爆弾拾いがついた嘘

生津直

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第3章 血の叫び

70 詰問

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「何をされた?」

「いえ、何も……」

 数秒の沈黙は何の解決にもならなかった。

「俺に言いたくないなら警察に言え」

 一希は一瞬耳を疑ったが、新藤は冗談を言っている顔ではなかった。

「いえ、そんな深刻な話じゃ……ただ、その、一緒に見学してた時にちょっとお尻をはたかれたっていうか……でも、別に撫で回すとかじゃなくて、その後自分たちの間でもお互いにはたき合ってて、いつものことだ、みたいな……」

 思い切り苦虫を噛み潰した新藤は、やがて仕事の顔を取り戻した。

「微妙だな」

と言ったきり、しばらく何やら思案する。

「明らかに悪意によるものだが、その程度でいちいち騒ぐなとでも言われたら、上官に抗議するのは却って逆効果かもしれん」

 一希が恐れているのがまさにその状況だ。

「お前、同じ連中と何度か会ってないか?」

 今のところ三回遭遇しているが、新藤はどこまで把握しているのだろう。

「他にも何かあるのか?」

 他にもいろいろある。漏れ聞こえてくる罵詈雑言ばりぞうごんや無意味に連呼される卑猥ひわいな単語は挙げればきりがない。嫌がらせだって次から次によく思い付く一団だった。

 せめて雑用でもと思って立ち入り禁止のロープを撤去した際、一希がくいに付いた泥を拭えばそれに合わせて妙な喘ぎ声を上げ、風で飛んできたビニール袋を拾おうと一希が四つん這いになろうものなら、わざわざそばに来ていやらしい動作をしてみせる。子供染みた悪ふざけとして一笑に付せばよさそうなものだが、思い出しただけで顔が引きつるのがわかった。

 一希が全部話すまで何時間でも待つと言いたげな新藤の視線が食い付いてくる。

「ないです。それだけです」

「俺に隠し事をしようとは、いい度胸だな」

「別にいいんです、無視してますから!」

 恥ずかしいやら忌々いまいましいやらで早口に言うと、思いがけず声音こわねとげが立ってしまった。眉を寄せる新藤を直視するのが怖くて、一希はうつむいたまま、

「すみません、失礼します」

と小さく告げ、足早に自分の部屋へと逃げ帰った。

 気にするまいと努めていたが、知らず知らずのうちにストレスが溜まっているのがようやく自覚され始めていた。新藤にはこんなことで心配をかけたくないし、相談しようにも何と説明してよいのかわからない。

(先生が現場に居合わせてくれさえすれば、あんな奴ら黙らせてやれるのに……)

 そう思えば思うほど、他力本願な自分にも腹が立つ。次の現場にまた彼らが来るのではないかと思うと憂鬱でならず、積極的に仕事を得ようという意欲もそがれてしまう。

 仕事に関する一希の最大の悩みは、仕事には関係のない事象に発し、仕事の障害となっていた。
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