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第3章 血の叫び
67 師匠の不調
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連日いよいよ雨続きで気が滅入る。打ち合わせのため朝から埜岩基地に行っていた新藤は、昼前に帰宅した。
作業服のまま何件か慌ただしく電話をかけていたようだが、その後風呂に入ったのかと思えば、下穿きと靴下だけの姿で脱衣所からふらりと出てきた。その半裸に一希がドキッとさせられたのも束の間。明らかに顔色が悪い。
「ちょっ……先生、具合でもお悪いんですか?」
「ああ」
「えっ?」
「明日までのサラナの残りは檜垣がここでやる。もうじき来るから、来たらあいつに任せといてくれ。鍵の場所は知らせてある」
「あ、そう……なんですね、わかりました」
「あさってのことは明日決める。電話はお前が出れなければ鳴らしといて構わん。出るなら俺は寝てると言っといてくれ」
「……はい」
「じゃあな」
「あ、あの、何かいるものとか、お薬とかは……」
新藤は弱々しく手を振って遮り、そのまま座敷に入って戸を閉めてしまった。一希は予想だにしなかった事態にショックを受ける。
(檜垣さんに代わってもらうほど具合悪いなんて……風邪とかじゃなかったらどうしよう)
病院に行かなくていいのだろうか。でも、自分で車を運転して帰ってきたのだから、もし必要なら途中で寄っただろう。お粥でも作っておいてやろうかとも考えたが、台所は新藤が寝ている座敷のすぐ隣だ。がちゃがちゃと音を立てるのも気が引ける。
何かできることはないかと考えあぐね、家の中をうろうろしていると、車のエンジン音が聞こえた。続いて、タイヤが庭の砂利を踏む音。
(あ、そっか、檜垣さん……)
一希が玄関を開けると、ちょうど檜垣が工具箱を手に降りてきた。
「檜垣さん」
「おっ、冴島さん、こんちはー。こないだはうちのミレイがお世話になりました。ごめんね急に泊めてもらっちゃって」
「いえ、全然……お陰様で楽しかったです」
「そういや結構久しぶりだね。元気?」
「ええ、私はお陰様で元気なんですけど……」
一希はつい母屋を振り返る。
「ああ、あいつね。ちょうど寝付いたとこかなと思って、呼び鈴は控えたんだ。助かったよ、気付いてくれて」
「いえ、ありがとうございます、わざわざ来てくださって。あの……先生、どうされたんでしょうか?」
「いつものやつ」
「いつもの?」
「あれ、もしかしたら冴島さん来てからは初めてかな? あいつ偏頭痛持ちなんだよね」
「偏頭痛……」
「普段は自然療法みたいので抑えてて結構うまくいってるらしいんだけど、たまにひどいのが来ちゃうことがあって」
(あ、自然療法って……)
一希に紹介してくれた薬草屋ではないだろうか。おそらく新藤に合っているのだろう。しかし、今日はそれでもどうにもならないケースということになる。
「なんか、すごくしんどそうで……」
一希は気が気でないが、檜垣はいつも通り朗らかだ。
「幽霊みたいだったでしょ? とりあえず寝させとけば大丈夫だから、気にしなくていいよ」
「そう、ですか?」
「明日の朝あんまりいつまでも静かだったりしたら、さすがにちょっと覗いてあげて」
そんなことはあり得ないけど、とでもいうような、確信に満ちた口ぶりだ。あの生気のない顔色が一晩で晴れるとはとても思えないが……。
檜垣は土間の棚の隅からあっさりと鍵を見付け、処理室へと消えていった。
作業服のまま何件か慌ただしく電話をかけていたようだが、その後風呂に入ったのかと思えば、下穿きと靴下だけの姿で脱衣所からふらりと出てきた。その半裸に一希がドキッとさせられたのも束の間。明らかに顔色が悪い。
「ちょっ……先生、具合でもお悪いんですか?」
「ああ」
「えっ?」
「明日までのサラナの残りは檜垣がここでやる。もうじき来るから、来たらあいつに任せといてくれ。鍵の場所は知らせてある」
「あ、そう……なんですね、わかりました」
「あさってのことは明日決める。電話はお前が出れなければ鳴らしといて構わん。出るなら俺は寝てると言っといてくれ」
「……はい」
「じゃあな」
「あ、あの、何かいるものとか、お薬とかは……」
新藤は弱々しく手を振って遮り、そのまま座敷に入って戸を閉めてしまった。一希は予想だにしなかった事態にショックを受ける。
(檜垣さんに代わってもらうほど具合悪いなんて……風邪とかじゃなかったらどうしよう)
病院に行かなくていいのだろうか。でも、自分で車を運転して帰ってきたのだから、もし必要なら途中で寄っただろう。お粥でも作っておいてやろうかとも考えたが、台所は新藤が寝ている座敷のすぐ隣だ。がちゃがちゃと音を立てるのも気が引ける。
何かできることはないかと考えあぐね、家の中をうろうろしていると、車のエンジン音が聞こえた。続いて、タイヤが庭の砂利を踏む音。
(あ、そっか、檜垣さん……)
一希が玄関を開けると、ちょうど檜垣が工具箱を手に降りてきた。
「檜垣さん」
「おっ、冴島さん、こんちはー。こないだはうちのミレイがお世話になりました。ごめんね急に泊めてもらっちゃって」
「いえ、全然……お陰様で楽しかったです」
「そういや結構久しぶりだね。元気?」
「ええ、私はお陰様で元気なんですけど……」
一希はつい母屋を振り返る。
「ああ、あいつね。ちょうど寝付いたとこかなと思って、呼び鈴は控えたんだ。助かったよ、気付いてくれて」
「いえ、ありがとうございます、わざわざ来てくださって。あの……先生、どうされたんでしょうか?」
「いつものやつ」
「いつもの?」
「あれ、もしかしたら冴島さん来てからは初めてかな? あいつ偏頭痛持ちなんだよね」
「偏頭痛……」
「普段は自然療法みたいので抑えてて結構うまくいってるらしいんだけど、たまにひどいのが来ちゃうことがあって」
(あ、自然療法って……)
一希に紹介してくれた薬草屋ではないだろうか。おそらく新藤に合っているのだろう。しかし、今日はそれでもどうにもならないケースということになる。
「なんか、すごくしんどそうで……」
一希は気が気でないが、檜垣はいつも通り朗らかだ。
「幽霊みたいだったでしょ? とりあえず寝させとけば大丈夫だから、気にしなくていいよ」
「そう、ですか?」
「明日の朝あんまりいつまでも静かだったりしたら、さすがにちょっと覗いてあげて」
そんなことはあり得ないけど、とでもいうような、確信に満ちた口ぶりだ。あの生気のない顔色が一晩で晴れるとはとても思えないが……。
檜垣は土間の棚の隅からあっさりと鍵を見付け、処理室へと消えていった。
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