への門
相良武有
現代文学
思春期から大人へと向かう青春の一時期、それは驟雨の如くに激しく、強く、そして、短い。
が、男であれ女であれ、人はその時期に大人への確たる何かを、成熟した人生を送るのに無くてはならないものを掴む為に、喪失をも含めて、獲ち得るのである。人は人生の新しい局面を切り拓いて行くチャレンジャブルな大人への階段を、時には激しく、時には沈静して、昇降する。それは、驟雨の如く、強烈で、然も短く、将に人生の時の瞬なのである。

裏切られた令嬢は死を選んだ。そして……
希猫 ゆうみ
恋愛
スチュアート伯爵家の令嬢レーラは裏切られた。
幼馴染に婚約者を奪われたのだ。
レーラの17才の誕生日に、二人はキスをして、そして言った。
「一度きりの人生だから、本当に愛せる人と結婚するよ」
「ごめんねレーラ。ロバートを愛してるの」
誕生日に婚約破棄されたレーラは絶望し、生きる事を諦めてしまう。
けれど死にきれず、再び目覚めた時、新しい人生が幕を開けた。
レーラに許しを請い、縋る裏切り者たち。
心を鎖し生きて行かざるを得ないレーラの前に、一人の求婚者が現れる。
強く気高く冷酷に。
裏切り者たちが落ちぶれていく様を眺めながら、レーラは愛と幸せを手に入れていく。
☆完結しました。ありがとうございました!☆
(ホットランキング8位ありがとうございます!(9/10、19:30現在))
(ホットランキング1位~9位~2位ありがとうございます!(9/6~9))
(ホットランキング1位!?ありがとうございます!!(9/5、13:20現在))
(ホットランキング9位ありがとうございます!(9/4、18:30現在))
『Love Stories。』
日向理
恋愛
*スマートフォン向けに最適化を行いました(2022/6/10)
連載期間は2022年1月3日から2022年7月5日
毎週月〜金曜0時更新、全132回
【あらすじ】
愛には様々なカタチがあり、織りなす物語も様々。
高校・大学・社会人と、環境によっても質感が変化するもの。
様々な愛のカタチを5章に分けてお届けします。
あなた好みのキャスティング・ロケーションでお楽しみください。
『Love Stories。』はト書きの全く存在しない、全く新しい読み物。
『文字を楽しむ』という意味でジャンルは『文楽(ぶんがく)』と命名しております。
小説とは異なり、読み手の想像力によって様々に質感が変化をします。
左脳・理論派の方には不向きな読みものですが、
右脳・感覚派の方はその、自由に構築できる楽しさを理解できるかもしれません。
『全く新しい読み物』なので抵抗感があるかもしれません。
お話も、一度読んで100%解るような作りに敢えてしておりません。
何度も反芻してゆくうちに、文楽(ぶんがく)ならではの醍醐味と、
自分の中で繰り広げられる物語にワクワクする事でしょう。
『Love Stories。』は自身のホームページ
( https://osamuhinata.amebaownd.com )にて
既に連載を終えたものです。
*文楽(ぶんがく)は、フォント・文字サイズ・センタリング等
リッチテキスト形式を駆使した作りになっております。
本サイトでは形式上、簡易版となっていますので、予めご了承ください。
スマホでの閲覧は専用アプリにて、文字サイズを小に調整してください。
(擬似センタリングを多用するため)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる