爆弾拾いがついた嘘

生津直

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第3章 血の叫び

72 多忙

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 檜垣は一希に対し、指示をするというよりは同じ立場で協力しながら仕事を進めるようなスタンスを取った。所要時間の見積もりから信管の腐食具合まで、あらゆる局面で意見を聞き、同意を求める。

 新藤の弟子だからと気をつかったのかと思いきや、後で新藤に聞いてみれば、「もともとそういう奴」なのだという。そればかりか、「弾頭の抜き、やってみる?」の一言で一希に弾頭側の信管離脱を丸ごと担当させ、見せ場を作ってくれた。

 檜垣の仕事の助手を務めたことには、絶大な効果があった。新藤以外の第二の処理士が客観的に高評価を下し、作業の円滑な進行という成果を少尉が直接持ち帰ったことは、埜岩のいわの心証にも影響したらしい。

 以来、一希のもとにはデトンの信管抜きの補助業務や探査が続々と舞い込み、そのための打ち合わせや現場視察、準備などで「忙しい」と言えるまでに日常が様変わりしている。これもひとえに、新藤と檜垣の見事な連携プレーのお陰だ。少尉が立ち会うことになったのも、二人によるはからいだったに違いない。

 新藤はその後も、自分の仕事のかたわら一希の売り込みに奔走ほんそうしていた。機会があったら指名してみてくれと処理士仲間に声をかけ、その一方で補助士としての一希の価値を高めるべく、暇さえあればあらゆる技術を仕込んだ。一希の業務レパートリーが少しでも増えれば、即刻埜岩に電話して世間話ついでにアピールする。

 一希は、自分自身の力で仕事を取ってこられない現状に歯痒はがゆさを覚えたが、これも一つの試練。新藤から言い渡された「人の手を借りることを嫌うな」というルールを、改めて肝に銘じた。

 初の女性補助士というただでさえ不利な立場。使えるものは使う、と割り切らなければとても生き残れない。先日菊乃に発破をかけられたこともあって、一希はようやくそう自覚しつつあった。



 土間の壁にはついに一希のカレンダーを貼ることになった。新藤のカレンダーの隣。請求書や作業記録などは各々自分の分を管理するのが一番効率が良いという結論に至り、その形態が今や定着していた。

 処理室での子爆弾解体もなかなかの繁盛ぶり。全国規模で見てもやりたがる処理士がほとんどいないため、たまたま重なりでもすれば、これでもかというほど集中的に送り込まれてくる。

 家事はおのずと省略気味になり、二人の生活の境界線はときに曖昧になった。相手が使ったかもしれないバスタオルを使い、互いの食べ残しをそれぞれのタイミングでつまんでは仕事に戻る。

「ロプタは?」

「はい、いつでも」

「じゃ始めるか」

「はい」

 二人で処理室にこもる時間も増えた。一希が実物の解体に慣れるまでの間、しばらく新藤は監視に回っていたが、今では隣で同時に自分の解体作業を進めるようになった。一方が爆発を起こせば、他方も無事では済まない。一希にも、そのプレッシャーに耐えられるだけの自信が徐々につき始めていた。

 一希も何とか防爆衣を一人で脱ぎ着できるようになり、新藤よりも幾分多めの休憩を挟みながら自分のペースで作業を進めている。一希が一人で処理室に残ることはできないため、新藤は一希の休憩の数回に一回をともにする方法を取っていた。

 埜岩経由で遠方からまとまった数のオルダが届いた場合、新藤は可能な限り一度に多くを処理してしまう傾向があった。結果的に、作業は深夜に及ぶこともある。それを申し訳なく思って無理に付き合うなどということをしない程度には、一希もさすがに成長していた。



 土間のソファーで仮眠を取る新藤を初めて見たのはいつだったろう。呼吸以外何もしていない丸まった体には、本人が普段まるで振りまかない愛嬌がにじむ。そっとタオルケットをかけてやると、片手だけ動かしてそれを引き寄せ、ますます丸まった。一希はその隣の空間に身を横たえたい衝動をどうやって抑えたのか、自分でも不思議だった。

 今日もソファーで少し寝てまた仕事に戻るパターンらしい。くるんと丸まってS字を描き、両膝の間に片腕を挟んだいつもながらの窮屈きゅうくつな姿勢。エネルギーが再び満ちるのを待ってでもいるかのようなその姿は、熊の冬眠を連想させた。厳しい師匠が愛玩あいがんの対象へと変わる貴重なひとときだ。

 一希が一時間後に見ると、ソファーは空だった。半開きになった台所の戸の向こうをのぞくと、冬眠から覚めた師匠の姿。テーブルの脇にたたずみ、大きな手で小さな野苺のいちごを皿から摘んではせっせと口へ運んでいる。

「先生、お食事は……」

「ん、後でいい」

 そう言いながら、野苺だけは大量に消費する。最終的に皿の上に残った申し訳程度の二粒は、一応一希の分というつもりだろうか。気に入ってもらえたなら、一希としても本望だ。ちょっと奮発して甘そうなのを買っておいてよかった。
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