爆弾拾いがついた嘘

生津直

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第3章 血の叫び

68 上級への道

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 処理済みのサラナを車に積み込んで去っていく檜垣を見送った後、一希は大机にロプタの練習用の道具を並べてはみたものの、心ここにあらずだった。集中していざ取りかかる、という気分になれない。

 とりあえず始めてしまえば集中できるだろうか。まずは深呼吸。目をつぶり、手順を頭の中でイメージしてみる。しかし、すぐに新藤の土気つちけ色のほおが頭をよぎった。

(ああ、もう……)

 集中できない。一希は目の前の子爆弾を見つめた。これがもし本物の爆発物だったら……。

 今の自分の心理状態では安全に処理できるという確信は持てない。ならば延期するか、新藤のように代理を頼んで自分は手を引くのが正解だろう。使い物にならない状態なら、使わないでくれとあらかじめ宣言するのがプロの責任。一生忘れるなと新藤からきつく言われたルールの一つだ。

 一希は大きく息をついた。やめよう。今日はやめておこう。あくまで完璧なまま反復練習を積むことが目的なのだから、覚悟が怪しいならやめると判断すべきだ。

(そっか。必要なのはここで引く勇気なんだ……)

 知識や技術や体力以前に、自分の限界を知り、表立ってそれを認めることが安全確保の最低条件。頑張り屋さんと言われ続けて育った一希には、つい限界以上のことをやろうとする癖がある。しかし、この世界では新藤の言う通り、やろうとしたならば完璧にやりおおせなければ、自分や誰かの命が失われるかもしれないのだ。

(先生、私も今日はお休みにします)

 胸の内でそう宣言すると、一希は機材を片付け、風呂を沸かした。

 翌朝、一希が目を覚ますと、座敷はすでに開け放たれ、普段の血色を取り戻した新藤が二日前の残り物を掻き込んでいた。一希が遅ればせながらおかゆを作ってやると、昼前にはそれも平らげた。

 本当なら弱っている時にこそ看病してやりたかった。師匠がおのれの弱点の扱い方を重々心得ていることに、一希は尊敬の念を抱くと同時に、少々残念な気持ちにさせられた。

 自分が一つ屋根の下に住まわせてもらっていながら、仕事を代わってやれない悔しさもじわじわと湧いてくる。昨日檜垣が帰っていった後、一希は処理室の鍵を返されていないことに気付いた。しかし考えてみれば、補助士でしかない一希に鍵を預けるわけにはいかないのだ。

 檜垣が鍵を見付けた棚の一角を見てみたが、そこには戻されていなかった。それなのに、今日廊下を行く新藤の手の中に、鍵はいつの間にか握られていた。どこに隠しておけ、もしくは、どこに隠したぞ、というやりとりが電話でなされたのだろう。誰から隠すのかといえば、一希しかいない。

 もちろん二人とも処理士としての規則に従っているだけのことで、他意はない。そうわかってはいても、何だか蚊帳かやの外に追いやられたようで、一希の気持ちは沈んだ。自分にもっと能力があれば、もっと役に立てれば、という焦りがつのる。



 実際、中級補助士としての一希の仕事の入りはかんばしくなかった。新藤の仕事の手伝い以外では、安全化の補助がかろうじて一件。しかし、これも新藤がどこかで聞きつけ、うちの冴島を使ってくれと埜岩のいわにかけ合った成果だった。あとは頼み込んで許可してもらった見学ばかり。

 はっきりと何か言われたわけではないが、行く先々で「女のくせに」という嘲笑の色を帯びた顔に出会うことは日常茶飯事だ。

(一年目で中級受けてたからまだよかったけど……)

 この時点で初級止まりだったらと思うと、ぞっとする。新藤が一希の飛び級を決めた時、もしかしたら平均的な補助士よりも中級から上級への昇格に長期間を要する可能性を見越していたのかもしれない。

 一度経験した道具渡しと基本的な補助の評判は悪くなかった。しかしそれらは本来初級レベルの仕事ともいえる。実務未経験の段階で中級を取ったのだから最初はそれでよかったが、さすがにいつまでもこのままでは上級合格という目標が遠のいてしまう。せめて数をこなしたい。
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